梓「今日はどこ行くんですか?」
唯「任せて!今日のためにいろいろ調べたんだから!」
梓「じゃあ今日は唯先輩にお任せします」
唯「まずは……水族館から!」
梓「いいですね!行きましょう!」
…
梓「今日は閉まってますね…」
唯「そ、そんな…」
梓「ほ、他のところはないんですか?」
唯「あっ! 動物園もあるよ!」
梓「それじゃ行きますか」
…
唯「なんで…?」
梓「こっちも閉まってますね…」
唯「こ、こんなはずでは…」
梓「もっとないんですか?」
唯「もうないよ……」
梓「うっ…」
唯「ごめんね…私じゃやっぱり無理だったんだよ…」
梓「せ、先輩、私は大丈夫ですから…」
唯「本当?」
梓「はい!」
唯「えへへっ!」
別にどこかに行って楽しむのがデートじゃない。
私はこの人といるだけで楽しいのだから、それでいい。
私たちは結局どこへも行かずに、ぶらぶら歩くことにした。
唯「あずにゃん!この木だよ!」
梓「なんですか?」
唯「桜の木!春になったらとってもきれいに咲くんだよ!」
そう言って紹介されたのは、大きな桜の木だった。
まだ花は咲いてないけど…春になったらどうなるか楽しみだ。
私たちはその桜の木の下で日が暮れるまで話した。
軽音部の話とか、憂の話など…話が尽きることはなかった。
唯「そろそろ帰ろうか」
梓「そうですね」
唯「……ねえ、あずにゃん」
梓「なんですか?」
唯「…やっぱなんでもない」
梓「なんですかそれ」
唯「なんでもないの!ほら、帰るよ!」
梓「はい!」
唯先輩が何を言おうとしたのかわからなかった。
でも…そのときのあの人の顔はなんだか悲しそうだった。
……
憂「お姉ちゃんは今日も布団に丸まってるよ」
梓「やっぱりか…」
冬の終わり、私と憂はファーストフードで食事をしていた。
そこでは私の唯先輩に対する愚痴と、憂のお姉ちゃんに対するかわいいだのなんだのが飛び交っていた。
梓「はぁ…唯先輩ってば、最近私と一緒にお出かけしないんだよね…」
憂「この季節になるとお姉ちゃんは外に出たがらないんだぁ」
梓「想像できるよ…」
憂「梓ちゃんとお姉ちゃんが付き合うって最初知ったとき、びっくりしたんだよ?」
梓「まあ、突然だったからね」
憂「でも、二人ともお似合いだから私はうれしかったなぁ」
梓「そ、そうかな」
憂のお墨付きが出て私はうれしかった。
唯先輩とお似合いだなんて…先輩達にも言われたけど、やっぱりうれしい。
梓「そういえば、憂のおかげで私も軽音部に入れたんだよね…」
憂「そうだっけ?」
梓「そうだよ」
憂「あの時は私も必死で…たまたま梓ちゃんがいたから…」
梓「たまたまなのね…」
どうやら私は憂の気まぐれで軽音部に入ったらしい。
なんというか…憂も唯先輩に似ているところがある。
憂「そっかぁ…でも、梓ちゃんと離れ離れになるのはなんか悲しいなぁ」
梓「そうだねぇ…」
憂「……」
梓「……」
梓「えっ!!?」
憂「うわっ!?梓ちゃん?」
今、憂はなんて言った?
私と離れ離れになる?どういうことだ?
梓「離れ離れになるって…どういうこと!!?」
憂「えっ…お姉ちゃんから聞いてなかった?」
梓「何も聞いてないよ!」
憂「あ、じゃ、じゃあ今のは忘れて!」
梓「どうして?唯先輩と憂はどっかに行っちゃうの!?」
憂「そ、それは…」
梓「おねがい!教えて!」
憂「……わかった」
なんだか嫌な予感がする。
唯先輩がどこかに行ってしまいそうな…そんな予感が。
憂「私とお姉ちゃんは…3月にロンドンに行くの」
梓「ロンドン!!!?」
憂「うん。お父さんたちが海外を転々としているのは知ってるでしょ?」
梓「うん」
憂「それで、仕事がロンドンで落ち着くことになって…私たちも一緒に行くことになったの」
梓「うそ…」
憂「梓ちゃんにはお姉ちゃんがもう話してたと思ってたんだけど……」
梓「じゃ、じゃあ唯先輩と憂は…」
憂「うん。転校しなきゃいけないの」
梓「そんな…」
私の予感は的中した。
唯先輩がロンドンに行っちゃう…
つまり私と離れ離れになってしまう。
でも…私と唯先輩の仲はこの程度では壊れない。
梓「それはいつまでなの?」
憂「わからない…」
梓「えっ!?」
憂「いつ日本に帰ってくるかわからないんだ」
いつ帰ってくるかわからない…
その一言で私のさっきの考えは粉々になった。
梓「そんな…嫌だよ…」
憂「梓ちゃん…ごめんね…私が黙っておけば…」
梓「ううん。憂のせいじゃないよ…それにいつかわかることだったし」
憂「うん…」
翌日、私は唯先輩に憂から聞いたことを話した。
唯先輩は「ばれちゃったか~」と、たいして悲しくなさそうに言った。
まだ2年生なのに…あと1年待ったらどうかと言っても、
「お父さんたちがどうしてもって言うから…」と言った。
しかし、私は一番大事なことが言えなかった。
それは…離れ離れになったらこの関係はどうなるのかということ。
結局、唯先輩達が旅立ってしまう前日までそれが言えないままだった。
梓「こんにちはー」
憂「いらっしゃい!もう皆さん来てるよ!」
唯先輩達が旅立ってしまう前日、律先輩の提案で唯先輩達のお別れ会をすることになった。
場所は唯先輩のお家。そこには荷物がほとんど無く、唯先輩達が遠くに行ってしまうことを痛感してしまった。
律「おっせぇぞ!早く座れ!」
梓「すみません…」
唯「あずにゃん、こっちこっち!」
私は唯先輩の隣に座る。
あまり悲しそうな顔はしてない。
それどころか楽しそうな顔をしている。
律「それじゃあ、唯と憂ちゃんが……えーっと…」
澪「ロンドン」
律「そう!ロンドンに行ってもがんばってくれるよう乾杯しましょう!」
律「それじゃ、かんぱーいっ!」
「かんぱーいっ!」
唯「えへへっ、ありがとね。こんな会を開いてもらって」
紬「そんなことないわ。唯ちゃん達のためならなんでもするもの!」
唯「ムギちゃん…」
律「えぇい!湿っぽい雰囲気はダメだぞ!今日は騒げ騒げ!」
唯「おーっ!」
澪「近所迷惑だろ!」
それから私たちは夜まで騒いだ。
途中、酔っ払ったさわ子先生が乱入してきて唯先輩にお酒を飲ませようとしたので、私たちが必死に止めたり、
澪先輩が襲われそうになったのを止めたり……
さわ子先生のせいで会はめちゃくちゃになった。
さわ子「グゴーーーーっ!!」
律「ふぅ…やっと寝たか…」
澪「無駄に疲れた…」
唯「でもさわちゃん先生も私たちのために来てくれたのはうれしかったよ!」
憂「うん!」
律「……それじゃひとりづつ、お別れのあいさつといきますか」
憂が片づけをしている間に、私たち放課後ティータイムのメンバーは集まった。
もう夜も更けていて、日付が変わりそうだった。
これでお別れ…そう思うと胸が痛くなる。
律「まずは私な……唯!お前がいなかったらこの軽音部はなかったかもしれない!」
唯「りっちゃん…」
律「だからありがとなっ!」
唯「うん!」
律「ロンドンに行っても私たちのことを忘れるなよ!」
唯「もちろんだよ!私はずっと放課後ティータイムのメンバーなんだから!」
律「ゆいぃ…」グス
澪「な、泣くなよ律」
律「な、泣いてなんかないし…ぐすっ」
律「うぅ…ちょっとトイレに……」バタン
律先輩が耐えきれなくなり部屋を出ていった。
涙を流す律先輩を見るのは初めてだったので、びっくりした。
澪「律……」
唯「私も泣きそうだよ…」
澪「まだ泣くなよ…次は私だな」
澪「唯がいなかったら…律の言うとおり軽音部がなかったかもしれない」
澪「だから……ありがとな」
唯「澪ちゃん…こっちこそだよ!」
澪「なにかあったら電話して!」
唯「うん!」
澪「あと、英語も勉強しといてよ?」
唯「わ、忘れてた……」
澪先輩は泣かなかった。
少し涙目だったけど…澪先輩はやっぱ大人だと思った。
紬「次は私ね……唯ちゃん、私は唯ちゃんのことが好きよ」
梓「!」
唯「えっ!? わ、私にはあずにゃんが…」
紬「友達としてって意味よ」
唯「そ、そうだったのか…びっくりしたよ」
紬「だから…私たちのこと、あっちへ行っても好きでいてね?」
唯「もちろんだよ!」
ムギ先輩にはいつも驚かされる。
それよりも、唯先輩が私の名前をあげてくれてうれしかったのは内緒だ。
紬「次は…梓ちゃんね」
梓「わ、私ですか?」
澪「梓、二人で話したいだろ?私たちあっち行くから」
澪先輩の計らいで私たちは二人っきりになった。
そういえば二人っきりになるなんて久しぶりだ。緊張する。
梓「……」
何を言えばいいんだろう…
今さらだけど、何も考えてない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
梓「……」
唯「…ねぇ、あずにゃん」
この沈黙を破ったのは唯先輩だった。
唯「わたしのこと……好き?」
梓「もちろんです…」
唯「そっかぁ…私も大好き」
梓「……」
唯「でも……別れよっか」
それは突然だった。
今、唯先輩はなんて言ったのか?
別れようって言ったのか?
頭の中が、真っ白になった。
唯「私はあずにゃんのことが好き。本当に大好き」
梓「……」
唯「でも…私がロンドンに行って…離れ離れになって…あずにゃんに会えないってなったとき…私、何も考えられなくて…」
梓「……」
唯「そんなじゃダメだってことはわかってるから…だから…あずにゃんと別れようって思ったの」
梓「……」
唯「ほら、遠距離じゃ続かないって言うでしょ?」
梓「……」
唯「あずにゃんも、私のことは忘れて…新しい恋にでも…」
梓「…ばかっ!!」
唯「あ、あずにゃん?」
梓「唯先輩のばかっ!意気地なしっ!天然!」
唯「え、え、えっ」
梓「そんなんで…そんなんで私があきらめると思ったんですか!!?」
唯「……」
梓「……もういいです!唯先輩なんか…大っきらいっ!」ダッ
唯「あ、あずにゃん!」
そう言って私は家から出ていった。
走って、走って、走って……
気がつくとあの日唯先輩が言ってた大きな桜の木のところまで来ていた。
梓「はあ…はあ…」
桜の木は満開で、桜の花びらが舞っていた。
唯先輩の言うとおり、とても奇麗だった。
夜に見る桜も悪くない…
でも…今は気分が最悪だった。
梓「唯先輩なんか……唯先輩なんか……」
「あずにゃ~~ん!!」
振りかえるとそこには唯先輩が息を切らして立っていた。
梓「な、なんで私を追っかけて来たんですか!別れるんでしょ!嫌いなんでしょ!」
唯「嫌いなんかじゃないよ!」
梓「うそだ!そうなら別れるなんて言わないです!」
唯「違うんだよ!私じゃあずにゃんと一緒にいられないから…だから…」
最終更新:2010年03月04日 00:22