唯「だって本当のことでしょ?」
梓「そう……ですけど」
唯「変態」
ぞくぞくぞくっ。
ぞくぞくぞくぞくっ。
梓「ごめんなざい……」
子猫みたいに震えるあずにゃん。
かわいい。
唯「なんで泣くのあずにゃーん」
梓「もう好きになりませんからぁ……」
やめてよあずにゃん。
そしたら私寂しくて死んじゃうよ。
梓「もう練習してくださいって言いませんからぁ……」
やめてよあずにゃん。
そしたら軽音楽部がティータイム部になっちゃうよ。
梓「もう……唯先輩に何もしませんからぁ……」
やめてよあずにゃん。
そしたらあずにゃんをいじめられないよ。
あずにゃんがうつむいて泣きながら私に許してもらおうと必死になってる。
ああ、気持ちいいな。
気持ちいい?
……そっか。
私も変態なんだ。
唯「ねぇあずにゃん、顔上げてよ」
梓「はひっ」
あずにゃんがびくびくしながら顔をあげる。
ああもう、可愛いお顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだよ。
唯「あずにゃん」
いつものように呼ぶ。
いつもあずにゃんにギターを教えておうとして呼ぶように。
いつもあずにゃんにケーキを少しもらおうとして呼ぶように。
いつもあずにゃんに抱きつこうとして呼ぶように。
だけど今呼んだ理由は……いつものように、じゃなかった。
唯「さっきみたいに私の上履き、もう一回嗅いでみて?」
私がいつものように呼んで、一瞬普通の顔になったあずにゃん。
だけど私がそう言うと、また変態さんのあずにゃんの顔になる。
梓「え……」
唯「さっきと同じことをすればいいんだよ?」
梓「で、できません」
唯「なんで?あずにゃんは変態さんなんでしょ?」
あ、また「ぞくっ」てなった。
梓「もう……しませんから」
唯「あ、そっか!」
そういって靴を脱ぐ私。
それをポイと、あずにゃんの前に投げる。
唯「そっちのほうがうれしいよね!」
そう言って私は笑顔になる。
あずにゃんには私の笑顔、どう映ってるんだろう。
梓「うれしく……ないです」
唯「なんで?さっき小走りでここまできたから、きっと臭いよ?」
梓「……」
唯「あずにゃんが嗅いでた上履きより、ずっと」
あずにゃんが私の靴をじっと見つめる。
あずにゃんが何を考えてるかはわからない。
けど、その顔は、さっきまでの不安と悲しみで満たされたあずにゃんの顔じゃなかった。
唯「ほら、私何も言わないよ?」
唯「周りに誰もいないよ?」
唯「今嗅がないと二度と嗅げないかもよ?」
梓「……靴の匂いを嗅いだら、許してくれますか」
唯「しつこいよあずにゃーん。私怒ってないって」
唯「ただあずにゃんが私の靴の匂いを嗅ぎたければ嗅いでいいよって言ってるんだよ」
梓「……」
理性っていうんだっけ?
たぶんそれが、あずにゃんの中で必死に抵抗してる。
だったらどうすればいいんだろうね。
そっか。
壊しちゃえばいいんだ。
唯「あーずにゃん」
そう言って私はあずにゃんに近づく。
あずにゃんはそれに気づき、視線を靴から私の顔に移す。
そのまま私は唇を、キスするようにあずにゃんの唇に近づける。
梓「あ……唯先輩……」
あずにゃんの顔が赤くなる。
かわいいなぁ。
だけどごめんね。
キスはまだ早いよ。
私は唇をあずにゃんの耳のすぐ横でとめてつぶやいた。
唯「……嗅いじゃえ」
私がそうつぶやくと、あずにゃんは目を見開く。
梓「あ……」
壊れたかな?あずにゃんの理性。
壊せたなら、うれしいな。
梓「……本当に」
唯「んー?」
梓「本当に嗅いでも……何も言いませんか」
壊れた。
唯「言わないよー」
梓「……本当にですか」
唯「もうあずにゃんったらしつこいんだからー」
梓「本当の本当に、何も言いませんか」
唯「じゃあいいよ。返して?」
私はそう言って、あずにゃんの目の前にある靴を取ろうとする。
するとあずにゃんは、私より早く、靴を取った。
唯「ふふ、あずにゃんかわいいー」
梓「か、嗅ぎます」
唯「もー、そんな無理しなくていいよー」
梓「無理なんか……」
唯「それじゃあ私が嗅がせようとしてるみたいでしょ?」
そう言ってあずにゃんの頭に手をポンとのせる。
あずにゃんはそれに驚いて目をつぶった。
大丈夫だよあずにゃん、私はあずにゃんに暴力なんて振るわないよ。
梓「……さい」
唯「んー?」
梓「嗅がせてください!」
唯「……何を?誰に?」
梓「唯先輩の臭い脱ぎたての靴を、変態の梓に嗅がせてください!」
たぶんこの時私は今まで生きてきた中で、最高の笑顔をしていたと思う。
唯「……いいよ」
そう言って私は、あずにゃんの頭から手を離した。
まるで飼い主が犬に向かって「よしっ」をするかのように。
梓「……ありがとうございます、唯先輩」
唯「いえいえ」
そう言うとあずにゃんは私の靴の中にかわいいお鼻を入れる。
そして深呼吸をする。
テレビで空気がおいしいー!とか言いながらするような。
そんな、深呼吸。
空気がおいしいのは本当かわからないけど。
少なくともあずにゃんが今嗅いでいる空気は、あずにゃんにとっては本当に美味しいんだろうね。
唯「よしよし、あずにゃんはいい子だね」
そう言って私はあずにゃんの頭をなでなでする。
あずにゃんからからの反応はない。
静かな下駄箱。
その中であずにゃんが美味しい空気を吸う音だけが、響く。
ううん、本当は違う。
私が美味しい空気を吸うあずにゃんに夢中になってるだけだった。
本当は、空気を吸う音のほかにもあったんだよ。
三人分の歩く音が。
「……唯ちゃん?」
私の背中から、声が聞こえる。
すべてを包み込むような、優しい声。
「唯達が帰ってこないから心配になってきてみたけど……」
私の背中から、声が聞こえる。
とても頼りがいのある、かっこいい声。
「梓……何やってるの?」
私の背中から、声が聞こえる。
思わずときめいてしまう、かわいい声。
唯「……ムギちゃん……りっちゃん……澪ちゃん」
梓「み、皆さん……!」
紬「それ……唯ちゃんの靴、よね?」
梓「は……い」
澪「なんで梓が唯の靴なんか……」
梓「こ、これは……」
律「唯、どういうことなんだ?」
どういうこともなにも、こういうことだよりっちゃん?
ねぇ聞いて、あずにゃんったら変態さんだったんだよ。
しかも女の子の私が好きでねー。
あ、それは私もおそろいかーえへへ。
でね、あずにゃんったら好きな子の上履きの匂いを嗅ぐのに夢中になっちゃう子なんだよ。
それで私が叱ったら泣いちゃったんだよ。
あずにゃんったら泣き虫だよね。
それでね、私その後靴の匂いもかいでみてって言ったんだよ。
最初は何とか理性を保ってたみたいだけど、私がちょっと壊そうとしたら簡単に壊れちゃった。
そしたらあずにゃん靴の匂いをおいしそうに嗅いだんだよー。
本当、あずにゃんは変態さんだよね。
唯「……あずにゃん、そろそろ直ったかな?」
梓「……へ?」
律「直ったってどういうこと?」
唯「もうりっちゃんたらそんな恐い顔しないでよ。」
律「だって梓が……」
唯「梓ちゃんがどうしたの?私の靴の中敷直してもらってるだけだよー」
澪「唯、お前何言って……」
唯「ね?あずにゃん?」
梓「……唯先輩の言うとおりですよ」
澪「中敷って……そのぐらい自分で直しなよ」
唯「でへへ……どうもうまくいかなくてー」
紬「でも、唯ちゃんらしいね」
唯「ぶー。ムギちゃんひどーい」
紬「ふふ、ごめんなさい」
律「梓、本当にそれだけなのかー?」
梓「しつこいですね。そうですよ」
律「ふーん……」
唯「ごめんね皆心配かけちゃって。じゃあ帰ろっか」
そう言うと私はあずにゃんの手を握る。
あずにゃんと私。
その後ろに、りっちゃんとムギちゃんと澪ちゃんが並んで帰る。
ごめんねあずにゃん。
私、嘘ついちゃった。
でもそうしないと邪魔されちゃうよね。
あずにゃんと私だけの秘密だよ?
唯「ねぇあずにゃん」
梓「……なんですか?」
唯「大好き」
梓「……私も大好きです」
あずにゃんが私のこと大好きだって。
今日は記念日だね!
それじゃー……ゆいあず記念日と命名しよう!
澪「そういえば梓、忘れ物は結局何だったの?」
梓「……もういいんです」
梓「唯先輩以外、いらないですから」
おわり
最終更新:2010年03月07日 01:22