ミーンミーンミンミン……


唯「わー!すごーい!」

律「ま、まさに絶景ってやつだな……」

紬「もう少しで着く予定だから、頑張ってね!」


ミーンミンミンミンミン……


夏と言えばもうお馴染みになった、軽音部の夏合宿。
今回の合宿場所は

豊富な緑に囲まれ、未だ手つかずの自然が多く残る素晴らしい島、
屋久島に決定し、軽音部一行は別荘へと歩を進めているところである。


澪「山の中だって言うのに、後ろには海も見えるぞ!」

紬「別の道を通って行けば、海まで5分かからないから、荷物を置いたら行きましょうね!」

数ある琴吹家の別荘の中でも屋久島のそれは、
大きさも去ることながら立地の良さも抜群。
一体いくらの工費がかかっているのかと考えると身の毛もよだつ。


紬「着いたわ!」

梓「お、大きいです……!」

唯「すごーい!大きーい!」


地元民からは琴吹屋敷と呼ばれるその別荘。
正面から見ると落ち着きがあり、自然との調和がとられつつも威圧感があり…

流石に一流の建築士が仕上げただけのことはある と言わせる造りである。


紬「とりあえず入って、部屋に荷物を置きましょう!部屋はこっち。大きい部屋を用意しておいたから、ここで寝泊まりできるわよ。」

唯「でっかーい!すごーい!」

澪「ムギ、本当にありがとうな。ムギのお陰で合宿ができるんだ。感謝してるよ。」

紬「そう言ってもらえると嬉しいわ!」


ここ屋久島。
限りない自然と山と海の中で、生き物は力を得る。
人間も、鳥も魚も、それ以外も例外ではない。



………

男「ねぇ。本当にここであってんの?」

女「しらないわよ!日菜佳のデータベースによると、この辺に出没するみたいなの!」


軽音部一行の所在地から、島の真逆に位置する山奥。
キャンプを設置し、何やらディスクのようなものを持つ男女の影があった。


女「湿度、気温、地質から考えても、この辺だと思うんだけどなぁ…。」

男「お、来た来た。」


バウッ!バウッ!バウッ!バウッ! バッ! シュイーン!

狼のような形をした、プラスチックとも鉄とも取れる玩具のようなものが、
とび跳ねたと思いきやディスク型に変形して男の手に収まった。


男「(パシッ)さて、コイツはどうかな?」

キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル……

男「ハズレみたいだ。」

女「今のところ残ってるディスクは5枚。凄い移動してるのかなぁ?」

男「そうかもな。一応他の連中に助けをお願いしておく?」

女「今シフトが空いてるのは…裁鬼さんと轟鬼君、威吹鬼君かな?」

男「あとこの辺に猛士の支部あったよね?」

女「ああ、琴吹さんの所?島の裏側だったっけ?」

男「じゃあ、彼らにも連絡しておいてちょーだい。俺はちょっと、自分の足で探してみるよ。ディスクが来たら電話してね。」

女「あ、じゃあ気をつけてね!」


火打石を鳴らす女。


キャンプをするわけでもなく、学問に打ち込んでいる様子でもないこの男女。
特に恋仲にも見えず、傍から見れば何をしているのか全く分からない。

しかしながら、彼らがこの島に居るということは島に危険が迫っているという事と同義である。


………

唯「あははははは!そーれ!」

律「やったな唯ー!おらぁー!」

紬「ウフフフフ。」

そんな事は知る由もない軽音部一行。
今は水着に着替え、練習もせずに遊びに興じている様子。

澪「まったく…練習はどうしたんだ!」

梓「そうです!私たちは練習しにきたんですよ!」

律「とか言って二人とも、しっかり水着に着替えてるじゃないかよー。そらっ!」

澪「うわっぷ!水かけるな!このやろぉー!」

梓「ちょっと澪先輩まで……。はぁ、この先が思いやられるです。」


ヤレヤレとため息をつく梓。
と、一行が遊んでいる砂浜とは違う方向を見た梓の目に、
岩場が写りこんだ。

何故だか分からないが、やけにその岩場に惹かれた梓は、
自分でも気がつかないうちに歩き出していた。


岩場に入って少し進んだ所で、梓は異変に気づく。

梓「あれ……?この岩場……なんだか溶けているような……」


右の岩を見て、左の岩を見て、足元の岩を見て。
やはりなんだかおかしい。表面が溶けているのだ。酸でも流したかのように。

梓「変です……。ん……?」

前を向き直した梓の目に写ったのは、
溶けかかった岩場ではなく、
一組の男女だった。

梓「こ、こんにちわー。地元の方ですか……?」

梓は男女に話しかけたが、返事は無い。

梓「(変な人達です……気味が悪い……です。)」

しばしの沈黙。双方黙ったまま少しの時間が過ぎたが、
静寂を破ったのは男女の方割れの男だった。

謎の男「ちょっと嫌か?ここで終わるのが。」

梓「は?ここで終わる?」
 「(というか、なんです?この男の人の声。まるで女の人のように高い声でした…。)」

続いて女が語りかける。

謎の女「ちょっと溶かさせてもらう。ちょっと痛いぞ?」


梓「へ?溶かす?痛い……?」
 「(この女の人の声も変です……。男の人の声みたいに低いです……。)」


梓が、怪訝そうな顔をしながら思案を巡らせている間に、
目の前で信じられない事が起き始めた。


グチャ……グ……グググ……!

男の手が、まるで甲殻類のように変形し始めたのである。
形容するならばカニのはさみ。まさにそれだ。


そのあまりにショッキングな出来事を目の当たりにした梓は、
尻もちをつくしか無かった。


梓「へ……ええ?? な……なんです?なんなんですかそれぇ!?」


謎の女「お前、ちょっとうまそうだな。ちょっとうちの子が喜びそうだ。」

梓「うちの子?うまそう???な、なんのことですかぁ……?」

そして女が、梓の二の腕をつかんだ。
梓は、瞬間的に連れて行かれる恐怖を覚え振り払おうとしたが、その異常なピンチ力に中々振り払うことができない。

梓「やめてくださいっ!離して下さいです!」

そして…

謎の女「ちょっと痛いぞ?」

女がそう言い終えると同時に、
梓の二の腕にちょっとどころではない痛みが走る。

梓「あっがあああ!?え…!?なんですか……こ……これぇ……!?」


痛い。とにかく痛い。溶けるように痛い。
肉が溶けるように、骨が溶けるように痛い。熱い。


梓「痛い……!痛いです!!やめて……やめてください……!!」


梓が凄まじい痛みに悶える間に、
男の方が梓に歩み寄る。

その鋭利な腕を梓の方に向け、狙いを定めるようにしてゆっくりと。

謎の男「ちょっと早く殺してやるから、安心しろ。」


梓「やめ……やめてください……!死にたくない!死にたくないです……!」



バサッ!バサッ!バサッ!バサッ!キュイィィィイイイン!


必死にもがく梓の目に、プラスチックとも鉄とも取れる、玩具のようなものが写った。
それは鷹のような形をしたものが数体と、
鷲のような形をしたものが一体。


謎の女「鬼か。」

謎の男「鬼か。」


鷹のようなものと鷲のようなものは、
男女を襲い出し、男女は応戦するように腕を振ってそれらをたたき落とす。


梓「はぁっ……!はぁっ!あ……!ちゃ、チャンスです……!」

男女がそれらに気をとられている隙をついて、
梓は元来た道を走った。
視界は痛みにぼやけ、足はもつれて倒れそうになるが、
ここで倒れる訳にはいかない。必死に走り、よろけて、なんとか元居た浜辺へと戻ることができた。


梓「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ……!」

紬「あら?梓ちゃん今までどこに……。梓ちゃんっ!その怪我……!」

澪「梓!!どうしたんだその怪我!?」

梓「さっき……そこの岩場で……!」

梓は、改めて自分の傷口を見る。


梓「うぷっ…!」

信じられない傷が、梓の腕には刻まれていた。
まさに溶かされたような、腕には青い泡が付着しており
未だに自らの腕を溶かしている。


律「と、とにかく早く応急処置だ!別荘まで歩けるか!?」

梓「な、なんとかなると思います。」

紬「皆!早く別荘に戻りましょう!」

唯「わ、わかった!」


梓を支えつつ、急いで別荘に戻ったが
常軌を逸したこの事態に、一行の顔には焦りと恐怖が顕著に表れていた。
しかし、一人だけ冷静な人間が居た。


紬「とにかく早くその泡を流さないと!お風呂へ急いで!」

梓「は、はいです!」

紬「床に寝てもらってもいい?その状態で洗い流すから。」

梓「こうですか?」

紬「そう。ちょっとしみるかもしれないけど、我慢してね?」シャーー

梓「うっ……!い、痛いですね。でも……楽になってきました。」

紬「よかった……。とりあえずこれで泡を全部流せば一安心よ。」


紬の言葉に胸をなでおろす一行。
しかし、紬を除く四人の心はすっかり落ち込み、
楽しかったはずの旅行が早くも恐怖と焦りの色に染まり始めていた。


シャワーの音と、ときどき漏れる梓の痛みへの喘ぎによって沈黙していた空間は、
紬の一言によって動きだした。

紬「梓ちゃん。何があったのか聞かせてもらってもいい?」

梓「え?あ、はい。岩場の方で変な男の人と女の人に会って、その人たちが変なことを言ったと思ったら 女の人が私の手を掴んで、そしたら溶け始めて……。」


紬「そう……。ありがとう。包帯で応急処置をしたら、救急車が来るまでベッドで横になってましょう。それが一番いいわ。」

紬はそう言い終えると、他のメンバーの方を向き直してから
神妙な面持ちでこう言った。

紬「皆、外は危ないからあまり出ないで欲しいの。ちょっと不味い事になったみたいで……。」

唯「まずい事って……何?」

紬「ごめんなさい。あんまり詳しくは言えないんだけど、とにかく危ないってことだけは確か。気をつけてね。」

律「……。」

澪「……。」

唯「分かったよ。」


その後、紬は誰かに電話をかけ始め、
それ以外のメンバーは部屋で救急車を待つこととなった。

紬は、救急車に電話をしてからも色々なところに電話をかけているようだ。


梓「すいません……私のせいで楽しい合宿が……」

唯「あずにゃんはなんにも悪くないよ!運が悪かっただけだよ。」

澪「そうだ。梓は何も悪くないから心配するな。」

梓「はい……うっ……すいませ……ぐすっ……。」

律「泣くなよ梓ー。こういう時こそ笑うのが一番なんだぞ!」

梓「はい……そう ですよね。わかりました。私、泣かないです!」

唯「そうだよ!その意気だよー!」


全員、強がって見せるものの、
心の中では弱気。表面だけでも明るくふるまえる律は、
無意識に部長としての意地を発揮しているのだろうか。



……
………

男「よっ!ほっ!」

リン!リン!


男「たぁー!」


リリン!


男「いないなぁ……どーこ行ったのかなぁ……?ほっ!」

リン!



森の中を人間とは思えない速度と身軽さで進んでいく、
先ほどキャンプを張っていた男。

彼が捜しているのは、ペットの犬でも、食料になりそうな野草やらきのこでもない。


男「ヨイショー!」

リン!


男「ふぅ…これだけ探して居ないってことは、この一帯じゃないのかねぇ。……ん?」


シュッ!という音とともに、男の立っていた場所に大量の部品が突き刺さる。

男「危ないじゃないの!」


謎の男「ちょっと邪魔してくれたね?」

謎の女「ちょっと殺させてもらうよ。」


男「だからってディスクをこんなに壊す事は無いだろうよ!」


と、男が皮肉を吐いている間に
常人ならば驚愕で失神してしまいそうな事が起こる。

謎の男女の肌の色がみるみる内に変色し、
服が首に巻きつき、我々の知る人間とは全く別の生き物に変化してしまったのである。

皮膚は甲殻類のように硬く変化し、片腕はカニのハサミが付き、
顔はまさに化け物。


男「でもまぁ……やっと出てきてくれたんだから相手してやんないとね。」


怪物二匹が見守る中、男は懐から音叉のような物を取り出して、
木に当てる。

キィィィイイイーーーーーン………

反響をし続けるその音叉を、額に持っていくと男の額にも同じ文様が浮かんだ。


男「おおおおおおおーーーーーーーーーーーー!!!」


低く叫び声を上げ、音叉の振動が大きくなると同時に、
男の体が紫色の炎に包まれだす。

勢いの強い炎につつまれ、完全に男の姿が見えなくなった所で、
辺りに強い光が差す。そして

男「タァーーーーー!!!」


男が腕を薙ぐと、男を纏っていた炎が消え、黒こげになった男が現れ…


と思いきやそこに立っていたのは男ではなく、
頭には二本の角、紫色に光沢する体、腰には二本のバチを備えた

形容するならば鬼が立っていたのである。

鬼「いっちょやるかぁ!タァッ!」


交戦を開始する鬼と怪物二匹。

鬼が先に仕掛ける。
男の怪物の胸付近にとび蹴りを放つと、男の怪物は後方に吹き飛んだ。

追撃をかけようと鬼が一歩踏み出した瞬間、

後ろから来た女の怪物が、大きなハサミで鬼の後頭部に打撃を撃ちこむ。


鬼「いってー…!ハァッ!」



もう一撃を加えようとした女の怪物の腹に、鬼のブローがクリーンヒットする。
いや、正確にはただのブローではなかった。

女の怪物「ウアアア…アガアアアア!!!」


ザシュッ!

鬼が怪物の腹から手を離した瞬間、怪物の腹から白い液体が噴き出す。

鬼が手の甲を長い爪のようなものに変形させており、
それが怪物の腹に突き刺さったのだ。


女の怪物「ウアアアアア!!!」


パァン!!!


豪快に体液を噴出したかと思いきや、
いきなり女の怪物は爆発を起こした。

男の怪物「グウウウウ……!」


鬼「後はお前だけだな。」


鬼はそう言うと、腰からバチを手に取ると気合いをこめ始める。

鬼「ハアアアアアアアアアア!」

ボッ!!!

気合いを入れ続けると、バチの先から炎が吹き始めた。

鬼「タァ!ハァー!」

鬼がバチを振る度に、バチの先から火球が飛ぶ。
その火球は全て男の怪物にヒットした。


鬼がバチを振る度に、バチの先から火球が飛ぶ。
その火球は全て男の怪物にヒットした。

男の怪物「ウグッ!ガッ!ウァッ!アアーーー!!!!」

パァン!!

全弾ヒットした男の怪物は、メラメラと音を立てながら燃え出すと
女の怪物と同じように爆発を起こした。


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最終更新:2010年03月14日 00:30