アドルフ『ブルッ…』
アドルフは怯えを見せる。
さわ子「ねぇ…」
唯の隣に来ると、艶かしく彼女を抱擁する。
紬「あらあらあらあら…/////」
紬が"わきわき"し始める。
澪「先生、そのピック、唯のじゃないですよ?」
さわ子「あら?じゃあもしかしてムギちゃんの?」
澪「半分正解、というか、琴吹家系列の店から
レンタルしてもらったものなんです。」
さわ子「あらぁ…」
さわ子は紬に擦り寄る。
さわ子「む、ぎ、ちゃぁぁん…」
紬「あ、せん、せぇ、あ…だめぇ…」
紬「みんなが、みて…あ…/////」
さわ子のしていることはあまりにも卑猥なため、
言葉にすることすら躊躇われる。
アドルフ『なんたる淫売…!!』
唯「さわちゃん、ごめんね…」
唯「そのピックでね、私がギー太と遊んであげたいんだ。」
さわ子「えー…」
唯「こればっかは、譲れないもん!」
唯のまなざし。
アドルフ『!!』
アドルフ(この…意思を湛えた眼差し。真っ直ぐな意思の…)
アドルフ(ヴァルハルの乙女たちも、斯くあるのだろうか?)
澪「ちょっと待て。」
唯「え?」
さわ子「なに?」
澪「偉そうにそう言うお前は、」
澪「今ものんきにお茶してるだろう…」
唯「あ…」
澪「練習。」
梓「そうですよっ!」
唯「う、うん…」
アドルフ『…』
そして、各々の楽器を取り練習を始める。
唯「1秒あれば それで十分 ♪」
澪「♪~」
律「セイセイ!!」
アドルフ『これは…』
唯「ずるいくらい男前 ボ~っと眺めていたら ♪」
梓「♪~♪~」
アドルフ『なんと…』
唯「Let's try! 無口すぎるキミ ♪」
紬「♪」
アドルフ『…』
唯「誰にも止められない ♪」
アドルフ『酷い…』
アドルフ『なんと、愚かしい…』
アドルフ『野蛮人の、原始音楽のようだ…』
そして、演奏が終わる。
唯「よし!」
梓「なかなか良かったです♪」
律「あー疲れた疲れた…」
アドルフ『…』
唯(あ、アドルフ…)
唯(ぼーってしてるね…聞きほれちゃったってやつ!?)
見当違いどころではない。
唯達の演奏する音楽より推論して、アドルフはいくつかの帰結を得ていた。
アドルフ(おそらく、この少女たちの趣向が、この時代の日本において極めて特殊、
ということはあるまい。)
アドルフ(わが国をはじめとする文明国も、おそらくは同様に…)
アドルフ(大衆音楽は、俗っぽく、単純愚鈍で、とても聞いていられたものではない。
しかし、煤けた香りの中にすら、『歌』があったはずだ…)
アドルフ(だのに、これは…それどころの話ではなく…)
アドルフ(アンゲラの子孫もこのような?)
アドルフ(可哀相なアンゲラ!!)
アドルフ(…)
アドルフ(ああ…恐れていたことが…)
アドルフ(大衆の台頭が一層…)
アドルフ(マルクシズムめが死に体だと喜んでみれば…)
アドルフ(シュイペングラー氏が生きていたならば、なんと書くだろうか…?)
アドルフ(おそらくその"弊害"は多岐に渡り、とてつもないほど人々の魂を汚していることだろう。)
アドルフ(…)
アドルフ(しかし、この娘は…)
唯を見やるアドルフ。
アドルフは生前、多くの女性著名人たちと知的好誼を結んだ。
そしてアドルフは、唯に対し、それらの女性と同等の評価を覚え、
姪っ子にでも抱くかのような愛着を感じつつある。
唯は年若く、そして、アジア人であるのに。
唯から、決然とした、輝ける、直感へと通ずる才能を覚えるのだ。
夢遊病者の確信、と自ら評するごとく、アドルフは直感を高く扱う。
アドルフはまさに、ショーペンハウアーの行き過ぎた"弟子"であった。
そして、今、アドルフは、己が霊体として存在していることにより、
神の存在とその命令をはっきりと確信している。
彼自身の中で。
そして、人間の復活、キリスト教的な、である、
それも十分にありえる、と考える。
つまり自分が肉体を得て再び…
いやむしろ、再び…肉体を得る必要などあるのだろうか?
肉体が終始、精神に付きまとうなど、不便なだけでは?
アドルフ『そうだ…』
唯「??」
アドルフは、まず、唯を"教育"することに決める。
彼は生前、多くの人々を"教育"し、正道へ導いてやった、との強い矜持を持っている。
アドルフ『そうしよう。』
かつて死を選んだ男は、三度(みたび)、蘇るのか?
そして時間は進み、その日の夕食時の平沢家。
唯「おひしいよ、ういぃ~♪」
憂「ありがと!おかわりもあるからね♪」
唯「うん♪」
今日の献立は、ハンバーグシチュー、シーフードサラダ、野菜のお浸し、
里芋の煮っ転がし、茄子の浅漬け、味噌汁、ご飯。
アドルフ『うん。確かに美味しそうだ…』
アドルフは素直に感心する。
唯「うん♪憂は自慢の妹だよ!」
憂「お、おねーちゃんってば////」
憂に向けられた言葉ではない。
アドルフと同時代の人間は、平沢姉妹よりも、もっと年若いころから
様々な労働に従事している人間が多々いた。
しかし、それを勘案してすら、憂の家事スキルには目を見張るものがある。
アドルフ『そして…』
アドルフ『家族の仲が良い、ということは大変に重要なことだよ。』
唯は、部室で、練習の後に、さわ子から聞いた話を思い出す。
さわ子『総統は兄のアロイスと、その息子ウィリアム・パトリックとは
相当仲が悪かったらしいわ。』
さわ子『まあ、マスコミに要らぬネタを提供されたり、
生活費を要求されたりしたら、そりゃねえ…』
さわ子『晩年には、一説ではだけど、姉のアンゲラとも仲違いしたそうよ。』
アドルフは、自身の家族のことについて、
その後も唯に話してはいない。
唯「わたしは、すっごく幸せなんだな…」
憂「も、もうおねーちゃん////」
憂は照れ隠しにテレビのリモコンを手に取る。
テレビ『早いうちに政府の考え方をまとめていくことは大事だ。
その中で当然、沖縄、米国の皆さんに…』
鳩山来留夫にそっくりな男が報道陣に囲まれている。
アドルフ『この冴えない男性は誰だい??』
アドルフはテレビの中の鳩山来留夫似の男を指差す。
唯「あ、はとぽっぽしゅしょう??」
憂「駄目だよおねーちゃん、鳩山総理大臣のことそんな風に言っちゃ。」
アドルフ『そうか、この男が今の日本の首相なのか…』
アドルフ『本当に冴えないね…』
唯「でも、東大でてるんだっけ??」
アドルフ『東大??東京帝国大学のことかな?』
唯「わかんない、でも日本で一番頭の良い大学。」
アドルフ『おそらくは、東京帝国大学のことか。』
憂「??」
憂には当然、唯がアドルフに発した言葉は、独り言だと捕らえられる。
憂「弟さんも東大出てて大臣だったし、お祖父さんの鳩山一郎さんも総理大臣だからね。
すっごいエリートさんなんだよ?」
アドルフ『ふむ…鳩山一郎…聞いたことが無いような有るような…』
唯「ほおぉぉ…そいつはすごいねえ…」
実際、唯にはかなりどうでも良い話だ。
アドルフ『アメリカとの同盟絡みの話題か…』
アドルフ『敗者に対しては十分気前の良い処遇だ。』
アドルフ『カルタゴのように、破壊され塩撒かれなかっただけマシ、
というものだ。』
アドルフ『しかし、ベルリン、いやドイツ中が、灰塵寸前までに至った…』
アドルフ『日本も我がドイツも、経済的には、
再起以上のことをやってのけたそうだが…』
天井の照明に視線を移し、沈痛な表情を浮かべるアドルフ。
唯「…」
唯「あ、うい、ごちそうさま。」
憂「おねーちゃん、もういいの?」
唯「うん!」
そう憂に答えると、唯は自分の部屋へ戻る。
唯(アドルフのこと、元気付けてあげないと!)
唯の部屋。
唯「さ、アドルフ!」
唯「借りてきた本を読もう♪」
アドルフ『すまない、ゆい。』
申し訳なさそうな表情を浮かべるアドルフ。
唯「いいからいいから~♪」
唯「どれから読む?」
アドルフ『ふむ…』
アドルフ『これにしよう。』
アドルフが指差したのは『世界経済入門』という名前の新書。
アドルフ『短時間で現在の世界経済のあらましが掴めそうだ。』
唯「おっけー♪」
唯はその新書を手に取る。
すぐに序文を読み終えるアドルフ。
唯「読むの早いね…」
アドルフ『そうかな?』
唯「じゃあ、次のページに…」
アドルフ『すまない、ゆい。中を飛ばして、"おわりに"の部分を開いてもらえないだろうか?』
唯「え?いいけど…」
アドルフは"おわりに"の部分も読み終える。
アドルフ『では、第一章を開いてほしい。』
唯「うん。」
それから再び、アドルフは読書に没入する。
唯「…」
唯「…」
アドルフの読書法は、簡潔に言えば、
必要な情報と不必要な情報を特に峻別するもの。
多かれ少なかれ誰しもがやっていることだが、
これをアドルフは徹底して行う。
そして、早い。
唯(うわ、もう読み終わりそうだよ…)
30分もしないうちに、"おわりに"の部分に近づいてしまう。
そして二冊目、三冊目と進み…
唯の入浴時間をはさんで、日が変わるころには最後の五冊目に入る。
唯「ふう。最後の本だね。」
唯は疲れている様子。
アドルフ『すまない、ゆい。負担をかけてしまっているようだ…』
唯「ううん、いいのいいの!私も勉強になってるし!」
大嘘である。唯はもう、一冊目の本の名前すら忘れてしまっている。
アドルフ『いや、正直、読み過ぎたよ。久しぶりだったからね…』
唯「あ、そっか…」
唯はアドルフが死人だったことを思い出す。
アドルフ『しかし、本当に…』
アドルフ『本当に世界は変わってしまった。』
アドルフ『核分裂兵器のもとの均衡、ヨーロッパ連合、新興国の台頭、ソビエト連邦の崩壊。』
アドルフ『大衆文化の極致化、そして…諸技術のさらなる発展、産業革命期の比ではなく…』
アドルフ『電算機など特に…』
アドルフ『…』
アドルフ『そして一層、混迷した時代だ。』
唯「…」
アドルフ『ドイツからは精神的支柱がすっかり取り払われてしまったようだ。』
アドルフ『美徳も誇りも…大切なものがことごとく…』
アドルフ『…』
アドルフ『これではまるで…』
アドルフ『これではまるで豚小屋ではないかっっ!!!』
唯「ビクッ…」
突然大声を張り上げたアドルフ。
唯は驚いて、ぎょっ、とした顔になる。
アドルフ『す、すまない…ゆい…』
唯「ううん、大丈夫だよ!」
アドルフ『すまない…』
申し訳なさそうなアドルフの表情。
唯の心に、アドルフへの、庇護心のような物が芽生え始める。
アドルフ『ぐじぐじ、と悩むのはもう止めよう。
それは…男のすることではない。』
アドルフはそう、独りごつ。
アドルフ『大切なのは、進むこと。前線の只中で勇敢に闘うこと。』
アドルフはそう言うと、天井を、虚空をその青い瞳で見つめる。
決心に至ったときのような目。
アドルフ『さて…』
アドルフ『もう良い時間だろう、ゆい。』
アドルフ『夢見の時間だよ。』
優しく、幼児を嗜めるかのように、微笑を浮かべつつ、
唯にそう促す。
唯「あ、うん…」
アドルフ『?』
アドルフ『どうしたんだい??』
アドルフは、唯が何かを抑えていることに気付く。
唯「アドルフに聞きたいことがあってね…」
アドルフ『言ってみなさい。』
唯「アドルフのね、家族のこと。」
アドルフ『…』
唯「今日、さわちゃん先生が言っていたこと。」
唯「アドルフは、今の世界のことを知りたがっているけど、」
唯「じゃあ、アドルフの家族が、アドルフが死んだ後に、
どうなったかについては知りたくないの?」
アドルフ『!』
目を見開くアドルフ。
そしてほんの少し、哀しそうな顔をしたあと、
アドルフは答える。
アドルフ『大いに気になるよ。しかし、少なくとも…』
アドルフ『私の姉と妹、甥のレオは、生きてはいないだろう。』
アドルフ『…』
そういい終えると、口を結ぶアドルフ。
唯「さわちゃん先生が調べれたんだからさ、どっかの本にきっと載ってるよ!」
唯「学校の図書室か、学校の図書室になかったら、市の図書館に行って、調べよう?」
アドルフ『…』
唯「ね?」
アドルフ『ああ。』
アドルフ『しらべ、よう…』
唯の"思い"は、アドルフの心を強く打つ。
唯「それとね、アドルフ。」
アドルフ『なんだい?』
唯「アドルフの家族のこと、おしえてもらっても、いい、かな?」
唯「イヤじゃなかったら、だけど…」
アドルフ『…』
アドルフは目を閉じ、数十秒、何事かに思いを向ける。
アドルフ『うん、いいよ。』
アドルフ『寝物語に、話してあげよう。』
アドルフ『私の両親ときょうだいたちのことを…』
最終更新:2010年03月22日 04:06