アドルフ『私の父、アロイスはね、私生児だったんだ。』

唯「しせいじって??」

アドルフ『正当な婚姻のもとに生まれた子供ではないということだよ。
     一言で言えば、父親がだれかわからない、ということ。』

唯「そうなんだ…」

アドルフ『父は13歳のころに、家を出た。』

アドルフ『そして、その強い向上心のもと、オーストリア二重帝国の
     正税関士にまでなった。』

アドルフ『父は満足に学校へ通ってすらいなかった。
     そのような経歴の人間が正税関士となるというのは異例中の異例、大出世だ。』


唯(なんだろう…)

唯(そんなすごいお父さんの話してるのに…)

唯(アドルフ、すごくそっけない。)

アドルフ『父の性格は簡潔にまとめれば、傲慢、非強調的、偏執的なほどに頑固。
     それに加えて大酒飲み。』

アドルフ『父を世に押し上げたはずの精神的徳性は、逆に、
     人間としての魅力という観点からすれば、即失格、ということになる。』

アドルフ『わたしも母も兄も、父からひどく殴られたものだ。』

唯「あ…」

アドルフ『そんな父も行きつけ飲み屋で、ぽっくりと逝ってしまったよ。
     胸膜からの出血が死因だったらしい。』

アドルフ『酒好きの彼からすれば、最高の幕引きかもしれないが…』

アドルフは、まるで、知らない他人のことを話すかのように、
父親について語る。

アドルフ『そして、私の母クララ。』

アドルフ『私の母は、父の姪だった。』

唯「え゛…」

アドルフ「もちろん"義理"のだよ。しかし、血縁関係はあってね、
     父の従兄妹ぐらいに相当するだろうか。」

唯「それはまた…」

アドルフ『母は献身的な性格で、心やさしい女性だった。
     そして、熱心なカトリックだった。ゆいにはキリスト教徒、といったほうがいいかな?』

唯「ほうほう…」

アドルフ『けれど言い換えれば、卑屈、とも言える。』

アドルフ『母は、暴君のごとき父の、まったくの言いなりだった。』

アドルフ『けれどね、女性の身は弱いものだから…』

アドルフは寂しそうな顔をしている。

アドルフ『そんな母も、父が死んで数年後、癌で逝ってしまった。』

唯「!!」

アドルフの表情は、ひどく痛々しいものになる。

アドルフ『クリスマス間近のある日のことだ。』

アドルフ『癌の痛みに苦しむ母、そして、ついに逝ってしまった母。
     かたや、きらびやかクリスマスの装飾と楽しげな歌…』

アドルフ『私はクリスマス・ソングを聞くと、
     死んでしまいたくなるほどに、気が滅入ってしまう。』

唯「アドルフは…お母さんのことが、大好き…だったんだね…?」

唯は涙を浮かべている。

アドルフ『…』

アドルフは何も言わずに、瞳を閉じる。

アドルフ『そして、わたしの兄弟たち。』

アドルフは目を再び開けると、話を続ける。

アドルフ『あの音楽教師が言っていたように、私には腹違いの姉と兄、
     早くに死んでしまった同母の兄と姉、そして弟と妹がいた。』

アドルフ『兄の名はアロイス、彼も父と同じ名前だった。
     兄は粗暴な性格でね。父からの暴力のうっぷんを、
     常に私にぶつけていたよ。』

唯「…」

アドルフ『しかし、兄も父からの暴力と私の母、つまり兄からすれば義母との不仲のために14歳のころに家を出た。』


アドルフ『そのあとは、職を転々とし、イギリスに渡り、そこでイギリス人女性と結婚した。』

アドルフ『さらに兄は、ドイツに舞い戻って、
     義姉と離婚しないうちに、別の女性と結婚さえした。』

唯「ひどいね!それって…」

アドルフ『ああ。重婚というやつだ。我が兄ながら、まったくなさけない…』

アドルフ『とにかく、兄について語ることは特にあるまい。
     私と兄は互いに嫌いあっていたということ。
     それだけだ。』

アドルフ『姉の名はアンゲラ。』

アドルフ『彼女は兄と違って、私の母の言うことを良く聞いた。』

アドルフ『とても家庭的な女性だったよ。私のことも、とても愛してくれた。』

アドルフ『だが、少々意固地というか気の強い所があってね…』

アドルフ『彼女の再婚問題で、たしかに一時疎遠になった。結局は仲直りしたけれど。』

唯「よかった…!」

アドルフ『けれど、私からすれば、大切な姉だよ。』

唯「うんうん、仲が良いのが一番だよ!」

アドルフ『はは!まったくその通りだね。』

アドルフ『弟の名はエドムント。』

アドルフ『彼は、私が10歳のころ、5歳という幼さで死んでしまった。』

唯「そう、なん…だ…」

アドルフ『はしか、だった。』

アドルフ『可愛い盛りだったのに。弟を失った悲しみで、
     私はひどく打ちのめされたよ。』

唯「…」


アドルフ『そして、妹の名はパウラ。』

アドルフ『彼女はおとなしい、控えめな女性だった。』

アドルフ『私の運動のために、彼女は度々とばっちりを受けてね。
アンシュルッスの前までは、オーストリア政府から監視されていたはずだ。』

アンシュルッスとは、ナチス時代のドイツとオーストリアの合邦化(統一のようなもの)のことである。

アドルフ『そして、私が死んだときには、結婚もせずに、もちろん子供もいなかった。
     まったくすまないことをしたものだ…』

アドルフ『それに、口にこそださなかったが、
     私が政治家を続けることに対して良い印象を持っていなかったようだ。』

唯「どうして??」

アドルフ『私の身を心配したのだろうね。
     パウラは本当に心の細やかな子だ。』

アドルフ『政治家は命を危険にさらさねばならぬこともあるし、激務でもある。
     身体に良いはずがない。』

唯「優しい妹さんだね…」

アドルフ『きみの自慢の妹、憂君のようにね。』

唯「えへへ////」

アドルフ『そして、きょうだいの子供たち、私の甥と姪…』

アドルフ『いや、これは今度にしよう。』

唯「えー…」

アドルフ『もう一時間以上も話し込んでしまった。
     もうかなり遅い時間だ。』

アドルフ『さあ、ゆい。眠りにつきなさい。』

唯「うん、わかったよ…」

そして、その日もまた過ぎていく。


こうして、アドルフが唯に"憑い"てから数週間が経過した。
そして、それに伴って、アドルフの"教育"も巧妙、唯にあわせたかたちをとって進んでいった。
これは、教養や知識といったもののみではなく、芸術に対する志向の、
アドルフ流の陶冶、という側面も持っていた。

唯は、あれで飲み込みが早く、応用も利く。
ようは、良き教師がいればよい。


しかし…


桜高は二年生の、梓と憂の教室。
時は放課後。

和「ちょっと、失礼するわね。」

生徒A「!!」

生徒A「せ、生徒会長さん!?」

和「ごきげんよう。平沢憂さんはいるかしら?」

生徒A「あ、はい、窓際奥で、梓ちゃんや純ちゃんと話してますけど…」

和「ありがとう。」

そういうと和は、憂たちのところへ近づく。

梓「あ、憂!和先輩がいらしたよ!」

憂「和さん、すいません…」

和「相談があるって、あんたから聞いて…」

和「やっぱり、というか確実に唯のことよね?」

憂「はい…」

和「場所変える?」

憂「できれば…あと、梓ちゃんもいっしょに…、いいかな?」

梓「うん、もちろんだよ!」


生徒室となりの、空き教室。

和「で、唯がどうかしたの?」

憂「…」

和「憂?」

梓「…」

純「…」

梓(なんか純まで、さりげなく混ざってるし…)

憂「おねーちゃんが…」

憂「おねーちゃんがおかしくなっちゃったみたいなんです…」

和「唯がおかしくなった??」

和「まあ、あの子が変なのは小さいころから、何時ものことだけど…」

和「具体的には、どんな風に??」

憂「誰もいないはず空間とおしゃべりをするようになっちゃったんです。
  それも長い時間…」

和「独り言じゃないの?」

憂「最初に気付いたときは、私もそう思いました。
  夜遅くまで誰かと喋ってるようだったらから…」

憂「で、のぞき穴からそっと覗いたんです。」

梓「の、のぞきあなって…なに?」

和「あずさ、人間には知らなくていいこともあるのよ…」

梓「は、はい…」


憂「でも、お姉ちゃん、ケータイも子機も持っていませんでした。」

憂「気付いた日から、それが延々と、毎日続いているんです…」

憂「だから…」

憂「おねーちゃん、やっぱり頭がおかしくなっちゃ…て…」ヒック

和「それはちょっと…どころじゃなくて、かなり心配だわ。」

和「とるべき最善の措置は…」

和「担任のさわ子や養護教諭の先生と協力して、
  うちの学校のかかり付け医の先生ともね。
  小父さんと小母さんにも帰国してもらわないと…」

純「…」

純「それ、多分、憑かれてますよ?」

憂「!!」

梓「やっぱりそうなのかなぁ…私や澪先輩が練習を急かすから、
  唯先輩疲れちゃって…」

純「梓、字が違うから。疲労の"疲れ"じゃなくて、霊にとり憑かれるの、"憑かれ"。」


梓「…」

和「…」

梓「和先輩、すいません。この娘、すぐに追い払いますんで…」

憂「そういえば、純ちゃんのお祖母ちゃんって…」

純「北津軽は川倉のイタコよ。」

和「…」

梓「…」


憂「その変な髪形も、たしかイタコの伝統なんだよね?」

純「これはファッションなの!可愛いでしょっ!!」

梓(それはちょっと…)

和(ないわね。)

純「憂、前に言ったわよね?」

憂「?」

純「憂の家の隣にある社。」

憂「!!」

純「あの社。"名も無い神明"を祭っているみたいだけど…」

和「あの社が??はじめて聞いたわ。
  というか、"名も無い神明"って?」

純「日本は八百万の神の国で、しかも仏教も一緒、だから、たくさんのホトケサマもいます。」

純「でも、アマテラスオオミノカミや阿弥陀如来のような大格の方々は、ほんの一部。」

純「その他ほとんどの方々は、名前すら知られていないか、
  忘れさられてしまったんです。」

純「あの社にもそのような"名も無い神明"が祭られています。」

和「そうなの…」

梓(憂の家に遊びにいくのが怖くなりそう…)

純「ほとんど"勢力"らしい"勢力"もない神明なんですが…
  ただ。」

和「ただ??」

純「たとえなんですけど、高圧電線の下にいる家庭には
  癌系の病気が起きやすいっていいますよね?」

和「ええ。」

純「その高圧電線を、平沢家隣の社、と読み替えてください。」

和「つまり、あの社からよくわからないエネルギーのようなものがでて、
  唯によくわからない影響を与えた、ってこと?」

純「はい、その通りです。あの社の神明からは、"他化自在天"や"アメノウズメ"、
  と同じ匂いがします。」

純「これらの神明に共通する勢力は"魅入る"。
  つまり、人外の存在を惹きつけるということです。
  その勢力が唯先輩に、多分ですけど、宿ってしまった。」

純「だから、中学のころに憂に忠告して、
  "勢力払い"のコツをいくつか教えたはずなんですが…」

憂「ごめんね純ちゃん、その時、話半分以下で聞いてた…」

純「…」


和「鈴木さん、ごめんなさい。正直に言えば、その話信じられないわ。」

純「仕方ないですよ、慣れてますし。」

和「まあ、とにかく…」

和「梓、これから部活行くんでしょう?私もついていくわ。」

梓「はい。憂も行こう?」

憂「うん…」

純「私もついてくよ。」

梓「はいはい…」



一方、軽音部部室。

律「梓がまだ来てないなんてめずらしいな。」

澪「そのうち来るよ。お前たちとは違うし。」

律「なぬー!?」

紬「はい、唯ちゃん。頼まれていたCDよ。」

唯「ありがとムギちゃん♪」

アドルフ『ふむ…』

CDに視線を送るアドルフ。

律「なに?そのCD。」

唯「ムギちゃんから借りるんだ♪」

澪「『ブルックナー選集』?クラシックか。」

律「クラシックぅ!?あ、それも憂ちゃんに頼まれたんだろ?」

唯「わたし用だよ♪」

律「…」

唯にブルックナーを勧めたのはもちろんアドルフだ。

唯「あ、今から聞いてみようか?」

澪「たまにはクラシックもいいかもな。」

紬「じゃ、プレーヤーにセットするわね?」

アドルフ『♪』

アドルフ『とりあえず、交響曲第4番を聞いてみようか?』

唯「ムギちゃん!"こーきょーきょくよんばん"選曲おねがーい!」

紬「わかったわー♪」

律「唯がクラシックの曲名を覚えているだと…」

ワグナーに入る前に、
まずはブルックナーの明るい軽快な曲で、
唯の興味を引こうとするアドルフ。


紬「ポチッと♪」

澪「ふむ…」

唯「おお…」

― 三分後 ―

唯「ぐぅ…ぐぅ…zz」

律「スピースピーzzzz」

澪「こいつら…」

アドルフ『なんと呆れた…』

右手で額を覆い、首を軽く左右に振るアドルフ。


アドルフ『まあいい。あせらずとも。』

アドルフ『聞けば琴吹君は大量に音源をもっているとか?』

アドルフ『ゆいに頼んで借りてもらおう。』

アドルフ『さすがは部室に音楽室を使っているだけあって良い音だ。
     このコンパクトディスク、というのも。』

アドルフ『だができればホールで生を聞きたいものだ。』

アドルフはブルックナーに聞き入りつつ、ぶつぶつ何かを言っている。
両手を後ろにくんで、時計回りにゆっくりと部室の中を歩き回りながら。

アドルフ『やはり音楽が無ければ、人生は色あせたものになってしまう。』

アドルフ『ただし良い趣味を追求すれば、の話だが。』

アドルフ『ゆいのことも、あの五月蝿いだけの屑音楽から卒業させてやらねばな…』

ガラッ


部室のドアが開く。

澪「あ、和?」

和「お邪魔するわね。」

梓「お早うございます…」

憂「失礼します。」

澪「梓も一緒だったのか。憂ちゃんもいらっしゃい。」

憂「お邪魔します。」

純「あの、私も入っていい?憂が通せんぼしてるんだけど…」

憂「あ、ごめんね純ちゃん。」

純「しつれ…」

アドルフ『共産中国はうまく使えそうだ。ロシアは、もう駄目だな。
     主権民主主義など馬鹿なスラブ人には不相応…』

純「!!!」








純「いた。若い外人が一人。」

和「!」

憂梓「「!!」」


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最終更新:2010年03月22日 04:08