純「こっちには気付いてないようです。」

純「私も知らん振りを装いながら観察するので、
  生徒会長さんたちも自然に。」

和「わかったわ。」

憂「うん。」

梓(純、胡散臭いよ、純…)

澪「あ、たしか…鈴木さん??
  いったいどうしたんだ?」

和「な、なんでもないわよっ。」

梓「あ、クラシック聞いてたんですか?」

澪「そうなんだけど、こいつらは寝ちゃったよ…」

唯「zzz…」

律「スーフー…zzz」

梓「…」


紬「今、お茶入れるわね。」

和「ありがとう、紬。」

純「…」

アドルフ『しかし、一番の問題はいかにドイツを…
     ゆいと切り離された場合、もしかしたら私の意識も…』

純("烏賊にどどいつを"…"ゆい"…"イサキも"…??
  ジャミングがひどくて、上手く聞き取れない…)


純「…」

梓「ムギ先輩のCDですか?」

紬「ええ。唯ちゃんに頼まれの。」

梓「唯先輩がクラシックですか…?」

澪「良いインスピレーションにはなるとは思うんだが。
  まあ、起きて聞いていればだけどな…」

梓「この二人のことですしね。」


アドルフ『とにかくしばらくは、このまま、ゆいの教育に…』

アドルフは和たちが入ってきても、まったく気にする素振りをみせない。
他人が自分を見ることができない、という状況にすっかり慣れきっているのだ。

純「…」

純(この人の顔どっかで見たことあるような…)

純(でも、問題はそこじゃない。
  この外人の霊から、とてつもないほどのプレッシャーを感じる…)

純(それに…)

そして、再び生徒会室。
和と憂、そして純。

純「背は170ちょっと、かなり痩せてて、20代ぐらい、面長の、
  目はすごく綺麗なブルーです。」

和「白人?」

純「はい。」

純「髪は七三わけのツーブロックで、
  よれよれの疲れたスーツを着てました。」

和「そこまでわかるの??」

純「はい。けど、音声はうまく聞き取れませんでした…」

和「音声って…」

和「それに白人の…男性でいいのよね?」

純「はい。」

和「なんでそんなのが…」

和「…」

和「ごめんなさい、鈴木さん。やっぱり、あなたの話は…
  はっきりいえばね、私は、そういうの全く信じない性質なの。」

純「…」

純「憂、唯先輩とあの外人の霊はどんな話をしてた?」

和(スルーされたかしら…)

憂「たぶん、芸術とか、歴史とか、政治とかの話。
  おねーちゃんが普段絶対しないような…」

純「他には?」

憂「『アドルフ』って単語、多分人の名前だよね、それをよく口にしてた…」

和「!!!」

和「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってよ…」

和「その名前…それと、唯が何週間か前に自慢してた鼈甲製の…」

憂「あっ!!」

和の額から、汗が少しにじり出てくる。

和「教科書、いえ、図書室のほうが…」

和「ちょっと出るけど、五分ぐらいで戻ってくるわ!」


そして五分もかからないうちに、再び戻ってくる和。
大きく息を切らせている。
手には一冊のカラー表紙の本、というかムック。

和「ハァ…ハァ…生徒会長なのに、廊下を…ダッシュしちゃったわ…」

和「えっと…えと…あ、ここ!」

和はその本を開き、あるページを純と梓に示す。

何人かの若い白人兵士が並んで写っている白黒写真。
そのうちの一人を指差す和。

和「もしかして、この男!?」

純「えと、うーん…この人のような…
  私、トム・ハンクスと、カツラつけたブルースウィリスも見分けられないんです…」

和「た、たしかに他の人種の顔を区別するのは難しいけど…」

憂「和さん、この人って…」


和「そうよ…!」

和は本を閉じると、その表紙を二人に見せる。
40代の白人男性の白黒写真が表紙を飾っていた。
びちっと綺麗に固めた髪は1:9ぐらいの左分け。
鼻のすぐ下にある、いわゆる"チョビ髭"
表情は硬い、というよりは断固としたもの。

和「ドイツ国総統、アドルフ・ヒトラー。」

憂「え…」

純「生徒会長、この人のほかの写真は!?もっと見れば表情とかで…」

和「本の中にたくさんあるわよ…」

純「あ、この写真のこの表情…」

和「ヒトラーが何かに思いを馳せている際の写真ね…」

純「年かさは一回り以上違いますけど…
  この何かに酔ったみたいな顔…」

純「あの外人の霊とそっくりです!」

和「…」

和「信じたくはないけれど…」

憂「あのピックが原因で!?」

純「ピックって?」

憂「えっとね…」

憂は純に事情を話す。

純「ヒトラーの親戚の遺品…」

和「とにかく、もし本当にヒトラーが唯に憑いてるのなら、
  唯と彼の会話の内容を確かめて、情報を集めないと…」

和(それに結局のところ、唯の精神疾患の可能性も高いし…)

憂「じゃあ、私の部屋の覗き穴からお姉ちゃんを…」

純(そんなもの作ってたの、憂…)

和「いえ、もっと確実な方法よ。
  軽音部員たちにも協力してもらわないね、特に紬。」



そして、その三日後の夜。
その日は金曜日で、当然休日の直前。

唯「ごちそうさま!」

憂「おそまつでした♪」

何時もどおりの平沢家のダイニング。
平沢姉妹と霊が一体。

アドルフ『さて、ゆい。今日も読書をしよう。』

唯「よーし!」

憂「おねーちゃんは部屋に戻るの?」

唯「うん♪」

唯はここのところ、食事が終わるとすぐに自室に戻ってしまう。

憂「じゃあ、お風呂ができたら呼ぶね?」

唯「ほーい!」

憂「…」

憂(よし、行ったね…)

憂「…」

携帯電話を取り出す憂。

憂「梓ちゃん、入ってきていいよ。」

そう短く伝えると携帯電話を切る憂。

ガチャ…

平沢家の玄関が開く音がする。


律「お邪魔しまーすと…」

和「静かにね。」

律「はいはい。」

澪梓純「「「お邪魔します。」」」

紬「お邪魔します。憂ちゃん、とりあえず、
  憂ちゃんのお部屋にいけばいいのよね?」

憂「はい。」


憂の部屋。
女の子の部屋に似つかわしくない機材が、所狭しと並べられている。

紬「今日の日中に斉藤が指揮を執って、
  すべてセッティングしてくれたわ。」

律「で、なんで唯の部屋を監視カメラで覗くんだ??」

紬「あの憂ちゃんがどうしてもって言うから私も協力したんだけれど…」

和「それは、今から見てみればわかるわ。」

和(一昨日のうちに憂の部屋の覗き穴から唯のこと観察してたけど…)

和(本を読んだり、クラシックを聞きながら、
  確かに、誰かと話しているようだった。)

和(唯の口から、唯が一生使わないだろう単語が、
  ぽんぽん出てくるんですもの。)


紬「じゃあ、スイッチ入れるわね。」

紬「ポチッと。」

6台のモニターに、それぞれ別方向から、唯の部屋が映し出されている。

律「ベッドに座って、音楽聞いてるな。」

紬「唯ちゃんに今日貸してあげたベートーヴェンのCDだわ。」

澪「どっかで聞いたことがあるな…」

紬「交響曲第3番、『英雄』よ。」

和「紬、赤外線カメラをお願い。」

紬「わかったわ。」

律「はぁ!?なんで赤外線??」

和「とりあえずは見ていて頂戴。」

紬「ポチッと。」

紬が赤外線カメラのスイッチを入れる。
モニターの一つが、赤外線カメラ特有の暗さを帯びた映像に切り替わる。

和「特に移ってないようね…」

純「多分無理ですよ。そう言う番組で、テレビ局が雰囲気を出すために
  赤外線カメラやサーモグラフィーを小道具として使っただけですから。」

純「実際には、そのどちらにも反応しないはずです。」

和「一応、念のためだったんだけどね…」

梓「あ、先輩が喋り始めました!」

律「え?」

澪「?」


アドルフ『どうだい、さっきの曲は?』

唯「すごく勇ましい、じゃなくて何かな…
  鷹とか鷲をイメージしちゃう。」

アドルフ『良い例えだね、ゆい。』

アドルフ『さっきの曲は、ベートーヴェンが"コルシカの鷲"
     ナポレオン・ボナパルトのために書いたものだ。』

唯「ナポレオンってあの、チンはこっかなり、の?」

アドルフ『それはルイ14世だよ。
     下級貴族からフランス大革命を経て皇帝にまでなった男だ。』

アドルフは唯のボケも綺麗に受け流す。

唯「"成り上がり"ってやつ??」

アドルフ『そうだね。彼は非常に才能に恵まれていた。』

アドルフ『ただ…結局は、』

アドルフ『彼はその才能をうまく生かすことができなかった。』

唯「どうして?」

アドルフ『彼の夢、フランスの繁栄、これを追い求めることは正しかった。
     彼の戦略もほぼ正しかった。』

アドルフ『だがね、彼は人材、人間を用いる際に手ひどい失策をしたんだ。』

アドルフ『彼は、部下として使ってはいけない人間をつかったし、
     何より身内びいきだった。

アドルフ『無能な兄弟を諸王にしてしまった。他人が信用できなかったんだろうね。
     さらに、すぐ下の弟は有能な男だったが、これを使いこなすこともできなかった。』

アドルフ『さらには、革命で追い出したはずの旧貴族と和解して、
     自分たちの部下に、自分の宮廷のなかで、貴族の猿真似までさせた。』

アドルフ『フランスの旧貴族など、精神的に堕落しているし、
     なにより皆、外国から金をもらっている売国奴だった。』

アドルフ『目標と手段、これはね、どちらも妥協してはいけないんだ。』

唯「ほう…」

アドルフ『私は身内びいきをしなかった。』

アドルフ『そのために甥のハンスを、戦場で失ってしまった。
     彼は勇気と知能に恵まれた、真にドイツ人らしい男だった。』

アドルフ『彼の父や兄とはまったくの別物だよ。
     彼は私の誇りだ。』

そういうとアドルフは窓から外に顔を向け、空をじっと見つめた。
甥のことを思い出しているのだろうか。

唯『アドルフ、元気をだして。』

アドルフ『おお、ありがとう!心優しい、ゆい。』



※(ハンス・ヒトラーはソ連の収容所で傷病死している。
  ヒトラーは、捕虜交換でなんとしても甥を取替えそうとしたが、かなわなかった。)




憂の部屋

律「お、おい、唯は誰と話してるんだよ…」

澪「…」

和「いい、よく聞いて頂戴。」

和「単刀直入に言うわね。」

和「唯がレンタルしてもらっているピックには
とんでもないものが宿ってたの。」

澪「ま、まさ、まさ、まささささか…」

和「さっき、『アドルフ』って単語を唯は口にしたわよね?」

律「…」

和「それが今、唯の隣にいる人物の名前よ。」

律「と、となりって、唯しかいないじゃん…」

和「鈴木さんが"見える人"でね、教えてくれたのよ。」

律「…」


和「唯はね、なぜだか知らないけれど、白人の男性、」

和「おそらく、アドルフ・ヒトラーと思われる人物に
とり憑かれているの。」

律「ま、また、和よ、いいかげんに…」

和「私が下らない、いい加減なことのために、紬に機材をお願いして、
あんたらをこんなことに巻き込むと思う?」

律「…」

紬「鈴木さん、本当なの?」

純「あの人物が誰かはまだ完全にはわかりませんけど、」

純「とにかく、唯先輩は若い白人の霊体に憑かれています。」

澪「…」

澪「ヒッ」

澪「ヒッ…ヒヒヒヒ…ヒッ…ヒヒヒヒ…」

梓「い、いけない!澪先輩が過呼吸に…!」

和「しまったわ。澪がこの手のことに弱いの忘れてた!」

憂「い、いまビニール袋もってきます…!」

律「…」

律「鈴木さん。」

純「はい。」

律「どうすりゃいいんだ…?」


純「一通り、お母さんの道具を無断で借りてきました。」

純は、幸福実現党総裁が肩からよくかけているような肩掛け、
数珠、何冊かの経文を取り出す。

律「これでお祓いを?」

純「おはらいというか、お祖母ちゃんが霊を降ろして
お母さんがそれを手伝ってるところしか見たことないもので…」

憂「純ちゃんのお祖母ちゃんは青森のイタコなんです。」

律「見てただけ?」

純「はい。」

律「駄目じゃん!!」

純「お祖母ちゃんの遺伝子は四分の一持ってますから!」

梓(というかイタコってお祓いもするの?
お祓いって神社の仕事じゃないの?)

和「鈴木さん、まあ抑えて。」

和「今日は特にアクションを起こさないわ。」

和「関係者が集まって事実を認識して、
傾向と対策を考えるためのものだから。」

純「わ、わかりました…」

澪「う、うう…」

梓「少し澪先輩も落ち着いたみたいです。」




一方、唯の部屋。

アドルフ『妻のエーファ、姪のゲリ(アンゲラ)、姉のアンゲラ、…』

アドルフ『私の周りには心優しい女性がいて、いつも私を支えてくれた。』

唯「うん。」

唯はヒトラーの家族や親しい人間のことを、
このごろは自分から聞こうとしなくなっていた。
そういう話をすると、度々、アドルフが悲痛な顔を見せるからだ。

ヒトラー『そして、女性こそ家庭の要だ。』

アドルフ『そして家庭は人間を育てる大もとの場所だ。』

アドルフ『また、個人が集まり国家ないし民族となる。』

アドルフ『国家と民族は同義だ。切り離すことはできない。』

アドルフ『そして、個人よりも、まったく、
国家ないし民族が優先されねばならない。』

アドルフ『個人は民族ないし国家のために生きねばならない。』

唯「なんかそれだと、わたしたちの自由がないような…」

アドルフ『はは。多くの人間は、とくに大衆は、そう考えるだろう。
しかし、そのまま留まっていては駄目だ。』


アドルフ『例え話をしよう。』

アドルフ『ゆい、君は言葉を、日本語を話すね?』

唯「当たり前だよぉ…」


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最終更新:2010年03月22日 04:09