憂「お姉ちゃん、そろそろ起きないと、今日朝練なんでしょ?」

唯「う~ん、わっ! もうこんな時間! なんで起こしてくれなかったの?」

憂「何度も起こしたでしょ! 朝ごはんどうする?」

唯「ごめんいらない! 行ってきま~す!」

唯はパンをくわえて走り出した。


唯「はぁはぁ、息が苦しい、やっぱりパンを食べながら走るのは無理があったかも」


走っていると前方の横断歩道の信号が青に変わるのが見えた。


唯(あっ、あそこの信号、赤になるとながいんだよね。急がないと、ん?あれは」


道路の反対側の歩道の前方に和が歩いているのを発見した。


唯(和ちゃん朝から生徒会の仕事かな?)


もう少し近くに行ったら声をかけようかな そんなことを考えながら走っていると横断歩道にさしかかった。

前を向くと、すでに信号は赤に変わっていた。



音楽室に到着すると三人はすでに楽器をかたづけているところだった。

唯『みんなごめんなさい、遅刻しちゃった!』

律「唯のやつ結局こなかったな」

澪「朝練のこと忘れてるんじゃないか?」

唯『ごめんなさい、次からちゃんと気をつけるから…』

紬「昨日の夜にメールしておいたんだけど」

律「唯のやつ、今日会ったらびしっと言ってやらないと」


そう言いながら三人は唯の横を通り過ぎた。


唯『え? ちょっ、ちょっと、みんな!』


しかし三人はそのまま音楽室から出て行ってしまった。

唯『私が悪かったから……無視…しないでよ…』

唯はしばらくの間、音楽室にたちつくしていた。


教室に着いたのはホームルームが始まる直前だった。

唯は自分の席にかばんを置いて前の席に座る和にあいさつをした。


唯『和ちゃん、おはよう!』

和「……」

唯『あ、あれ? 和ちゃん…?』

和「……」


和は返事はおろか、唯の方を見ようともしなかった。


唯(そんな……、和ちゃんまで、どうして?)

教師「みんな座れー、ホームルームはじめるぞ」

そういって教師が教室に入ってきたので唯はしかたなく席に座った。

教師「みんな、落ち着いて聞いてくれ。平沢のことなんだが…」

唯『? 私がどうかしたんですか?』


教師「今朝、交通事故で、亡くなったそうだ」


唯『え? 先生まで何言って… 私はちゃんとここに…』

和「そんな、嘘でしょ、先生!」

教師「落ち着け、真鍋。 平沢は今朝、道路にとびだしたところをトラックに轢かれて、病院に着いたときにはもう…


和「そんな、唯! いやあぁぁぁぁ!」

唯『和ちゃん、落ち着いて! 私はここにいるよ!』


そういって和の手をにぎろうと両手をのばした。

スカッ

しかし、のばした両手は和の手をすり抜け、空を切った。

唯『あ…』

和はそのまま泣きくずれてしまった。

唯『そっか…私…あのとき……』

唯『死んじゃったんだ…』


………

前を向くと、すでに信号は赤に変わっていた。

キキーーーー

ドーーーーーーーン

通行人「きゃーーーーー」

通行人「人が轢かれたぞ! 早く救急車を」




唯『あれ? 私が道路にたおれてる?… これは…夢?』

唯『私、今何してたんだっけ?… そうだ! 朝練に行かないと!』

タッタッタッタッ

………

………


その日の放課後 音楽室

澪「……」

律「……」

紬「……」

その日部室に集まった三人はずっと無言だった。

やがて静かに澪が口を開いた。

澪「私のせいだ…」

唯『澪ちゃん…』

澪「私が朝練しようなんて言いだしたから……唯は…」

紬「そんな、澪ちゃんのせいじゃないわ」

唯『そうだよ、私がもっとしっかりしていれば』


澪「別に…上手くなんてならなくてもよかったんだ、今までどおり四人でお茶をのんで、しゃべって」

澪「ずっと、そんなふうにやっていけたらいいなって思ってたんだ……それなのに…」

律「やめろよ!」

律「そんなこと言ったって、唯はもう……うっグスッ」

唯『りっちゃん…』

律「うわあああああん」

律は声をあげて泣いた、澪も紬も泣いていた。

唯『みんな…』

唯はただ、見ていることしかできなかった。


翌日も三人は音楽室へやってきたが、そこに会話はなかった。

澪「……」

律「……」

紬「……」


紬は今日もお菓子を持ってきて紅茶をいれたが、だれも手をつけない。
かといって練習する気にもならず、音楽室は静寂につつまれていた。


その静寂を破ったのは律だった。

律「やめちゃおうか…、軽音部」

唯『りっちゃん!?』

紬「そんな!」


律「だってそうだろ? 人数が足りなくなったからいずれ廃部になっちゃうだろうし…」

律「だからといってあたらしいギターをさがして、そいつとやっていくなんて気にはならないよ」


紬「でもっ!」

澪「私も、唯以外のギターなんて考えられないよ、唯のかわりなんていない…」

唯『そんな!私のせいで軽音部がなくなっちゃうなんて、そんなの嫌だよ!』

紬「私は、こんな終わりかたなんて、やだよ……」

そう言うと紬は泣き出してしまった。

唯『ムギちゃん…』

律「ごめん、今日はもう帰るな」

そういって律は音楽室を後にした。

澪はしばらく紬のことを見ていたが、静かに立ち上がると無言のまま音楽室から出て行った。

唯にはその後姿も泣いているように見えた。


部屋には紬と唯だけがのこされたが、唯にはなにもできることはなかった。



夜、唯が自分の部屋へと行くと、そこには憂がひざをかかえて泣いている姿があった。

唯『うい…』

憂「ううっグスッ…お姉ちゃん…」

憂「あのとき私がちゃんと間に合うようにお姉ちゃんを起こしてれば……私のせいだ」


唯『ううん、憂はなにも悪くないよ、私がしっかりしてなかったのが全部悪いの』

唯『ずっと憂に頼りっぱなしで、最期まで出来の悪いお姉ちゃんでごめんね」

唯は憂にふれることはできなかったが、それでも一晩中、憂いを抱きしめ続けた。

憂「ううっ、お姉ちゃん…」


……

澪は自室の机に向かって写真をながめていた。

唯が死んでから一週間が過ぎた。

あの日以来、一度も音楽室へは行っていない。

律や紬ともほとんど話していなかった。

話せば思い出してしまうから、楽しかった日々を。そしてそれは二度とは帰ってこないということを。

澪は写真を手に取った。入学してまだ一年もたっていないのに、たくさんの写真があった。


唯がはじめて軽音部にきたときに撮った写真

追試で100点をとった唯

夏の合宿に文化祭。


それらを見ながら思い出をふりかえっていると、私はずいぶん唯に助けられていたことにきづく。

歌詞を書くことに自信が持てるようになったのも唯のおかげっだったし、

初ステージで緊張でだめになりそうだったときも、励ましてくれたのは唯だった。

そんなことを考えているとまた、涙があふれそうになってきた。


澪「もう寝ちゃおう」

そう言ってベッドにむかおうとすると、部屋のすみに置かれたベースが目に入った。

澪「ベースだから、エリザベス、か」

唯が澪のベースにつけた名前

澪「あの時は勝手に名前をつけるなと怒ったけど、実はけっこう気に入ってたんだよな、この名前」

昔、唯がギターと添い寝していると言っていたことを思い出し、ベースを持ち上げるとそのままベッドに入り、

ベースを抱きしめながら眠りに落ちた。



翌日、授業が終わって、澪が帰ろうとしていると、担任に呼び止められた。

人数不足のため、軽音部の廃部が正式に決定したらしい。

今後は合唱部が音楽室を使うため、今日中に私物を持ち帰ってほしいということだった。

覚悟していたとはいえ、やはり悲しい気持ちになる。


音楽室に着くと、二人はすでにそこにいた。

ムギはティーセットを箱につめていて、律はホワイトボードに書かれた落書きを消しているところだった。

みんなで書いた、めざせ武道館の文字が、律の手によって消されていく。


澪「廃部、決定だってな」

律「ああ、悲しいけど、唯のいない軽音部に意味なんてないし、これでよかったんだよ」

紬「……」

唯『そんな!私のせいでみんながバラバラになっちゃうなんて、そんなのやだよ!みんな、軽音部をやめないで!
お願いだから!』

しかし唯の叫びは誰にも聞こえることはなかった。

しばらくして片付けが終わり、そろそろ帰ろうかとしたとき、それまで黙っていたムギが口を開いた。

紬「ねえ、最期に一度だけ、三人で唯ちゃんのために演奏しようよ」

紬「ここを使えるのも、今日で最期なんだし」


正直言ってあまり気が乗らなかった。

あれ以来、まともにベースを弾いていないし、なによりこんな気持ちでは、とてもいい演奏などできる気がしなかった。

だけど、ムギがいまにも泣き出しそうな顔をしていたから…


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最終更新:2010年03月23日 01:35