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唯「こんにちは」
さわ子「いらっしゃい唯ちゃん。久しぶりねー元気にやってる?」
唯「うん。さわちゃんも変わらないね」
さわ子「まだまだいけるわよ。あ、そうそうCD買ってるわよ」
唯「あはは、ありがとうございます」
生徒「失礼しまーす。さわちゃん先生~プリント持って来ました」
さわ子「はい。確かに受け取ったわ」
生徒「……」ポー
唯「ん?」ニコ
女生徒「あっすいません!し、失礼しました!」
さわ子「……あらあら。ところで唯ちゃん、綺麗になったわねえ」
唯「いやぁーそれほどでも。そういえばいまだにさわちゃんって呼ばれてるんだ」
さわ子「あなた達の所為でね。もう気にしてないけど」
さわ子「それで行くんでしょ?部室」
唯「もちろん!でも今から行って大丈夫なの?まだお昼過ぎだけど」
さわ子「ええ。もう活動してる部もなくなっちゃったしね」
唯「そっか……」
さわ子「それに今の時期3年生はほとんど学校に来ないから」
唯「そういえばそうだった」
さわ子「じゃあ行きましょ」
そう言ってさわちゃんが音楽準備室のカギを持って立ち上がる。
何年ぶりだろう、軽音部の部室へ行くのは。
私はギー太を担ぎ直してさわちゃんの後に続いた。
さわ子「しっかしギリギリだったわね」
唯「忙しくて中々こっちに戻ってこれなくて」
さわ子「でしょうねえ。今は一人暮らしなの?」
唯「うん。それにしてもさわちゃんが私のCD買ってるとは思わなかったよー」
さわ子「教え子のCDなら当然買うわよ。梓ちゃんのバンドのCDだって買ってたわよ」
唯「そう…………でも私のってメタルじゃないよ?」
さわ子「メタル以外だって聞くわよ……パンクとか」
さわ子「それに最近の唯ちゃんの曲って少し変わってきてるしね」
さわ子「初期の『ごはんはおかず』だっけ?あれは衝撃だったわ」
唯「今年で4年目だからね~」
それだけやっていると少なからず曲の好みや歌詞にも変化が表れる。
それこそ最初は『ごはんはおかず』のような詞も書いてたけど
今はしっとりした曲だって作ってるしね。
唯「うわーこのカメ懐かしいな」
さわ子「ふふ、私は見飽きちゃったわ。それでももう見れなくなると思うと寂しいけどね」
桜高は今の3年生が卒業したら廃校になる。
さわちゃんが言うには少子化と校舎の老朽化が原因らしく校舎の再利用もしないらしい。
学校には卒業間近の3年生しか在籍していないため平日でもほとんど生徒がいない。
唯「今日は悔いの残らないようにしなきゃ」
さわ子「そうね。あ、部室で練習するの?」
唯「ううん、実は部室で曲を作ろうと思って」
さわ子「へぇ~ニューシングル?」
唯「ううん、今度出すアルバムに入れる予定なの」
さわ子「でも1日でなんとかなるの?」
唯「曲は大体出来てるんだけどせっかくだからここで作ろうと思って」
私がここに来た目的の一つがこれ。
思い出の部室で詞を書きたかったからだ。
さわ子「期待してるわ。あ、アルバム発売したらもちろん買うわよ」
唯「じゃあさわちゃんの給料日に発売しなきゃ」
さわ子「……こう見えても計画的に貯蓄してるのよ?」
それに作りたい曲がある。
今じゃなきゃ駄目で、この場所で作りたい曲。
それを今度のアルバムにどうしても入れたい。
私の最後のアルバムだから。
さわ子「さて、着いたわよ」
さわちゃんが鍵を回して扉を開ける。
私が在籍していた時には鍵なんて掛かってなかったような。
唯「もう音楽準備室って使われてないの?」
さわ子「そうねえ、最近出入りしているのは私くらいかしら」
唯「そっか、さわちゃん音楽の先生だもんね」
さわ子「違う違う、こっちよ」
そう言ってさわちゃんは棚からティーカップとコーヒーカップを取り出す。
さわ子「コーヒーと紅茶どっちがいい?」
ティータイムは密かに受け継がれていたらしい。
さわ子「インスタントとティーパックだけどね」
唯「じゃあ紅茶でお願いします」
さわ子「それじゃポットに水入れてくるわね」
唯「あ、私がやるよ」
さわ子「今日の唯ちゃんはゲストなんだからいいのよ。ちょっと待っててね」
唯「はーい」
部室を見回すと昔よりも片付いている気がした。
ドラムセットとキーボードがないからかな。
それでも昔と変わらないソファーやホワイトボード、みんなで使っていた机は今もそこにある。
私の指定席だった机を撫でて郷愁に浸っていると端のほうに落書きを見つけた。
落書きと言うよりも彫刻刀か何かで字が彫られていて所々に消しゴムのクズが詰まっている。
そこには縦書きでみお、りつ、ムギ、あずにゃん、ゆいと書かれていた。
そういえばこんなことをしたような気もする。
唯「あ……」
あずにゃんとゆいの間には相合傘まで彫られている。
今一思い出せないけど私の席にある落書きなんだから私が書いたのだろう。
身に覚えが無くても少し恥ずかしい。
だけど、なんだかいい詞が書けそうな気がしてきた。
さわ子「おまたせー」
さわちゃんはさっそくティータイムの準備に取り掛かる。
ポットのコンセントを入れて棚から大量のお菓子を取り出して机の上に置いた。
唯「こんなにお菓子溜め込んでていいの?」
さわ子「バレなきゃいいのよ」
さわちゃんは相変わらずだった。
いくらばれないからといっても(年齢的に)如何なものだろうか。
とか思ったけど当時とあまり変わらないさわちゃんを見てるとなんだか嬉しい。
それにお菓子はいくらあっても困らないしね。
唯「相変わらずだねさわちゃん」
さわ子「ここが私の憩いの場なんだから。これがないとやってられないわ」
唯「じゃあ私も~。いただきます」
唯「おいしい~」
さわ子「こういうのもおいしいけどやっぱりムギちゃんが持ってくるお菓子のほうがよかったわ」
唯「お菓子持ってきてくれる子はいないの?」
さわ子「そんなありがたい生徒は後にも先にもムギちゃんだけね。あ、お湯沸いた」
ティーカップとコーヒーカップにお湯が注がれる。
さわ子「はいどうぞ」
唯「ありがとうございます」
少し冷ましてから一口頂く。
唯「はぁ~」
唯「ここでお茶飲んでるとなんだか懐かしいな」
さわ子「そうねえ……」
さわ子「まあでもみんな元気そうで何よりだわ」
唯「みんなと会ったの?」
さわ子「梓ちゃん以外はみんなここに来たわね」
唯「そっかぁ……」
さわちゃんとまったりお茶していると部室のスピーカーから校内放送が流れた。
『山中先生、山中先生、至急職員室に来て下さい』
さわ子「げ」
唯「あはは」
さわ子「仕方ない……ちょっと行ってくるわ。ポットとかはそのままにしておいていいから」
さわ子「それじゃ曲作り頑張ってね」
唯「はーい」
唯「さてと」
あまり時間が無いのを忘れてついついまったりしてしまった。
ギターケースからギー太を取り出してチューニングする。
それから机にノートとペンを出して作詞の準備完了。
歌詞を書いてその都度弾き語りをして語感を確かめて……という作業になる。
題名はもう決めてある。
歌詞の大まかな内容も。
唯「……よし」
出だしは部室とこの机を見たときに思いついた。
あとは、ここで出会ってから始まったことを書き記せばいい。
この歌は私の音楽を聴いてくれる人のためにつくる歌じゃない。
最後の最後でちょっと申し訳ないけど。
誰のためでもなくて、
これは私がたった一人の女の子を思ってつくる歌。
軽く深呼吸してからピックを持って弦を押さえる。
――君を思い出すこの場所で 僕はただ目を閉じて歌う 君の歌
「Your song」
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――――――――
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梓「よろしくお願いします。唯先輩」
小さくて可愛い子だなぁ、というのが第一印象。
(二日目の途中まで)大人しくて真面目で音楽に対して直向な女の子。
中学の時は帰宅部で後輩と縁の無かった私は
初めて出来た後輩を思いっきり可愛がった。
唯「あずにゃーん!むちゅううう~」
梓「ぎゃー!」
このストレートすぎる愛情表現が功を奏したのかも。
って前に本人に言ったら怒りながら否定されちゃったけど。
あずにゃんが入部してから軽音部はより一層楽しくなった。
最初は主に私とりっちゃんとさわちゃんの所為であずにゃんを怒らせちゃったりしたけど、
次第に軽音部の空気に慣れていって(?)私達はすぐに仲良くなった。
唯「あずにゃんぎゅ~」
梓「離れてください!練習しますよ!」
澪「まったく、見てるほうが暑苦しいよ」
律「あついと言えばそろそろ合宿だな!」
紬「そういえば準備がまだだったわね」
唯「そうだった!りっちゃん!」
律「おう!そういうわけで今日は後で買い物に行こう!」
唯「おおー!」
紬「おおー!」
梓「先輩方がやる気まんまんだ!」
澪「はは……」
こうして今日の部活は練習もそこそこに買い物へ出かけることになった。
梓「結局楽器屋にすら行かなかった……」
唯「まあまあ、かわいい水着買えたからよかったじゃん」
梓「よくないですよ!合宿というより旅行の準備だったじゃないですか!」
唯「大丈夫だよ~ムギちゃんの別荘は機材もちゃんとあるんだから」
梓「そうかもしれませんけど……」
唯「私もちゃんと練習するしね!」
梓「……」
唯「……ほんとだよ?」
唯「それにほら、息抜きも必要って澪ちゃんが」
梓「唯先輩が言ってもなあ……」
唯「うっ……ひどいよあずにゃん。私だってやるときはやるんだよ?」
梓「う……そ、そうですよねっ。早く合宿で思いっきり練習したいです!」
唯「うん、私も頑張るよ!」
梓「はい」
唯「あ~楽しみだなぁ(海が)」
梓「私も練習が楽しみです」
今年の合宿は去年よりも面白くなりそう。
澪「練習が先!」
唯「遊ぶ!」
律「遊ぶ!」
梓「練習がいいですっ」
紬「遊びたいでーす」
梓「……」
待ちに待った合宿当日。
最初は不満そうだったあずにゃんだけど一度遊び始めたらとても楽しそうにしてて可愛かった。
律「さてはスポーツとか苦手な人?」
梓「そんなことありません!やってやるです!」
負けず嫌いのあずにゃん可愛い。
それから日に焼けたこげにゃんも可愛いなあ。
それからBBQや肝試しをやってみんなでお風呂にも入った。
合宿だからもちろんみんなで練習もしたんだけど、
みんなが寝静まった後に夜の日課をこなすため一人で練習室に向かう。
唯「やっぱり寝る前にやっておかないと落ち着かないや」
今度の学園祭で演奏する曲の練習に取り掛かる。
曲は『ふでぺん ~ボールペン~』。
唯「う~んできない……」
こういう時は流石に楽譜くらい読めるようにしないとって思うんだけどね。
あまり進展しないまま練習を続けていると後ろで扉の開く音がした。
梓「あの、唯先輩」
振り返るとあずにゃんが扉の端から顔だけ出してこちらを伺っていた。
唯「ごめんね、私の練習につき合わせて」
梓「全然気にしないで下さい。私も唯先輩ともっと一緒に練習したいと思ってたんです」
唯「ありがと~」
嬉しそうに答えるあずにゃんを見てると
本心から言ってくれてることがわかってこっちまで嬉しくなる。
梓「でもどうしてこんな時間に?」
唯「私寝る前はいっつもギターの練習してるんだ」
唯「だからちょっと落ち着かなくて……」
梓「それじゃあ寝る前は毎日練習を?」
唯「うん」
梓「……」
唯「どしたの?」
梓「ちょっと見直しました」
唯「も~あずにゃんてば~照れるなあ」
梓「そこまで褒めたつもりはないんですけど……」
梓「でも」
唯「ん?」
梓「たまに凄く上手いときがある理由がわかりました」
唯「え~、たまに?」
梓「ライブの時は特に」
唯「それって褒めてるの?」
梓「ええ。それに唯先輩の演奏はなんだか不思議な感じがします」
唯「不思議?」
梓「言葉にしにくいんですけど……素敵な演奏だと思います」
唯「そっか~ありがとうあずにゃん」
梓「いえ、それより練習を始めましょう」
唯「そだね」
梓「わからないところがあるんですよね?」
唯「うん、ここの出だしなんだけど」
梓「えっと……」
楽譜を確認してギターを構えると私に見本を見せてくれる。
やっぱりあずにゃんの演奏は丁寧でとっても綺麗。
唯「あずにゃんうまいね~!」
梓「え、そんなことないですよっ」
そんなことあるんだけどあずにゃんはいつも謙遜する。
真面目な性格なのもあるけどきっとあずにゃんが見ているところはもっと高い所なんだろう。
唯「じゃあ次私ね」
さっそくあずにゃんが弾いてくれたようにやってみるけどうまくいかない。
唯「あぅ、ここが難しいんだよねぇ」
梓「最初はスローテンポで弾いてみればいいんですよ」
唯「こう?」
あずにゃんに言われたとおりやってみる。
これなら……
唯「できた~!」
梓「ふふ」
唯「あずにゃんに出会えてよかったよ!」
梓「えっ」
唯「あずにゃ~ん!」
梓「あっ」
嬉しくてあずにゃんに抱きつく。
唯「うあは、い~ひひ~、ありがとーあずにゃん」
梓「んん……ふふっ」
急に抱きつかれて戸惑った顔をしてたけど次第に頬を染めて笑ってくれた。
その後も遅くまで練習してたから次の日は二人して寝不足になっちゃったんだよね。
この合宿が終わってからあずにゃんは前よりも私を慕ってくれるようになった。
梓「あっ!ギター壊れちゃうじゃないですか!どいてください!」
唯「あうっ」
多分だけど。
夏以来あずにゃんとギターの練習をする機会も増えてギターの腕もどんどん上達。
いよいよ学園祭だーっていう時に私は風邪を引いた。
中々治らなくて、でも学園祭の日がどんどん近づいてきてて……
焦っていた私は比較的調子がいい日に部室へ行くことにした。
唯「やっほー」
律「うわ、激しくデジャヴ!」
梓「唯先輩!」
憂「お姉ちゃん!」
唯「あ、ういもいたの~?」
澪「もう大丈夫なのか?」
唯「ういっくしっ!」
べちゃあ。
唯「うん、もう大丈夫!」
律「嘘つけ」
練習するために部室に行ったのに着いたらすぐにダウンしてしまった。
起きた時は調子よかったんだけど……
澪「熱全然下がってないじゃないか!」
唯「学園祭までもう少しだから練習しようと思ったんだけど……本番は私抜きの方がいいかも」
唯「あずにゃん、ギターは任せたよ」
梓「……嫌です」
あれ。
最終更新:2010年03月25日 22:14