梓「唯先輩が遅れてくるのはわかってましたし」

唯「う……ごめんだよ~あずにゃん」

梓「本当だけど冗談ですよ。……おかげで緊張もほぐれましたし」

唯「ふえ?」

梓「何でもないですよ。さて、行きましょうか」

笑顔なところを見ると本当に怒ってないみたい。
よかったけど今度からは絶対早く来よう。

梓「えっとまずは……」

唯「やっぱり私達と言ったらあそこかな」

梓「私達と言ったら?……あっ」

梓「楽器……」
唯「ゲーセン!」

……あれ。なんだか納得がいかない顔してる。
楽しいよね?ゲーセン。

梓「唯先輩とゲーセンに行ったことって数回しかないですよ」

唯「そうだっけ?じゃあ楽器屋行こうか?」

梓「ゲーセンでいいです」

なんだかんだ言ってOKしてくれるんだよね。
あずにゃんはやさしいなあ。
でもあずにゃんも楽しんでくれなきゃ意味ないよ。
こういう時はいつものノリで……

唯「行こっあずにゃん!」

梓「!」

私はあずにゃんの手を取って駆け出す。
恥ずかしそうにしてるけどちゃんと手を握り返してくれた。


唯「あずにゃんうま~い!」

梓「そんなことないですよ」

ギター型コントローラーを置いて私の方へ戻ってくる。

唯「りっちゃんと一緒に特訓してたんだけどあずにゃんの方がうまいや」

梓「本物の楽器を練習しましょうよ……」

唯「それとコレは別だよ~」

梓「えー……」

唯「あずにゃん!次はあれがいいな!」

梓「あれって?」

唯「プリ撮ろうよっ!」

梓「なんか久しぶりです」

唯「私も~」

梓「これ全身が撮れるんですね」

唯「ほう……!あずにゃんは真ん中に立って」

梓「?はい」

そして私はあずにゃんを後ろから抱きしめる。

梓「に゛ゃっ!?」

カシャ

梓「いきなりなにするんですか!」

唯「あははっいい感じに撮れてるよ~あずにゃん」

梓「全然よくないです!それに私変な顔になってるし」

私に抱きつかれてびっくりしてるあずにゃんかわいい。
これは絶対プリントアウトしよう。

唯「次はエアギターのポーズ!ギュイ~ン!!」

梓「うああ声が大きいですよ!」

梓「……この写真は嫌です」

唯「え~……」

梓「早く決定を押してください」

唯「ワカッタヨウ……」

ピッピッ

梓「あー!!なんでその写真も入れちゃうんですか!」

唯「ごめんごめん。どうしても欲しかったんだもん」

梓「もう……」

唯「この写真携帯の待ち受けにしよっと」

梓「やめてください」

唯「あずにゃんも待ち受けにしようよ~」

梓「嫌ですよ」

唯「え~お揃いにしようよ~」

梓「お揃い……」

その後ご飯を食べてから楽器、服、雑貨等を見て回った。
あずにゃんと二人でいる時間はとても楽しくて、でもそれだけじゃ言い表せない気持ちもあった。

辺りが暗くなってきてようやくいい時間になっていることに気付く。
そろそろ帰らないと。
あずにゃんも時間を忘れて楽しんでいたみたいで、名残惜しそうな感じだった。

唯「あー楽しかったっ」

梓「私もです」

唯「今日は暑かったね~」

梓「もうすぐ夏ですからね」

唯「そうだよねえ。あっ、今年も夏休みに合宿やりたいな」

地元の駅からの帰り道。
もう少し一緒にいたかった私はあずにゃんを家まで送ることにした。
あずにゃんとぽつぽつ話しながら今日を振り返る。
あっという間に過ぎた時間だけど帰り道の間だけじゃ語りきれないくらい楽しかった。
それにはしゃぎ過ぎて疲れちゃったかも。
帰りの電車でうとうとしちゃったし。

もうすぐあずにゃんの家に着くというところで、
不意に会話がなくなってることに気付く。
今は日も暮れてそよ風が気持ちよく吹いてるけど昼間は暑かったからなあ。
あずにゃんも疲れちゃったのかな。


梓「……」

唯「……」

梓「……あの」

唯「なあに?」

梓「今日は付き合ってくれてありがとうございました」

唯「いいよ~私も楽しかったしね!」

梓「それで、あの、ちょっとお話が」

あずにゃんが立ち止まる。
数歩遅れて私も立ち止まり、あずにゃんの方を向いた。
あずにゃんは「あの」とか「えっと」を繰り返していて歯切れが悪い。
それにさっきから目が泳いでるし、歯切れが悪いながらも言葉に緊張感がある。
あれ?なんだろう……なんだかドキドキしてきた。

唯「どしたの?」

梓「えっと、唯先輩に言いたいことがありまして……」

唯「……うん」

梓「えっと、その、唯先輩……」

梓「…………す」

梓「――すごく楽しかったです!!」

唯「…………あ、うん、私も。でもそれさっきも言――」

梓「きょ、今日はありがとうございました!失礼します!!」

唯「――ったよね……ってあれ」

行ってしまわれた。
あずにゃんの話を聞いていただけなのにどうしてこんなにドキドキしたんだろう。

唯「……ふう~」

胸が苦しくて深呼吸を繰り返す。
あずにゃんてばびっくりさせるんだから。
おかげで(?)おなかが空いてきちゃったよ。
早く帰って憂のご飯を食べよう。



その日の夜は今日あった事をずっと憂に話してて、
布団に入ってからも今日のことを思い返していた。

唯「そうだ」

今日の記念が見たくて枕元にある携帯を開く。
そこには満面の笑みで抱きついている私とびっくりしているあずにゃん。
あずにゃんも待ち受けにしてくれてたら嬉しいな。

唯「あ、あずにゃんだ~」

梓「ゆ、唯先輩!お、おはようございます」

憂「おはよう梓ちゃん」

梓「う、憂もおはよう」

唯「……どしたのあずにゃん?」

梓「いえ!なんでもないですっ」

唯「そう?」

なんだか顔が赤いけど……まいっか。

唯「昨日は楽しかったね~!」

梓「はいっ」

憂「お姉ちゃんてば昨日帰ってきてからずっとその話ばっかりするんだよ~」

唯「えへへ~」

梓「ふふ」

あずにゃんとお出掛けしてから暫く経って今は夏休み中盤。
今日から高校生活最後の夏合宿の始まり。

唯「うおー!山だーっ!!来たぞ山~っ!!」

なんと今回は山へ行って夏フェスを見ることになりました!
あずにゃんがすごく喜んでたから私も楽しみだよ。

律「よっし、じゃあ早速行くか!」

唯「おお~!」

紬「おお~!」

さわ子「まずはこっちよ!」

澪「えっでも――」

さわ子「早くしないと始まっちゃうわよ!」

唯「おお……」

プロのライブを生で見るのって初めてだったから
観客の盛り上がりとかライブの臨場感にびっくりしちゃった。
それにステージがいくつもあるなんてすごいや。
あずにゃんが行きたがってた訳が分かったよ。

梓「……」

ふふ、嬉しそうな顔して可愛いなあ。

唯「あずにゃん!」

梓「はい?」

唯「楽しいね!」

梓「はいっ!」

私達は暗くなるまでいろんなバンドを見て回った。
あずにゃんやみんなと一緒に初めての経験が出来てとっても幸せ。

澪「あれ、さわ子先生がいない……律、さわ子先生は?」

律「さあ?」

唯「いいな~」

梓「?」

唯「私達も夏フェスに出てみたい!」

梓「それは私も出てみたいですけど……」

唯「放課後ティータイムは夏フェスを目指して頑張ります!」

梓「武道館じゃなかったんですか」

唯「もちろん武道館もね!」

梓「唯先輩って真顔でそういうこと言いますよね」

唯「え~ダメかな?」

梓「……いいと思います」

唯「そうだよねっ!」

唯「じゃあみんなでガンバろー!」

梓「はいっ」

梓「今のバンドもすごく上手かったです!」

唯「ねえあずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「あずにゃんもやっぱりプロになりたいって思う?」

梓「それは……まあ、なれたらいいなって思いますけど」

唯「そうだよね~!あんなにギターが上手いんだもん!」

梓「そんな、私なんてまだまだ――」

唯「いいからいいから!放課後ティータイムはあずにゃんの夢を応援します!」

梓「う、あ、ありがとうございます……?」

唯「あはは。……あ」

梓「どうしました?」

唯「お腹空いた……夕ご飯にしよ?」

律「おいしいな!」

唯「牛タンおいしぃ~!」

梓「よかったですね……」

唯「あっ!あずにゃんアレ見て!」

梓「なんですか?」

唯「あそこの空綺麗だよ!」

梓「わぁ……!本当に綺麗なグラデーションですね」

紬「わぁぁ……」

夕焼けの端っこから段々青く濃く。
そんな夜に成りかけている空を眺める。
気付けばみんな静かにそうしていた。

澪「……なんかいいな、こういうの」

律「来て良かったな、夏フェス」

梓「……」

律「おお~このテントで寝るのか!」

紬「……良い」

澪「山に来たって感じするな」

唯「そうだねぇ~」

梓「みなさん寝る雰囲気じゃないですね……」

律「まだまだ夜はこれからですよ!」

律「ってか徹夜するか!徹夜!」

紬「……良い」

澪「私は徹夜しないからな」

唯「……私ちょっとトイレ~」

律「いっといれー」

唯「……ふう」

今日は朝からみんなと一緒ですっごく楽しかった。
初めて体験した夏フェス。
生のライブに牛タン、綺麗な夕日も見ることが出来た。
今は真っ暗になっちゃったけど代わりに星が良く見える。
あ、いて座発見。
こんなに綺麗な星空はこういう所に来ないと見れないよね。

唯「……うわっと!」

上ばかり見てたら躓いてしまった。
危ない危ない、前を向かないと。
これじゃ懐中電灯持ってる意味がないよ。

あ、みんなが見えてきた。

……

その前に……

今度は少し離れたステージの方を向く。
そこではいまだにライブが行われていて、暗闇の中でオレンジの光が輝いている。
それに小さくなりつつもしっかりと音楽が聞こえてくる。

ちょっとだけ寄り道しようかな。

遠くにあるステージが見えるほうへ歩を運ぶ。
ステージはちょっと小さいけどここの丘から丁度見える。
それに芝生が生い茂っていて腰を下ろすにはもってこいだよ。
その場に座り懐中電灯を消して耳を澄ませると、
今の気分に丁度いい感じの音量で心地よく音楽が流れてくる。
昼よりも涼しくなったおかげで、
炎天下ではしゃいで火照っていた身体がいい感じに冷まされる。

なんでなんだろう。
こうやってみんなで遊んでる時、稀に一人になってみたくなるんだよね。
こう、一歩引いてみる感じ。
その不思議な感じが味わいたくなるんだよね。
それと、そんな感じで一人になってる人のところに行きたくなったりもする。
逆に一人になってる所に誰かが来てくれても嬉しい。
それで二人でこの気持ちを共有するんだ。
親近感、優越感、快感……うーんしっくりこない。
とにかくなんだか胸の奥がむずむずして、こう……上手く言えないや。

あ、曲が終わった。

はぁ……風が気持ちいい。
もう少しここにいようかな。



梓「……唯先輩?」


唯「あずにゃん?」

懐中電灯をつけなくてもわかる。
その声とシルエットは間違いなくあずにゃん。

梓「はい。こんな所で何してるんですか?」

そう尋ねながら私の隣まで来るあずにゃん。
この距離ならあずにゃんの顔もはっきりと見える。
ステージのライトに照らされて目に淡い光が灯っていた。

唯「遠くから聞こえる曲聞いてたの!夜中もずっとやってるんだねえ」

梓「ここからだとステージが小さく見えますね」

唯「うん、でも曲はちゃんと聞こえるよ」

梓「むこうのテントにいても聞こえますよ」

唯「なんとなく、ね。あずにゃんも座りなよ~」

梓「そうですね、じゃあ――」

二人で遠くの音に耳を傾ける。
私は胸の奥がむずむずしてるんだけど、あずにゃんにもこの気持ち分かるかな……
この気持ちって自分が気に入っている人じゃないと味わえないんだよね。

梓「……先輩」

唯「ん?」

梓「今日は凄く充実した一日でしたね」

唯「そうだね~」

梓「合宿だっていうことを忘れちゃってました」

唯「あはは、私もだよ」

梓「……」

唯「……」

梓「あの、唯先輩に聞いてもらいたいことがあるんですけど」

唯「……うん、何?」

梓「えっと……すみませんでした」

唯「……へ?何が?」

梓「前に……先輩に対して失礼な態度を取ってしまった事です」

唯「あ、あー……あのことかぁ。それなら私全然怒ってないよ?」

梓「でも、どうしてそんな態度を取ってたのかを言わずじまいだったので」

梓「聞いて……もらえますか?」

唯「うん……わかった」

言われてみればそうだった。
結局理由は聞いてなかったんだよね。
あずにゃんは俯きながらぽつぽつと話し始める。

梓「理由は……恥ずかしかったのもあるけど、みんなの目が怖くて……」

唯「……どゆこと?」


梓「えっと……去年くらいから気になってたんですけど」

何が?

梓「今年のバレンタインの時に、こんなこと考えてたせいでまわりを過剰に気にしてしまって……」

こんなことって?

梓「自分でもおかしいって思ってたんです」

梓「それに、まわりにばれる事が怖くて……うまく先輩と喋ることが出来なくなって……」

梓「ごめんなさい。私が勝手にこんなこと思うのが悪いのに先輩にまで嫌な思いをさせて……」

梓「でもそうしていれば、そのうち先輩の事も忘れられるかもって思ったんです」

まただ……
ドキドキしてきちゃった。
私緊張してるのかな。


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最終更新:2010年03月25日 22:17