もうやるしかない。
弱気を無理やり押さえ込む。
あずにゃんが振り向いた瞬間に唇を重ねた。
梓「はい……んっ!?」
カシャ
唯「……ふぅ」
あーすっごく緊張したよう……。
どれどれ……おお、よく撮れてるね!
目を閉じてる私と対照的に目を見開いているあずにゃん。
このあずにゃんもかわい――
梓「何するんですかっっ!!」
唯「うわーびっくりしたー!」
梓「こ……こんなところでいきなり!!」
唯「あずにゃん!声、声が大きい!」
梓「こんなところでいきなり……キ……キスするなんて!」
唯「いやん、そんなにはっきり言ったら恥ずかしいよう」
梓「大体観覧車で寝ておいてなんで今なんですか!」
唯「だからだよ~。それにそんなこと言うってことは――」
梓「うぐ……!そ、それよりですね!唯先輩にはムードとかそういうのないんですか!?」
カシャ
梓「観覧車に乗った途端に欠伸してましたし!」
唯「昨日あんまり眠れなくて~」
梓「それに……付き合……めて……さ……ょ……ス……のに……」
梓「それをですね!いきなり……!」
あれーおかしいな。
こんなはずでは……
唯「……もしかして嫌だった?」
梓「いや!じゃ、ない……ですけど……」
唯「よかったぁ」
梓「よくないです!」
むずかしい。
これが思春期なんだねさわちゃん。
梓「もうちょっとその……いろいろ気にしてくださいよ!」
唯「ぎゅっ」
あずにゃんを宥めるにはこれに限る。
梓「こ、こんなことで誤魔化さないで下さい!」
唯「ゴメンねあずにゃん……」
梓「………………いえ、私もその……一応嬉しかったので……」
唯「ふふふ、そっか~よかった」
梓「うぅ……」
『撮影終了♪落書きする写真を――』
唯梓「「あれ?」」
梓「……一枚もまともに撮れてない」
唯「えーそうかな?」
梓「一枚目の先輩なんて直立不動じゃないですか」
唯「ちょっと考え事してて……でも二枚目があるじゃん!」
梓「それが一番まともじゃないです!」
梓「これじゃまた暫くは恥ずかしい待ち受けのままだよ……」
唯「え?」
梓「何でもないです」
唯「そうだ!二枚目のやつを待ち受けに――」
梓「絶対しませんしそれだけはやめてください」
唯「はい」
こうして楽しいデートは終了した。
連休明けからは本格的に学園祭の準備に入る。
特に3年生は高校生活最後の学園祭だからみんな気合が入っていた。
部活だけじゃなくてクラスの出し物もあるから大忙し。
その間はあずにゃんと会えなくて寂しかったな。
学園祭はクラスの出し物も軽音部のライブも大盛況のうちに幕を下ろした。
特にライブの成功は私達5人の力だけじゃなくて、
さわちゃんや和ちゃんや見てくれたみんなのおかげでもある。
そんな大成功を収めた私達に降りかかってくるのは受験勉強。
部活が一段落したと思ったらさっそく勉強……はぁ。
それでも部室でみんなと一緒にお茶を飲みながら出来るから少しはマシかな。
あずにゃんとも会えるし。
それに軽音部のみんなで同じ大学に行けるように頑張らなきゃ。
唯「あ……あ……!」
憂「お姉ちゃん!?」
唯「あったよういー!!」
憂「よかったああああ!」
唯「とりあえずみんなに連絡しないと!」
唯「もしもしあずにゃん!?やったよ!私合格したよー!!」
そんなわけで私は大学に合格することが出来た。
軽音部は四人とも合格して春からもまた同じ学校へ通えることになった。
これも勉強を教えてくれたみんなのおかげかな。
軽音部とその身内でささやかな祝賀パーティーも行い、後は卒業するだけ。
3年生のこの時期は登校日が少ないから自然とあずにゃんやみんなと会う機会が減ってしまう。
だから、週に何度か部活の時間に登校してお茶会(と練習)をすることにした。
みんなと会いたいのもあるし、何よりあずにゃんに一人きりで部活をさせたくなかったから。
3月もお茶会でまったりと過ごしていたが、いよいよ卒業式が目前に迫ってきた。
私は桜校に入ってからの事を思い出してみる。
軽音部に入った時の事、ギー太との出会い、初ライブ、初めて出来た後輩、
それから合宿に修学旅行。
思えば私の高校生活が楽しかったのは軽音部のおかげだ。
軽音部に入ったからあずにゃんと出会うことが出来たんだ。
明日が最後の高校生活なんだよね……。
そうだ、最後に部室を見に行こう。
澪「りづぅ……りいいつぅぅぅ!」
律「おーよしよし」
紬「卒業しちゃったね……」
唯「……うん」
卒業式が終わって解散してからも私達は校舎に残っていた。
卒業式では私も含めてみんな泣いてた。
高校生活が楽しすぎたから。
律「さて、じゃあ最後に見ていくか」
いまだに涙が止まらない澪ちゃんを宥めつつみんなに話しかける。
紬「ええ」
澪「ひっぐ……う゛ん」
みんなも部室に行くつもりだったんだ。
そうだよね、私達といったらあの音楽準備室だよね。
梓「あ、先輩方、ご卒業おめでとうございます!」
律「おおぅ!サンキュー梓!」
部室へ向かうとあずにゃんが出迎えてくれた。
梓「あれ、律先輩目が赤いですよ」
律「お前もな」
あずにゃん泣いてたんだ。
嬉しいような申し訳ないような。
律「いやーなんか部室が広く感じるな」
先日部室の整理をして私物を持ち帰ったからだね。
今残っているものといえばムギちゃんが軽音部に寄付したティーセットくらい。
紬「お茶にしよう?」
私達は今までの思い出を話し合う。
とても楽しいのにどこか切ない時間だった。
唯「あっそうだ!」
梓「?」
唯「ジャーン!」
この日のために用意した彫刻刀をみんなに見せる。
唯「これで机に名前を彫るんだ~」
澪「いや、ダメだろ」
唯「ちっちゃく彫るから大丈夫だよ~」
澪「まったく……」
そう言いつつも止めようとはしない澪ちゃん。
私は早速作業に取り掛かった。
机の端に縦書きで小さく名前を彫る。
みお、りつ、ムギ、あずにゃん、ゆい……と。
唯「できたー!」
律「……彫ってる間一切会話に参加しなかったな」
紬「こういうのって……良いね」
澪「……そうだな」
梓「私にも見せてくだ――ちょっと!何で私だけあだ名になってるんですか!」
唯「だってあずにゃんはあずにゃんだもん。それにムギちゃんも――」
梓「恥ずかしいですよ!私は4月からも部室使うんですよっ!?」
律「あー……お腹空いてきたな」
澪「……そうだな。そろそろ行くか」
紬「そうね。梓ちゃん、また遊びに来るからね」
梓「はい、いつでもどうぞ」
みんなが部室から出て行く。
私は座ったまま見送った。
梓「先輩は行かないんですか?」
そんなことしたらりっちゃんに押し戻されちゃうよ。
唯「うん、もうちょっとだけ」
賑やかだった部室が急に静かになる。
暫く無言で机に彫った名前を弄っているとあずにゃんが口を開いた。
梓「先輩……卒業しちゃうんですね」
唯「そうだね」
梓「もっと先輩と部活やりたかったなぁ……」
語尾が擦れてる。
あずにゃんの方を向くと目に涙を浮かべていた。
唯「……っ」
それを見て胸が痛くなる。
私だってあずにゃんと部活をやりたい。
あ、私また泣いちゃいそう。
梓「……うっ」
先にあずにゃんの方が泣いちゃった。
ポロポロと涙が零れてる。
そうだよね、私は大学でもみんなと一緒だけど
あずにゃんはここに一人残されちゃうんだ。
ここは先輩の私がしっかりしなきゃ。
唯「また遊びに来るから」
梓「……っ」
唯「春休みはいっぱい遊ぼうね」
梓「……」
立ち上がってあずにゃんの傍に行く。
唯「あずにゃん、おいで」
梓「うぐっ……ゆ゛いぜんぱい……」
両手を差し伸べるとあずにゃんが私に飛び込んできた。
梓「せんぱあああああいっ!!」
唯「よしよし」
あずにゃんが泣きじゃくってる間、ずうっと頭を撫で続けた。
私も涙が溢れちゃったけど、あずにゃんには気付かれなかった。
あずにゃんが落ち着いてから二人で帰路につく。
遊ぶ約束をしたりして励ましていたつもりが、
いつの間にか私がいなくてもちゃんとギターの練習してくださいとか
大学では勉強もしっかりみたいなことを言われていた。
それから……
梓「私も先輩達と同じ大学に行きたいです」
なんて嬉しいことも言ってくれた。
あんなに泣いていたあずにゃんだけど
バイバイする頃には幾分か元気になってくれた。
そして一人で最後の帰り道を歩いてみて気付く。
今日はこんなにいい天気で気持ちがいいはずなのに、
言いようのない寂しさに包まれている。
卒業したんだなぁって思った。
春休みはあっという間に過ぎ去ってしまい、私は大学生になった。
それからいろいろありまして、
元桜高軽音部の私達は部室でお茶会をしつつスタジオで練習するという
高校の延長のようなサークルを発足させた。
律「これで梓が来れば完璧だな!」
そうだよね。
来年はここに新入生と、あずにゃんがいたらいいなと思う。
最初の一か月は慣れない大学生活に戸惑ったりしたけど、
次第に余裕が出てきていろんなことを楽しめるようになった。
今のところ順調です。
ただ、残念なこともあった。
桜高の軽音部が廃部になってしまった。
どうしても部員が見つからなかったらしい。
申し訳なさそうにしているあずにゃんが可哀想で、
放課後ティータイムとして月に何回かスタジオを借りて一緒に演奏することにした。
唯「ふ~それじゃあ……」
おつかれ~!と、みんなで声を合わせて乾杯する。
放課後ティータイムは練習の後にハンバーガーショップへ行くのが習慣になった。
そこでまったりとお喋りするんだけど、
最近よく話題に上がるのは大学のことや今の桜高の話だ。
あずにゃんは大学の話をいつも熱心に聞いている。
でも今日はあずにゃんから私達に話があるらしい。
梓「実は、この前お父さんにライブに出てみないかって言われて……」
何でもあずにゃんのお父さんの知り合いのバンドのギタリストが入院してしまったので
代役としてあずにゃんにお呼びがかかったらしい。
律「へぇ~すごいじゃん!」
梓「でも……バンドのメンバーは私よりずっと年上だし、私なんかじゃ……」
澪「そんなことないと思うよ」
紬「うん、梓ちゃんギターすっごく上手いじゃない」
唯「そうだよあずにゃん!あずにゃんなら出来るよ~!」
梓「そうでしょうか」
唯「そうそう!それにあずにゃんもやってみたいんでしょ?」
梓「それは……はい、やってみたいです」
やっぱり。
あずにゃんは本当に音楽が好きだから。
ここは私達が後押ししてあげないとね。
数日後、あずにゃんからギターの代役を引き受けることに決めたと連絡があった。
それからはあずにゃんと会う機会が減っちゃったけどしょうがないよね。
本番は放課後ティータイムのみんなで応援に駆けつけた。
ジャズ系のバンドで、おじさんに混ざって演奏するあずにゃんにお客さんの視線が集まってた。
それはちっちゃくて可愛いから……っていうのもあるかもしれないけど、
あずにゃんのギターが上手いからでもあると思う。
おじさん達にも引けを取らない。
力強くてきれい、そんな演奏だった。
唯「あずにゃーん!すごかったよ!」
梓「あ、先輩!」
律「やるじゃん梓!」
梓「な、なんとか……」
今回はそんな謙遜がいらないくらい凄い出来だと思った。
多分みんなもそう感じてるんじゃないかな。
この成功であずにゃんは暫くそのバンドのギターを受け持つことになった。
それから何回かライブをする内にバンド仲間が出来て、
他のバンドのヘルプも頼まれるようになる。
そうやっていろんなバンドに関わるのは凄くいいことだと思ったから、
私達放課後ティータイムはみんなであずにゃんを応援した。
唯「もしもしあずにゃん?」
梓『こんにちは!』
最近は二人で会える時間も減ってきてて、
もっぱら電話に頼る日々が続いている。
唯「調子はどう?」
梓『いいと思います。この前のライブも上手くいったんですよ』
唯「そっか~さっすがあずにゃん!」
梓『でも……最近全然唯先輩や皆さんと演奏してないです』
唯「うーん、そうだね~」
梓『私も放課後ティータイムなのに……すみません』
唯「謝ることないよぉ~。みんなあずにゃんの事応援してるしね!」
梓『はい』
唯「今度みんなで演奏しようね!」
梓『はいっ!』
放課後ティータイムはサイドギターの不在が多いので、
軽音サークルとしての練習が自然と増える。
恒例の夏休みの合宿も、期間中にライブがあるとのことであずにゃんは不参加だった。
澪「最近梓と会ってないな」
紬「そうね……」
律「唯は寂しいんじゃないか~?」
唯「そ、そんなことないよ~電話してるし」
唯「それに、私達が後押ししたんだから応援してあげないとね」
律「そうだな」
正直に言うと寂しかった。
高校の頃は殆ど毎日一緒だったから余計に。
あーあ、せめて学校が一緒なら良かったのに。
大学のながーい夏休みが明けるともうすぐ大学の学園祭。
私達軽音サークルはライブに向けていつもより練習の時間を増やす。
ライブは新しく作った曲を披露できる場でもある。
あずにゃんとの練習時間は最近すっかりなくなってしまったから
学園祭で新曲を聴いてもらいたいな。
そんな思いを込めてメールをしたけど、学園祭当日にも予定があるらしい。
学園祭のライブは、ギターが足りないことを除けばとても満足のいく出来だった。
せめて観客として見てもらいたかったな。
そんなことを思いつつ家に帰る。
家で一息ついてると携帯が鳴った。
あずにゃんからだ。
せめて今日のライブがどんな感じだったかを事細かに教えてあげよう。
唯「はいはーい」
梓『あ、唯先輩。今日はごめんなさい』
唯「しかたないよ~。あずにゃんの方はどうだった?」
梓『そのことでちょっとお話があるんですけど……』
唯「うん、いいよ~」
梓『えっと、その、今から会えませんか?』
あずにゃんの家の近くの公園で待ち合わせた。
あずにゃんと最後に会ったのは先月か……。
随分久しぶりのような気がする。
梓「先輩方のライブはどうでしたか?」
唯「バッチリだよ!あずにゃんにも新曲聞かせたかったよ~」
唯「あずにゃんはどうだったの?」
梓「ライブは盛況でしたね」
その割にはあんまり喜んでない気がするんだけど。
梓「それでですね、ライブが終わった後に……」
梓「あれはなんて言うのかな……スカウト……とは言わないか」
唯「スカウト?…………スカウト!?」
最終更新:2010年03月25日 22:22