翌朝 琴吹家

斎藤「本日のお帰りは?」

紬「今日はバイトもないのでいつもの時間には帰ってくるわ」

斎藤「左様で、ではご夕食の準備もいつもと同様の時間にいたします」

紬「ええ、ありがとう。今日はお父様は?」

斎藤「旦那様は本日お客様がいらっしゃるらしいので、ご夕食は一緒にはなさらないと仰っておりました」

紬「そう。お客様って?」

斎藤「わたくしは存じあげておりませんが…。旦那様にとって大切な方だと聞いております」

紬「お友達かしら?」

斎藤「紬お嬢様。そろそろお屋敷を出ませんと…」

紬「ええ、そうね」

斎藤「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

紬「いってきます」



同時刻 平沢家

憂「お姉ちゃん! 早く早く!」

唯「待って憂!!」

平沢父「唯はもっと余裕をもって行動しないとな…」

唯「あれ? お父さん、今日はお休みじゃなかったの?」

平沢父「ああ、報告のために今日だけ会社に行かなきゃならないんだ」

唯「へ~、大変だね~」

平沢父「働く者の義務だよ」

平沢母「唯の義務はとりあえずのところ、学校に遅刻しないで行くことね」

唯「うわっ!! そうだった!!」

憂「おね~~ちゃ~~ん!!」

唯「い、いってきます!!」



放課後

澪「今日は久しぶりにみんなで合わせることができるな」

梓「茜はまだ無理ですけどね」

茜「ご、ごめんなさい。足手まといの初心者で…」

梓「いや、そういう意味で言ったんじゃないからね?」

澪「茜にも音を合わせる楽しさを早くわかってほしいと思ってるよ」

茜「…はい。がんばります」

律「しっかし、ユーフォニアムっていうの? 私初めて見たな~」

唯「重そうだし、演奏も大変そうだよね~」

律「どれどれ…、って重っ!! ぜんぜん持ち上がらな…」

茜「さ、触らないで!!」

律「!?」ビクッ!!

茜「あ、す、すみません…デリケートなものですから…つい…」

律「い、いやいや…私も勝手に触って悪かったよ…あ、あははは…」

律(茜ってあんなに大声出せるんだな…正直メッチャビビった)


澪「こら律! このユーフォニアムは茜にとってすごく大事な物ってわかってるだろ?」

律「うん…ごめんね茜」

茜「いえ…私も怒鳴ってすみませんでした。でもこれからは充分気をつけてもらうと嬉しいです」

律「わかりました」

唯「あはは。りっちゃんなんだか素直~」

律(なんか、本当に怖かった…)

紬「じゃあ今日は茜ちゃんに私たちの演奏を聞いてもらいましょ」

梓「そういえば、まだ聞いてもらってなかったですね」

唯「じゃあ今日はデビちゃんのためだけのコンサートね!」

澪「そうだな、いいかも!」

律「よし! お詫びの印にいっちょやったりますか!」

~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪

唯「じゃ~ん♪ っと」

梓「どう…だった?」

茜「す、すごいです…」

茜「私、こんなの初めてです!」

茜「こういうの初めて聴いたのに、みなさんの気持ちが伝わってくるようでした!」

茜「音楽って、ここまで人を感動させるものなんですね!」

紬「うふふ、よかったわ♪」

澪「いつか茜もそのユーフォニアムで人に感動を与えることができるんだよ」

茜「!?」

律「そうそう、茜のお父さんだってそうなったらきっと喜んでくれると思うよ」

律「重いユーフォニアムだけに想いも伝わる…ってか~」

唯「りっちゃんクッサ~……」

律「な、なんだとー!!」


茜「お父さん…想い…」

茜「そんな…私に…できるでしょうか?」

澪「もちろん!」

梓「それに一人じゃないよ。一緒にやった方がもっと楽しいんだから」

唯「そうだよ~デビちゃん。がんばって練習しようね」

梓「唯先輩ももっと練習してくださいね。さっきの演奏だって間違ったところが幾つか…」

唯「あぅ~…」

律「そうだぞ~唯。ほんとにお前はダメダメだな~」

澪「人の事言えるドラミングじゃなかっただろ!」ゴチン!

律「あいてっ☆」

紬「うふふ」

茜(…私が…お父さんのユーフォニアムでみんなに感動を与える演奏を?)

茜(きっと…そんな資格なんて…ない…)

紬(…茜ちゃん?)

 ・ ・ ・ ・ ・

唯「デビちゃん、今日は購買いいの?」

茜「そういえば!? 行ってきます!!」

梓「毎日大変だね…」

茜「ううん。楽しい…よ?」

梓「そ、そう?」

茜「あの…それと、ムギ先輩ちょっといいですか?」

紬「なに?」

茜「この後…予定とかありますか?」

紬「特にないわね」

茜「じ、じゃあ…部活が終わったらあのハンバーガー屋さんにきていただけますか?
  だ、大事な話があるので…」

紬「ええ。わかったわ」

茜「それでは、失礼します」

唯「じゃあね~デビちゃん」

律「なんだ~ムギ。えらく茜と仲良くなってないか?」

紬「うふふ。ヒミツ」

唯「なになに? なんだかドキドキしてきちゃった!」

紬「茜ちゃんと私は赤い糸で結ばれてるのよ」

紬「だって、私の王子様みたいなものですもの」

律「ムギが澪みたいな思考の持ち主に…」

澪「おい…」

梓「でも、昨日くらいから傍から見ても2人が仲良くなってるのがわかりました」

唯「ねぇねぇ、何があったの~?」

紬「だから、ヒ・ミ・ツ」

澪(二人だけの秘密の……か。ふふふ…)

律(澪の甘々作詞フラグがきたな、こりゃ…)



マックスバーガー

紬「で、話って?」

茜「昨日のテロリストのアジトがわかったんです」

紬「そ、そうなの!?」

茜「はい、それでその事を依頼主、つまり琴吹社の社長に報告へ行こうと思ってたんですけど…」

茜「私との契約は表沙汰になると相手側に迷惑がかかる可能性があるので…」

紬「それで、私を通じてお父様に、って事?」

茜「…はい。電話も盗聴の可能性が捨てきれないので…」

紬「私、どうすればいいの?」

茜「今日は社長はご自宅に?」

紬「ええ…。あっ!? そうか。お父様の大事なお客様って茜ちゃんのことだったのね」

茜「……」

茜「はい…きっとそうだと思います」

紬「だから斎藤も詳しくは知らなかったわけね」

茜「ムギ先輩の屋敷まで、私をムギ先輩の友人として招き入れてほしいんです」

紬「わかったわ。それなら簡単ね。だって本当に友達なんですもの」

茜「そこで注意していただきたいのは
  できるだけ屋敷の人間には会わないようにしていただきたいんです」

茜「ムギ先輩の屋敷の中にも裏社会に通じている人間がいないとも限らないので…
  こういう職業柄、あまりそういう人目につくのは得策じゃないんで…」

紬「ええ。そうね。確かに大きな会社になればそんな裏の面も受け入れなければいけないのも理解してるわ」

紬「じゃあ、こっそりとお父様の部屋まで茜ちゃんを誘導していけばいいのね?」

茜「はい…すみません。それから後は私にお任せいただければ…」

紬「うふふ。なんだか楽しそうね♪」

茜「そ、そうですか…?」

紬「でも、残念だな~。私、茜ちゃんに告白されちゃうかもって、ドキドキしてここまできたのよ?」

茜「こ、こくは…!?」

紬「うふふ。冗談よ。忘れて」

茜「は、はぁ…」

紬「それじゃあ、行きましょう」



琴吹家 紬父自室

平沢「いやはや、波乱に満ちた旅でしたよ」

琴吹「君には本当に感謝しているよ…奥方も元気かね?」

平沢「はい、妻は僕なんかよりもピンピンしてます」

琴吹「どの世界でも女性は強いな」

平沢「まったく…」

琴吹「ところで例の報告の件。聞こうか」

平沢「ええ…。やはり社長の睨んでいた通り
   ある外国の企業がこのテロの引き金を引いていたみたいですね」

琴吹「やはりな…」

平沢「ただ、テロ組織もそこまで本気で企てる気はなかったようですが」

平沢「当面の活動資金のあてができたくらいの思いだったようです」

平沢「彼らにとっては日本の企業にテロを仕掛けてもあまり旨みはありませんからね」

琴吹「脅し止まり、というわけか…」

平沢「まだ日本は世界では舐められた立場にいます。脅せば腰が引ける
    黒幕の企業もそう考えているのかもしれません」


斎藤「旦那様、お茶をお持ちいたしました」

琴吹「入れ」

斎藤「失礼いたします」

平沢「やぁ、斎藤さん。憂がお世話になったみたいで」

斎藤「いえ、憂様の気丈な振る舞い。この斎藤も感服いたしました」

斎藤「将来はこの琴吹家政婦サービスへの就職もこちらからお願いしたいくらいでございます」

平沢「確かに憂はメイドをやらせたらなんでもこなすでしょうね」

斎藤「はい」

平沢「しかし問題は長女の方でして…」

琴吹「紬からよく話を聞いてるよ。元気でとても楽しい子だと」

平沢「ええ。それだけが取り柄というか、何と言うか…」

平沢「なにぶん妹が出来る子なので、家事など女らしいことはなにも…」

平沢「しかも僕も妻もあまり家にいることが少なく、たまに帰っても甘やかしてばかりなので…」

琴吹「私も一緒だよ、どうしても娘には甘くなる」

平沢「やはり、どこの家庭でも同じですね」

琴吹「ああ。親の職業が会社社長でも、スパイでも。な」

平沢「ははっ、娘に関しては職業も何も関係ありませんね」

琴吹「ところで、先程の話の続きだが…。日本には実力行使は無いと思っていいのかね?」

平沢「ええ。それはあり得ないと思います。人員もそうですが
    武器などもこの日本に持ち込む事は難しいですからね。日本の警察も有能です」

平沢「なにも危険を承知でやってくるほどあちらさんからとっては
    それほど今回のテロの件は重要でもないらしくって」

琴吹「なるほど…では、この件はもう問題視しなくてもよいと?」

平沢「それが…、実は彼らも一枚岩ではないようで…」

琴吹「と、言うと?」

平沢「調べて行く内に色々興味深いことが出てきましてね」

平沢「組織の本部とはまた違う末端の小さなグループで色々と厄介なことがあるようで…」

平沢「僕もこういう人間なので、必要以上に深入りしてしまいまして…」

琴吹「だから今回はヤツらに捕まって連絡が取れなかったと…」

平沢「はい、お恥ずかしい限りで…。その点はご迷惑をお掛けしました」

平沢「しかし、おかげで面白い人物から話が聞けたんです」

平沢「…いや面白いと感じるのは僕だけかもしれませんが」

琴吹「ほほぅ…話してくれるかね?」

平沢「10年程前にこの会社が関わった中東でのテロ。覚えていらっしゃいますか?」

琴吹「ああ…あれは忘れられるわけがない…」

琴吹「我が社の行った人道支援。地元の人間に護衛を頼んだのがいけなかったのだ…」

平沢「ええ。テロ組織と内通してる者がいて裏切りにあい、そしてほぼ全滅した」

琴吹「地元の人間にも多数犠牲が出た。孤児もたくさん生まれたと聞く…」

平沢「しかも、地元の人間はそれがこの会社の仕業だと信じて疑わない者もいます」

琴吹「…そうか」

平沢「そしてまさにこの会社が悪だと教え込まれた子供達が今回のテロ騒動の一員になっているんです」

平沢「親の仇と信じて疑わない子供たちが」

琴吹「では…」

平沢「ええ、その子供達が日本へ乗り込んでくれば必ずここを狙ってくるはずです」

琴吹「子供が…しかし、キミは先程日本の警察が優秀だから武器などは持ち込めないと…」

平沢「それが、そうでもないんです」

平沢「その子供は現地でも恐れられるくらいの実力の持ち主でして」

平沢「しかもその武器はまったく武器に見えないので平然と持ち運びできます」

平沢「だから日本への持ち込みもおそらく簡単にしてくるでしょう」

琴吹「うむ…。で、その武器というのは…?」

平沢「はい…ユーフォニアムという管楽器を改造したものだと聞きました」


 ・ ・ ・ ・ ・

紬「ところで茜ちゃん。なんでユーフォニアム持ってきたの?」

茜「雇い主の社長への報告の後、テロの連中へ対して親の仇を討ちに行くんです」  

茜「だから、お父さんにも見ててほしくって」

紬「そう…でも、あまり無茶しないでね…」

茜「……」

紬「いいわよ。誰もいないわ。今のうちに」

茜「はい…」

 ・ ・ ・ ・ ・

紬「お父様の部屋までもうすぐよ。
  誰にも見つからないようにってなんだかドキドキするわ♪」

茜(お父さん…もうすぐ……!!)

 ・ ・ ・ ・ ・

琴吹「もう日本に来ているのだろうか…?」

平沢「つい最近まで僕は捕まってましたのでその辺りの情報は定かではありませんが…」

平沢「それと、もう一つの情報としてそのユーフォニアムの使い手は日本人の女の子です」

平沢「下手すると、もう入り込まれている可能性もあります」

琴吹「なんという事だ…」

平沢「しかし防ぐ手立ても考えてあります」

琴吹「そうなのかね?」

平沢「ええ。それについて社長に会わせたい人がいるんです
    少し衰弱していたのであちらの病院で入院されていたのですが
    昨日退院したとの連絡が入ったので、日本まで来ていただきました
    もうすぐこちらへ到着すると思いますが…」

琴吹「そうか…では、その方が来るまでキミの今までの海外のみやげ話でも…」

斎藤「どうでしょうか?そのお話と共に、このあたりでお食事にしては…」

琴吹「ああ。それがいい。キミも食べて行きたまえ」

平沢「ちょうど僕もお腹が空いてきたなと思ったところです」

斎藤「それでは準備をしてまいりますので、少々お待ちを…」


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最終更新:2010年03月26日 00:54