澪「…それからのことは良く覚えていない」

和「………」

澪「ただ、医者が言うには命は何とか取り留めたそうだ」

唯「………」

澪「…でも、頭を強く打ったらしくて…何らかの後遺症が残るんじゃないかって」

紬「………」

澪「私はその時安心しきっていたよ、律が生きていたことに対してね。私は律さえいればいいって思ってた。夢なんか捨ててもいいって…」

澪「…でもね、私が失ったのは両方だったんだ」




澪「あれからもう5日か…律、お前はいつ目を覚ますんだ?」

律「………」

澪「…バンドの話はどうするんだよ?プロになる夢は…?」

律「………」

澪「お前が起きなくちゃ何も始まらないだろ?一緒に武道館のステージに立つんだよな?」

律「………」

澪「…なぁ、起きろよ律。……起きてくれよ!」

律「………」

澪「…本当は私、律さえいれば何もいらない。夢だって叶わなくたっていいから…」

律「………」

澪「だからお願い…目を開けてよぉ…またいつもみたいに私の名前を呼んでよぉ…!」ぽろぽろ

律「……ここは…?」

澪「…律?律…りつぅ!」がばっ

律「いたたっ!」

澪「この馬鹿律!どれだけ心配かけたと思ってんだよ…!」ぽろぽろ

律「………」

澪「でもよかった…私、律さえいれば後は何もいらないから…夢だって…」

律「…夢?」

澪「そうだよ…ステージに立てなくたっていい…プロになれなくたっていい…!」

律「ステージ…プロ…私の夢…」

律「どうして秋山さんは私の夢を知ってるの…?」

澪「…え?」

澪「何言ってんだよ…私達が一緒に決めた夢だろ?」

律「…そうだっけ?」

澪「そうだよ。それと秋山さんって何だよ。からかってるのか?」

律「え…?からかってなんかいないよ」

澪「はいはい。もういいから…」

律「…秋山さんはさっきから何の話をしてるの?」

澪「は…?おい律、いい加減にしないと…」

律「秋山…澪…?私達の…夢…?うあああああああ!!!頭がああああ!!!」

澪「!?おいしっかりしろ!今先生を呼んでくる!」



澪「私はそれからすぐに医者を呼びに行った。私は最初、律の態度は悪い冗談だと思ってたんだ」

唯「………」

澪「…でも違った。それこそが律の後遺症だったんだ」

紬「そんな…」

澪「…律の後遺症、それはみんなも知っての通り、記憶を忘れてしまうこと」

和「ちょっとまって…なら律はどうして私達のことは忘れないの?」

唯「確かに…忘れられてるのは澪ちゃんだけだよね」

澪「…そのことについてもこれから話すよ」



医者「それじゃ…きょうで退院です」

律母「先生…どうもお世話になりました。ほら律も…」

律「…お世話になりました」ペコリ

医者「いえいえ…また頭が痛くなったりするようなら、すぐに病院に来てください」

律母「はい。本当にありがとうございました」

澪「良かったな律。また明日から一緒に学校行こうな」

律「…うん」


―次の日

澪「律ー!迎えに来たよー!」

律「うん!すぐ行くよー」

澪「おはよう律」

律「おはよう秋山さん」

澪「昔みたいに澪でいいよ」

律「昔の私は呼び捨てにしてたの?」

澪「そうだよ。澪ー!ってな」

律「…ごめんね。全然思い出せないよ…」

澪「いいって気にするなよ。これからゆっくり思いだしていこう。な?」

律「そうだね。み…澪♪…変かな?」

澪「そんなことないよ」ニコッ

澪(そうだよ…これから思い出せばいいんだ)

がらっ

澪「おはよー」

律「おはようみんな!」

クラスメートA「律!怪我は大丈夫か!?」

クB「みんなとっても心配したんだよ?」

律「いやーごめんごめん心配かけちゃって!この通りピンピンしてるよ!」

澪「え…?」

澪(おかしい…いつもの律だ。律は記憶がないんじゃ…?)

澪「…ちょっと律、いいか?」

律「?どうしたの澪?」

澪「律はクラスメートのこと、覚えてるのか?」

律「うん。覚えてるけど…」

澪「なら聡は?両親は?それに…私のことは?」

律「家族のことは覚えてるけど…澪のことは…覚えてないんだ」

澪「そんな…」

澪(一体どういうことなの?なんで私だけ…?)

律「ごめん…」

澪「あ…いやいいんだ。気にしないで」

澪(…弱気になるな私。きっとすぐに思い出すさ)

澪「…そうだ!今日家に来ないか?一緒に楽器の練習しようよ」

律「お邪魔しちゃっていいの?」

澪「いいに決まってるだろ?私が誘ってるんだからさ」

律「…わかった。学校終わったら遊びに行くよ」

澪「うん!」

澪(一緒に演奏すれば、もしかしたら…)


―秋山家

がちゃっ

律「お邪魔します。ここが澪の部屋か…」

澪「そうだよ。何回も来てるだろ?」

律「そうだっけ?…うん。そうだよな!」

澪「ふふっ♪まあ適当にくつろいでてよ」

律「うん。…でも練習は?ドラムもないし…」

澪「安心しろ。そろそろ来る頃だから…」

ピンポーン!

澪「…ほら来た」

律「誰が?」


がちゃっ

聡「はぁ…はぁ…!澪さん!持ってきましたよ…!」

律「聡!?お前なんで…!それは…私のドラム?」

澪「そうだよ。私が聡にお願いしたんだ」

聡「はぁ…重かった…」ドサッ

澪「さすが男の子、力持ちだね♪」

聡「…思ったんですけど、練習うちでやればこれを持ってこなくても…」

澪「ごめん聡。律に私の部屋を見てもらいたかったからさ…」

聡「…姉ちゃんは何か思い出しました?」

澪「………」ふるふる

聡「…そうですか」

聡「それじゃ、俺帰るから。あんまり澪姉に迷惑かけるなよ?」

律「おい!私がいつ迷惑かけたんだよ!?」

聡「それは自分の記憶に聞いてみな。…それじゃ」

がちゃ ばたん

律「聡の奴め…帰ったら覚えとけよ」

澪「あはは!律と聡は本当に仲良しだな」

律「…まぁね。なんたって大事な弟なんだか…ら…?」

澪「…律?」

律「あ…ごめん。なんでもないよ!それじゃ早速練習しようぜ!」

澪「?…うん」

澪「ふぅ…今日はこれだけ練習すれば充分だろ」

律「そうだな。…ねえ澪、このふわふわ時間って曲、澪が作ったんだっけ?」

澪「…!?律!お前記憶が!」

律「ごめん…ぼんやりと思いだせるのはこの曲だけ…」

澪「それでも思いだせたんだ…!」

澪(よかった…この調子なら記憶をすぐに取り戻せそうだ)

律「…とりあえず今日はもう帰るね」

澪「わかったよ。また明日一緒に練習しよう。もしかしたらまた何か思い出せるかもしれない」

律「うん。また明日くるよ…それじゃ」



澪「それから私と律は、毎日私の家で練習した」

唯「それで記憶は…?」

澪「練習したり昔のことを話したりするだけで結構思い出せてたよ。でも…」

紬「あの合宿の時みたいに…」

澪「あぁ。…私は信じてた。このまま行けば律の記憶は全部蘇るってね…」

和「………」

澪「…でもすべては無駄だったんだ」




―数日後

がちゃっ

律「お邪魔しまーす。よう澪!相変らずだらけてるなー」

澪「…お前もすっかり元通りだな」

律「そんなことないよ。私はまだ、澪と約束したことを思い出してない」

澪「…なら今日はまたその話をしようか」

律「えー、またー?もう聞き飽きたよ。それに澪から聞いたって自分で思い出せなきゃ意味ないじゃん」

澪「いいから、まずどこから話そうか…」

澪「…そうだ!律、目を閉じてくれ」

律「?…こうか?」

澪「想像してみてくれ。ここは武道館だ」

―私はあの日に律から聞いた『あの話』をこと細かに話した。

 この話なら思いだせるだろう?だって、これは私と律の夢の始まりのお話じゃないか。

 あの時、私は無関心を装っていたけど…本当はこの話のお陰で私も律と一緒に同じ夢を見たいと思えたんだ。

 だから律、また一緒に同じ夢を見ようよ。また二人でやり直そう。だって、これは…

澪「…その時、私の相棒が言ったんだ」

律「お前らーーー!!!最高だぜーーーーー!!!ってか?」

澪「そうそう…って律!?お前…!」

律「…思い出したよ全部…ただいま、澪」ニカッ

澪「律…りつぅ…!」ぽろぽろ


―始まりのお語なんだから。 



澪「律はその時全部を思い出したんだ」

和「………」

澪「私はこれで大好きな律と一緒に、また夢を追いかけられると思って喜んでたんだ。失ったものがいっぺんに帰ってきたって」

唯「………」

澪「…でも、また失うことになるんだ」



律「澪は相変らず泣き虫だな」

澪「うるさい馬鹿律!」ぐすっ

律「えへへ…澪、本当にありがとな」

澪「りつぅ…!」ぽろぽろ

律「私はな…澪がだーい好…





澪「……律?」

律「………」

澪「…律?どうしたんだよ?」

律「………」

澪「おい律!」

律「…あれ?秋山さん?」

澪「……そ…そんな…嘘…だ…」



澪「…私は絶望したよ。また同じことを繰り返すのかって」

和「………」

澪「それでも私は諦めなかった。何度も律も記憶を甦らせたんだ」

紬「………」

澪「…でも、今まで忘れていた時の記憶も全部一緒に思い出してしまうんだ」

澪「そしたら律のやつ…泣くんだぞ?今まで忘れていてごめんって…何度も思い出させてもらってるのに…ごめんって…!」ぽろぽろ

唯「………」ぐすっ

澪「…そして、また記憶をなくすんだよ…」


澪「…だから私は、もう律にかかわらないことにしたんだ」

澪「私が律にかかわれば、律は私を思い出してしまうから。そしたらまた律は泣いてしまう…これ以上は、心が壊れちゃうよ」

唯「……話はわかったよ。でもどうして澪ちゃんだけを忘れるの?」

澪「私だけじゃないよ。律は自分の大切なもの、大好きな人から忘れていくんだ…実際、律の弟も何度も忘れられてる」

紬「…でも、りっちゃんは澪ちゃんよりも夢が大切だって…」

澪「それは律が前に言ってたんだ。夢は私の一部、大切かどうかなんて考えたことないって。だから私の夢は律の中で生き続けている」


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最終更新:2010年01月22日 17:06