律「客こねー」


ある日の夜

カランコローン

律「お、いらっしゃー…なんだ、またお前か…」

唯「なんだとは失敬な!常連客に向かって!」

律「だってこの3日間で来店客総数4人だぞ。そのうち唯が2人分」

唯「それはこの店が売れないのが悪いんだよ~」

律「はっきり言うな!」

唯「ここは相変わらず閑散としてますなあ」

律「ほぉ~唯が閑散なんて言葉知ってるなんてな。どこで習った?」

唯「本当に失礼な人だな~。りっちゃんが一人で寂しくしてるんじゃないかな~と思って、こうして忙しい中顔を出してあげてるのにさ」

律「お、言うじゃん」

唯「それに今は私の方が教える側なんだよ!」

律「そうだったな。あの唯が、あ・の!唯が幼稚園の先生になっちゃったんだもんな~」

唯「む~!オンボロスナックのママのくせに!」

律「なんだと!?」

唯「えへへ、冗談冗談」

律「まったく…はあ~あ…しっかし毎日体が辛いなー」

唯「ふふ、りっちゃん毎回そう言うね」

律「口癖になってしまったな。歳は取りたくないよ。おっとごめん、注文は?」

唯「オレンジジュースで」ビシッ

律「はいはい。唯は相変わらずな。ここに来ても酒飲まないんだから」

唯「ふふふ、飲まないんじゃないよりっちゃん。飲めないんだよ!」

律「う、うん。なんで得意気?」

律「仕事はどう?うまくやってる?」

唯「相変わらずだよ。元気な子供を相手にするのは疲れるけど、なんとか楽しくやってるかな」

律「音楽は教えてんのか?」

唯「興味を持ってくれてる子には個人的に教えてあげてるよ。中々みんなってわけにもいかないけどね~」

律「唯は幼稚園の先生のおかげで音楽に出会ったんだもんな」

唯「うん。小さい子達に私なりに音楽の楽しさを伝えることが、先生への恩返しになると思ってるんだ~」

律「その先生がいなかったら私達も出会ってなかったもんな」

唯「そうだね。あの時先生にカスタネットを教えてもらったから…」

律「うん。私も唯の先生に感謝しないとな。一生の親友に出会わせてくれたんだもん」

唯「ふふ、恥ずかしい台詞禁止だよ、りっちゃん」

律「ば、馬鹿!冗談で言っただけだよ!…で、その先生今は?」

唯「私の幼稚園で園長先生をしてるよ。この歳になって未だに怒られてるんだ~…」

律「はは、唯らしいな。まあ、それだけ唯に期待を込めてるんだろ」

唯「そうかなぁ…」

律「そうだよ。うんたんうんたん♪だろ?」

唯「もうやめてよ。ハズカシーから」

律「私達の間で今さら恥ずかしいもあるか。唯のことなら隅から隅まで知ってるぜー。へっへっへ。ほいオレンジジュースお待ち」

唯「ありがと。も~、りっちゃんのエロ親父!ゴクゴク」

律「いい飲みっぷりですこと」

唯「ぷはー!うん、りっちゃんとこのオレンジジュースはうまい!どこのスーパー?」

律「自家製生絞りでございます」

唯「はいはい、どうせそこの業務用スーパーでしょ。この後買って行こうっと」

律「今日はゆっくりしていかないの?」

唯「うん、子供にご飯作らなきゃ」

律「そ」

唯「あ、ごめん…」

律「なんで謝ってんだよ!子供は?元気?」

唯「元気過ぎてまいってるよ。今小学4年生で暴れたい歳頃だろうからね~」

律「まだ小学生か。へへへ、お前ら仕込むの遅すぎたんじゃないか~?澪の子供はもう20超えてるぞ」

唯「も~、またそういう言い方する~」

律「まあいいや。ほらほら、さっさと帰りな!ガキが腹空かせて待ってんだろ!」

唯「うん、また来るね。はいお金」

律「おう、いつでも来いよ。待ってるからな」

唯「ほいほい!それじゃあ、ばいばい」

カランコローン

律「…」

律(まったくあいつは毎日のようにここに来て。今だにりっちゃん離れできてないんだな~。…けど)

律「唯が帰ると無性に寂しくなるんだよなあ…」

律「はあ…」

律「子供…か」



ある日の夜

律「ひーまーだーなー」

有線「♪~」

律「お、こいつは確か…」

カランコローン

律「ん、いらっしゃいませー。あら、こりゃあ珍しいお客さんだ」

和「こんばんは、久しぶりね律」

律「久しぶり。空いてるところに座って」

和「見たところ、全席空いてるみたいだけど」

律「そんなイジワル言うなよー」

和「ふふ、ごめんなさい。冗談よ」

律「えーと、前にこの店に来てからもう5年は経ったか?」

和「バカね、もっとよ」

律「はは、お互い歳は取りたくねーよなー。時間の感覚も狂ってきたよ」

和「そうね。前回来た時は私が部長になった直後だったわ」

律「そうだったな。和は出世するたび嬉しそうな顔してここに来るもんな。今回もそろそろだと思ってたよ」

和「あら、お見通しってわけね」

律「当たり前だ。和、会社の執行役員になったんだろ?びっくりしたよ!新聞の経済欄の人事異動に和の顔が載ってんだもん」

和「律でも経済欄読むのね。私にとってはそっちの方が驚きだわ」

律「へへ、スナックのママは常に新しい情報を仕入れなくちゃいけないのよん」

和「さすが経営者は違うわね。私も早く律のようになりたいわ」

律「馬鹿言うな。私からしたら和なんて雲の上の存在だよ」

和「そんなことないわよ」

律「いーや、あるね。○○生命、生保レディから初の執行役員誕生!だろ?」

和「本当に新聞を読んでるのね…」

律「んっふっふー。しかしすげえよな、執行役員だろ?なんかよくわかんねーけど社長みたいなもん?」

和「そこまでではないわよ…それにここはまだ通過点」

律「お、言うね~。で、注文は?」

和「そうね…じゃあブランデーで」

律「渋いな…。さすが仕事に生きる女は違うね~。ほいさ」

和「ありがとう。ふふ、こう見えても野心だけは人一倍よ。おかげでこの歳で独身だけれどね」

律「仲間仲間~」

和「はいはい。ゴク、ブフッ!」

律「おいおい大丈夫か?弱いくせにそんなの飲むから」

和「ご、ごめん…やっぱりきついわね」

律「酒弱い奴はカクテルとかにしとけばいいんだよ」

和「私はこれを飲みたいの。ナポレオンになりたいのよ」

律「征服者の酒とは言われてるけど、それ飲んだからってナポレオンになれるわけじゃないだろ」

和「験かつぎよ験かつぎ」

律「へーへー、そうでございますか」

和「それと上司に言われたのよ。偉くなりたかったら酒もタバコもやめろってね。このお酒も8年ぶりよ」

律「やめてねーじゃん」

和「今日は出世祝いだから特別なの。自分へのご褒美よ。誰も祝ってくれないから仕方ないじゃない」

律「私が祝ってやるって!今日の酒代はサービスだ!」

律「…」

律「あ、やっぱりツケで。売り上げがな~…やばいのよ」

和「ふふ、わかったわ。ありがたくツケさせてもらうわね。じゃあそろそろ行こうかな」

律「え?もう行くの?」

和「うん、まだ仕事が残ってるから。それに今まで以上に働かないと上に行けないからね」

律「そっか。頑張れよ、和」

和「ありがとう律。次は執行取締役になったらここへ来るわ。その次は代表取締役ね」

律「何年後になることやら。私がばーさんになる前に頼むよ」

和「ふふ、わかってる。多分すぐに来ることになるわ。それじゃあ」

カランコローン

律「…」

律「仕事に生きるのも一つの幸せなのかな」



ある日の夜

律「かーみさーまおねーがい二人だけの~ってか」

カランコローン

律「あ、いらっしゃーい」

澪「おいっす」

律「宗教の勧誘はお断りでーす」

澪「おい、久しぶりに会った幼馴染に随分な言葉じゃないか」

律「冗談だよ。久しぶりだな、澪」

澪「ああ、律」

律「空いてるところに座って」

澪「ふふ、ここは相変わらず客が来ないな」

律「お前こそ随分な言葉じゃないか?」

澪「本当なんだから仕方ないだろ」

律「返す言葉もございやせん。そういえば澪、次は武道館ライブらしいな」

澪「お、よく知ってるな」

律「世間では知る者のいない、メジャーバンドだからな」

澪「やっとここまで来たよ」

律「私達の夢を叶えてくれたわけだな」

澪「高校生の時のか。まさか本当に武道館に立てるなんて思ってもみなかったよ」

律「すげーよなー、澪」

澪「いやーそれほどでも」テレ

律「の娘」

澪「もっと褒めてもっと褒めて」

律「ガキか、お前は」

澪「この通り、すっかり親バカだよ」

律「はいはい。で、注文は」

澪「うーん、ビールでいいや」

律「澪ちゃんケチくさ~い。いっぱい稼いでるんだからシャンパン入れてよ~」

澪「なんだそれ、唯の真似?なつかしいな」

律「似てた?」

澪「似てない」

律「ちっ。ほれ、ビール」

澪「ありがと。そうそう、はいこれ」

律「ん?何これ?」

澪「ふふ、武道館ライブのチケット」

律「一緒に行こうってか」

澪「うんうん。私達の夢が叶う瞬間だぞ」

律「本当親バカ…」

澪「武道館ライブ一曲目はふわふわ時間だってさ」

律「ほぅ…当然私に著作権料は入るんだろうな?」

澪「は?作曲ムギで、作詞は私だけど?」

律「いやー、最近は著作権著作権うるさいからなー。当時の部長としてそのへんの管理はしっかりしとかないと」

澪「おいおい…私達の曲も夢も、まるごとあの子達に託したじゃないか」

律「そういやそうだった」

澪「律の方はどうなんだよ。息子さんはバンド続けてるのか?」

律「…」

律「あいつの話はやめろよ」

澪「…」

澪「お前…まさかまだ…」

律「…」

澪「まだ息子さんといがみ合ったままなのか?」

律「あんな親不孝者、どうなろうが知ったことじゃないな」

澪「どうしてそんな風に言えるんだよ…自分のお腹を痛めて、苦労して産んだ子じゃないか」

律「育ててやった恩を忘れて大学進学もせず、音楽で食っていくなんて言い放つようなガキを産んだ覚えはねーよ」

澪「それは…それを応援してやるのが親の務めだろ!私だって娘が最初にそう言った時は反対したけど…。
  でもちゃんと面と向かって話し合って、あの子の真剣な目と決意を聞いた時、私が応援してやらないで誰が応援するんだって思ったよ。
  それが親の務めだろうって…だから…」

律「ふん、お前の娘と私のガキを一緒にするなよ。音楽の世界なんて一部の才能を持ったボンボンしか成功するはずないんだ」

澪「…」

澪「取り消せよ」

律「あ?」

澪「才能とかボンボンなんて簡単な言葉で片付けて欲しくないな。あの子が今までに何万時間ベースに触れていたと思ってる」

律「…」

律「わりぃ」

澪「旦那さんのこともあったから音楽の道に進むのは反対なんだろうけどさ…でも旦那さんと息子さんは別だろ?」

律「…」

律(そんなこと、言われなくたってわかってる。でもな澪、夢や野心だけじゃ飯は食っていけないんだよ、私らみたいな凡人はな)


どうしてこうなった

私の夫は売れないインディーズバンドのドラマーだった。

彼と出会ったのは、気まぐれに足を運んだライブハウス。
彼の演奏を目の当たりにし、心底感激した私はライブハウスから出てきた彼に電話番号を書いた紙を手渡した。

数日後、彼から電話がかかってきた。

それからというもの、私は彼に猛アタックを仕掛ける。
今思えば私にとっての彼は、ただの憧れの存在だっただけなのだろうと思う。
『好き』という感情を持って接していたのか、今となっては思い出すこともできない。

私達はなし崩し的に同棲を始めた。
彼がバンド活動に専念できるよう、生活費を稼ぐのはもっぱら私の役目だった。

同棲を始めてから3ヶ月後、私の妊娠が発覚した。

19歳のある夏の日のことである。

子供ができてから、自分の考え方が変わったことに驚かざるを得ない。

お腹に子を抱えて仕事をすることができない私は、再三彼にバンドを辞めるように迫った。
当然だろう、今までのように私と彼がなんとか生活していくのとはわけが違う。
子供の将来を考えると彼にはバンドを辞めてもらい、まともな職についてもらう他ない。

けれど彼はバンドを辞めなかった。

「今に金に困らない生活を遅らせてやる」とか「すぐにメジャーデビューできる」とか、そんな夢物語を語って。

子供ができていなければ応援していただろうか。

この時の私は自分と彼の将来よりも、お腹の子の将来を心配していた。

彼がバンドをやめたのは息子が5歳になった直後だった。
養育費と生活費を女一人で稼ぐのは並大抵のことではない。
彼もようやくそれに気付いてくれた。

しかし、30台半ばの高卒の男を雇ってくれる会社などあるはずがない。

彼が就職活動を始めてから1年、いよいよ私達の貯金が底をつきそうになった時、彼は神妙な面持ちで言った。

「店を開こう」と。

反対した。
当たり前だ。
簡単に「店を開く」などと言うが、私達には何のノウハウもないし店を開くために何千万という借金をしなければならない。

失敗すれば家族もろとものたれ死ぬしかない。
まさに地獄への片道切符。

熱心に説得する彼を見て、もう一度応援してみようという気持ちになった。
彼の人生を、夢を。
それは私自身と子供の人生にも繋がるから。

私達は開店資金を調達するため、親戚中に頭を下げてまわった。
まさか自分の弟に土下座する日が来るとは思ってもいなかったが。

聡に「もうあの男とは別れてまともな男と結婚しろ」と言われたが、それでも私は土下座をやめるわけにはいかなかった。

私の熱意に負けた聡は300万円もの大金を貸してくれた。
自分の生活もあるだろうに、私のために300万円も。

これほど聡に感謝した日はない。

泣きじゃくる私を、聡は優しく抱きしめてくれた。
いつの間にこんなに大きな男になったのか、その疑問が浮かんだ瞬間、さらに涙が溢れ出した。

私は弟の成長に気付かないほど心に余裕がなかったのか。


各所から金をかき集め、なんとか開店に漕ぎ着ける。

『スナック りっちゃん』

アホかと。
命名者は唯。
恥ずかしいからやめて欲しかったのだが、『スナック りっちゃん』が最もスナックっぽい雰囲気をかもし出していたのでこの名に決定した次第だ。

右も左もわからない私達は必死に働き、それに伴い売り上げも信じられないくらい伸びた。

けれど、良かったのは数年だけ。

仕事に余裕がでてきた彼は昼間から店の酒をあおるようになる。
何度言っても酒はやめず、挙句のはてに私に暴力を振るうようになった。


――どうして?
――あんたがしたかった事じゃないの?

何度言っても彼が耳を貸すことはなかった。

この時初めてわかった。

この人は音楽がないと生きていけない人間なんだと。
ドラムを叩くことに生きがいを感じる人間なんだと。
そうして初めて彼は『生きる』ことができるのだと。

そして私が愛したのは彼のそんな姿だったんだ。

彼をこんな風にした原因は私にもある。

まあ、今さら気付いたところで後の祭りなのだが。

すでに私には金を稼ぐことと、夫の暴力から息子を守ることしか頭になかった。

もはや彼に対する愛情など露ほどもない。
死んで欲しい、とすら思っていたのかもしれない。

数年後、彼は急性アルコール中毒で倒れ、そのままポックリ逝った。

通夜も葬儀も火葬も涙は出なかった。


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最終更新:2010年03月27日 00:33