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ムギちゃんは意地悪だ。

最初彼女に会った時、私はおっとりポワポワした人だなって思った。

だけど彼女はとても意地悪な人で、そんな彼女に私は怒りを感じてる。

私を怒らせるの彼女だけ

みんな私の事をのんびりしたいつもニコニコしている子だって思っていて、
私も自分の事を少なからずそう思ってるし、そんな自分が嫌いじゃなかったりする。


だから怒りたくなんてないのだけど、
今――いや、最近の私は今までのを取り返すようにイライラしたりムカムカしちゃっている。


両親も、妹の憂も、親友の和ちゃんも、軽音部の他のみんなも、今まで会ったどんな人達も私を怒らせたりしなかったのに……

彼女だけが私にこんな気持ちを抱かせるんだ。


だけど私は怒り慣れてないからいつもこの感情に自分が振り回されてしまって、だから2人っきりで彼女と帰える道すがら、
私は些細な抵抗として絶対自分から話しかけないと決めていた。

そんな私の心を読んでるのか、彼女も自分から言葉を発しない


だから私はまたイライラする

だってムギちゃんから話しかけてくれないと無視できないじゃん
これは仕返しなんだから……ムギちゃんがいけないんだから……

けどやっぱり彼女は自分から話してはくれなくて、ずっと無言のままサヨナラしなきゃいけない道まで来てしまった。

ムギちゃんがバイバイって言ったら無視してやる。絶対無視してやる。
そうしたらムギちゃんは私に嫌われたかもって、私と同じ気持ちになるんだ。

私はそんな子供っぽいバカな事を考えていた



―――別れ道がやってきた。

ほらバイバイって言って

私は下を見ながら彼女に心の中で語りかける。

だけど彼女は私の期待には答えず、私の方を見ないまま、私に声をかけないまま、さっさと駅の方に曲がって行ってしまった。

違う……こんなはずじゃない。

ムギちゃんがバイバイって言って、私が無視して、ムギちゃんが心配して、私が怒ってるんだよってムギちゃんに言って、
ムギちゃんが謝ったら仲直りにほっぺにチュウしてあげるのに

彼女の背中はもう見えない



何で……何で……


私の頭はパンクする。
自分の事は棚に上げ、無視をするムギちゃんにイライラして、けど嫌われたんじゃないかって不安になって、
不安にさせるムギちゃんにムカムカして、けどやっぱりまた怖くなって・・・
こうなってしまったら、もう私にできるのは涙を流すことくらいしかない。

私は自分の帰り道を歩きながら子供のように泣いた。
そういえば最近、怒ることも増えたけど泣くことも増えた。

何でこんなに弱くなっちゃったんだろ、
これもやっぱりムギちゃんがいけないんだ、今だって彼女が私を泣かしてる。

ムギちゃんが……ムギちゃんが……


けど本当は私にも分かってるんだ、自分がバカだから泣いてるんだって。
今回も私が悪い。だってそれは本当に、他人にはどうでもいいような事だから

今度こそ完璧に見捨てられた。
きっと明日から話してくれないし、私を見てもくれない……


嫌われた、ムギちゃんに……

唯「嫌だ……嫌だよ……」

彼女に――ムギちゃんにだけは嫌われたくない……


「何がイヤなの?」

声の主は少し先にある電信柱に背中をあずけて立っている


唯「な、なんで……」


紬「ふふっ驚いた?」

彼女はイタズラに笑う。そんな笑顔も様になっていて、私は少し見とれてしまった。

紬「唯ちゃん泣いてたの?」


唯「な、泣いてないよ!!!」

ゴシゴシと目元をこすり、涙でぐちゃぐちゃの顔で答える


紬「ふふっそんな事言って、目が真っ赤よ」

またあの笑い方…全て分かったように笑うんだから悔しい

唯「こ、これはちょっと目にゴミが入っただけだから!!それより何でここにいるの!?
  ムギちゃんさっきあっちの道に帰って行ったでしょ」


紬「先回りしたのよ、唯ちゃんが泣きそうな顔でこっちを見てたみたいだから」



唯「だから泣いてないもん!!」

紬「分かったわ、じゃあそういう事にしておきましょ」


彼女はまるで母親が子供をあやすよう私にそう言った。
いつもそうだ……一時涙で鎮火していた私の中のイライラがまた再燃する

唯「もういい!私帰る」

紬「そう」

唯「本当に帰るよ!!」

紬「ええ」

唯「バイバイ」

紬「さようなら」

全部ニコニコしながら答える彼女は、間違いなく私をバカにしてるんだ。
私が本当は帰らないって、ムギちゃんごめんねって言って泣きつくを待ってるんだ……

私はそんなにバカじゃない
私がどう思ってるかなんて、本当はわかってないくせに。
ワザと音を立てて歩き始める。この怒りが彼女に伝わるように

そうしてもまだ彼女はいつもの笑顔でこちらを見ていた。

彼女の前を通った瞬間、いつもの彼女の匂いがする。それは本当に甘くて、私の大好きなお菓子より甘くてずっとずっと大好きな匂い。



だけど……今日はそんな事では止まらない、私は怒っているんだから。


紬「唯ちゃんは何に怒ってるの?」

決意とは裏腹に私の体はピタッと止まってしまった。それはほとんど無意識下で、


紬「ちゃんと話してくれなきゃ分からないわ」

私は何も答えない。

紬「今日のお菓子が口にあわなかったの?」

私は首を横に振る

紬「じゃあ私が切り分けたお菓子がみんなのより小さかったとか?」

また首を横に振る

紬「それじゃあ紅茶が…」

検討違いな事ばかり言うムギちゃんに、我慢は限界に達した

唯「違うもん!!それにさっきから何でお菓子ばっかりなの!?」

紬「ふふっ、ごめんなさい」

やっぱりムギちゃんは私をバカにしてる。私はムギちゃんを睨みつけるけど、それは彼女にいささかも効果はなかった


紬「じゃあ何で怒ってるの?」

唯「…………ッtた」

紬「うん?」

唯「嬉しいって言った……」

紬「誰が?」

唯「ムギちゃん」

紬「………やっぱり何のことか分からないわ」

唯「ムギちゃん嬉しいって言った!!!」


私はムギちゃんではなく地面を見て怒鳴った、怒鳴ってはいてもしょせんそんなのは虚勢で、
ムギちゃんの顔を見てそんな事は言えないから。

紬「嬉しい……ああ、もしかしてりっちゃんに?」


紬「正解?」

唯「……」

正解なのに私は頭を縦には振れない
だってそれはただの部活中の何気ない会話で、私だけが本気で怒ってるのはバカみたいな話だから


――――――
――
律「いや~やっぱりムギのいれてくれた紅茶は美味いな」

放課後。私達は練習をする前に、相変わらずのティータイムをしていて、
その時紅茶を飲んだりっちゃんがムギちゃんを誉めたてくれた。

私はそれが自分の事のように嬉しくなり、ニヤついた顔を隠すために紅茶のカップを口元に持っていく。

紬「そう言ってもらえると嬉しいわ」

律「これを飲むために学校に来ているようなものだよ」

澪「おいそれはどうなんだ」

梓「もう練習しましょうよ……」

唯「あずにゃんもお菓子食べなよ~美味しいよ」

紬「はい梓ちゃん、紅茶もどうぞ」

梓「………コク……美味しい」

ムギちゃんとの連携により、あずにゃんも不満そうにしながらフォークがよくすすんでいく


律「梓もすっかりムギの紅茶とお菓子に蹂躙されたな」

梓「うぅ……そんな事ないです」


そうして結局ティータイムが再開したんだけど、しばらくたってケーキと紅茶を全部食べたりっちゃんが言ったんだ。

律「しっかし本当に美味しかったよ、よしムギはもう私の嫁にこい」

私は少し動きが止まっちゃったと思う。けど特別大きいリアクションはとらないよう努めた、
こんな事くらいで取り乱したりはしない。だってただの友達同士の冗談だもん。

だけどムギちゃんが言った言葉のせいで、私の中でこれが冗談じゃなくなってしまう。


紬「あら?嬉しいわりっちゃん、ありがとう」


彼女はりっちゃんの方を向いて微笑みながらそう答えたんだ

嬉しい……嬉しいの?
私は動きだけでなく、心までどんどんしおれて停止してしまいそうになっていく

その後澪ちゃんがバカな事言ってないでさっさと練習するぞって言って、あずにゃんも同意したのをぼんやりした頭で聞いていた。
それから練習が始まっても、私は結局集中できないでミスを連発することになってしまったのだった

――――――――
――

紬「あんな事で嫉妬してるの?」

あんな事!?嫉妬!?
私の気持ちも知らないくせに……
私は文句を言ってやろうと地面に向けていた視線をムギちゃんに向ける


唯「っ!!」

いつの間に近づいたのだろうか?
彼女の柔らかい笑顔が私の息が届く位置まで移動してる。
途端に私の顔は真っ赤になり、それを隠すためにまた地面に視線をおとした。

紬「唯ちゃん可愛いわね」

唯「っ……」

そんな台詞で声がでなくなるほど照れてしまう。
だけどこれは違うんだ、この可愛いは私が子供っぽい事で嫉妬してるから言ってるだけで、またまたバカにされてるんだ。

唯「嫉妬なんかしてないもん」

紬「本当?」

唯「してない!!」

本当はしていた、そりゃもうどっぷりと
だってムギちゃんは私が目の前にいるのにあんな事言ったんだから。
否定しなくてもいいけど、嬉しい何て言わないでよ。


唯「りっちゃんと付き合えばいいじゃん」

できるだけ素っ気なく言う、ちゃんと私が怒ってるって伝えたくて

紬「何で?」


唯「別に……何となく……りっちゃんカッコいいし……頼りがいあるし」


それは両方私にないもので、今私が心から欲しいもの


紬「確かにりっちゃんカッコいいわよね、部長で頼りがいもあるし」


自分で言った言葉と彼女が言った言葉。何でこんなに重さが違うのだろう
その言葉は私のぐちゃぐちゃの心を崩壊させるには十分だった

唯「じゃあ……さっさとりっちゃんのとこ行きなよ……」

紬「ふふっ、行かないわよ」

唯「行っちゃえ」

紬「行かない」

唯「い、っちゃえ……」

紬「唯ちゃんのそばにいるわよ」

唯「い……いっ……いっちゃ…」

泣いてる私を柔らかいものが包み込む

ああもう我慢できないや……


私は泣きながら、抱き締めくれている彼女に全部言っちゃう

何であんな事言うの?本当にりっちゃんが好きなの?何で無視したの?

私の事……まだ好きでいてくれるの?

彼女はそのひとつひとつに丁寧に答えてくれ、その答えはあんなにざわついて、歪だった心を、
まるで魔法でも使ったかのように一瞬のうちに静めてくれた。


――――――――
――


紬「落ち着いた?」

私は返事のかわりにポッケからだしたティッシュで鼻をかむ

紬「はい、ハンカチ」

彼女から差し出されたハンカチを無言でもらって目元を拭う。
彼女のハンカチからはやっぱり彼女の匂いがして、さっきまで抱き締められていた事を思い出し、恥ずかしさと嬉しさが湧き出す

紬「良かったわ泣き止んで」

唯「……子供みたいに言わないで」

紬「じゃあ子供みたいな事しないでね」

彼女と一緒にいると主導権が上手くとれない


唯「そろそろ帰らないと遅くなっちゃうよ」

だからこういう事は私の方から言わなくちゃいけない、なるだけ素っ気なく何でもないように。

紬「そうね、じゃあそろそろ帰るわね」

彼女も素っ気なく何でもないように言って立ち上がる

やっぱり私は主導権をとれない
彼女の前では何でいつもみたいに素直で、バカ正直な私になれないんだろう。

本当に伝えたいのはこんな事じゃないのに……

再び後ろ姿を私に見せて歩いていく彼女を見つめながらそう思う。


だけど……

私は外していたギー太とバックを持ってムギちゃんを追いかける
私の足音に気づいたのか、彼女は歩みを止め振り返ってくれた。

私はスピードを緩め、彼女のちょっと後ろで立ち止まる


不思議そうな顔で私を見つめてくる彼女
そんな何気ない顔だけでやっぱり私の気持ちはまたざわざわと揺れてしまう

本当に私はどうしようもないらしい。

唯「……憂に買い物頼まれたからついでに駅まで送ってく」


そんなバレバレな嘘をつく私を、彼女はまだ不思議そうな顔で見つめてくるけどすぐに微笑んでくれた。
頬に赤みが差したのは私の勘違いじゃないと嬉しい


ムギちゃんが歩き始め、その半歩後ろを私が歩く。
彼女の前ではごめんなさいですら素直に言えない私は、その半歩にさっきの謝罪の意味を込めているんだけど
彼女は気づいてくれてるだろうか?

チラッと彼女が私を見た

そうして私の手を自分の暖かい手で包みこんでニッコリと笑う

その笑みが雄弁に語っているんだ。

全部分かってるって、
やっぱり唯ちゃんは私がいないとダメねって、
そんなところも大好きよって。


やっぱりムギちゃんだけが私をイライラさせる、本当にどうしようもないくらい。

だから少しでも反抗したくて、
私は彼女の手を痛いくらい強く握り締めてやった。


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ペンを走らせていると、窓から風が入ってきて風鈴が音を鳴らした。
不思議なもので、これを聞くだけで少し気温が下がった気がする。

チラリと顔を上げると、夏休みの課題と格闘してる彼女の顔が目に入る
どうやら勝負は分が悪いみたいで、眉間に皺を寄せ課題と睨めっこしていた。

私に聞けばいいのに……

こういう関係になる前の彼女なら、すぐにわかんないと投げ出して答えを聞いてきただろうけど、
今ではそんな事はしない。
それは彼女なりのプライドなのかもしれないと思うことにしている。


唯「何?」

紬「えっ?」

唯「何でさっきからこっち見てるの?」


どうやら自分でも気づかないうちにジッと見つめてしまっていたようだ。
唯ちゃんはちょっと不満そうな顔で私を見つめ返してる。

こんな気だるそうな顔をみんなの前でする事はない

彼女はいつも元気で明るく素直で、ちょっと天然のはいったポワポワした女の子。
それが他の子達の彼女に対する印象で、私も出会った当初はそう思っていた。

だからこの、ちょっと怒った――彼女なりの照れ隠しの顔を見たことのある人は多分私だけで、それが私の自慢でもあったから、
自分だけに見せてくれる彼女の顔が見たくて、いつもちょっと意地悪をしてしまう。


紬「ごめんなさい、つい唯ちゃんが可愛くって」


彼女は驚いた顔をして、すぐに下を向き課題に取りかかる

唯「ふ~ん」


唯ちゃんは気づいてるのかしら?
自分の耳が今真っ赤になってることに。梓ちゃんとか澪ちゃんには自分から可愛いと言うくせに、
自分が言われるとこんなになっちゃうんだから

私はそれがおかしくてクスクス笑ってしまった。


唯「何笑ってるの?」


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最終更新:2010年03月31日 23:36