唯ちゃんはそう言うと足早に部屋からでていく。
1人残された私を途端に寒気がおそってきた。
汗のせいもあるけれど事後の後こうして1人にされると、とても不安になってしまうのは何故だろう?
さっきまで繋がっていた心と体がどこかにいってしまうからなのか。
行為の最中、私は嫌がる彼女に何度も自分の欲をぶつけた。
それは今回だけじゃなく今までもそうで、以前もそれで後悔したのだ。それにこうした行為も私から始める事が多い
やっぱり私は身勝手な女なのかしら
こんな女に愛されてしまった彼女が人事のように可哀想になる。
そのうち本当に愛想を尽かされてしまうかもしれない……
少し暗い気持ちに陥った私をドアの開いた音が正気に戻す。
シャワーを浴びて戻ってくるにはちょっと早すぎると思うと、彼女はお湯を張ったタライを持って立っていた
唯「どっか痛いの?」
紬「何で?」
唯「痛そうな顔してた」
紬「……それは何?」
私は彼女の質問には答えず先にすすめる
唯「お湯。体拭こうと思って」
紬「……シャワー浴びてこないの?」
唯「いい」
そういってテーブルに置いて、入れていたタオルを絞り私に渡す
紬「ありがとう」
ありがたく受け取り体を拭く。ほのかに温かいタオルが、汗のベタ付きとともに
疲れやさっきの暗い気持ちも取っていくようだった。
横では彼女も私に背を向けて体を拭いている
紬「今日はごめんなさい」
唯「…どうしたの急に?」
紬「本当に唯ちゃんが嫌ならもうやらないわ」
ちょっとした沈黙
本当は唯ちゃんとしない自信なんてない。だって本当に彼女が大好きだから……
けど身勝手に抱いているという意識もあり彼女を苦しめるのも嫌だった。
だから彼女が望むなら二度としないと決意を固めていた
唯「……ズルいなムギちゃんって」
布の感触が背中にあたる
唯「ズルいよ」
彼女が柔らかく私の頭にキスをしてくれた
紬「そうね……ごめんなさい」
唯「いいよ、ムギちゃんだもん」
ムギちゃんだもんか……
私は一番汚れているであろう顔にタオルを持ってくる。
顔を拭くフリをして涙が浮かんだ目尻をぬぐう私は、彼女の言うとおりズルい人間なのかもしれない。
・ ・
・
私の知っている人の中で一番可愛いのはあずにゃんだと思う。
澪ちゃんも可愛いけど、一番綺麗って言った方がいいかな。
一番話が合うのはりっちゃん
りっちゃんとならずっとバカな話しをしてられる
一番安心できるのは和ちゃん
心の故郷って言ったら分かりやすい
一番甘えられるのは憂
妹だけど自然に甘えられる
……彼女はこのどのランクも一番じゃない
時々何で彼女と付き合ってるのか分からなくなる。
だって一緒にいても話はりっちゃんほど合わないし、緊張するし、
スキンシップなんて恥ずかしくて絶対できない。
彼女と一緒にいるときは全然いつもの私らしくないのだ。
けど…それでも一番に考えてしまうのが彼女の事で、こうやって別な人といても
ふとした瞬間に彼女の事ばかり考えてしまう。
「物思いにふけるなんて唯らしくないわね」
声の主は私が一番安心できて信頼している子。
唯「失礼な、私だっていろいろ悩んだりするんだよ」
和「ごめんなさい。これで機嫌を治してもらえるかしら?」
お盆の上にはケーキと紅茶がのっている
唯「よし、治りました~」
和「相変わらず調子いいんだから」
和ちゃんはニコッと笑い、私の分をわけてくれた。
―――――――
――
和「そういえばこうして唯と2人っきりになるのって久しぶりね」
唯「そうだね、私和ちゃんのお部屋に来たの2ヶ月振りだよ~」
中学の頃は頻繁に遊びに来ていたこの部屋はその頃から変わらず、部屋の主と同じに私をあたたかく迎えてくれる
和「まあ私も唯も生徒会や部活忙しいもの、特に唯の方はね」
含みのある笑い方をする和ちゃんを見て、私はケーキを喉に詰まらせた
唯「ゴホゴホ…もう和ちゃん!!」
和「いいじゃない、本当の事なんだし」
唯「うぅ……」
和「それで、ムギとは順調なの?」
和ちゃんには私とムギちゃんの事を話していた。
付き合う前、私がこの感情を恋と理解する前から苦しんでる私に気がついて助けてくれたのが和ちゃんだった。
和ちゃんには……と言うように、それ以外の人――軽音部のみんなや憂にもまだ話していない
唯「う~ん多分」
私はケーキを食べながら答える
和「歯切れ悪いわね」
唯「だって経験したことないからこれが順調なのかわからないんだもん」
和「それもそうね……ケンカとかするの?」
唯「……しょっちゅうする」
和「それは意外ね……
唯もムギもぽわぽわしてるイメージあるから、そういうのとは無縁だと思ってたわ」
やっぱり意外だよね……
実際誰よりも自分が一番意外に思ってる。
私が昔イメージしていた誰かと付き合うっていうのは、毎日笑顔で楽くて、
全てがバラ色に見えるんだろうな、なんて思っていた。
だけど実際は悲しい事や辛い事もたくさんある……
特に彼女と喧嘩してる時がそうだ。
だったら喧嘩なんてしなければいいと思うのだけど、
子供のように何で分かってくれないの?と、不満に思いいじけたのも一度や二度ではない。
だからこそ軽音部のみんなには言えなかった。
今言ってしまったら、私はきっと彼女との問題を軽音部の問題にしてしまうから。
みんなに甘えて協力をあおぎ、解決しようとするかもしれない……
そうして部内を巻き込んでしまって、みんなにも迷惑をかけてる。
もしかしたら軽音部のみんなは優しいからそれでもいいと言ってくれるかもしれないけど、
私にとってはそれだけは絶対にしてはいけないことだった。
だからもう少し気持ちのコントロールができるまではみんなに黙っていようと思っている。
話せるのは当分先な気がするけど……
和「けど澪がね、最近唯は真面目になったって言ってたけど私もそう思うわ、
遅刻ほとんどしてないでしょ?」
唯「まあ……」
和「部活も頑張ってるって聞くし、赤点はとらなくなったし、彼女と付き合って全部がいい方にむいてるじゃない? やっぱり大事な人ができると変わるものなのね」
確かに和ちゃんの言ってることは当たっている。憂に言われなくても起きるようになったし、
ギターも誉められることが多くなった。勉強も……まあ努力はしている。
けど私が真面目になろうとしているのは、あまり前向きな理由じゃない。
彼女と付き合えた――気持ちが向かい合った時、本当に嬉しいと思えたし、それは人生最良の日と言っても良かった。
けど次に私を襲った気持ちは恐怖だった。
せっかく手に入れたものがなくなってしまう恐怖。
一度味わったものが失われるのは、一度も味あわないより辛い事だと思う、だってそれは麻薬のようにすでに私を虜にしてしまっているから。
だから私は何とか失わないよう努力する事にした。
だって彼女は頭もよくて作曲までしていて、火の打ち所がなかったから
彼女の隣を歩ける人になろうと、彼女が一緒にいて恥ずかしくない人になろうと勉強や部活をがんばった。
けど彼女の前に立つとどうしようもなく緊張して、
普段ならなんてことないお喋りやスキンシップですら、まともにとれなかったりする。
本当に私らしくない。
いつも思う。彼女はこんな私と一緒にいたくて付き合ってるわけではないんじゃないかって
だってそれは彼女が付き合う前に見ていた
平沢唯とは真逆の女の子だから
和「どうしたの?」
私は和ちゃんを無視して考え事を耽ってしまっていたみたい
唯「ううん、何でもない」
和「……何かあるなら言っちゃいなさい。経験がない私じゃ大したアドバイスできないけど、話さないよりはマシかもしれないんだから」
唯「ありがとう和ちゃん……ねえ、私の良いとこってどこかな?」
和「唯の?う~ん……笑顔とかかしら?あとはそののんびりした雰囲気とか」
唯「……そっか」
だとしたら、やっぱりムギちゃんにとって私は全く魅力のない女の子になっちゃうな
和「はぁ~これはあくまで私の考える唯の良いとこなんだからそんなにへこんだ顔しないでよ。
そんなもの相手の受け取り方で変わるものよ」
あからさまにへこんだ私に、和ちゃんが優しく声をかけてくれる。けど受け取り方って……
唯「どういう事?」
和「例えば私が思う唯の良いところを悪く言えば、いつもヘラヘラしてとろいって事でしょ」
唯「ひ、ひどいよ~」
和「だから悪く言えばよ。優しいっていうのも優柔不断や自主性がないとか、真面目っていうのも面白味がないとも言えるわよね」
唯「う~ん、そんなもんかな?」
和「まあ言い過ぎな部分はあるけどね。
だけどムギには私とは違った唯の良いところが見えていているのかもしれないんだし、少なくてもムギはあなたが好きだから付き合ってるんでしょ?そこには自信持ちなさい」
唯「うん……」
その後気をつかってくれたのか違う話題を振ってくれたけど、私は和ちゃんの話が最後まで頭の中にくすぶっていた
――――――
――
家が近いという油断からすっかり帰るのが遅くなり、憂からの心配の電話でやっと私は和ちゃんの家を後にした。
やはり和ちゃんの隣は時間を忘れるほど居心地がいい
外は時期的にはまだ春だけど、夜風に少しだけ夏の匂いが混じってる気がする。
私の良いところか……
和ちゃんに言われたことを考える。
直接ムギちゃんに聞くのが一番早いけど、普通の状態で面と向かって自分の良いところなんて聞けるわけないよね
最近、澪ちゃんが恥ずかしがったりする気持ちが良くわかる、
次りっちゃんやさわちゃん先生が澪ちゃんをいじめていたら助けてあげよう
そんな事を考えてるとまた携帯がなった。
憂の心配症にも困ったものだと思って携帯を開くと、そこにはドキッとする名前が書かれていた
あっ私今ニヤついてる…
何だかんだ言っておいて、結局彼女からの連絡が嬉しいのだ、
この名前が表示されるだけで携帯の価値があがった気がする。
私は一度深く呼吸をして、通話ボタンを押した
最終更新:2010年03月31日 23:47