唯「もしもし」

一瞬の間ですら焦れったい、早く彼女の声が聞きたかった


紬「紬です」

唯「うん」

もう少し普通に愛想良く話したいけど、先ほどから心臓が痛いほどドキドキしてるから今回も無理そう

後ろから車の光が近づいて来たので、道路の真ん中で突っ立ってた私は端へと避け、家の塀に体をあずけた。


紬「もしかしてまだ外?」

唯「うん。和ちゃんと遊んでて、その帰り道」

紬「和さんと……」

変な間が空く、もしかして勘違いさせてしまった?

唯「違うよ、和ちゃんとはそんなんじゃないからね」

とたんに携帯からクスッと笑い声が聞こえる。


紬「分かってる。けど私が何も聞いてないのに言い訳するなんて逆に怪しいわよ」

またやられた……こうやって彼女は時々小さい意地悪をしかけてくる

唯「用あるんじゃないの?」

ムっとして、ちょっとキツい言い方になってしまう

紬「なかったら連絡しちゃいけない?」

唯「……別にそうじゃないけど」

紬「良かった」

口調から彼女の笑った顔を想像できて私は簡単に照れてしまう、本当にらしくない

唯「じゃあちょっと待ってて、お家に帰ってご飯食べたら私から連絡するから」

紬「ありがとう、けどその前にひとつ聞いておきたい事があって」

唯「何?」

紬「来週の土曜日なんだけど予定ある?」

唯「予定?部活あるんじゃない?」

紬「うん、多分夕方までわ。それ以降なんだけど……」

遊ぶ予定だろうか?だったらわざわざ電話してくるなんて珍しい。
だって今日みたいにどうしても外せない用事以外の日は、一緒にいるのは当たり前になってるし、私に関してはどうしても外せない用事なんてほとんどなかったから



ちなみに今日はムギちゃんのお父さんの誕生日があった為、遊ばなかった。
なんでも家でパーティーがおこなわれてるらしい


唯「多分暇だと思うよ」

紬「じゃあ一緒に来て欲しいところがあるんだけど……」

ムギちゃんの話し方が、いつもより歯切れの悪いものになっている気がする。
嫌な予感が湧いてきたので、携帯を強く握り締めた


唯「どこ?」

紬「……私のお家なの」

とりあえず携帯は落とさずにすんだ



――――――
――

この駅で降りるのは初めての事だった。
同じ車両から降りた人達は迷わず進んで行ったので、降り口がわからなかった私はその後ろにくっついて歩く事にする。


途中大きな鏡がおいてあり、自分の姿が写し出される。もっとかっちりした服を着てくれば良かったと後悔したけど、
私が持っている服でそれに唯一該当するのって制服なんだよね……


これでも恥ずかしくならないように、家にある服を総動員して選んだものではあった。
それはお母さんの服や憂の服も例外ではなく、まさに総動員で。

服を選んでる時の憂の顔を思い出す。
彼女は貸すことには抵抗なかったみたいだけど、最後まで何か聞きたそうな顔をしていた。

それも当たり前か……
誰かの家にお泊まりに行くからって、あんなに次から次へと洋服を着て感想を求められたら困惑するよね。


結局上着は一番のお気に入りの物を着て、憂には靴とスカートを、お母さんには黙ってだけどネックレスを借りた。


家ではなかなかさまになってると思えていた服も、こうやって見ると少し子供っぽ過ぎたかと心配になる。

けど今更家に帰るわけにもいかない

私は腹をくくり、諦めにも似た心境で彼女との待ち合わせ場所に歩みを早めた。


――――――
――

待ち合わせ場所に指定していた駅の入り口には帰宅を急ぐ人でごった返していたけど、彼女はまだ着ていないようだった。
とりあえず遅刻はしなくてすんだ

それでも体は少し強ばっていて、自分でも緊張しているのがよくわかる
いつも以上に服を気をつけてたのもその為なんだろう。


だって彼女の家に呼ばれるのは初めての事だったから……

友達の時も、付き合ってからも、彼女のお家に行ったことはなかった。
彼女がどんな部屋で過ごしてるのか興味はあったけど、漠然と彼女はそれを望んでないんじゃないかと思っていた。

それは彼女のお家が普通とはちょっと違うからなのか、
私達の関係が普通とはちょっと違うからなのか。

どんな理由でも結局のところ断られるのが怖かった私は、彼女が誘ってくるまで待とうと思っていて、
だから今回の突然の誘いに対しても真意が分からず、ただ行くことを了承しただけだった。


 「唯ちゃん」


横から声をかけられ顔を向けると、先ほど部活で会った時とは違い、私服に包まれた彼女が立っていた。

紬「ごめんね、待たせてしまって」

最後に別れてから2時間もたってないのに、何でこんなに嬉しくてたまらないんだろう。
今すぐにでも抱きつきたい気持ちをグッと我慢する

唯「待ってないよ、今来たとこだから」

紬「なら良かった。あら?そのスカート初めて見るわね」

気づいてくれた事が嬉しくて、顔がしまりのないものに変わるを必死に抑える

唯「憂に借りた」


紬「そうなの?可愛いわね」

こんなセリフで私の顔は簡単に熱くなる。それを誤魔化す為、小さく息を吐きながら自分とは関係ない話題を探すことにした

唯「人けっこういるんだね」

紬「ええ、ここは住宅街だからこの時間は家に帰る人が多いのよ」

唯「ムギちゃんの家は遠いの?」

紬「少しね。普段はバスを利用してるんだけど、今日は車で来てるから」

唯「え!?」

自然と声のボリュームが二段階ほど上がってしまった

紬「どうしたの?」

唯「え……ううん何でもない」

紬「そう、じゃあここにいても何だし行きましょうか」


そういうと彼女は私を先導するように歩き始める。
ここまで車で来たって事はムギちゃん以外の誰かが運転してきたって事で、それはもしかしたらムギちゃんのお家の人で……


紬「大丈夫?怖い顔してるわよ」

唯「うん……だ、大丈夫」


全然大丈夫ではない。
覚悟はしていた事だけど緊張する、だって相手は彼女の家族なんだから……

紬「あそこの車よ」

そこには黒くて長いピカピカした高級そうな車と、その横にスーツを着た年配の男性がこちらを見て姿勢良く立っていた。

ゴクリと生唾を飲み込む

唯「あ、あれがムギちゃんのお父さん?」

紬「違うわよ、あれは執事の斎藤」

執事……お父さんじゃないのか……
少し緊張がとかれる。

………執事?

唯「ムギちゃんのお家って執事いるの!?」

紬「ええ、ほら車に乗りましょ」


ムギちゃんが男性に目をやると、何も言わずに車の扉が開けられた。
執事なんてものがこの世に存在していることに驚き、
その執事に命令してるのが自分と同い年のましてや恋人なのに尚驚きながら、男性に頭を下げて車の中に足を踏み入れる。

車が静かに発進して、車なのにムギちゃんと向かい合いながら座っていても私はただただ圧倒されてばかりいた。

別荘があったり、余らせるほどお菓子があったりと、ムギちゃんのお家がお金持ちなのは知っていたけど、それは私の想像を越えていたようだ。


紬「今日はありがとう」

唯「え?」

紬「来てくれて嬉しかった」

唯「え……あ…うん、いいよ」


何となくムギちゃんもいつもと違うように見える
車中の会話はいつも以上に続かないまま、目的地である彼女の家に到着早々と到着した。

彼女の家を見ても先ほどより驚かずにすんだ。ただでさえムギちゃんが隣にいるのにこれ以上心臓に負担をかけたくない。

ただ驚かずにすんだのは、私が彼女の家を西洋のお城くらいはあるかもと覚悟していて、
実際は私の家の5倍くらいだけだったという話で大きいのに変わりはしなかった。

小さい頃なら巨人が出入りしてるんだと夢見できるほどの玄関をくぐると、メイド服を着ている女性が2人立っている。


 「お帰りなさいませ、紬お嬢様」

まるで定規で計ったよう正確に、同じ角度でお辞儀をする女性が一瞬ロボットかなにかなのではと疑ってしまう
彼女の家なら本当にありえそうで怖い

紬「ただいま、お母様は帰ってきてる?」

 「いえ、先ほど予定より少し遅くなると連絡がありました」

紬「そう、……お父様はいつも通りね?」


 「はい」

メイドさんと話してる彼女は軽音部にいる時とも、私といる時とも違って少し冷たく感じた。

紬「唯ちゃんお腹減ってない?」

唯「うん、大丈夫…」

本当は少し減ってるけど、この場でそれを言うのは自分だけが子供みたいで恥ずかしく言いだせないよ

紬「なら先に私の部屋に行きましょうか」

唯「あっ……うん」


靴を脱ごうとして彼女に止められる。どうやら脱がなくていいらしい
雨の日とか大丈夫なのかと心配になったけど、少なくてもどこもかしこもピカピカだった。

階段を二回上り、初対面のメイドさんと執事さんに一回ずつすれ違ってからやっと彼女の部屋にたどり着いた。


紬「どうぞ、つまらない部屋だけど」

大きい扉が開けられる。
中はとても広く、高級そうなベットやソファが置かれていて雑誌に載っていそうな部屋だったけど
カーテンの色とかソファーの色とかが、彼女の趣味とは少し違う気がした。

しかし扉を開けた瞬間、部屋の中からフワリと彼女の匂いがして、やっぱり彼女の部屋なんだと当たり前の事を考えていた。


唯「綺麗な部屋だね」

ありきたりなセリフしかでてこない自分のボキャブラリーの無さが悲しくなる

紬「物がないだけよ。そっちのソファーに座ってて、すぐにお茶がくると思うから」

唯「うん」


ソファーはテーブルを挟んで二人掛けと三人掛けのものが対面に置かれていて、
私は促され三人掛けに彼女は二人掛けに座ると、すぐにまた初対面のメイドさんがいい匂いの紅茶を運んできてくれた。
しかしメイドさんはいったい何人いるんだろう?

紅茶を一口飲むとやっと落ち着いた気がする。まるでいつもの部活のように

紬「どう美味しい?」

唯「うん……」

紬「あら?口にあわなかった?」

唯「いやそうじゃないよ、美味しいんだけど……」

―――思い出してしまっただけ

紬「何?」

唯「普段飲んでる方が私は好きかな……って……」


もちろん普段飲んでるのは彼女の淹れてくれたもので純粋にそう思ったから言ったのだけど、
いつもなら少し意地悪な切り返しをしてくるであろう彼女が、何も言わずに自分の持っている紅茶に視線をおとしていたので、
私は何かまずい事を言ってしまったのかと不安になる。

ありきたりなお世辞にとられて、嫌なやつだと思われただろうか……

私は緊張の為また一口紅茶を飲んだけど、
やっぱり彼女の淹れてくれた方が美味しいと思っただけで、喉の渇きはそれほど癒えなかった。


紬「唯ちゃん」

唯「な、何?」

紬「そっちに行ってもいい?」

唯「……いいけど」


彼女が隣に腰をおろすと体と心がまたざわざわして、それを隠すために私も座り直す


紬「唯ちゃん……」

言葉と共に彼女の左手が私の膝に降りる。
タイツ越しに伝わるいつもより冷たい彼女の手にビクっとなってしまった。
いや、ただ私の体温が上がってるからそう感じただけかもしれないけど……

何だかマズい気がする


唯「ムギちゃん、誰かくるかもしれないしちょっと離れよう」

紬「誰も来ないわよ」

彼女の体重が私にかかり、ワザとなのかどうなのか彼女の胸の膨らみが私の肘にあたっている。
私はそれだけで、全身を堅くしながら下を向き身動きがとれなくなってしまった。

紬「ねえ唯ちゃん…」

さらに肘に柔らかい感触がかかる

唯「ん?」

先ほどみたいに言葉はだせず、口を閉じて反応する。
開けてしまったらはしたない声をだしてしまいそうだったから…

髪に何かサワサワと当たったかと思ったら、耳のすぐそばから彼女の声がした

紬「先週和さんとどんなお話ししたの?」

それは耳というより脳に直接話しかけられてるみたいで、私はもう何も考えられなくなる。

彼女が怒ってるのか?

何でこのタイミングで和ちゃんの話をするのか?

疑問に思う事はあったけど、全部忘れて彼女の魔法のような言葉にただただ答えるしかなかった。


唯「が、学校の事とか……部活の事とか……」


紬「私の事は?」

唯「少しだけ……」

紬「どんな事を話したの?」

膝に置かれていた手が円を描くように動かされる。

唯「ふぁ……」

紬「気持ちいいの唯ちゃん?」

膝から太ももに手があがり、それだけで体が震える

唯「ん……」

紬「可愛い……それで和さんと私について何を話したの?」

唯「和ちゃん……和ちゃんは……ムギちゃんと付き合えて……良かったねっ…て」

紬「そう……」

彼女の手が太ももからまた少し上にあがる。せっかく憂から借りてきたスカートはだらしなくはだけていた。

紬「唯ちゃんは和ちゃんが好き?」

また突飛な質問がとぶけど先ほどと同じように私は答えるしかない

唯「好き、だよ」


また手が上へとあがる

唯「んぁ…」

紬「私より?」

唯「…く…比べられないよ」

本心だった。和ちゃんへの好きとムギちゃんへの好きは全く別物だったから

紬「比べられないのね……」

また手が上へとあがり、もうそれはタイツ越しとはいえ私の大事な部分まで到達している。
私は何とか抵抗しようと閉じている足の力を強めた

紬「和さんはこんな気持ちいい事してくれないわよね?……それともした事ある?」

指先がわずかに大事な部分に触れる

唯「あンッ…あるわけないじゃん!!」

出来る限り声をだし否定した

紬「ふふっ、そう、良かった。」

そう言って彼女の吐息が耳に近づき、甘く噛まれる

唯「いや…」

スカートの中に入ってる手を柔らかに動かし指先でつついてくる。


今日はこんな事をしにきたわけじゃないのに……


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最終更新:2010年03月31日 23:48