唯「いや…ムギちゃん……したく、ない」
これからムギちゃんの家族と会うかもしれない、もしかしたら大事な話をしなきゃいけないかもしれないのに
唯「…ダ…ダメだってば」
しかし彼女の手が撫でるように動くと私の意志は簡単に崩れてしまい、体と心がバラバラにされてしまったようにこのまま流されてしまう。
―――けどそうはならなかった
彼女の次の言葉が私を現実へと引き戻す
紬「ほら、邪魔な服は脱いじゃいましょ…」
火照っていた体温が一気に下がる
違う……
だって彼女は知ってるから、私がどんな気持ちでこの服を着ているのか。
彼女との初デートの前日。
どんな服を着ていけばいいか分からなくて、和ちゃんと一緒に買いに行った。
普段はあんまり行かないようなちょっと高めのお店に行って、見つけたこの上着。
和ちゃんも店員さんも似合うって言ってくれたけど、ムギちゃんに言われるまでずっと自信がなかった。
だからデートの日一番最初に聞いたんだ、この服変じゃない?って。
彼女はキョトンとしてたけど、私に聞き返してきた
もしかして今日の為に買ってくれたの?って。
私は恥ずかしがって声をうわずらせながら、そんなわけないじゃんって嘘をついたんだ。
けどやっぱり彼女にはバレてて
そう、ごめんなさい。ありがとう。とっても素敵よって言ってくれた。
その日から大事な日には絶対これを着ていくようにしている。
だから違う……
彼女はこんな時でも絶対この服を邪魔だなんて言わない。
魔法がとかれた私は彼女の手をはねのけて、ソファーの端へと逃げる。
紬「唯ちゃん?」
彼女からあまり聞かない不安な声がする。
心が苦しい……こんな声を彼女にださせてしまったことが。だけど私はどうしても許せない、だってこの服は特別だから。
紬「ど、どうしたの……唯ちゃん?」
私は彼女を強く見据えると、先ほどとは立場が変わったのか彼女は弱々しい顔を見せてきた
紬「いい子だからこっちに来て」
哀願する彼女に首を振る
紬「何で?気持ちよくなかった?なら私もっと頑張るから…」
やっぱりおかしい……彼女は私が何に怒ってるのか分からない人じゃない、一体どうしてしまったんだろう?
紬「唯ちゃん…わ、私…唯ちゃんに……」
彼女の手が伸びて私の髪に触れようとする。怖かった、彼女が私の知らない人みたいで
唯「いや、触らないで」
自分でも怖いほど低い声がでて、彼女の手が空中で止まり力なく落ちていく。
同じソファーの隣同士に座っているのに、今私達の間には絶対的な距離ができてしまった気がした。
そう思った矢先、重たい空気を割るように扉を叩く音がする
「お嬢様」
低い男性の声が聞こえたけど、呼ばれた彼女は動こうとせず、ただ私にすがるような視線が送くるばかりだった。
私は彼女の寂しげな視線に耐えきれなくなり視線を外す
そしてもう一度ノックの音がするとやっと彼女は反応し、フラフラと立ち上がると扉に近づていった。
紬「何」
ゾッとするほど冷たい声がムギちゃんの口からでる。
「奥様ですが、急な仕事が入ったため明日の朝にならないとお戻りになれないそうです。」
彼女の変化に気づいてないのか、受け答えしてる男性は淡々と言葉を発していた。
紬「…分かりました」
「あと夕食なのですが…」
紬「斎藤、それはこちらから連絡しますからとりあえず準備はしといて下さい。もうないなら下がっていいわよ」
斎藤「はい、かしこまりました」
矢継ぎ早な会話が終わったのが分かり
私は急いでスカートを整えて、その上にある手をぎゅっと握りしめ彼女の言葉を耐えるように待った。
紬「唯ちゃん」
先ほどのドア越しの会話の時とはまったく違った、頼りなさげな声がする。
目線を合わせると彼女の顔はただでさえ白い肌が一段と蒼白くなり、目元に涙すら浮かんでいた。
そうさせたのは私か…
紬「さっきはごめんなさい」
唯「あっ……ううん、私も言い過ぎた」
お互い謝っても気まずい雰囲気は消えることはなかった。
だって彼女はなぜ先ほどのような真似をしたのかまでを話してはくれなかったから
紬「そろそろ時間も遅くなったし、夕食にしない?」
唯「うん……」
紬「なら食堂に行きましょ、きっと唯ちゃんも気に入ると思うわ」
唯「うん、ありがとう」
会話が止まる。
やっぱりこのまま何てダメだ
唯「ムギちゃん…何かあったの?」
彼女が答えやすいようできるだけ優しい声で聞いてみる。だけど彼女の顔の陰りが消えはしなかった。
紬「……何もないわよ。それじゃあ行きましょう」
無理に微笑みながらそう言って歩き始めるムギちゃんを問い詰めたいけど、、
彼女の後ろ姿は私の質問を完全に拒否していた。
食堂に行くと次々と美味しそうな料理が並びはじめ、それを大きいテーブルで二人っきりで食べる。
広々とした食堂内には皿やファークが奏でる無機質な音ばかりがなっていて、こんなに美味しそうな料理も大して味がわからなかった。
ムギちゃんどうしたの?何かあったの?
何度も聞こうと喉まででているこの言葉が口から出ることはない、たった一度の拒否で恐怖心が私の口を塞いでいて、
もしあの時ムギちゃんを受け入れていたらと後悔ばかりが頭をあげる
紬「そろそろ寝ましょうか?」
あれからほとんど会話もないまま、ただただ気まずい時間を過していた時
彼女が思い出したようにポツリと言う
時間は23時
普段なら間違いなく寝てはいない時間だけど私もどうしていいか分からず、小さい声で同意してしまった。
ただもしかしたらベッドでなら話しができるかもと小さい希望は持っていた。
ソファーから立ち上がりベッドに向かう彼女の後ろをついて行くと、側まできた彼女が振り向き私を見る。
紬「唯ちゃんはここで寝て。私はソファーで寝るから」
唯「え?」
紬「別々に寝ましょう……」
唯「…何で?」
空気がさらに重くなる。
彼女は何も答えてくれないけど、もうムギちゃんの拒否を恐れている場合ではないことは私にも分かった
唯「一緒に寝ようよ」
こんな事言うのは初めてかもしれない、それだけ私達にとって自然な事だったから。
もう一度自分の意志を伝えようと口を開きかける私を、彼女の言葉は遮った
紬「ごめんなさい」
そういうと彼女はひとつ枕を持ってソファーに向かう
唯「何で?」
唯「……何で一緒に寝ちゃダメなの?」
聞き分けのない子供みたいに同じ問いを繰り返す
この場の空気と不安な気持ちに私は押しつぶされそうだった。
唯「ねえ、少しだけでもいいk……」
紬「ごめんなさい」
私の哀願するような声がまた彼女の声に阻まれる
紬「今の私少しおかしいの。そんな状態で唯ちゃんの隣に寝たら……
あなたをめちゃめちゃにして、傷つけてしまうから。ごめんなさい」
彼女はそう言うと扉の近くまで行き、部屋の電気を消した。
一気に広がる暗闇に一瞬で彼女を見失う
それは視覚的にも、そして心情的にも。
心が折れそうだった。何でこんなになっても私は何もしないでこうやって立ってるだけなんだろう
ムギちゃんが何かに苦しんでるのは分かってるくせに、それを知ってしまうのが怖い。
彼女を苦しませてるほどのものが、私にどうにかできるのか?
助けてあげられなかったら彼女に失望されるかもしれない・・・
眼先で拒否されているのに私はそんな事ばかり考えていた。
布の擦れる音が聞こえて、また静かになる
紬「お休みなさい」
彼女の言葉が永遠の別れに聞こえた
私は誰かに助けを求めたくなる。軽音部のみんなや和ちゃん、憂に私はどうすればいいのか聞きたかった。
けどそんなことしても無駄なんだ。
誰かに聞いて答えがででも結局やるのは私だから、私が何かしないと変わらないんだ。
これは二人の間の問題で、ムギちゃんが苦しんで解決できないなら私がやるしかない。
ムギちゃんならどうするか……
きっと私がそうなっても私の本心を見抜いてくれて、良い方へ導いてくれる。
けど私はムギちゃんではないし、彼女にはなれない。
だったら私ならどうする……
唯「いいよ……」
紬「え?」
暗闇の中、私の言葉が彼女に届く
唯「ムギちゃんがしたいようにしていいよ」
私は服を脱ぐ
さっき私は彼女を一度拒んだ。
あまつさえ触らないでとまで言ったのだ、彼女がおかしいと気づいていながら。
それが――私の犯した間違いなんだと思う。
私にはムギちゃんみたいに本心を見抜くことができない、だったらその歪な気持ちのまま受け止めるしかなかったんだ。
受け止めた後にその中から探すしかない、彼女の本当に望んでいることを
着ていたものを全て脱いで一歩一歩彼女に近づく、覚悟を決めても情けない事に足は震えていた。
暗闇の中でも近づけば彼女が上半身を起こしてるのがわかったので、そのまま柔らかく抱き締める。
紬「ゆ、唯ちゃん!!…えっ……ふ、服は!?」
触って初めて気づいたのか、ムギちゃんの声がたじろいでいた
紬「……ゆ、唯ちゃん!?」
唯「いいよ」
もう一度伝えよう、ムギちゃんに私の気持ちを
唯「めちゃくちゃにしていいよ。」
紬「えっ……」
唯「痛いことでも我慢する、もしかしたら泣いちゃうかもしれないけど大丈夫だから。
ムギちゃんがしたいこと全部受け入れる」
紬「……」
唯「私バカだから、ムギちゃんが悩んでたり苦しんでたりしても、解決させてあげられない。
頼り無くてごめん……
解決はできないけどそれを分けて欲しい。
ムギちゃんの傷とか悲しみとか私にも分けて、私も一緒に悩んだり苦しんだりするから。
ムギちゃんとならどんなに辛くても、きっと大丈夫。
だから……だからね……
一緒にいて……あなたの隣にいさせてください。お願い…大好きなの…ムギちゃんの
事…」
多分最後の方は言葉になっていなかったと思う。声をだしたくても涙と嗚咽が邪魔をしていたからだけど少しは私の気持ちが彼女に届いたのか、彼女はキツく強く抱きしめてくれていた。
―――――
――
紬「先週の父の誕生パーティーの日、偶然話を聞いたの」
相変わらずの闇の中、ベッドで彼女に身を寄せている私が落ち着いたのを見ると彼女は語り始めた。
紬「そのパーティーには父の友人や仕事上付き合いのある人、後は会社の部下の人達が主に出席しててね、
私にとっては同世代の話し合い手もいないから毎年あまり面白いものでもないのよ。
けど今年は若い男性が何人か話しかけてきてくれてね」
私は彼女のパジャマの袖をすがるように握る。さっきあんな大見得きっておいてもう不安になってしまった
紬「ん?……ふふっ大丈夫。当たり障りない会話よ、学校の事とか部活の事とか聞かれたわ
まあそうやって時間を過ごして、そのまま無事にパーティーは終わったのだけど、
部屋に戻った時にそういえば父にプレゼントを渡してないことに今更気づいたの。
やっぱりこういうのは当日中に渡したくて書斎に届けに行ったら、部屋には斎藤と父がい
て話をしていたわ。
その時斎藤が聞いていたの、
パーティーの時、お嬢様に男性が何人か話しかけてたみたいですがって。
私はなぜそれを父に聞くんだろうって思って、部屋には入らず父の返事を待った。
そしたら父が言ったの……あいつらは会社の後継者候補だって」
それがどういう意味か私にもわかった。
袖を握る力を強める、彼女がどこにもいかないように。そんな私の手を彼女も上から包むように握ってくれた
紬「父は軽い気持ちだったみたい。
別に今すぐ結婚とかではないし、本人達の意志は尊重するって言ってたわ。
ただ一度会わせたかったみたいで、彼らに少し娘と話してみないかって言ったようなの」
つまりムギちゃんのお父さんは彼らのうち誰かとムギちゃんが結婚して、会社を継いでくれる事を望んでるんだろう
紬「私の知らないところでそんな事をしてるなんて正直頭にきたわ。けど同時に思ったの、やっぱりそれが父の願いなんだって」
彼女の体に手を回す。少しでも彼女が安心できるように
紬「もっと普通の家に生まれたいって思った時もあったけど、私は父も母もこの家も大好き。 だから…」
唯「分かるよムギちゃん」
ムギちゃんに悲しい言葉を言わせたくなくて、我慢できなくなり声をかける。
彼女と付き合ってるのは誰かを喜ばしたいからじゃない
ただ私が彼女を好きで、彼女も好きって言ってくれたから。
けどもし私達が付き合っているせいで誰かが悲しむのもイヤだった、特に私達にとって大事な人が悲しむのは……
紬「そうよね……唯ちゃんも一緒だもんね」
悲しく微笑む彼女の顔が見える。
そして私は今日一番聞きたかった質問をした
唯「……何で私をお家に招待してくれたの?」
彼女はゆっくりと目を閉じる。まるで何かを覚悟したように・・・
紬「父の話を聞いて、唯ちゃんに私の住んでる家の事とか家族の事を知ってもらうには来てもらうのが一番だと思ったから。・・・きっとこれから先、私達の間にずっと付きまとう問題だし」
唯「そっか…」
私が男の子だったら違っていたんだろうか?
でも結局のところ私が男の子でも、桜ヶ丘には入れてずムギちゃんとも出会えなかったから、私達は最初からこうなる運命だったんだろう
紬「本当はもうひとつあったんだけど……」
唯「何?」
紬「まあそれは後でね」
何だろ?
紬「それでさっそく唯ちゃんに電話したんだけど、唯ちゃんは和さんと……」
また含みのある言い方をする彼女
唯「だ、だから私和ちゃんとは!!」
紬「ふふっごめんなさい、ちゃんと分かってるから……今はだけど」
今は?
紬「けどね、その時は違ったの……
もし唯ちゃんの相手が和さんだったら、そっちの方が唯ちゃんにとっては幸せなんじゃな
いかって考えてしまった」
唯「えっ?」
紬「だって和さんとは幼なじみで家族ぐるみで付き合ってる訳だし、少なくてもそういう問題はでなかったんじゃないかって……」
唯「……バカ」
彼女を抱く力を強める
紬「そうね、バカだった……けどその時心がぐらついていたから、普段なら一蹴できるような考えにずっと捕らわれていた」
ムギちゃんを不安にしたのは私なんだ。
私がまだまだ頼りないから、彼女が少し揺れただけで私達の関係自体もすぐにおかしくなってしまう
紬「実はね、今日母にだけは唯ちゃんを紹介したかったの」
体がビクッと揺れる、これがさっき言っていたもうひとつなんだろう
唯「それは……どういう意味で?」
紬「大切な人って意味で」
暗闇の中でも分かってしまうくらい、自分の顔が赤くなってる気がする
紬「母はどちらかと言えばそういうのに寛容だと思うから……
結局帰って来なかったのだけど、だから私今日はずっと緊張しててあんまり和さんの事は
考えていなかったの。
だけど……唯ちゃんが普段飲んでる紅茶の方が美味しいって言ってくれた時、すっと緊張
が取れた。
こんなに可愛くていい子なんだからきっと大丈夫だって、母も許してくれるって」
私はムギちゃんの胸に顔を埋める。
そうしていないと嬉しくて泣いちゃいそうだったから
最終更新:2010年03月31日 23:52