紬「今日唯ちゃんを呼んで良かったって思った。きっと母にも、そのうち父にも認めてもらえ
  る。それで思ったの……

  ……これで和さんに近づけるって」

近づける……私は埋めていた顔をあげる。
ムギちゃんは目を開けボーっと上を見ているばかりだった。

紬「おかしいわよね……近づくなんて。
  唯ちゃんと付き合ってるのは私なのに……

  だけど多分ずっと考えていたんだと思う。だって和さんは昔から唯ちゃんの事を知ってい
  て、私なんかより唯ちゃんの事をわかってる人で……

  だからずっと彼女になりたかった。
  だって唯ちゃんの事で知らない事があるのが怖かったから

  自意識過剰かもしれないけど、和さんだけが私にとっては唯ちゃんを奪う可能性のある人
  だった。
  他の人になら絶対負けない。
  けどもし彼女に……私の方が唯を幸せにできるって言われたら私勝てないから。

  だから母に紹介する前にはっきりさせようと思ってあんな事したんだと思う。

  ごめんなさい、私はずっと和さんに対してかなり失礼に思っていたの、唯ちゃんの親友な
  のに」


きっと今まで彼女は悩んでも全部自分一人で解決してきたんだろう、それはとても強いことだけど、とても寂しい。

私は今まで何回もムギちゃんの前で和ちゃんの話をした。
私達にとっては唯一付き合ってる事を知っている人だったし、私にとっては昔からの親友だったから。
それが彼女をずっと苦しめていたんだ。なのにそんな時でも彼女は笑っていた


紬「……許してくれる?」

だから今は私が……



唯「……今度三人で遊ぼっか?」

脈略のない私の言葉にムギちゃんは当惑の顔を浮かべる

紬「三人……和さんとって事?」

抱きついてた体を離し彼女を上から見る。うっすら悲しみを浮かべている彼女の顔はやっぱりきれいだった


唯「うん。私、和ちゃんの事は親友だと思ってる。
  今までいろいろ助けてもらって、こうやってムギちゃんと付き合えてるのも和ちゃんのお
  かげだから。
  和ちゃんとは和ちゃんとのたくさんの思い出があって、やっぱりそれはこれからも大切に
  していきたい。」


紬「うん……」

唯「けど……私はそれもムギちゃんに知ってもらいたいの」

紬「……思い出を?」

唯「うん。私が今まで生きてきた17年分全部。もちろん和ちゃんとの思い出も。
  私もムギちゃんの全部を知りたい。どんな子供だったのかとか、小学校仲良かった子の話
  とかだってそれのおかげで今の……私の大好きなムギちゃんがいるから」



彼女が全て、後は全部いらないとは言えなかった。
もしかしたらそう答えるのが正解なのかもしれないけど、きっと彼女がそういう事を望んでるわけじゃないと思ったし、
私は強欲だから恋人、親友、仲間、家族、どれかひとつなんて決められない。

唯「欲張りでごめん……」

けど信じてほしい、その中でこれから先も一番はずっとあなただから。
私は言葉にはださず、そう思う。
きっと言葉にしたら嘘臭く聞こえちゃうから……だから変わりに思いが伝わるよう彼女にキスをした。


紬「……じゃあもし私が和さんと、唯ちゃん以上に仲良くなっても嫉妬しないでいてくれる?」

唇が離れて、一番にそう言う彼女の顔はいつものように悪戯っぽい笑顔だった。
私はその場面を想像してみて、彼女のわき腹を結構本気でつねる


紬「もう、言ってること違うじゃない」

私達の間に柔らかい空気が流れ、ケンカでできた距離も今はもう完全になくなっていた。


唯「……教えてよ、ムギちゃんの事全部。」

知りたい、こんなに素敵な人ができるまでを。


紬「……名前は琴吹紬

唯「知ってる」

紬「桜ヶ丘高校の二年二組に在籍」

唯「席は私の斜め前」

彼女と同じクラスになってどれほど嬉しかったか、けど今でも授業はなかなか集中できない

紬「軽音部でキーボードをしてます」

唯「けっこう上手いよね」

演奏中は優しい音がいつも後ろから聴こえてくる

紬「実は桜ヶ丘高校にくる予定ではなかったの」

唯「本当!?」

紬「はい、実は……」


それから彼女といろいろな事を話した。
まだまだ彼女について知らないことばかりだった事がちょっと悲しくて、けど彼女の新たな一面を知ったことが何倍も嬉しくて、
私の話を聞いた彼女もきっと同じ気持ちだったと思う。

そうして幸せな時間を過ごす内に、私達はいつの間にか眠りについていた。


――――――
――

 「………ン………ええ………だ…ぶ………」


遠くから彼女の声がする
せっかく昨日近づいたのに、また離れてるのが寂しくて手を動かして彼女を探すけど見つからない。

声は聞こえるのに

呼べば気づいてくれるかな?



目を開けると普段とは違う真っ白な枕が目に入る。
そっか……ムギちゃんのお家に来てたのか。
夢から覚めても、寝る時は隣にいてくれた彼女の姿がない。
昨日の今日で不安になった私が体を起こそうとすると、ドアの閉まる音が聞こえてきた。

紬「あら?起こしちゃった」

柔さかな笑顔を向け、窓から差し込む光にうつされる彼女は本当にキレイで、私はまだ夢の中にいるのかと疑ってしまう


彼女はそのまま私の横に滑り込むように入ってきたので、私は我慢できなくて彼女の体にキツく抱きついてしまった。

紬「朝から甘えん坊ね」

そんな事言いつつ抱きしめ返してくれる彼女からはとても甘い匂いがして、私は鼻を押し当て思いっきり吸い込んだ


紬「いつもこれだけ素直なら嬉しいのに」

彼女の手が頭に置かれる。
本当に幸せだと思ったけど、私は彼女の前ではひねくれ者になってしまうのはやっぱり変わらないよう

唯「……うるしゃい」

紬「ふふっ唯ちゃん可愛い」

唯「……可愛くないし、うるさい」

そう言ってそのまま甘えるように足を絡ませる

紬「ふふっ、そういえば唯ちゃん昨日の約束覚えてる?」

和ちゃんと三人で遊ぶ事だろうか?
そう考えてると彼女の口が私の耳に近づいてくる

紬「……めちゃくちゃにしていいんでしょ」

体がビクッと震えた

唯「あ、あれは……」

紬「痛いこともしていいんでしょ?」

確かに言ってしまった……
痛いことって私は何をされてしまうんだろうと考えてえ、体が震える。
けど……少しだけ期待している私は本当にどうしようもない人間らしい


紬「唯ちゃん耐えられるかしら?」

触れ合ってるせいか、言葉だけで朝から私はすっかりその気になってしまった。
こんなにも欲求に忠実なのは彼女と付き合ったせいなのか、もともと私が最初からそうなのか分からなくなる

そんなことばかり考えてると、彼女の震えが伝わりしだいに笑い声が聞こえてきた。

ああ、またやられたんだと遅ればせながら気づいたので、絡みついた足を締める


紬「ごめんなさい、けど唯ちゃんも悪いのよ。
  あの時私が言ったのは別にそういう行為でって訳じゃなくて、
  ヒドいことを言ったりしてあなたを傷つけてしまうかもしれないから言ったのに、あれ
  じゃあまるで私が変態みたいじゃない」

唯「……変態じゃん」

紬「そんな事ないわよ?」

唯「自覚持ちなよ」

キョトンとしている彼女に、ため息混じりで答えてやった

紬「変態だったら……本当にめちゃくちゃにしてもいいわよね?」

彼女の手がゆっくりとお尻をなでる

唯「……ふぁ」

紬「唯ちゃん、大好き」


返事の変わりに、彼女の胸元につけていた顔を子犬のようにクリクリと動した

紬「そういえばね……」

唯「ん?」

紬「母がお家に帰ってきてるのよ」

一瞬にして動きを止まる

紬「さっきドアのところで話したら、唯ちゃんと一緒に朝食食べたいって」


ああ……今日も大変な1日になるだろうなって思った。
だけどきっとどうにかなる。
だって私の隣には、意地悪で可愛い……大好きな強い味方がいてくれるから。



・         ・
     ・
私と仕事どっちが大事なの?

そんな陳腐なドラマのセリフが思い出される。

虫の知らせではないけど、今日は何となく朝からついていなかった。
電車を一本乗り遅れるとか、教科書を間違って持ってくるとか、唯ちゃんが梓ちゃんにいつもより6秒も長く抱きつくとか。
最後以外はさほど支障はきたさなかったけど、まさか家に帰ってきてまでこんな事になるとは思わなかった。


紬「………はい、……いえ、そういう理由ならしかたないですよ……はい……では折り返しまたご連絡いたします、はいお疲れ様です」


携帯をきると共にため息がもれる。
私は投げるように携帯を置いて、座っていたソファーに倒れ込みクッションに顔をつけた。
本当はさっさと連絡しなければいけないんだけど、心の準備くらいさせてほしい

きっと怒るだろうな……

また深いため息がでる。

私は彼女にバイトを始めたいと相談した時の事を思い出す
あれは確か土曜日の夜、彼女のベッドに寝ている時だった……

――――――
――

唯「バイト?」


紬「ええ、やってみようと思うんだけど」

時刻は深夜3時。横に寝ている裸の彼女にあらかじめ用意していた質問を思い切ってぶつけてみた。

紬「ダメかな?」

私は甘えるようにもたれかかる。
汗をかいたせいなのか、彼女の素肌が少し冷たくなっていたので温めるようとそのまま自分の肌を押し付けた。


唯「……私が決める事じゃないでしょ」

私の体を受け止めやすいように、下になっている彼女も少し動く。

紬「そうだけど、唯ちゃんと会える時間減っちゃうから」

私が相談した意図を理解したように、眠たそうだった彼女の目に少し動揺がはしるのが見える。

彼女は私の体を押してのけ自分の体をおこし、ベッドの端にある上着を着る。
どうやら真剣に話を聞いてくれるらしい

唯「何でバイトしたいの?」

当然の質問をぶつけられる

紬「社会勉強かな。自分の成長にも繋がるし、いろいろ学べることも多いと思うから。」

唯「……何もこの時期にしなくてもいいんじゃない?」

紬「来年は三年生になって受験もあるし、やるとしたらこの時期しかないのよ

唯「……大学からじゃダメなの?」

紬「高校生のうちに一度はやってみたいの」

彼女の質問はどれももっともだけど、やっぱり興味のあることには挑戦したかった。
そうやって部活にも入り、いい仲間と大切な人にも出会えたのだから。

彼女は考えるように目線を上に向けて押し黙ってしまう

紬「唯ちゃんは反対?」

唯「……私が反対したらやめてくれるの?」

あまり聞いてほしくない質問がとぶ

紬「分からない。ただ納得してもらえるように説得はすると思う」

唯ちゃんとはずっと一緒にいたいけど、将来の為にもバイトをしていろいろ学んぶというのは私にとっては大切な事だから、諦めるつもりはなかった。

唯「……やりなよ」

紬「えっ?」

唯「バイト、やりたいならやってもいいよ」

相変わらず上を見ながら、そこに答えがあるように彼女は言ってくれた

紬「……本当にいいの?」

唯「いいってば。やりたいんでしょ?」


紬「はい」

唯「じゃあそれでいいじゃん」

彼女は起こしていた体をまた布団の中に入れてさっき私がしたように体をあずけてくる、
まるでもうこの話はこれで終わりと私に言うように、そんな言葉のない優しさが心にしみる

紬「ありがとう、唯ちゃん」

そのまま今度は下になった私が彼女を抱き締めるよう体を動かす


唯「どこでやる予定なの?」

紬「通学路の途中にあるハンバーガーのファーストフード店、この前みたら募集してたから」


前は、ご一緒にポテトもいかがですかと言われるのが夢だったけど、今度は言う立場になってみたい

唯「そっか……働いたら行ってみていい?」


紬「うん、毎回来てもいいわよ」

唯「毎回は無理だよ……それに失敗して泣いちゃうムギちゃん見たくないし」

紬「どういう意味?」

これでも少しは上手くやれると思っているのに


唯「……頑張ってね」

小さい声でボソッと言ってくれる彼女の優しさが心を暖かくする

紬「うん、頑張る……ねえお礼していい?」

私は体を少し離し、先ほど着た彼女の上着のボタンを手をかけてる

唯「それ誰にたいしてのお礼なの?」

彼女は唇を尖らせ、少し怒った顔をしながら睨んできた

紬「もちろん……あなたにじゃない」

そのまま唇を首にもっていく

唯「んぁ……もうムギちゃんがしたいだけじゃん。眠かせてよ」

そんな反抗的な彼女が足をモジモジさせてるのに、私が気付かないわけがない


――――――――
――

どうやら余計なところまで思い出してしまっていた。
結局私はバイトに受かり、はれて店員として働けている。

最初は唯ちゃんの予想が当たってしまい失敗ばかりで他の方には迷惑かけていたけど、
最近になってやっと研修中の札をとることができた。

ただこれも最初の危惧通り、
彼女との時間はあまりとれず、ここ1ヶ月は2人っきりで会える時間は極端に減っていた。
だからそれに対して文句のひとつも言わない彼女に申し訳ないと思い、
だからこそ今週の日曜日には久しぶりの休みをとって、どこか行こうと彼女に提案してみた。

だってその日はせっかくの記念日だったから。

唯ちゃんも楽しみにしていたみたいで、
和さんには唯ちゃんが嬉しそうに今度の事を相談してきたと教えてもらっていたばかりなのに……

そんな子に私は今から言わなければいけない

日曜日――あなたの誕生日の日、バイトに入って欲しいとお願いされたけどどうすればいいか?などと…


覚悟を決める、結局先延ばしにしていてもしょうがない。

乱暴に置いた携帯電話を持ち直し、彼女に電話をしようと震える手でボタンを押す


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最終更新:2010年03月31日 23:57