発信音が一度、二度となる。
私はそれを何かのカウントダウンのように感じていた
できるなら私の覚悟が揺らがないうちに早くでて欲しいのに、その後も発信音のみでなかなかつながらない。
そして今度はこのままでないでくれと願っていた。
いい加減一度仕切り直そうと思った瞬間、発信音がいきなり途切れる
唯「………ふぁい」
途切れた後もたっぷり間をとってから、さっきまで寝ていましたという彼女の声が聞こえてくる
紬「唯ちゃん、紬です」
唯「んぁ?」
気が抜けた返事が続き、緊張が少しとかれ自然と顔に笑みが浮んだ
紬「聞こえますか?紬です」
唯「ん…ム、ムギちゃん!?」
声と共に後ろで何かが盛大に落ちる音が聞こえてきた
唯「うわぁあ」
紬「だ、大丈夫!?」
唯「あっ……うん大丈夫。ちょっと待ってて」
カタッと音がして静かになり、また後ろの方で微かに音がカシャカシャなっている。
唯「………もう大丈夫」
紬「ごめんなさい。寝ちゃってた?」
唯「ううん、ちょっと休憩してただけ」
そのわりには声が寝起き丸出しだったけど?
といつもなら意地悪にそう言ってるのだが、やらなければいけないことを思い出して自重する。
だって横道に逸れるときっと私は言えなくなってしまうから
唯「あっそういえば、日曜日どこ行きたいか決めたよ」
狙ったかのように最悪のタイミング……
もちろん彼女に悪気はない、誕生日までは後3日に迫ってきていたからこの話になるのも至極当然だった
唯「いろいろ考えたんだけどね……」
紬「唯ちゃんその前にちょっといい!?」
私は話を遮る。ここで話しておかないと
唯「ん?」
ひとつ呼吸をし、携帯を強く握りしめて心の中で彼女に謝る
紬「唯ちゃんの誕生日の日なんだけど……
実は……今ね、バイト先の皆さんがインフルエンザにかかってしまって、その日スタッフ
が足りない状態なの」
話の内容から不穏な空気を察したのか唯ちゃんが息をのむのが分かった
紬「それでさっき電話があって……休み希望とってるところ申し訳ないけど、日曜日バイトでてもらえないかって言われたの」
喉の奥まで乾いてて、なかなか上手いように言葉がでない。
紬「それでね、私どうしていいか分からなくて……
今までバイト先の人に迷惑ばかりかけてきたから、こんな時くらい皆さんの役に立ちたい
と思うけど……日曜日は唯ちゃんの誕生日だし私も唯ちゃんと遊びたい。
けどそれだと多分お店まわらなくなっちゃうだろうから……だけどやっぱり唯ちゃん
と……」
何だか同じところをぐるぐる回ってしまっている、罪悪感の為か言葉がしどろもどろになって話が前に進まない。
唯「……もういいよ」
顔が見えないせいなのか、まるで別人に入れ替わってるかのようにさえ聞こえた暗く濁った声がする
紬「えっ……」
唯「分かったから、もういい。日曜日遊べなくなったって事でしょ?」
紬「……ち、違うのよ。どうするか相談したくて、だからまだ決定ではなくてね」
唯「じゃあいいよ、遊ばないで。」
紬「あっ………けど……」
唯「バイト行きなよ、大変なんでしょ?」
紬「そうだけど……本当にいいの?」
唯「……誕生日なんてまた来年あるんだし、いいよ別に」
投げやりな声が私に突き刺さる、
もちろんこれは私が受けなければいけない痛みなのは分かっていた。
紬「ごめんなさい、12~20時までだからもしよかったらそれ以降に……」
唯「いいよいいよ、次の日も学校あるんし」
紬「そ、そう……」
唯「じゃあそろそろ晩御飯食べなきゃいけないからきるね、バイバイ」
紬「あっ…ごめんね、じゃあさようなら」
電話は私が別れの挨拶をしてる時にはすでにきられていた。
携帯を握る手が湿っぽくなっていて、自分でも気づかないほど強く握っていたことに気づく。
怒るなと言う方が無理よね…
この相談をしているだけで、彼女に対して失礼なのは分かっていた。
私はバイトと彼女を天秤にかけて、どちらが重いのか決められないとそのまま報告したのなのだから……
気持ちが重くなる
私は結局彼女になんて言ってほしかったんだろう?
携帯をどこかに投げてしまいたかった、そんな事をしても何も変わらないけど……
それでも私は彼女を怒らせ悲しませて得た日曜日が無駄にならないよう、お店に電話をかけることにした。
――――――――
――
いつもなら微妙な距離間を空け、唯ちゃんと一緒に歩く彼女の家までの道を、私は普段とはまったく違う心境で歩いていた。
気持ちが歩幅にもあらわれいるのか、そろそろ彼女が家をでる時間が近づくというのに、なかなかペースがあがらない
心が変わると風景もがらりと変わってしまう……
彼女と一緒なら、話のネタになりそうな民家から聞こえてくる朝の慌ただしい音や、
道端に寝ている猫も、ただただ煩わしいものでしかなかった。
私が立ち止まらない限り確実に彼女の家は近づいていて、それはもう目の前に迫ってきていた。
昨日バイト先に電話した後、明日の朝直接彼女に謝ろうと思い立った私は、早朝から彼女の家までやってきたのだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
聞き覚えのある声が耳に入ってきた
唯「何が~」
憂「何か昨日から元気ないみたいだから」
唯「そんな事ないよ~もう憂は心配症だな~」
彼女達の会話に私の足は止まってしまう。
だって唯ちゃんが元気ないとしたら、それは私のせいだから……
だけどこんなところにいてもしょうがない、私は意を決して足を前に出す
憂「そりゃ心配するよ、だってお姉ちゃ……紬さん?」
玄関で立ち話をしていた彼女達の目がこちらをむく。
髪を結っている差はあるといえ、それはまるで双子のように、そして今は同じ驚いた表情を浮かべながらこちらに視線をおくってきた。
紬「お、おはようございます。ちょっと唯ちゃんにお話しがあってうかがったの」
私が言葉を発しても、相変わらず彼女達は私を見ているだけだったが、意外にも先に立ち直ったのは唯ちゃんの方だった。
唯「……憂~、私ムギちゃんとお話しして行くから、先に行ってもらっていいかな?」
憂「えっ…?うん、いいけど……」
唯「えへへ、ありがとう~」
明らかに落胆と困惑の色を浮かべる憂ちゃんは、それでも素直に従ってくれた
紬「ごめんなさいね、憂ちゃん」
本当に申し訳なく思い口にだした謝罪の言葉も、嫌みに聞こえてないか心配になる。
憂ちゃんが私の横をお辞儀をして通り過ぎる瞬間、彼女の目に私を非難する色が浮かんでいた。
それは姉との朝の時間を奪った事になのか?
それとも姉の元気のなさを私と結びつけたのか?
多分両方だろ。
唯「歩きながらでもいい?」
紬「えっ?」
憂ちゃんに気を取られていた私は、いつの間にか近づいていた唯ちゃんに驚く
唯「話するんでしょ?」
紬「あっ!……ええ、ありがとう」
そのまま彼女は歩き始めだが、先ほど私が来た道は通らずに角を曲がる
紬「あの…こっちじゃないの?」
唯「憂そっちの道行ってるし、人もけっこういるから」
そう言う事か……
唯「何、話したい事って」
紬「うん、昨日の事直接謝りたくて」
唯「………いいよ別に」
紬「でもせっかく楽しみにしていたのに、私のせいで遊べなくなっちゃって本当にごめんなさい」
唯「いいよ仕方ないじゃん。バイトなら」
いやに聞き分けがいいと逆に不安になってしまう、
だってこちらは罵倒されるのを覚悟して来ていたから。
だからこそ人通りが少ないところを選んでいるとまで思っていた
紬「きっと来週は代わりに休みをいただけると思うから、遊べると思うの」
唯「うん……」
紬「そしたら、どこか行きましょう。唯ちゃんの好きなとこどこでもいいわよ」
唯「うん……」
そういう事じゃないのは分かっていた。
こんな事をしても、唯ちゃんの誕生日に彼女よりバイトを優先したことは変わりはしない。
だけど私に言えるのはここまでで、許したと言った相手にこれ以上何度謝っても煙たいだけだと思い、もう謝ることすらできなくなってしまった。
結局その後元気のない彼女と当たり障りのない会話をしながら、私達は学校にたどり着いた。
――――――
――
律「いやー今日も疲れた疲れた」
澪「律、最近怠けすぎだぞ」
律「だって学祭も終わったしなー」
梓「学祭が終わったって次は新歓あるんですし、ちゃんと部活しましょうよ」
律「分かったって来週はちゃんとやるから、な?」
その日の夕方、いつも通りののんびりした部活を終え、私達は五人一緒に帰っていた。
私は伺うように目線だけで、前を歩く唯ちゃんに見る。
結局学校に行ってからも、部活中もたいして話はできていない
律「あっ!そういえば明日は1時に唯ん家でいんだっけ?」
唯「うん、いいよ~」
明日……唯ちゃんの誕生日前日に、軽音部で彼女の誕生会がおこなわれることになっていた。
前日になったのは唯ちゃんが誕生日当日は予定があるからと断っていたのだ。
みんなには、和さんのお家で誕生会をやってもらえる事になったと言っていたが、
もちろん用事と言うのは私とのもので、今となってはそれもなくなってしまったのだけど、
私達の付き合いを知らないみんなには、私との用事だという事も、もちろんそれが無くなった事も話していない。
律「じゃあ澪は12時に私の家な」
澪「なんでそうなる」
律「ええーイヤなのかよー」
澪「別にそうじゃないけど……」
唯ちゃんと共に前を歩く2人による、いつもの微笑ましく見える光景も今日は何も感じなかった
梓「どうかしましたか?」
紬「えっ?」
隣を歩いてる梓ちゃんがいきなり聞いてくる
梓「いや、なんだかボンヤリしてたみたいですから」
紬「そう?何でもないわよ」
律「はは~ん、さては唯の誕生パーティーに来れないのが寂しいんだな」
前からりっちゃんの冗談混じりの声が突き刺さる、多分唯ちゃんにも
澪「バイトあるんだっけ?」
紬「えっ!……ええ、そうなの」
日曜日は2人っきりで会うからという理由で、今日、明日はバイトを入れてしまっていた。
だから軽音部では唯一明日の誕生会に私は参加しない。
律「ムギーズル休みしゃえよー」
澪「こらっ律!そんな事したら他の人に迷惑かかるだろ」
律「わ、分かってるよ、冗談だって。けどムギが来れないのは残念だよなー唯も寂しいだろ?」
マフラーをしていて良かった。
口元が隠れていたおかげで少し漏れた声がみんなには届かなかったようだ。
もちろんりっちゃんに悪気はないのは分かってる。だけどこの質問は……
長い間が空いた。
しかしそれは私が意識を集中させていたからそう感じただけで、実際はみんなが不自然に思うほどは空いていないみたい
唯「しょうがないよ~バイトだもん」
昨日の夜と今日の朝、この返事は三回目。それはやはり変わらなかった……
それを悲しいと感じた私は本当に身勝手だと思う。
そんな私を無視して会話は続く
律「だよな~よーし、じゃあ私がムギの分も騒いで、唯を楽しませてやるよ」
唯「おおー頼みました、りっちゃん隊員」
律「任されよー」
梓「律先輩はいつも二人分騒がしいですけどね……」
律「あ・ず・さ。聞こえてるぞー」
梓「ひぃぃい」
澪「やめろ」
りっちゃんの頭が叩かれる音がして、唯ちゃんの笑い声が届く
彼女の笑い声ですら懐かしく感じてしまう私に、彼女と付き合う資格があるのだろうか
その後バイトに行くためにみんなと別れた時も、彼女はみんなの陰に隠れて私に顔を見せてはくれなかった。
バイト中はいつも以上の忙しさで何も考えずにすんだけど、その分家に帰ってから落ち込んでしまう。
ただやっぱり私みたいなのでも、バイトに入らなければお店が回らなかったのも事実で、次の日の土曜日も目の回るような忙しさだった。
ただふとした瞬間、今頃幸せそうな笑顔を浮かべてみんなが開いてくれた誕生会を唯ちゃんが楽しんでるのかと思うと、
胸がチクリと痛んでしまい、またそんな事を思ってしまう自分が本当に情けなかった。
集中力を欠いた時もあったけど、とりあえず無事に作業を終え、
家に着くと携帯に新着メールが一件届いていた事に気づく。
ひらくとりっちゃんから写真が添付されたメールがきていた
写真は誕生会で撮ったもので、唯ちゃんとケーキを真ん中にみんなが写っている
添えられた文には
ムギが来ないから唯が寂しそうだったぞ、私の時には絶対来てくれよな
と書かれていた。
本当にりっちゃんらしい優しいやり方で、来れなかった私を気遣ってくれてるのがわかり、ありがたいと思う。
私は携帯を操作してりっちゃんにお礼のメールを送り、そしてもう一通のメールも書く。
時間は0時ちょっと前。
こういう時はせめて電話の方がいいのだろうけど、
もしでてくれなかったら確実に明日の仕事に影響してしまうと思い、メールを送る。
短い文に願いを込めた。
『お誕生日おめでとう、これからも大好きです』
返信を信じ待っていたが、そのまま寝て翌朝起きても唯ちゃんからメールはきていなかった。
―――――――
――
「今日はごめんね」
日曜日。夜のピーク時を終え、台風のように来ては帰って行ったお客様を笑顔で見送り、
一段落したところでひとみさんが作業をしながらそう言ってきた。
普段のこの時間なら、二人は入っているレジに人数が足りないため今は私しか入っておらず、
ひとみさんはすぐ後ろでストックの確認をしながら何か紙に書き込んでいた。
紬「いえ、こういう事情なら仕方ないです。私も今まで皆さんに迷惑かけてばかりいましたから」
いつお客様が来るか分からない為、私は後ろを見ずに答える。
最終更新:2010年04月01日 00:01