星野ひとみ
私の教育係だった人で、この店で私が一番迷惑をかけた人だと思う
初日なんてコーラを彼女にかけるという、失態までおかしてしまった。
だからなのか彼女とは一番仲が良くなり、話す機会も多い。私にとっては頼れるお姉さんのような人だった。
ひとみ「そう言ってもらえると嬉しいんだけど……
紬さんが休みを希望するって事はよっぽどの予定があったんでしょ?」
紬「……いいえ、ちょっとした事だったので」
嘘でもちょっとした事とは言いたくなかったが、彼女にそんな事を伝えてもどうにもならない
紬「ひとみさんも連勤ですよね?ご苦労様です」
その時、カップルがお店に入ってくる。
笑顔で注文を聞いて、ドリンクやハンバーガーを持ち帰りの袋に詰めて渡し、また笑顔でお礼を言う。
お喋りをした後でもこうしてすぐに対応を切り替えられるのは、自分でも手慣れてきた証拠だと思う。
私がお客様への対応をしてる間も、彼女は後ろでいろいろとやっていた。
一昨日から店長までもが倒れてしまったので、ベテランの彼女は店長の代わりに今日は雑務におわれている
紬「あの……」
カップルがお店を出たのを見計らい、また小声で話しかける
ひとみ「何かわからないところでもあった?」
紬「いえ、この後少しお手伝いしていってもいいですか?」
ひとみ「けど紬さん、もうそろそろあがる時間よね?」
紬「はい、けど今日は予定ないので少しくらいなら大丈夫です」
予定はなくもなかった……だけど彼女の忙しそうな様子を見て、これまで迷惑をかけてきた自分だけが帰るのは申し訳ない、
少しでも恩返しができれば嬉しかった。
ひとみ「本当に大丈夫?」
紬「はい、やらせてください」
ひとみ「うーん、ならお願いしようかな。正直私だけだとかなり時間かかっちゃって……」
結局閉店時間ギリギリの22時まで彼女の仕事を手伝い、何とか作業を終えることができた。
まだ残ってる方の閉店後の作業も手伝いたかったのだけど、
高校生の私はこれ以上お仕事ができなかったので、ひとみさんと帰らせていただく事にした。
外は11月の終わりということもありかなり寒くなっている、
その中を一緒にお店をでたひとみさんと駅まで歩いた。
私はまだ帰るつもりはなかったけど、どのみち目的地までは駅の前の通りをいかなければならない
できるだけこれからの事を考えないようにひとみさんと言葉を交わしながら歩くと、すぐに駅についてしまった。
ひとみ「今日は本当にありがとう、助かっちゃった。今度お礼させてね」
改札に入ろうとしている彼女が立ち止まり、そう言ってくれて何だか今日の頑張りが認められた気がした。
紬「そんな、たいしたことしてませんから」
ひとみ「けど休日を返上して、私の仕事まで手伝ってもらっちゃったし……」
紬「それだけ私もひとみさんに迷惑かけてきましたから」
ひとみ「そんな事ないわよ、紬さんは良くやってくれてるわ。じゃあ何か考えておくわね」
そう言うと改札の中に吸い込まれて行った
腕にしている時計を見ると22時30分をさしている。急がなくちゃいけない
歩いていた進行方向に再度体を向け、駆け出そうとした瞬間、
目の前にフードをかぶった人が立っているのに気がついて、驚く。
そしてそのフードから覗いていた顔を見て、さらに心臓が止まりそうになった
紬「ゆ、唯ちゃん?」
そこには今から会いに行こうと思っていた恋人が、目の前に私を睨んで立っている。
紬「な、何でここに?」
唯「さっきの人誰?」
私の疑問にも答えもせず、彼女はその声だけで怒ってるのがわかる言葉を放つ。
とりあえず答えなければ先には進めないと思い、彼女の疑問から解決していく事にした。
紬「……星野ひとみさん。バイト先の先輩で唯ちゃんもお店に来たとき会ったことあるでしょ?」
唯「……知らない」
彼女はワザとくさく眉の間に皺を寄せる
紬「きっと私服だからイメージ違うだけよ。今バイトの帰り道で一緒にここまで来たの、本当よ」
唯「……バイトの帰り道なのは知ってる」
紬「えっ!どういう意味?」
唯「お店の前で待ってたらムギちゃんがあの人と出てくるのが見えて、後ろからつけてたし……」
彼女の視線が後ろめたさの為なのか、初めて私からはずされる。
けど今彼女は何て言った……お店の前で待っていたという事は、私を待っていてくれていたの?
紬「ちょっと待って……唯ちゃんいつから待ってたの?」
私は彼女に20時まで仕事があると伝えていた。じゃあもしかして……
彼女は視線を外したまま答えようとしない
じれったくなった私は彼女に近づきの手に触る
その手は寒空の中冷やされた私の手がビックリするほど冷たくなっていた。
唯「ん!」
彼女は私のてを急いで振りほどこうとする
寒空の中待っていたのがバレたら、私が傷つくと思ってるのかもしれない。
だから私は絶対に彼女の手を離さなかった
かなり遅い時間だった為、駅前とはいえ行き交う人はそれほど多くなかったけど、
立ち止まり女の子が女の子の手を振りほどこうとしてるのはかなり奇妙な光景だろう。
彼女は私が離さないと分かると、ついに抵抗をやめてくれた
紬「何でお店の中に入ってきてくれなかったの?」
できるだけ優しく聞いてみたけど彼女からの返事がない。
とりあえず暖かいところにいかないと
紬「唯ちゃんどこか入りましょ」
唯「いい」
紬「ダメよ!ずっと待ってたんでしょ、このままじゃ風邪ひいちゃうわ」
また何も答えてくれない
こうなったら無理矢理にでもと私が考えた時、私が重ねていた手をつかみ彼女は突然歩き始めた
紬「ゆ、唯ちゃん、どこに行くの?」
唯「ちょっとだけ付き合って」
手を繋いだまま道を突き進む、
駅に向かおうとする通行人に当たろうがお構いなしだった。
私の方が力が強いから抗おうと思えばできたけど、それをすることはなかった。
彼女がこんな寒い中、2時間近くも待っていた理由を私も知りたかったから。
路地を抜け角を曲がり駅の近くにある公園にたどり着くと、そのまま奥にあるベンチまで引っ張られ座らされる。
吐く息が白い。こんな中にずっと待っていたなんて…
私はマフラーを外し、彼女のしていたその上から肩にかけてあげる
唯「ムギちゃん寒いでしょ?」
紬「大丈夫、私体温高いから」
唯「……知ってる」
それもそうか、いつも私達はお互いの体温をいたるところで感じているのだから
横にいる彼女がかけられた私のマフラーのギュッと握っていて、彼女の可愛らしさだけで私の体温は少しあがる
唯「さっきまで和ちゃんの家行ってたんだ」
唐突に彼女は話始めた
紬「和さん?」
半年位前ならば暗い気持ちになっているところだけど、今はそうならない。和さんは私にとっても友達になったから
唯「憂にもみんなにも和ちゃんの家に行くって言ってたし、他に行けるとこなくて……」
憂ちゃんにも日曜日は和さんのお家に行くと伝えていた
和さん自らいろいろ事情もあるだろし、そうしといた方が変に怪しまれないからと私達に言ってくれたのだった。
紬「ごめんね」
唯「……うん」
今回の事で初めて、謝る私に彼女はいいよとは言わなかった
唯「それでいろいろお話ししたら、和ちゃんに怒られた」
紬「何て?」
唯「……例え心が通じ合ってても、ちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないこともある。とかそんな感じ」
紬「そっか……和さんがそんな事を」
唯「だから……話したくて」
紬「うん」
唯「私今スッゴく怒ってる、今までで一番。」
紬「うん」
私はただ返事をするこしかできない
唯「ムギちゃんは何で私が怒ってるか分かる?」
紬「……誕生日なのにバイトに行ったから?」
唯「違うよ!!!」
彼女の声が大きくなる。
けど、違う?じゃあ一体何に・・・
唯「ムギちゃん覚えてる?前にムギちゃんのお家にお泊まりに行った時にケンカしてさ、私ム
ギちゃんに言ったよね?
ムギちゃんのしたいこと全部受け入れるって、苦しくても一緒なら耐えられるって」
紬「うん、覚えてる」
そうだ、彼女は私が自分一人で抱えていた悩みも一緒に背負ってくれると言ってくれた
唯「だからムギちゃんがバイトしたいならしてもいいって思えた。
本当は会える時間が減るのは寂しかったし、悲しかったよ
ムギちゃんがバイトに行って会えない日は一人で泣いちゃったりもしたけど、
授業中寝そうになったり、部活中もちょっと疲れた顔見せてても、私との時間を頑張って
作ってくれて、会った時は疲れた顔を見せないムギちゃんを知ってたから、
私だって頑張らなきゃって思った。
寂しいなんて言っちゃダメだって……ムギちゃんがしたいことをさせてあげようって」
我慢していた涙が溢れ、零れるように彼女の瞳から頬をつたっていく
唯「だから日曜日は久しぶりにたくさん会えると思っていたから、この前電話もらった時も
スッゴいイヤだった。
けどムギちゃんが悪くないのは分かってたよ、ムギちゃんだってきっと残念に思ってくれ
てるって。
だからバイトを始めた時みたいに、ムギちゃんの口から言ってくれたら私だってちゃんと
我慢した……」
紬「ゆ、唯ちゃん、私ちゃんとあなたに……」
伝えたわよ。と言葉を続けようとしたのにでてこない。
あの時の言葉を思い出しそして気づいてしまった……
唯「誕生日にバイトが入ったから、その日は遊べなくなったって言ってもらいたかった。
ちゃんと自分の言葉で自分の口で言って責任とって欲しかったのに、ムギちゃんは私に聞
いてきたよね?
どうしたらいいかって……
言えないよ、行かないでなんて……言えるわけないじゃん!
だって……頑張ってるムギちゃんを困らせちゃうもん」
そうだ、私はただ状況を説明していただけで自分ではっきりと行くとは伝えてない。
自分でも行くつもりだったくせに彼女に聞いたんだ
答えが一つしかない質問を…
自分が悪者になりたくなかったから、彼女にその選択を任せた振りをした。
唯「だから答えた……いいよって、だってそうとしか言えないもん。
なのにムギちゃんまた聞いてきた、
本当にって…まだこれは決定じゃないって……
ズルいよ、あんなの最初から相談じゃないよ。
ねぇムギちゃんは私に何て言って欲しかったの?私が行かないでって言ったらどうするつ
もりだったの?」
電話を切った後自分でも思ったこと、本当は分かっていたけど知らないふりをした。
誰の為でもない、ただ自分の為に
唯「もし私が行かないでって言ったらそれを言い訳にしようとしてたんじゃないの?
唯ちゃんがそう言うなら仕方ないって
けど最初から私がそう言わないの知ってたんじゃない?
だったら……最初から行くって言って、ちゃんと悪者になってよ。
私だってそれをムギちゃんがどんな気持ちで言ってるかくらい分かるんだよ。
優しい振りして、大事な選択をこっちに押しつけるな!
あんな事するムギちゃん……嫌いだよ、大っ嫌いだよ!」
そういうと彼女は盛大に泣き出してしまった。
和さんの言葉が思い出される
『思いが通じ合ってても、言葉にしなければ伝わらないこともある』
私は思いが通じ合ってるからきっと唯ちゃんは分かってくれる、私の言いたいことを理解して自分から引いてくれると知っていた。
急にバイトが入ってしまったのは私のせいではない、
ただバイトをし始めたのは私のワガママで、少なくてもその責任をとらなきゃいけなかったのに、彼女の優しさに、私達の関係にあまえて、自分が取るべき責任を彼女に押し付けたのだ
ずっと見当違いなことで謝っていた私を見て、彼女はまた傷ついていたんだろう
彼女の怒っていた原因に今更気づくなんて
―――――嫌い。
彼女とはこれまで小さいケンカも大きいケンカもしてきたけど、お互いにこの言葉だけは言ったことはない
私が彼女に言わせてしまったのだ、こんな悲しい言葉を
紬「ごめんなさい」
どうやったら許してもらえるのか分からない。
ただ謝罪の言葉しかでず、彼女に赦しをこうことしかできない自分が歯がゆい
頭を下げた上から聞こえる彼女の泣き声は止まることなく、悲痛な声が響き続ける
泣かないで……彼女の涙が辛い。
最終更新:2010年04月01日 00:05