そういえば、今日は何月何日なんだろう?
憂「今日は3月25日、学校は春休みだよ」
なんだ、そうだったんだ、慌てて損した。
憂「それに、その格好…」
唯「?」
憂はくすくすと、声を殺して笑っている、どうしたんだろう?
憂「それ、中学の時の制服だよ、お姉ちゃん」
どうやら私は慌てすぎて、中学の制服を着てしまっていたらしい。
だってしょうがないじゃん、記憶がないんだから、どっちが高校の制服かなんてわからないんだから。
そんなに笑わないでよ。
憂「朝ごはんできてるよ、たべよ」
リビングにはすでに朝食が並べられていた、昨日と違って量は普通だった。
朝食を食べながら、今日見た夢の内容を思い出し、憂に話してみた。
唯「っていう夢を見たんだけど、憂は知ってる?」
憂「…うん、覚えてる、小さいころに、確かにあったよ」
唯「じゃあ、やっぱり私の記憶なんだ、よかった、少しづつだけど思い出してるみたい」
おぼろげながら、両親の顔も思い出せるようになってきた。
この調子なら、意外と早く全部思い出せるかも。
憂「それで、学校は春休みなんだけど、部活はあるみたい、今朝律さんから電話があって、
これそうなら来てくれって」
唯「そうなんだ、うん、もちろん行くよ」
憂「一人で大丈夫?私も一緒に行こうか?」
唯「大丈夫だよー、憂は心配しすぎだって」
憂「でも、学校の場所わかる?」
唯「あ……」
憂「ご飯たべたら、一緒に行こうか」
唯「はい、お願いします…」
………
憂「着いたよ、ここがお姉ちゃんが通ってた、桜ヶ丘高校だよ」
ここが私の学校か…
私の家とは違って、見覚えはなかった。
憂「軽音部は音楽室だよ、行こう、お姉ちゃん」
唯「うん」
音楽室に到着し、私達は中へと入った。
他の三人はもう来ているようだ。
憂「こんにちは」
唯「こ、こんにちは…」
律「お、唯に憂ちゃん、いらっしゃい」
音楽室の中には、律さんのほかに二人の女の子がいた。
少女1「! 唯!」
少女2「唯ちゃん!」
唯「あ、え、えっと…」
私が困っていると、律さんが助け舟をだしてくれた。
律「唯、こっちがベースの澪で、そっちがキーボードの紬だよ」
唯「あ、は、はい、あの…私は
平沢唯です、その…はじめまして…」
澪「! 唯、ほんとに記憶がないのか…?」
紬「りっちゃんから聞いていたけど、まさか本当だったなんて…」
二人は信じられないといった目で私を見ている。
というか、今にも泣き出しそうな顔をしていた…
唯「ごめんなさい、私、早く思いだせるように頑張るから!」
私がそう言うと、二人は複雑そうな表情を浮かべた。
律「まあ、立ち話もなんだし、ティータイムにしようぜ、ムギ、お願い」
紬「うん、今用意するわね」
唯「え?ティータイム?」
律「うん、ティータイム」
唯「ここって、軽音部、なんですよね?」
律「うん、ティータイムがうちの軽音部の売りなんだ」
軽音部ってもっと激しいところかと思っていたけど、意外とまったりしてるんだなぁ。
紬「はい、唯ちゃん、どうぞ」
そう言って紬さんが私の前に紅茶をだしてくれた。
唯「あ、ありがとうございます」
飲んでみると、とてもおいしかった。
こんなにおいしい紅茶を飲んだのは初めてだ。
澪「唯、なんだか雰囲気が違うな…おとなしいっていうか…」
紬「確かにそうね…それも、記憶がないせいなのかしら」
唯「えっと…私ってもっと、活発だったんですか…?」
律「うん、そうだよ、すごく明るかったかな、入学式の日に始めて会ったときも、
すごくフレンドリーに話しかけてきたし」
唯「そう…なんですか…」
律「まあ、記憶が戻れば、きっとそのあたりも元に戻るよ」
唯「そう…ですね」
そうだといいんだけど…
律「それより、ギターもってきたんだろ?何か弾いてみてよ」
唯「あ、はい」
私は持ってきたギターを取りだして構えた。
律「記憶をなくしてても、体は弾きかたを覚えてるかも、ピアノマンみたいに」
ピアノマン?
唯「実は、昨日の夜も弾いてみようとしたんだけど、全然弾き方を思い出せなくて…」
紬「とりあえず、何も考えないで弾いてみたらどうかしら」
唯「う、うん、やってみる」
私は何も考えずに無茶苦茶に手を動かして弾いてみたけれど、
やはりギターからでてきたのは、その通りの無茶苦茶な音だけだった。
律「…やっぱり、そう上手くはいかないか」
澪「だけど、覚えてるどころか、初めて弾いたときよりも下手になってるような…」
律「そういえば、初めて弾いたときは、けっこう弾けてたもんな」
散々な評価だ。記憶を取り戻せば、ギターも元通り弾けるようになるんだろうか?
なんだか不安になってきた。
紬「大丈夫よ、きっとすぐにまた弾けるようになるわ」
唯「うん、ありがとう、私がんばる」
その後は、澪ちゃんに教わって、コードをいくつか練習した。
夕方、少しは弾けるようになってきたところで、この日の部活は終了した。
律「じゃあな、唯、憂ちゃん、また明日」
唯「うん、りっちゃん、また明日」
みんなと別れて、憂と二人で歩き出す。
憂「お姉ちゃん、部活どうだった?」
唯「楽しかったよ!早く記憶を取り戻して、みんなと一緒に演奏したいな」
憂「うん…そうだね、早く思い出せるといいね」
………
今日も憂の作ってくれた夕飯を一緒に食べて
お風呂に入ってあと、部屋で澪ちゃんに教わったギターの復習をしていると、
気がついたら12時をまわっていた。
そろそろ寝ようかな。
そう考えていたとき、またあの音が聞こえてきた。
ピピピピ ピピピピ ピピピピ
携帯のアラームの音だ。
ピピピピ ピピピ
引き出しを開けて、携帯のアラームを止める。
画面にはまた文章が表示されていた。
『残りあと42 日記をみて』
そこにはそう書かれていた。
またもや意味不明だ。
日記?
とりあえず私は書いてある通り、日記を探してみる。
だけど、本棚にも引き出しにも、クローゼットを探してみても、
日記らしきものは見つからなかった。
きっと「日記」というタイトルのドラマか何かがあって、
それを見忘れないためにアラームをセットしたんだろう。
私はそう納得することにして、今日はもう寝ることにした。
………
この日も私は夢を見た。
幼馴染の和ちゃんがでてくる夢だった。
私と和ちゃんは中学生で、学校の帰りに二人でアイスを食べていた。
………
ジリリリリリリリリリ
バンッ
私は目覚ましを止めて、ベッドから起き上がる。
私は夢の内容を思い出してみた。
和ちゃん…私の幼馴染。
それと同時に、中学時代の記憶もいくつか思いだせるようになってきた。
リビングへ降りると、憂の話声が聞こえてきた。
どうやら電話で誰かと話しているようだ。
憂「………はい、本人にはそのことは秘密に……はい、それじゃあ、失礼します」
ちょうど話終えたところだったので、私は憂に話しかけた。
唯「憂、おはよう」
憂「! お姉ちゃん、聞いてたの?」
唯「ううん、今来たところだよ、電話、誰からだったの?」
憂「律さんからだよ、今日も部活やるから来てくれって」
憂「朝ごはんできてるから、食べよう」
唯「うん、いただきまーす」
朝食を食べながら、今日も夢で見た内容を憂に話した。
憂「そうなんだ、和さんの夢を…」
唯「うん、それから、もう両親の顔もしっかり思い出せるようになってきたし、
中学のときのこととかも、少しずつ思い出してきたんだ」
唯「高校に入ってからのことはまだ思い出せないけど、この調子なら意外と早く全部思い出せるかも」
憂「そっか、よかった…」
朝食のあと、私は制服に着替えてギターを持って、
部活にいく準備を整えてから憂に声をかけた。
唯「それじゃあ憂、部活に行ってくるね」
憂「やっぱり、私も一緒に行こうか?」
憂は心配そうな顔をしてそう言ってきた。
唯「大丈夫だよ、もう学校の場所もわかってるし」
憂「うん、でも…もう、いなくなったりしたら、嫌だよ…」
唯「え?もうってどういうこと?」
憂「あ、えっと…実は、お姉ちゃん前に一度、家出したことがあって」
唯「家出?私が?」
憂「うん、高校に入る前の春休みに、急にいなくなっちゃって、三日くらいして帰ってきたんだけど」
唯「私はどうして家出なんか?」
憂「わからないの、お父さんもお母さんもすごく怒ったけど、
お姉ちゃんは心配かけてごめんなさいって言うだけで、理由を言おうとはしなかったから」
私はどうして家出なんかしたんだろう、記憶を取り戻せば、その理由もわかるのだろうか。
まあそれは置いといて、それで憂はまた私がふらふらといなくなってしまうんじゃないかと、
不安になっているのか。
唯「大丈夫だよ、家出しようにも行くところなんて思いつかないし、夕方にはちゃんと帰ってくるから」
憂「うん、わかった、行ってらっしゃい」
唯「行ってきます!」
私は憂を安心させるために、元気よくそう言った。
音楽室に着くと、他の三人はもう来ていた。
唯「おはよう、みんな」
律「お、今日もちゃんと来たか、よかった」
どういう意味だろう?私はそんなにサボり魔だったのかな。
紬「はい、唯ちゃんもお茶どうぞ」
唯「ありがとう」
澪「それで、何か思い出せたか?」
唯「うん、高校に入ってからのことはまだ思い出せないけど、
中学のときのこととかはだいぶ思い出してきたんだ」
律「そっか、それはよかった」
唯「ねえ、よかったら軽音部に入ってからの話を聞かせてくれない?
話を聞けば、思い出せるかもしれないし」
澪「うん、いいよ、それじゃあ、何から話そうか…」
それから三人は私が軽音部に入ってからのことを話してくれた。
私たち四人が集まって、軽音部が廃部を免れたこと。
私のギターを買うために、みんなでバイトしてくれたこと。
私の追試のために勉強を教えてくれたこと。
夏の合宿に秋の文化祭の話など、三人はとても楽しそうに思い出を語ってくれた。
唯「わー、なんだかすっごく楽しそうだね」
澪「うん、楽しかった、すごく…」
唯「ねえ、もっと聞かせて、文化祭の後は…」
律「はい、ストップ!そろそろ練習始めるから、思い出話はおしまい!」
唯「えー?もっと聞きたいのに」
律「いいから練習するぞ!続きはまた今度な」
なぜだかやたらと練習したがるりっちゃんの言葉で、ティータイムは終わりになった。
その後はまた澪ちゃんに教わって、夕方までコードの練習をした。
………
紬「それじゃあ、唯ちゃん、また明日」
律「明日もちゃんと来いよー」
唯「うん、また明日ー」
みんなと別れて、帰路につく、今日は憂はいないので一人きりだ。
ガチャ
唯「ういーただいまー」
家の中に入ってそう言ったが、返事は返ってこなかった。
自分の部屋にでもいるのかな。
二階に上がって、憂の部屋をノックしてみる。
コンコン
唯「ういー?」
ガチャ
ドアを開けて部屋の中を見たが、憂の姿はなかった。
買い物にでも行ったのかな?
そう思って部屋をでようとしたとき、憂の机の上にあったあるものが目にはいった。
唯「日記…」
その瞬間、昨日の携帯にあった文章を思い出した。
『日記をみて』
ひょっとして、日記というのはこれのことを指していたのだろうか。
でも人の日記をかってに見るなんてだめだよね。
…だけど、私の記憶を取り戻す手がかりがあるかもしれない。
ちょっとだけなら…
私は誘惑にまけて、日記の最初のページを開いた。
4月7日
今日はお姉ちゃんの高校の入学式だった。
お姉ちゃんは時計の時間を見間違えて、遅刻と勘違いして慌てて学校に走っていった。
相変わらずおっちょこちょいだけど、そんなところも可愛いな。
4月8日
今日、お姉ちゃんから、軽音部に入部したと聞かされた。
お姉ちゃんがギターに興味があったなんて知らなかったな。
軽音部って怖そうなイメージがあるけど、大丈夫だろうか。
とても心配だ。
4月12日
今日はお姉ちゃんがギターを買うためにアルバイトをするといって、
朝早くでていった、なんでも、軽音部のみなさんも協力してくれるらしい。
私は感謝の気持ちもこめて、四人分のお弁当をつくってお姉ちゃんに持たせてあげた。
お姉ちゃんも、軽音部で上手くやっていけているようで安心した。
4月16日
今日はお姉ちゃんがとうとうギターを買ってきた。
部屋でポーズを決めたりしていて、とても嬉しそうだ。
お姉ちゃんが嬉しそうにしていると、私も幸せな気持ちになる。
5月20日
今日は軽音部のみなさんが家にきて、お姉ちゃんに勉強を教えてくれた。
軽音部の人たちに会うのはこれが初めてだったけど、みんな優しそうな人達だ。
私も来年は、桜ヶ丘高校に入れるといいなあ。
6月12日
お姉ちゃんは最近、ご飯を食べ終わるといつも、リビングでギターの練習をしている。
お姉ちゃんにも夢中になれるものが見つかったみたいで、嬉しい。
………
日記に書かれていた内容は、今日軽音部のみんなから聞いた内容と、ほぼ同じだった。
だけど、これじゃあまるで私の観察日記だ。
苦笑いを浮かべながら読み進めていると、玄関から音がした。
ガチャ
憂「ただいまー」
憂が帰ってきたようだ、私は慌てて日記をもとの場所にもどし、憂の部屋を後にした。
………
その夜、自分の部屋でギターを弾いていると、またあの音が聞こえてきた。
ピピピピ ピピピピ ピピピピ
もはや恒例となったこの音。
ピピピピ ピ
携帯を取り出してアラームを止め、画面を確認する。
『残りあと18』
今回書かれていたのはそれだけだった。
だんだんと数字が減ってきている。
いったいこの数字は何を表しているのだろうか…
考えてもわかりそうにないのでもう寝ることにしよう。
最終更新:2010年04月01日 04:42