………


この日の夜も私は夢を見た。
中学の卒業式の夢だった…


………


ジリリリリリリリリリ


バンッ

目覚ましを止めてベッドから起き上がり、夢の内容を思い出す。
もう中学までの記憶はほとんど思いだせるようになっていた。

両親のこと、憂のこと、和ちゃんのこと、中学の友達のことなど、
はっきりと思い出すことができた。

だけど、高校に入ってからのことがどうしても思い出せない…
軽音部のみんなから聞いた話も、憂の日記にあった内容も、
どこか知らない物語のように感じられていた。


………


部室に着くと、もうみんな来ていた。

唯「おはよー」

紬「唯ちゃん、おはよう」

澪「おはよう、唯」

律「よし、今日もちゃんと来たか」

今日もみんなでティータイムを楽しんだ後、練習をした。
今日は初めて、私もみんなと合わせてみることになった。
曲は翼をくださいという曲だ。
みんなが私に合わせてくれたこともあって、間違えながらもなんとか最後まで弾くことができた。

律「唯もすこしずつ弾けるようになってきたみたいだな」

唯「うん、みんなで音を合わせるのってすごく楽しいね!」

すこしずつだけど、ギターを弾けるようになってきた、
だけどそれは、弾き方を思い出したというよりは、
練習したぶんだけ上達したといったような、僅かなものであったけど。


………


学校からの帰り道、私はふと思いついて昨日の続きを聞いてみることにした。

唯「ねえ、昨日の話の続きを聞いてもいい?文化祭の後から、今までの話を」

私がそう言った瞬間、場の空気が凍りついたようになった。
…あれ、私、何か変なことを言ったかな…

唯「え…どうしたの、みんな…」

みんなは悲しそうな、困ったような顔をして黙り込んでしまっている。

律「唯、記憶はまだもどらないのか?」

唯「う、うん、中学までの記憶はもうほとんど思い出せるんだけど、
高校に入ってからのことはまだ全然思い出せなくて」



律「そっか、それなら、無理に思い出そうとしなくてもいいんじゃないか?」

唯「え?」

律「今のままでも、充分楽しいだろ、だから、思い出せないことを無理に思い出そうとしなくても…」

唯「どういうこと?何か、思い出さないほうがいいことでもあるってこと…?」

律「いや、そういうわけじゃ…」

澪「だけど律、いつまでも隠してはおけないだろ、春休みが終わって、
学校が始まったら、もう隠し切れないんだし…」

紬「澪ちゃん!」

どうやらみんなは私に何かを隠しているらしい。
私はいったい何をしてしまったんだろう…なんだか不安になってきた。


律「唯、ごめん、いつか必ず話すから、だからもう少しの間だけ、このまま…」

三人ともなんだかとても悲しそうな顔をしていて…
これ以上聞くことはできなかった。

唯「うん、わかった…」

そんな話をしているうちに、いつの間にかみんなと別れる場所まで来ていた。

唯「それじゃあみんな、また明日ね」

そう言ってみんなと別れ、歩き出したところで、後ろからりっちゃんの声が聞こえた。

律「唯!明日もちゃんと来いよ!」

唯「大丈夫だよ、サボったりなんかしないって」

唯「また明日ね!」


家に着いた私は、自分の部屋でギターを弾き始めた。
憂は買い物にでも行っているのか留守だった。

今日のことを思い出す。
みんなは明らかに私に何かを隠している。
いったい何を隠しているんだろう。
私はいったい何をしてしまったんだろうか。
高校に入ってからのことを思い出せないのと、何か関係があるのかな…


ピピピピ ピピピピ ピピピピ


そんなことを考えていると、またあの電子音が聞こえてきた。
こんな時間に鳴るのは初めてだったので、驚いてまたギターを落としそうになってしまった。


ピピピピ ピピピピ ピ


携帯を取り出し、アラームを止める。
画面をみると、今回の文章は今までのものとは違っていた。


『残りあと2時間   あなたの疑問の答えは、憂の日記の中にある。
だけど、あなたはそれを読んで、驚いたり、混乱したりするかもしれない、
でも大丈夫だから、私が保証する。だから必ず最後まで読んで』


!! これはいったい…
この文章は明らかに今の私に向けて書かれていたものだ。
いったい誰が、何のために…?


答えを知る方法は、一つしかない。
私は憂の部屋へと向かった。


部屋のに入り、昨日途中まで読んだ日記を本棚から取り出した。
この中に答えが…
私は震える手で、ページを開いた。

………


7月27日

お姉ちゃんは今日から3泊4日で軽音部の合宿に行ってしまった。
お姉ちゃんがいないとやっぱり寂しい。
早く帰ってこないかな。



8月30日

夏休みももうすぐ終わり。
お姉ちゃんは文化祭にむけて、時間を惜しむように練習に打ち込んでいる。
お姉ちゃんのライブ楽しみだな。



9月15日

今日はお姉ちゃんの学校の文化祭だった。
お姉ちゃんたち軽音部の演奏はとても素敵で、
ステージの上のお姉ちゃんは輝いていて、とってもかっこよかった。



………


ここまでは今までと同じ様に、日常が綴られているだけだった。
変化があったのはその次からだ。


………


9月18日

お姉ちゃんが熱をだしてしまった。
私も学校を休んで看病しようとしたけど、
大丈夫だからと断られてしまった。
学校から帰ってきても体調は良くなっていないようだった。
辛そうに呼吸していたり、胸を押さえたりしている。
なんだかただの風邪じゃないみたい。
今日はつきっきりで看病することにする。



9月19日

朝になってもお姉ちゃんの体調はよくならなかった。
病院に行くと言うので、私も一緒に行くと言うと、
一人で大丈夫だから憂はちゃんと学校に行きなさいなんて、
お姉ちゃんらしくもなく、お姉ちゃんみたいなことを言った。
私はしぶしぶ学校に行ったけど、結局早退することになってしまった。

午後になって、私と両親が、病院から呼び出された。


「拡張型心筋症」

医者はお姉ちゃんの病名をそう言った。

医者によると、すぐにでも心臓の移植手術を受けなければ危険な状態だという。
だけど、今の日本では、臓器移植のドナーがとても足りていないらしい。
今も移植手術を待っている患者が何百人もいるという。

なのでお姉ちゃんが生きている間に移植手術を受けられる可能性はかなり低いだろうと、
そう医者は言った。

私は信じられなかった、お姉ちゃんが死んじゃうなんて、そんなの嘘だ。




………

私が、心臓の病気だった?
憂の日記には、心臓の移植手術を受けなければ助からないと書いてある。

今、私が生きているということは、私はその手術を受けたんだろうか。

私は着ていたTシャツを引っ張って、自分の胸の辺りを確認してみたが、
手術を受けたような痕はそこにはなかった。


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9月19日

昨日からお姉ちゃんは入院している、
私は軽音部のみなさんや和さん達と一緒にお見舞いに行った。
お姉ちゃん本人にも病気のことは説明されていたけど、
お姉ちゃんはあまりショックを受けていないようだった。
逆に心配する私たちのほうがお姉ちゃんに励まされてしまった。
お姉ちゃんはいつもの笑顔で、きっとよくなるから大丈夫だよと、そう言った。



9月22日

今日も私はお見舞いに行った。
お姉ちゃんは今日は体調が良くないようで、苦しそうだった。
そんなお姉ちゃんの姿を見ているのは辛い。
早くドナーが見つかってくれるといい。
そう考えた瞬間、複雑な気分になる。
ドナーが見つかって欲しいと願うことは、誰かの死を願うということでもある。
私は臓器提供意思表示カードにサインをするような、そんな善良な人の死を願っている、
最低の人間だ。
だけど、私は地獄に落ちたっていい、お姉ちゃんが助かるのなら。


………

日記には私が入院してからのことと、憂の苦悩する様子が綴られていた。

みんなは私が辛い闘病生活を思い出さないように、このことを隠していたんだろうか。
でも、今私はこうして元気に生きているということは、治ったってことだよね。
それなら、どうして隠すんだろう?


………


9月24日

お姉ちゃんの病状は日に日に悪くなっている。
私は病院から臓器提供意思表示カードをもらってきてサインをした。
これで今私が自殺をしたら、私の心臓で、お姉ちゃんは助かるのかな。
わかってる、そんなことをしてもお姉ちゃんは喜ばない。
だけど、お姉ちゃんが死んでしまったら私は
私はいったいどうしたら



9月25日

今日もお姉ちゃんのお見舞いに行った。
私がベッドの横でリンゴをむいている間、お姉ちゃんは携帯で何かを打っていた。
私がメールしてるの?と聞くと、お姉ちゃんは
「私のためにメッセージを残してるの」
と言った。いったい、どういう意味なんだろう?
その後、お姉ちゃんは明日はみんなを連れてきて欲しいと私に頼んだ。
私はもちろん快く引き受けた。



9月26日

今日、私が軽音部のみなさんと和さんと一緒にお姉ちゃんのお見舞いに行くと、
お姉ちゃんは真剣な顔をして、
「今日はみんなにお別れを言いたくて、来てもらったの」
と、そんなことを言い出した。
私はお姉ちゃんが辛い闘病生活で弱気になっているんだと、そのとき初めて気づいた。
私達は慌てて、そんな悲しいこと言わないで、きっとドナーが見つかって良くなるから、
そんなことを口々に言ったけど、
お姉ちゃんはいつもの笑顔で、私達に別れの言葉を口にした。

知らない間にお姉ちゃんもだいぶ弱気になってしまっていたみたいだ。
私がしっかり支えていかなくちゃ。



9月27日

朝、病院から一本の電話がかかってきた。

お姉ちゃんが、死んだ

医者の話によると、今日の早朝、心臓の発作が起こり、
懸命の処置の甲斐もなく、一度止まった心臓が再び動くことはなかったという。

両親はずっと泣いていた、私は何も考えられなかった

何も書きたくない

何も考えたくない

何も


………

どういうこと!?私が、死んだって…
それじゃあ、今ここにいる私はなんなの…
幽霊?それとも…

私は何がなんだかわからなかった
ただ混乱しながらも、さきほどの携帯に表示された文章を思い出していた…


『残りあと2時間   あなたの疑問の答えは、憂の日記の中にある。
だけど、あなたはそれを読んで、驚いたり、混乱したりするかもしれない、
でも大丈夫だから、私が保証する。だから必ず最後まで読んで』


そのメッセージを信じて、私は続きを読むことにした。


………


9月29日

今日はお姉ちゃんのお葬式の日だった。
来てくれていた軽音部のみなさんも、和さんもみんな泣いていた。
私も泣いた、もう涙はでないんじゃないかっていうくらいに泣き続けていたのに。

今思えば、あの日お姉ちゃんがみんなにお別れを言ったのは、
自分がもう長くないことを悟っていたからなのかもしれない。

こんなことなら、あの日もっとたくさん、お姉ちゃんと話していればよかった。
まだ、たくさん、たくさん話したいことがあったのに。
だけど、もう二度とお姉ちゃんには会えないんだ。
もう二度と



10月25日

お姉ちゃんが死んでから、私はお姉ちゃんの部屋で寝るようになった。
両親に頼んで、お姉ちゃんの部屋はそのままにしておいてもらっている。
こうしていると、昔おねえちゃんが家出したときのことを思い出す。
あのときもこうしてお姉ちゃんの帰りを待っていた。
今回もあのときみたいに、お姉ちゃんがひょっこり帰ってくるんじゃないかなんて、
そんなことを考えてしまう。
そんなこと、あるはずがないのに


12月11日

今日からまたお父さんが仕事で海外に行くことになった。
お母さんは私を心配して残ると言ってくれたけど、
私が無理を言ってお父さんについていってもらった。
私は一人になって、何も考えたくなかった。


………

この日からしばらく日記は途切れていた。
次に日記が書かれていたのは3月24日
私が記憶をなくして公園に立っていた、あの日だった。


………


3月24日

今日、奇跡がおきた。
死んだはずのお姉ちゃんが家に帰ってきた。
お姉ちゃんは記憶をなくしているみたいだったけど、
私はお姉ちゃんにまた会えたのが嬉しくて、抱きついてたくさん泣いてしまった。

その後、昔みたいにお姉ちゃんにご飯をつくった。
またお姉ちゃんに食べてもらえるのが嬉しくてついつくりすぎてしまったけど、
お姉ちゃんはおいしそうに食べてくれた。

ずっと一緒にいたくて、いつもそうしていると嘘をついて一緒にお風呂に入った。

またお姉ちゃんと一緒にいられるなら、幽霊でも夢でもなんでもかまわない。
これが夢なら覚めなければいい。


3月25日

朝起きると、お姉ちゃんはちゃんといてくれた。
よかった、夢じゃなかった。
今日は一緒に軽音部の部活へ行った。
軽音部のことも覚えていないようだったけど、
楽器を弾いているお姉ちゃんはやっぱり楽しそうだった。

お姉ちゃんは少しづつ記憶を取り戻しているようだ。
もしも自分が死んだことを思い出してしまったら、どうなってしまうんだろう。


3月26日

朝、律さんと電話で話して、お姉ちゃんが死んだことは本人には秘密にしようということにした。
もしお姉ちゃんが自分が死んだことを知ったら、消えてしまうような、そんな気がして。
だけど、いつまでも隠しておくことはできない。
学校が始まったら、もう隠し切れないだろう。
いったいどうしたらいいんだろう。


………


日記はここで終わっていた。


私は日記を読み終えて、全てを理解した。

そうか、そういうことだったんだ。

高校に入ってからのことが思い出せなかった理由もわかった。
思い出せなかったんじゃなくて、知らなかったんだ、今の私はまだ。


ピピピピ ピピピピ ピピピピ


そのとき、再び携帯のアラームが鳴り出した。


ピピピピ ピピピピ ピピ


画面を確認すると、そこにはこう書かれていた。


『残りあと1時間   あなたがその時間にいられるのも、残りあと1時間、
あと1時間したら、あなたはもとの時間へと帰らなければならない、1年前の3月へと。
だから、最後にみんなに手紙を書いてあげて、私がそうしたように。この携帯のメッセージはこれが最後です。 それじゃあ、元気でね半年前の私』


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最終更新:2010年04月01日 04:47