紬「お茶入りましたよー」

律「……」

澪「……」

律「お茶にしようぜ?」

澪「うおおおぉぉい!!」

梓「……」

 誤解してないわ。

 とはいえ、練習させる気満々で朝練を企画したのに、
 言い出した本人が遅刻してたら、文句を言おうにも言えない。
 少しくらいなら構わないかと妥協し、私はお茶を飲みながら今朝の出来事を先輩達に話し
 た。

紬「そう、それで遅かったのね」

唯「も~~、本当にかわいいかったんだよぅ!」

律「だからといって遅刻していい理由にはならないぞ」

唯「あ、そっか……。ごめんね、りっちゃん」

律「……唯」

唯「なぁに?」

律「気にするなよぅ、こいつぅ」

唯「やぁん、りっちゃんたらぁ、男前~」

 指で突っつきあう律先輩と唯先輩。

律「誰が男か」

唯「あだっ!」

 その光景を見ながら、やはり喜色満面の笑みを浮かべるムギ先輩。
 これを見ると落ち着いちゃう私も、大分毒されてきてるのかもしれないなぁ。

澪「ま、遅刻ギリギリだったのは私と律も同じだけどな」

律「ばっ! 澪、バラすなよ!」

唯「分かってたよ、りっちゃん!」

 律先輩の肩をがしっと掴んで唯先輩が威張る。

律「……ちくしょう、なんだこの屈辱感」

唯「あずにゃんもごめんねー。私と会わなかったら間に合ってたのに」

梓「私は朝から唯先輩に会えて嬉しかったですから、何も気にしてませんよ?」

唯「あずにゃん……」

 心なしか、唯先輩の瞳が潤んでいる気がする。
 私何か変なこと言ったかな?

 反芻してみる。

 私は朝から唯先輩に会えて嬉しかったですから、何も気にしてませんよ?

 む。言われてみれば、なんか変な言い回しになったかもしれない。

梓「あ、ええと、そういう意味じゃなくてですね」

 あたふた。

梓「あずにゃん3号とも仲良くなれたし、楽しかったし……っていう意味で、その……」

律「梓」

 私の肩をぽん、と叩くおデコ。
 デジャヴだと思うけど、昨日同じことがあった気がする。

梓「な、なんですか」

律「見苦しいぞぉ?」

 したり顔の律先輩。ちくしょう。

梓「くっ……」

唯「あずにゃん、大好き!」

 ぎゅう、っと。
 ようやく、いつものように抱きついてくる唯先輩。
 あぁ、安心するなぁ。とか思ってる自分がちょっと悔しかったりして……。

梓「にゃぁ……」

紬「ふふ、朝から良いもの見させてもらったわ♪」

澪「ムギ?」

 ガシッ!

紬「澪ちゃん、私軽音部に入って本当によかったわ!」

澪「そ、そうか」

 両手をがっちり掴まれて、されるがままに上下にぶんぶん振られる澪先輩。
 ムギ先輩は今日も絶好調のようです。

律「さーて、せっかく朝早くから集まったんだし、練習するか!」

   澪「そうだな」
            唯「おーぅ!」
 梓「はい!」 
       紬「ええ!」


 でも返事はバラバラでした。



放課後。

律「勉強会ぃ?」

 怪訝そうな顔でオウム返しにする律先輩。
 しかし、ムギ先輩は怯まない。

紬「そう。勉強会♪」

 いい笑顔だ。あの笑顔なら、カンボジアの恵まれない子供達が救われるかもしれない。

律「いや、確かに勉強教えてもらえるのは助かるけど、まだ期末までは時間あるし……」

紬「それじゃダメよ!全然ダメ!!」

 ビシィッ!と律先輩を制する。
 何に感化されたのかは分からないが、ムギ先輩はとにかく勉強会をやりたいらしい。
 乙女モードのムギ先輩が通過した場所は草一本残らないといわれている。主に私が言ってい
 る。 残念だけど、律先輩には旗色が悪い。

澪「まぁ、いいんじゃないか? 律と唯はいつも追試ギリギリなんだし。 私は賛成」

紬「本当!? 澪ちゃん!」

澪「うん」

唯「え~、まだ早いよ~。普通に遊ぼうよぅ」

 意見が分かれる時は、大抵唯先輩と律先輩、そして私と澪先輩に分かれる。
 多数決になれば必然、票を決めるのはムギ先輩なのだが、
 今回に関してはそのムギ先輩が言いだしっぺにあたるわけで。
 ……残念でしたね、唯先輩、律先輩。

梓「私もムギ先輩と澪先輩側につきますよ?」

律「なっ!?」

唯「あ、あずにゃんに裏切られたっ!」

梓「そんな顔してもダメです」

 唯先輩の為でもあるんですから。

唯「むぅぅぅ」

澪「諦めろ二人とも。テスト近くなったら、どの道勉強はすることになるんだ」

律「……だ~、もう、仕方ないなー。こうなったらとことんやってやろうぜ、唯!」

唯「……そうだね! わかったよ、りっちゃん!」

 がしっ!
 友情を確かめ合う二人。

 ……悔しくなんかないもん。私は澪先輩と確かめ合うもん。

澪「とか言って、どうせ途中で飽きて遊びだすんだろ?」

梓「その光景が鮮明に浮かびすぎてフォローもできませんね」

律「なにおぅ!?」

唯「私もりっちゃんも、やるときはやる子だよ!?」

律「そうだそうだ!」

澪「はいはい」

 がるるるる!といきり立つ律先輩を慣れた仕草で嗜める澪先輩。

梓「でも、どこでやるんですか?」

澪「また唯の家でいいんじゃないか?」

紬「唯ちゃんのおうちも魅力的ではあるのだけど、……今回は私が提供するわ」

律「ムギが? 珍しいな。ていうか、ムギん家いくの初めてだよな」

唯「ムギちゃん家って、すっごい豪邸だったりするんだよね!?」

律「そうだぞ、唯。ホールには赤い絨毯が敷かれていて、門にはでっかいマーライオンがいるんだ」

唯「おおぅ!!」

澪「それはシンガポールだろ」

梓「唯先輩もナチュラルに信じないでください」

紬「ふふ、ごめんなさいね。提供するのは家ではなくて、図書館なのよ」

律「と、図書館!?」

 相変わらずスケールが違う。

唯「ねえねえ、澪ちゃん。ムギちゃんのお父さんって、なにやってる人なのかな?」

澪「……そこは、触れちゃいけないところなんじゃないか?」

紬「日程は、今度の日曜日でどうかしら?」

梓「……え?」

 今度の休みと言うから、てっきり土曜日のことだと思っていたのに。
 少しだけ、肩を落とした。

律「梓、何か用事あるのか?」

梓「い、いえ。大丈夫です。……でも、土曜日じゃダメなんですか?」

紬「土曜日はちょっと用事が入ってるの。ごめんね、梓ちゃん」

梓「そうですか……。なら仕方ないですね、日曜日にしましょう」

唯「あずにゃんは、土曜日が良かったの?」

梓「はい。でもいいんです。本当にたいしたことじゃないですから」

唯「? そっか」

 さすがにこんなことを、先輩達の前で言うわけにはいかない。
 私にだってプライドはあるんだから。


 金曜日の放課後。

 ▼ SIDE 憂

 私は足早に通学路を歩いている。
 つい今しがた、走行する自転車を徒歩で追い抜いたところだ。

 急いでいるのには訳がある。
 今日は両親が旅行で、姉は部活。
 つまるところ、私が家事を担当しなくてはならないのだ。

 ……というのは表向きの理由。

 今の私は、全人類の誓願、祈念、そして
 この先地球で私たち人類が生き残っていく為に必要な、とてつもなく重要な使命を背負っている。
 制限時間が限られている以上、なんとしてもこれを成し遂げなければならないのだ。

 バンッ!
 玄関のドアを思い切り開ける。躊躇なんてしていられないのだから。

「ただいまー」

 誰も居ないから返事は無い。当たり前だ。
 ここからがこのミッションの最重要ポイント。
 如何にしてタイムロスを無くせるか。私のこの足に、世界中の希望が詰まっている。
 だから挫けることは許されない。
 階段を駆け上がり、真っ先に自分の部屋――を通過して、お姉ちゃんの部屋の扉を開いた。
 この部屋の構造は熟知している。だから、目的の物がどこにあるのかも。

 ガラッ!

「……」

 私は箪笥の一番上の引き出しを開け、
 流れるような自然の動作で、何も言わず姉の下着を数枚、制服のポケットに忍ばせた。

 え? 何に使うのかって?

 異なことを仰る。

 嗅ぐのだ。

 次に向かうのはベッドだ。姉が起きた時の状態がそのまま残る布団。
 私はその乱れたシーツの上に景気良くダイブした。
 そして姉の枕を抱きしめ、その香りを全身に感じながら右へ左へと回転する。

「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんっ!!」

 早く帰ってきて、お姉ちゃん。今日は、寝るまでの間ずっと撫でくりまわしてあげる!
 ……早く帰ってきてとは言ったが、姉が帰宅するまで、時間はまだ少しある。
 それまでもう少しこの匂いを堪能し、
 そののち最終ミッションへと移行す「ただいまうい~」うおぉぉぉぉかえりいぃぃl!?

 馬鹿な!私の計算が間違ったというの!?
 いや、まだ急いで自分の部屋にもどれば、この醜態を晒すことは――
 冷静さを取り戻そうとした私の脳は、次に聞こえた蕩けるようなキャンディヴォイスにより更なる混沌へと陥る。

「お邪魔しまーす」

 なん……だと……?
 梓ちゃんが来たというのか。何故? 英語で言うとWhy?

私はハッとした。

 そうか。今日は華の金曜日。それもこんな時間に来るということはまさか!
 お泊りフラグ!? そうなの!? そうなのね!?

 落ち着け私。このピンチをチャンスに変えるんだ!
 ぐっ、とポケットの中の姉の下着を強く握り締める。
 いつだってお姉ちゃんの下着は私に力をくれる。

 だって、ほら。
 お姉ちゃんと梓ちゃんと私とで、三人の甘く切ない夜がもう手の届くところまで―!

「はああぁぁぁん!!」

 そう叫びながら勢い良く扉を開いたところで姉と親友に鉢合わせした。


 同時刻。

 ▼ SIDE 梓

 今日は、澪先輩と律先輩が寄るところがあるらしく、少しだけ早めの解散。
 朝練を提案した甲斐あってか、練習は少しだけ充実したものとなった。

 いつもの道を歩き、ムギ先輩と別れ、律先輩、澪先輩と別れ、
 隣を歩くのが唯先輩だけになったところで、私は少しだけ陰鬱な気分になった。

唯「どうしたの、あずにゃん。なんか元気ないよ?」

梓「あ、いえ。たいしたことじゃないんですけど」

唯「あ。もしかして、土曜日が良かったって言ってたのと、関係してる?」

梓「……」

 天然のくせになかなか鋭い。

唯「ほら。先輩に話してごらん!」

 先輩風を吹かせて、誇らしげに薄い胸を張る唯先輩。
 なんだかそれが、とても暖かく感じる。
 先輩たちの前では言えなかったけれど、唯先輩一人なら……。

梓「……実は今日明日って両親が泊まりで、うちに誰もいないんですよ」

唯「ほえ、そうなんだ。じゃあ、うちと一緒だね」

梓「唯先輩は、その……寂しくなったりしないんですか?」

唯「んー、ならないかなぁ。だって、うちには憂もギー太もいるし」

梓「憂とギー太ですか」

唯「うん」

 憂はともかく、ギターが居るから寂しくないなんて、並の人間にはできない発想だ。

梓「唯先輩らしいです」

唯「あずにゃん、寂しいんだったらうちに泊まりにおいでよ」

梓「えっ、でも……」

唯「嫌?」

梓「そんなわけないです! そうじゃなくて……」

 広い家に独り、寂しい週末。
 唯先輩と憂と一緒に、楽しい週末。
 どちらを選ぶか、なんて言われて、迷う筈もない。

 だから、嫌だなんて、あるわけがない。
 あるわけがないのに、言葉が続かないのはどうして――?

唯「そうじゃなくて?」

梓「えっと、だからその……」

唯「ん~??」

梓「……」

唯「おぉ!」

 唯先輩は、何か閃いた様に、ぽん、と手を叩くと
 ぎゅっと私を抱きしめた。

唯「来てくれないと私が寂しいんだよぅ」

梓「……唯先輩」

 さっき寂しくないって言った癖に。
 本当に、この人は。

梓「……全く、仕方ないですね。そういうことなら、泊まりに行ってあげてもいいですよ」

唯「……ふ」

梓「……ふふ」

 二人、顔を見合わせて笑う。

 なんとも滑稽なやり取りだったと思う。

 だけど、話して良かったと心から思える。
 頼りになるどころか、危なっかしくて見てられないし、
 いい加減なところもあるけれど。

 憂の台詞の意味がようやく氷解する。

 初めて気付いた自分の気持ち。

 私は、唯先輩のことが――

「……ーん? あずにゃーん? おーい」

「!」

唯「なんだかぼーっとしてるよ。顔も赤いし……」

 トンッ

梓「ふぇ!?」

 唯先輩のおでこが私のおでこに触れる。

唯「熱は……ないみたいだけど」

梓「わ、わ、わ、私! 先に帰って準備してきますね!」

唯「え、うん。私も一緒にいくよぅ」

 ――そのとき、私の第六感が何かを捕らえた。

梓「ッ!?」

 なんだろう、この……

 鼻の穴にゴボウを突っ込まれる感じ。

 ゴボウ?

 ムギ先輩か?

 ……まさか、ね。




紬「ビデオカメラ持ってくればよかったぁぁぁっ!」

 ガン!

犬「キャイン!」

犬は塀破壊した音にびびっただけなんだ。
ムギは動物苛めたりしないよ!!


 着替え等の荷物をまとめ、私は唯先輩と共に、彼女の家へと向けて歩いている。
 道中、さっきまでは無傷だったコンクリートの塀に何故か穴が空いていた。

梓「突然押しかけちゃっていいんですかね……、憂は迷惑なんじゃ……」

 唯先輩は、事前にメールで連絡しようとしたらしいが、携帯の充電が切れていた。
 私の携帯から連絡しましょうか、と提案もしたが、、どうせなら憂をびっくりさせようという
 唯先輩のわけのわからない好奇心により、実行には至らなかった。

唯「大丈夫だよぅ。憂はあずにゃん来たら喜ぶと思うなぁ」

梓「だと良いんですけど」

 私の懸念は、憂が真性のシスコンであることだ。
 唯先輩と二人の時間を邪魔しちゃったら、後々怖いイメージがある。
 どうしてかは分からないけど、憂はそんな子じゃないハズなんだけど。
 そういうイメージがある。

 思い悩んでる間に、私たちは唯先輩の家へとたどり着いていた。

 ガチャリ。

唯「ただいまうい~。 ほら、あずにゃん。上がって上がって」

梓「はい。お邪魔しまーす」

 ドサッ!ガタッ!

梓「な、何の音ですか?」

唯「憂かな……? 二階から聞こえたけど」

 なんだか、物凄い嫌な予感がする。
 私と唯先輩は、階段を上り、憂の部屋を覗く……が

唯「うい~……?」

梓「いないみたいですね」

 ガサゴソ。

唯「……」

梓「……」

唯「私の部屋から……だよね?」

梓「……みたいですね」

 怖え!!
 怖えけど分かる。
 絶対に泥棒とか幽霊の類ではない。
 だからこそ怖え!

梓「あ、あの、唯先輩?」

唯「え?」

梓「さりげなく、私の後ろに隠れないでもらえますか?」

唯「だって、怖いし……」

梓「私だって怖いですよ!」

 あなたの妹的な意味で。

梓「……。あ、開けますよ?」

唯「……うん」

 私は、扉のノブに手をかけた。



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最終更新:2010年01月04日 02:41