―次の瞬間。

 扉は反対側から開かれ――


「はああぁぁぁん!!」


 奇怪な雄叫びをあげ、前方宙返りを決めつつ、愛すべき親友が飛び出してきた。
 スッタァーーーン!
 と見事な着地を披露した憂は、スカートをぱんぱんと叩いて立ち上がる。

憂「……」

唯「……」

梓「……」

 絶句した。

 正直、意味がわからない。
 唯先輩も私の後ろで固まっている。

 言葉を発することも憚れるような、微妙で珍妙で絶妙な空気。
 私はこの沈黙に耐えられるだろうか?

梓「……」

唯「……」

憂「……」


「あ、あの!これは……」「うい、すっご~~い!」「う、憂、何してたの?」

 三人同時に喋った。
 誰が何を言ったのかまるで聞き取れない。

梓「えーと、……落ち着きましょうか」

憂「う、うん」

唯「あ、ただいま憂」

憂「おかえり、お姉ちゃん」

梓「お邪魔してます、憂」

憂「いらっしゃい、梓ちゃん」

梓「……」

憂「……」

 ぎこちねえ。

唯「もう、返事がないからびっくりしちゃったよー」

憂「ご、ごめんね! ちょっと夢中になってて。聞こえなかったの」

梓「夢中って、憂、その……唯先輩の部屋で何を?」

憂「え!? あー……、散らかってたから掃除を、ね」

唯「そっかぁ、いつもありがとねー」

憂「ううん、こちらこそ!」

唯「こちらこそ?」

憂「あ、私夕飯の支度があるから……」

唯「う、うい?」

憂「梓ちゃんも、自分の家だと思ってゆっくりしていってね!」

 何故だか、脳裏に赤いリボンをつけた生首が過ぎった。

梓「あ、うん……」

 そう言って憂は、足早に階段を降りていく。

梓「行っちゃいましたね」

唯「変な憂……」


 ▼ SIDE 憂

 紙一重だった。
 お姉ちゃんだけならいくらでもごまかしは利くが、
 梓ちゃんも一緒となると、そうもいかない。
 若干、怪しい素振りになったかもしれないが、まぁ、及第点といったところだろうか。

憂「……泊まりかどうか聞くの忘れた」

 まあいいか。
 三人分の夕飯を準備しながら、思考する。
 泊まりではないにしても、梓ちゃんの分を作っておけば
 せっかくだから食べていってよという流れが自然に作れるのだから。

二人は今、何をしているんだろう。
 お姉ちゃんの部屋で、二人きり……。
 二人きり……。

憂「あっ」

 力を入れすぎた為か、切った人参の欠片がものすごい勢いですっ飛んでいった。

 ……私には分かってしまうのだ。
 梓ちゃんがお姉ちゃんを見る目。
 あれは、恋する乙女の瞳。

当然だ。

 なにせお姉ちゃんは可愛いのだ。
 だから、例え同性であったとしても、そういう感情を持ってしまうのは当たり前のこと。
 もし、お姉ちゃんを見てそういう感情を抱かなかったとすれば、
 そいつは、ケブカヒゲナガかイタヤモグリチビガのどちらかだろう。

 しかし、それだけではない。
 確かにお姉ちゃんは可愛い。世界中どこを探してもお姉ちゃんの右に出る者はいない。
 だが、それでも!!
 梓ちゃんもまた、可愛いのだ。
 見たか。あの高校生とは思えない身長と、甘々ロリフェイスを。
 なんだ、あのツンデレの代名詞ともいえるつり目とキュートなツインテールは。誘惑してんのか。
 今ゴキブリって言った奴。暗い夜道に気をつけろ。

憂「あ、お鍋吹き零れてる……」

 私は考えるのをやめた。


 ▼ SIDE 梓

 唯先輩と私は、二人でギターの練習をしていた。
 始めは唯先輩の部屋で練習していたのだけれど、
 「お腹が空いたから下でやろう」
 という超絶理論に従い、リビングでご飯を待ちながらの練習となった。
 一階に下りても夕飯ができる時間は変わらないと思うのだけど、
 そこは唯先輩らしいというかなんというか。

練習はいい感じに進む。
 教えれば教えた分だけ自分のものにしていく唯先輩は、やっぱり凄いと思う。
 ただ……、記憶力がないというか集中力がないというか。
 さすがに「Cってどう押さえるんだっけ」発言には絶句した。

唯「うい~、ごはんまだ~?」

憂「もうちょっとだから我慢して~」

 憂も憂で、二階で会った時とは比較にならないほど上機嫌で料理をしている。
 鼻歌が聞こえてきたかと思えば、それが『ふわふわ時間』だったりして、
 唯先輩と顔を見合わせて微笑んだ。なんだかとても温かい気持ちだ。

 しばらくして夕飯ができ、三人で食卓を囲む。
 泊まらせて欲しいと告げると、憂は嬉しそうに承諾してくれた。

 ごめんね憂。後で怖いイメージがあるなんて一瞬でも思っちゃって、ごめんね。

▼ SIDE 憂

 食事を作り終え、梓ちゃんも交えて三人での夕飯。
 そういえば、軽音部の皆さんが遊びにくることはあったけど、
 梓ちゃん一人で泊まりに来たのは初めてだったかも。

 お姉ちゃん達が部屋に篭っていた間は悶々としていた私だけど、
 二人が下に降りてきてくれて、段々と気分は晴れていった。
 上機嫌になった私は、料理をしながらついつい、
 二人がそこに居ることも忘れて、鼻歌を歌ってしまっていた。
 すぐに気付いて、恥ずかしいなぁ。なんて思っていたら、
 私の歌にあわせるように二人が演奏してくれて、なんだかとっても温かい気分になれた。

食事中も会話は途切れず、お姉ちゃんも梓ちゃんも凄く楽しそう。
 お姉ちゃんの話に爆笑しながら、ふとした違和感に気が付いて
 自分のポケットを弄ると、そこにはお姉ちゃんの下着が入っていた。

憂「台無しだよ……」

 聞こえない程度の声でつぶやいた。


 ▼ SIDE 梓

 夕飯を食べ終わり、唯先輩はごろごろ。憂は後片付け。
 一方的に家事を任されて、憂は嫌じゃないのかなーって思ったこともあるけど、
 決して一方的なんかじゃない。この二人にとってはこれがギブアンドテイクなのだ。
 憂は、唯先輩に癒しをもらっているのだから。

梓「唯せんぱーい」

唯「な~あ~に~?」

梓「呼んでみただけです」

唯「あ~ず~にゃぁん」

梓「なんですかー?」

唯「呼んでみただけだよぅ」

梓「ふふっ」

唯「えへへ~」

 後ろの方で奇声が聞こえた気がするけど、まぁ、気のせいだろう。
 どうせなんだから、もう少しだけマッタリしていよう。

▼ SIDE 憂

 皆さん、聞いたでしょうか?

 ご覧になりましたでしょうか?

 たった今リビングで繰り広げられた光景を!
 まさにマイナスイオン垂れ流し空間!

 あの梓ちゃんが!
 お姉ちゃんのペースで、名前を呼び合って、なんでもないってきゃはぁぁぁっ!!

「……」

 悶えていたらお皿が一枚割れた。

 ▼ SIDE 梓

 このままじゃ私もダメになるなぁ~とか薄っすら思いながら、
 テレビを観たり、ぼーっとしたりで、だらだらすること数時間。
 ていうか、何回か意識飛んだ。 

憂「お姉ちゃん、お風呂沸いたよー」

 そんな声に意識を覚醒させ、憂の淹れてくれたお茶を口に含む。
 ていうか、憂さん。あなた、私が泊まりに来ていても姉優先なのね……。
 いや、別にいいんだけど。

唯「ほいほーい」

梓「……」

唯「あ、そうだ」

梓「どうしたんですか?」

唯「あずにゃん、一緒に入る?」

梓「ブフォーッ!!」

 盛大に吹いた。

唯「ど、どうしたのあずにゃん、大丈夫!?」

梓「けほっ、けほっ」

 やべえ。

梓「だ、大丈夫です。すみません」

 甲斐甲斐しく、布巾で(私の口から)零れたお茶を拭く唯先輩。
 ていうか、それはダメでしょう!?
 合宿行った頃はさておき、今の私じゃ、確実に唯先輩を……
 その、……そういう目で見てしまうだろうから。

唯「ねえねえ、一緒に入ろうよぅ」

梓「だ、ダメですってば!」

唯「どうしても?」

梓「どうしてもです」

唯「ぶー、あずにゃんのけち!」

梓「……なんて言われても入りませんから」

 私は唯先輩から目を逸らし、テレビを観る(振りをする)

唯「……」

 しばらくして唯先輩の声はしなくなった。
 諦めて一人で入りにいったんだろう。

梓「……全く、一緒になんて……恥ずかしいじゃないですか……」

 そう呟きながら視線を戻すと、

唯「……」

 ものすごい変な顔をしている唯先輩が隣にいた。

梓「……」

唯「……」

梓「……ふふっ。なんて顔してんですか」

唯「あずにゃんの負け!」

梓「にらめっこなんてしてませんよ」

唯「敗者にくちなしだよ!」

梓「死人ですからそれ」

唯「罰として一緒に入るのだ!」

梓「いやいやいや」

 いやいやいや。

 いやいやいやいやいやいやいや。


―気が付くと私は脱衣所に居た。

 意思弱えなぁ。

 うーむ。
 流れに呑まれて、ここまで来てしまったけれど。
 どうしても唯先輩の体に目がいってしまう。

 いやいやいや。

 おっさん思考じゃないか私。

 別に、女の子同士でお風呂入るだけなんだから。
 だから、なにも問題ないんだ。

 うん、問題な―ガラッ!

梓「う、うわっ!! びっくりした……」

 脱衣所の扉を開いたのは、憂だった。
 彼女は顔を半分だけ出して、覗き込むようにこちらを見ている。

 怪し過ぎる挙動だ。

唯「どうしたのー、ういー?」

憂「お姉ちゃん……梓ちゃんと一緒に入るの?」

唯「そうだよ?」

憂「そうなんだ」

 露骨に肩を落とす憂。
 なんかもう、嫌な予感しかしない。

唯「憂も一緒に入る?」

憂「いいの!?」

 いやいやいや。
 そのリアクションはおかしいってばよ。
 動揺のあまり語尾が忍者になった。

梓「で、でもほらあれですよ……」

 考えろ。三人が納得する言い訳を考えるんだ私。
 唯先輩と憂が納得できて、かつ私が一緒にお風呂に入らなくてもよくなる言い訳を。
 脳内で精密なコンピュータの如く、次々と0と1の数字が舞い、刹那に計算式がはじき出さ
 れた。

梓「三人だと風呂釜壊れますから」

 考えつく限り最低の言い訳だった。

唯「壊れないよ」
憂「壊れないよ」

 シンクロすんな平沢姉妹。
 そんなことわかってるよ、私だって!


梓「いや、そうじゃなくて。 さすがに三人一緒だと狭いし、唯先輩と憂の二人で入って……」

憂「ダメだよ!!」

 いやいやいや。
 何故怒るのですか。
 唯先輩と一緒に入りたいんじゃないんかい。ないんかい。

憂「お風呂が狭いなら……わ、私が拡張とかするから!」

梓「どうやって!?」

憂「するから!」

 うい は なきそうだ!!

唯「まぁまぁ。それなら憂とあずにゃんの二人で入っ」

憂・梓「それはもっとダメ!!」

唯「ご、ごめんなさい……」


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最終更新:2010年01月04日 02:47