時は流れて日曜日。

律「うわ~、でっけえ……」

澪「ムギ、本当にここでやるのか?」

紬「ええ。安心して、私たち以外には誰も居ないから」

梓「図書館を貸切……。あ、琴吹家私有物だから貸切とはいわないのか」

 巨大な建造物を前に、あからさまに動揺する私。

憂「でも、軽音部じゃない私まで来ちゃってよかったんですか?」

梓「憂がいなかったら、私だけ試験範囲別になっちゃうでしょ」

律「そういうこと。 それに和や憂がいた方が効率あがるしな」

澪「和はまだ来てないみたいだけど……」

唯「ああ、和ちゃんちょっと遅れるらしいから。先にやってて欲しいって」

澪「そっか」

紬「それじゃ、皆あがって」

 個人所有というには、あまりにも多い本棚と書物群を眺めつつ、
 私たちは長方形のテーブルに案内された。
 本当、ムギ先輩のご両親って、何してる人なんだろう。

澪「なるほど。確かにこれなら勉強も捗りそうだなー……って漫画を探すな!」

 ポカッ!

律「なぜバレたし」

 たんこぶを作った律先輩がぼやいた。

 一同が席に着く。
 配置は、左から律先輩、唯先輩、私。対面に澪先輩、和先輩(空席)、憂。
 ムギ先輩は、その中間。律先輩の右手、澪先輩の左手になるように腰掛けた。

紬「さて」

 徐に立ち上がるムギ先輩。

紬「皆聞いて」

律「どうしたんだ?」

紬「ここは図書館なの」

澪「うん、見ればわかるけど……」

紬「図書館で勉強するにあたり、社会では当然のルールが存在します」

梓「走らない、とか、騒がないとか、ですか?」

 ていうか、なぜ敬語?

紬「そうよ梓ちゃん。さすがだわ」

 そんなことで褒められても。
 ムギ先輩が何を言おうとしているのかが分からない。

紬「琴吹家私有図書館で、守らなければならないルールはただ一つ」

唯「ムギちゃんなんかカッコいい」

紬「やん、唯ちゃんたら……」

梓「ルールはどうしたんですか」

紬「あら、いけない。私としたことが」

 ムギ先輩もかわいい人だなぁ。と少しだけ頬が緩んだ。

紬「そう、そのルールというのは――」

 執事らしき人が、図書館の照明を落とし、
 スポットライトがムギ先輩を照らした。
 いらん演出だ。

紬「この図書館では、決して笑ってはいけません」

 ババーン!!
 どこからともなく効果音が鳴り響いた。

 重ねて言おう。

 いらん演出だ。

律「……はぁ?」

憂「笑っては」

梓「いけない……?」

澪「要は静かにしろってことなんじゃないのか?」

紬「違うわ、澪ちゃん。多少騒ぎ立てしてもかまわないの。でも、笑ってはいけない」

唯「笑うと、どうなるの?」

紬「お仕置きが待ってるわ」

律「えー、なんだよそれー」

紬「そう言うと思ったわ。でもね、私もただ厳しいだけのゲームを強いる気はないの」

唯「と、いいますと?」

 合いの手うめえなぁ。

紬「勉強会が終わった段階で、笑った数が一番少ない人には、ご褒美があります」

律「!!」

唯「!!」

 分かりやすい二人が反応した。

紬「一番笑った回数の少ない人が、一番笑った回数が多い人を、一日だけ好きにしてかまわない」

律「!?」
澪「!?」
唯「?」
憂「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 全員、あと約一名が露骨に反応した。

律(自由にしていい、だと? なんて素敵なご褒美なんだ!
私が優勝すれば、澪に付きっ切りで勉強を見てもらうことも、あんな悪戯をすることも……いや。
最下位が澪と決まった訳ではない、か。しかし唯が最下位でも梓が最下位でも、それはそれで……。
となれば、この勝負、負けるわけにはいかない!)


澪(好きにしてかまわないって、どういうこと?
文字通りその人を好きにしてかまわないのかな?
好きに……。律に日ごろできないような、あんなことやこんなことをしてもらうことも……。
いやいやいや、何を考えているんだ私は!!
そして、ダメだ。最下位だけは絶対にダメだっ!!)


唯(好きにしてって言われてもなぁ……。
憂はいつも好き勝手してるし、うーん。
りっちゃんにみんなの前でネタやってもらったり、
澪ちゃんに可愛い服着せたり、あずにゃんに一日猫になってもらったり……あ。意外と楽しいかも!)


憂(お姉ちゃんとセクロス。お姉ちゃんとセクロス。お姉ちゃんとセクロス)

 なんとなく、みんなの心の声が聞こえた気がした。
 憂だけは、眼力というプロテクトが強固で、思考をトレースすることができなかった。
 だが、私とて負けるわけにはいかない。
 唯先輩が最下位になるように調節して、私が一切笑わなければ、ほら!
 そこには私の目指した世界が――。

唯「ムギちゃんは参加しないの?」

紬「私は審判よ。皆の様子をずっと観察しなくてはならない、桃色のお仕事なの」

唯「そっかぁ。 あ、和ちゃんは? このルールまだ知らないんでしょ?」

紬「和さんには、既に連絡済みよ。そろそろ到着するんじゃないかしら」

 照明がつき、ムギ先輩が時計を確認する。
 そして――

紬「それでは、笑ってはいけない勉強会。スタートです」

 決戦の火蓋は切って落とされた。

律「……」

澪「……」

唯「……」

梓「……」

憂「……」

澪「ま、まぁ、ムギから何か仕掛けてくるわけではなさそうだし、普通に勉強するか」

律「そうだな。じゃあ、数学からやろうぜ!」

唯「数学かぁ。私苦手なんだよねー」

憂「がんばって、お姉ちゃん!」

唯「がんばるよー!」

梓「憂、私たちもやろう」

憂「うん、そだね」

 ―――数分後。

澪「だから、そこは、xの共通因数を括って……」

唯「ふむふむ」

律「梓、これは?」

梓「んーと、この円の半径が1として、
  sinθがy、cosθがxになるから……って、なんで私が先輩に教えるんですか!?」

律「かたいこというなよ」

 ガラッ!

紬「あ、いらっしゃい、和さん」



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       ムヘ |ヘ:ゞ二ニニ/. '' \ニニ二ノ,ん!::/|、:{
        ム、_     `川"川 ′  _j/,イ `ヽ  ……。
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律「お、来たみたいだな」

唯「和ちゃんおそ……、うぇ!?」

律「!!」

梓「!!」

 何も言葉を発することなくドアから入ってきた和先輩。
 和先輩といえば、メガネの良く似合う知的なイメージだ。
 メガネの一つをとっても、それは見る人が見れば、お洒落アイテムといえる。
 だから、和先輩だって、メガネを何種類か持っていたとしてもおかしくはないのだ。

 だがしかし。

 和先輩は、鼻眼鏡だった。

 この間、刹那。

 澪先輩と憂は、反対向きの席であるため、即座にダメージを負う事はなかった。

 たかが、鼻眼鏡。

 されど、鼻眼鏡。

 ていうか、何か喋れ。 喋ってください。

和「……」

唯「……」

梓「……」

律「……」

和「……」

唯「……ブフッ!」

紬「唯ちゃん、アウトー」

 やたらとかわいい声で、ムギ先輩がそう宣告すると、
 サングラスをかけた黒服の、早い話がマ○リックスのエージェントだ。
 エージェント数名が勢い良く現れ、唯先輩の両腕を掴み、ムギ先輩の方へと連行する。

唯「えええ、なになに!?」

 エージェントはハリセンを取り出し、ムギ先輩に手渡した。

紬「唯ちゃん、こっちにお尻突き出して」

 言うが早いか、エージェントは唯先輩がムギ先輩の方にお尻を向けるように
 両手を反対側の壁に押し付けて固定した。

 お尻にハリセン……だと?
 おい待て、沢庵。
 貴様、唯先輩になにを――。

紬「いくわよー」

唯「ひぃぃぃ!」

 さわさわ。

唯「ひゃう!?」

律「え?」

憂「おい」

澪「……ムギ、何やってるんだ?」

紬「罰ゲームよ?」

憂「おい」

梓「いや、その手のハリセンにはなんの意味が……」

憂「おい」

律「なんで満足げな顔で唯の尻撫でくりまわしてんだ」

紬「叩くのかわいそうじゃない」

律「……」

憂「おい」

 ここで、ついに私に限界が来た。

梓「く……ふふ……」

紬「あら、梓ちゃん。アウトよ?」

梓「ちょ!いや、だって!!待って待って待って!!」

 だって憂が! 真正面で、憂が!!
 なんか私にしか聞こえない程度の声で「おい」って言い続けてるし!!

 言い訳を聞いてくれる筈もなく、現れるエージェント。
 そして、唯先輩と同様の体勢をとらされる。
 このエージェント達、力すげえ。まるで振りほどけない。

紬「さあ、いくわよ」

 ハリセンを構えるムギ先輩。

梓「いやあああああ」

 さわさわ。

梓「にゃっ!?」

律「……」

澪「やっぱり触るだけなのね」

 セクハラから開放され、私と唯先輩は自分の席へと戻る。
 しかし、戻ったところに、堂々と座っている鼻眼鏡の姿。

唯「!!」
梓「!!」

 私はともかく、唯先輩は正面だからなぁ。
 同情を禁じえない。ていうか、私も堪えるのに割と必死だ。

和「……」

 相変わらず言葉を発しない和先輩。

唯「あ、あのね、和ちゃん」

和「……」

 こくん、と首をかしげる鼻眼鏡。

唯「……」

 ダメです、唯先輩。気持ちは分かりますけど、自殺行為です。
 普段の私なら止めていただろうけれど、
 唯先輩には最下位になって欲しいので、ここはぐっと堪えて。

 がんばれ、鼻眼鏡。

唯「和ちゃん、……それ、外して……欲しいんだけど……」

和「……」

 反対側にこくん、と首をかしげる鼻眼鏡。

唯「……くっ、ふふふ」

紬「唯ちゃん、アウト」

唯「もおぉぉぉ!!馬鹿ぁ!和ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!!」

和「あはは、ごめんごめ……、あ!」

 普通に笑ってるじゃねえか鼻眼鏡。

紬「和ちゃん、アウトー」

 エージェントにより連れて行かれる唯先輩と和先輩。
 唯先輩は二回目のおさわりタイムだ。

唯「ムギちゃん、やっぱりやめよう!? なんかおかしいよコレ!!」

 さわさわ。

唯「やあぁん!」

 羨まし……って、ムギ先輩、まさか最初からこれが目的なんじゃ……。

紬「和さんは……、軽音部ではないし、あんまり無茶できないわね」

 そう言って、ムギ先輩は、和先輩の耳元に「ふうっ」と息を吹きかけた。

和「ひゃっ!?」

 え、それだけ!?

 なんか待遇違くない!?

 軽音部じゃないから!?

 嗚呼、軽音部って恐ろしい!!


 ――さらに数分後。

紬「斉藤、お茶をお願い」

斉「かしこまりました、紬お嬢様」

 しばらくして、執事さんがトレイにティーカップを乗せて戻ってきた。

紬「さぁ、皆。お茶にしましょう」

唯「やったー!」

澪「よかった、とりあえず笑わなくて済んだ……」

 ムギ先輩の手により、各自のテーブルにティーカップが置かれていく中、
 律先輩のテーブルには、缶ビールが置かれた。

律「……」

澪「っ!!」

律「え、いや……」

紬「……」

唯「……」

梓「……」

律「ふふ……なんで、私だけ……」

紬「りっちゃん、アウト!」

律「え、ええ!? 今私笑ったか!? 澪、おい、笑ってないよな私!」

澪「……」

 目を逸らす澪先輩。

律「澪の裏切りものおおお!!」

澪「……知らない」

 律先輩は、エージェントに引っ張られていき、そして

紬「いくわよりっちゃぁん」

律「ええいもう触れ、好きなだけ触れ!」

 スッパーーーン!!

律「痛ってええええ!!」

澪「ぶふぉっ!」

紬「あらあら。澪ちゃん、アウト!」

澪「いや、なんで……ふふ、律だけ……くくく」

紬「じゃあいくわよ、澪ちゃん」

澪「ひっ!」

 澪先輩も唯先輩と私同様、おさわりの刑に処される。
 絶対、人によって待遇変えてるだろあの沢庵。

 ハリセンで叩かれた律先輩は、尻を押さえながら席に戻ると、
 ただでは終わらんとばかりに、唯先輩の方を凝視する。

律「唯」

唯「……」

律「唯、飲む?」

 突き出される缶ビール。

唯「……」

 ぶんぶん!と首を左右に振る唯先輩。

律「澪」

澪「……」

律「飲む?」

澪「……いらない」

 顔を背ける澪先輩。

律「唯」

唯「……」

 ぷしゅ!と、蓋を開けて、缶ビールに口をつける律先輩。

律「あ、これポン酢だ」

 どうやって入れたんだよ。

和「……」

澪「……」

唯「……ふはは」

紬「唯ちゃん?」

唯「……」

紬「唯ちゃん?」

唯「ごめんなさい」

紬「ダメ。アウトー」

唯「うわああああん!!」

 唯先輩、弱いなー。

 ここまでの成績。

 律 1
 澪 1
 唯 3
 憂 0
 梓 1
 和 1



最終更新:2010年01月25日 00:39