唯「347……347……347………あっ、あったぁ!」

和「本当っ!?」

唯「うん。私も合格だね」

和「自分以上に心配したわ…でも、よかった!これで高校も一緒ね」

唯「そうだね」


桜が丘高等学校の合格発表

たくさんの人達が自分の番号を探し食い入るように掲示板に視線を送る

番号があれば天国なければ地獄といったところか

「よっしゃー!合格だぜー!」

「嘘…私の番号ない…」

あっちの笑い跳びはねている子は合格
あっちで顔を覆い泣いている子は不合格

結果は聞かなくても誰もが表情を見れば一目で分かるだろう

しかし、私は違った。
合格という結果に素直に喜ぶことができず、もちろん悲しむ事もできずにいた


唯「むー…」

和「どうしたのよ?唯らしくないわね、もっと喜んでいいのよ」

唯「やったー……こんな感じ?」

和「なんで私確認するのよ」

唯「えへへ…」

和ちゃんと同じ学校へまた通えるのは確かに嬉しい

だけど今はそれよりもこれで行きたくもない学校に3年間も通わなくてはいけなくなった憂鬱…

そして、もう一つ私の犯した罪のせいで心の底から笑うことができなかった

いまひとつ喜べない私をみて和ちゃんが不安そうな顔をする

今は表情だけでも合格を現す笑顔を作っておく
和ちゃんもそれを見て安心したようにに笑ってくれた

和「そうだ!憂ちゃんに報告してあげなさいよ、あの子が1番あんたのこと心配してるだろうし」

唯「そ、そうだね…じゃあ早速」

憂『はいっ!お姉ちゃん!結果どうだったの!?』

唯「電話出るの早いね」

憂『電話くるのずっと待ってたんだもん!それで結果はどうだったの?』


唯「合格だよー」

憂『よかったぁ~…』

唯「そんな心配しなくても大丈夫に決まってるよ~」

憂『そうだね……今日はご馳走にするから楽しみにしててね』

唯「わかった」

そういうと電話は切れてしまった

和「憂ちゃんなんだって?」

唯「今日はご馳走にするって~」

和「よかったじゃない」


和「それにしても心配しなくても大丈夫に決まってるよ~なんて実は自信あったのね」

唯「まぁ…」

和「試験前は高校なんて行きたくない~って大変だったのに…勉強よく頑張ったわね」

そうだ、私は高校なんて行きたくなかった。あの頃もそして今も勉強なんてしたいと思うことはない

私の意思なんて微塵もない教師と両親に決められた進路

高校へ進学したくなかった私は両親に口うるさく言われながらも試験勉強を拒否したまま寒い冬を越えた

そんな私が高校受験に受かることができたのは全部憂のおかげだった

憂が受験勉強をして私と入れかわって入試を受けてくれた


これで受かればお父さんとお母さんに怒られなくて済むね
そう言って憂は笑いかけてくれた

あの時は勉強もせずに高校に受かり親にうるさく言われることもなくなるし、憂も来年受けるから受験勉強も無駄にならない

誰も損をしない名案だと思った

でも違った。受験に落ちて泣く人を見て激しく後悔した
私の個人的な事情のせいで1人の人を悲しませてしまった

私は最も選んでは行けない道を選んだ
そんな自責の念にかられながら私は帰路についた


唯「ただいま」

憂「お姉ちゃんおかえり。ご飯はどうする?」

唯「うーん…食欲ないから今日はいいや」

憂「わかった。お腹空いたらいつでも言ってね」

唯「うん」

もちろんご馳走なんてあるハズがない
私も憂もとても盛大に合格を祝おうなんて気分にはなれない

私は自分の部屋へ行き3年間お世話になった制服を脱ぎ部屋着に着替えてベッドに横になった


何も考えずただ天井を眺める
こんな時間が永遠に続いてくれればどんなにいいことか

だけど時間は限られていて4月になったらもう今のようにボーッとしていられないだろう

窓を開けると日は既に沈み空は私の心を現しているような深い闇に支配されていた

全てを打ち明ければ、まだ引き返す事ができたのに…
私は非難を免れるために打ち明けることはしなかった

部屋に吹き込む冷たい風のように私も冷たい人間になってしまっていた


――――――――――

草木は芽を出し花は開き、春らしい暖かな陽気に包まれた日

今日は入学式だ
鏡の前に立ち桜高の制服を着た自分を眺める

とても似合わないのは当たり前のことだ、私はこの制服に袖を通してはいけない人間なんだから

鏡を見つめ決心する。この3年間しっかりと学校へと通うことを…それが私のできる唯一の罪滅ぼしだと思うから

憂「お姉ちゃーん!和さん迎えにきたよー!」

唯「今いくよー!」


唯「お待たせしやした!おはよう和ちゃん」

和「おはよう。さ、初日から遅刻なんか出来ないんだから早く行くわよ」

唯「はーい」

和「ふふ、今日は晴れてよかったわね」

唯「入学式の日が雨なんて嫌だもんね」

和「本当よね」

唯「和ちゃんと同じクラスだといいなー」

和「きっと一緒のクラスだから心配しなくて大丈夫よ」

唯「和ちゃん分かるの?」

和「なんとなくよ」


まだ慣れない学校への道を確認しながら歩く
学校が近づくにつれて同じ制服を着た人達がまわりに目立つようになる

入試で不正をした私がみんなと同じ道を歩いている事に違和感を感じた

学校に着くと貼り出されたクラス表にたくさんの人が群がっていた

和「すごい人ね…えーと、私の名前は…あった!2組ね」

唯「あった!私も2組だー」

和「一緒のクラスね、これから1年よろしくね唯」

唯「こちらこそ、よろしくねー和ちゃん」


これから自分達が一年間お世話になる教室へと足を踏み入れる

「あっ!和ちゃんに唯ちゃんおはよう」

声をかけてきたのは同じ中学にいた子だった

和「おはよう。高校でも引き続き同じクラスね、よろしく」

唯「おはよ…」

どうしたことか、当たり前のような挨拶が私にはとても気持ちが悪かった
私は自分の席を探し急いで席についた

その様子を和ちゃんは不思議そうに見ていた

和「唯どうしたの?あんたあの子と仲悪かったっけ?」

唯「そんな事ないけど…なんか…分かんない」

不快だった。相手がではなく自分が

ここに存在することが許されない自分が当たり前のように挨拶しているのが酷く不快で吐き気がした

和「大丈夫?どこか具合とか悪いの?」

唯「ううん、大丈夫だよぉ」

笑顔で答えたつもりだが、うまく笑えていたか分からない

それからの事は正直よく覚えていない
入学式での事、教室での事、帰り道での事…
気がつけば私はまた自室のベッドの上だった


今夜の夕飯はカレーライス。食卓について初めてその香りに気がついた

唯憂「いただきまーす」

カレーを口に運んだ後にライスを口に運ぶ
いつもは美味しい憂の手料理も疲れているからか、今日は味気なく感じた

憂「美味しい?」

唯「うん!美味しいよー!憂は料理の天才だね!」

憂「そう……」

心なしか憂の表情が曇ったような気がした

私が間違ったことを言ったのか、それとも私の気分が沈んでいるからかな?


唯「そうだ!あのね、和ちゃんと同じクラスだったんだよー」

憂「あ、そうなんだ!よかったね」

唯「うん!クラスに知ってる人がいないと寂しいからねー助かったよ」

私を学校に入れてくれた憂の前では絶対に暗い表情は見せられないと私は無理をして明るく振る舞って見せると憂は笑ってくれた

そして最後まで味気なかったカレーを食べ終わるとその日は早々に眠りについた


――――――――――

それから2週間辛い日々が続いた

学校で授業、休み時間を普通に過ごしてることに罪悪感を感じ

クラスメートと交わす挨拶や何気ない優しい言葉が鋭い刃となって今の私の心に突き刺さる

あまりの辛さに私は授業を抜け出し屋上へと来ていた

唯「ここはどこなんだろう?」

私は青く晴れた空に問い掛けると涙が零れた

何の変哲もない日常が私には地獄のようでまるで生きた心地がしなかった

唯(ここから飛び降りれば楽になれるんだよね…)

そう思った時、後ろから私を呼ぶ声がした

和「こんな所にいたのね、いないから捜したのよ」

唯「あ…」

和「なんか悩みでもあるの?」

唯「和ちゃん……」

和「どうしたの?暗い顔して唯らしくないわよ、ほら悩みがあるならなんでも言ってみなさい」

そんな和ちゃんの優しさも今は痛かった…その優しさは本当の私に向けられた言葉じゃないから

でも、少し温かかった気がした

和ちゃんはなんだか太陽みたいだった
授業を抜けてまで暗く沈む私を捜して照らしてくれる

唯「こんな私でも学校に来ることを許してくれる?」

和「何言ってるのよ、いいに決まってるじゃない」

唯「そう…だよね」

和「そうよ、唯が学校来ちゃいけない理由なんてある訳ないでしょ?」

そうなんだ、今の私は学校に来ていいんだ
嘘の私だってこのまま突き通せば本当の私になる

そう思えば今は辛い学校も時間がたてば慣れて楽しくなるかもしれないし
そして、なにより和ちゃんともっと一緒にいたかった



その日は和ちゃんと2人一緒に帰ることにした

学校を出て校門の辺りまで来る

すると前の方から1人の女子生徒が風のようにこちらへ走ってきた

律「うおーっ!確保ぉっ!」

唯「へっ?なになに?」

律「もうちまちまビラ配りなんてやってらんないぜ!あなたこの時間に下校してるって事は部活入ってないよね?」

唯「え、えぇ…」

律「軽音部に入りませんか?未経験者大歓迎で今なら毎日お菓子付きで…いだぁっ!」

突然飛んできた裏拳がカチューシャの子の顔をとらえた

澪「強引に勧誘するな」


紬「りっちゃん大丈夫?」

澪「ごめんな、強引な勧誘して…4月のうちにあと1人入らないと廃部だから焦っててさ。よかったらこれ」

そう言って黒髪の女の子はビラを渡すとほかの2人とまたビラ配りへと戻って行った

和「なんだったのかしら…」

唯「なんか一瞬の出来事で圧倒されちゃったね」

和「軽音部って言ってたわね」

唯「うん、私だけじゃなくて和ちゃんも勧誘すればいいのにね」

和「そうね」


帰り道いつものように会話がすることはできなかったが、和ちゃんは黙って隣を歩いてくれた

別れ道まで来る。私は右へ、和ちゃんは真っすぐ行く

もっと一緒にいたくて立ち止まっている私に和ちゃんは一言こう言ってくれた


また明日。

それは私がまた明日も今のまま生きていていていいという免罪符だった

唯「うん、また明日ね」

そう言うと安心して歩き出すことができた


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最終更新:2010年04月07日 21:05