「お姉ちゃん朝だよ、起きて!」

唯「う~ん…あと少しだけ寝かせて…」

「ダメだよ!学校に遅刻しちゃうよ!」

唯「あと五分…」

「ダメだってお姉ちゃん!早く起き…」

ジリリリリリリリリリリ!

唯「……っは!?」

唯「…夢か」

懐かしい夢を見た。これは私がまだ高校生の頃の夢。
そういえば憂は元気かな?

ジリリリリリリリリリリ!

唯「はいはい起きてますよっと…」ピッ

大学を卒業した私は、地元を離れて別の街で一人暮らしをしていた。
別に地元から離れたかった訳じゃないけど、都会に憧れてなかったと言えば嘘になる。
そこで適当な職を見つけて現在に至るという訳だ。

社員A「平沢さん、この資料まとめといて」

唯「はい、わかりました」

社員B「平沢さん、それが終わったらこっちも宜しく」

唯「はい、わかりました!」

社員C「平沢さーん!こっちもー!」

唯「はい!わかりました!」

適当に就いた仕事だが、どうやら私にはあっていたみたいで毎日が忙しい。
私はもっとこう…楽な生き方を目指してたのに…。


がちゃっ

唯「ただいまー」

唯「……」

当然返事が返ってくる事はない。
それでも私はこれを一度も欠かしたことがなかった。

唯「…ご飯でも食べよう」

私は手にぶら下げていた袋からコンビニ弁当を取り出した。
私の大好きなハンバーグ弁当だ。最近はこればかり食べている。

唯「いただきまーす」

唯「もぐもぐ…」

唯「…美味しいなぁ」

プルルルルルル プルルルルルル

私がぼーっとご飯を食べていると電話が鳴りだした。
だれだろうこんな時間に?

唯「はいもしもし平沢です」

「あ、お姉ちゃん久しぶり!」

唯「憂!久しぶり~、元気だった?」

「元気だよ!お姉ちゃんは?」

唯「元気でやってるよ」

「そっか、ご飯はちゃんと食べてる?」

唯「食べてるよ、心配しないで」

「自分で作って?コンビニ弁当は体に悪いよ」

唯「大丈夫だって、ちゃんと自分で作ってる」

「…本当に?」

…憂は変なところで鋭い。
でも憂を心配させちゃ悪いと思った私は、嘘を貫き通すことにした。

唯「本当だよ、憂は心配性だなぁ」

「だって…お姉ちゃんのことが心配なんだもん」

憂の声に元気がなくなった。
それだけ私を心配してくれている証拠だろう。やっぱり憂は優しいなぁ。

唯「大丈夫だよ、何年一人暮らししてると思ってるの?」

「…そうだよね、ねえお姉ちゃん」

唯「ん?なぁに?」

「…寂しくない?」

唯「え?」

「なんだか今日のお姉ちゃん元気ないよ?」

唯「そ、そうかな?」

自分ではそんな気がしない。
確かに全く寂しくないと言ったら嘘になるけど…
それももう慣れた。

「そっちで何かあった?」

唯「いつも通りだよ、何もないよ」

「…それならいいんだけど」

唯「あはは…憂は相変らずだなぁ」

「そうだ、次はいつ帰ってくるの?またお正月?」

唯「そうだなぁ…仕事が忙しいからね」

「…そうなんだ、ねえお姉ちゃん、私はやっぱり寂しいよ」

唯「え?」

私は驚いた。
一人暮らしをしてから憂とは、何度も連絡を取り合っているけど寂しいなんて言うのはこれが初めてだったから。

「お姉ちゃんはどう?やっぱり寂しくない?」

唯「私は…少しは寂しいけど…」

「本当に少しだけ?」

憂は私をやたらと疑う。
確かに少しは寂しいけど、もうこの環境にも慣れた筈だ。

唯「……」

…それなのに、どうして否定できないんだろう。

「…やっぱりお姉ちゃんも寂しいんだね」

唯「……」

「お姉ちゃん、少し無理してない?」

「仕事が大事なのも分かるけど、たまには帰っておいでよ」

唯「…うん」

「みんな待ってるよ、お姉ちゃんのこと」

唯「みんな…?」

「うん、みんなだよ」

唯「…わかった、ありがとう憂」

私はこの時の憂の言っている「みんな」が誰のことなのか分からなかった。


その日の夜、私は夢を見た。どんな夢だったかは覚えていない。
ただ、とても懐かしい夢だった。

唯起きろ!遅刻だぞ!」

唯「うーん…もう少し…」

「あらあら…全く起きないわねぇ」

「先輩!帰りの電車に間に合わなくなってしまいますよ!」

唯「わかってるよぉ…でもあと少し…」

「はぁ…ダメだなこりゃ…」

「こいつは全く…唯!早く起きろ!ゆ…」

プルルルルルルルル プルルルルルルルル

唯「……っは!?」

唯「……夢か…ふあああ…」


私はいつもより大きなあくびをした。
眠い…昨日憂と遅くまで長電話してたせいかな?

プルルルルルルルル プルルルルルルルル

唯「はいはい起きてますよっと」ピッ

プルルルルルルルル プルルルルルルルル

唯「…あれ?なんで鳴りやまないの?」

私は依然として鳴り続けている目覚まし時計に目を向けた。

唯「……ん?10時…?」

プルルルルルルルル プルルルルルルルル

…今やっと理解した。この音は電話が鳴る音だ。

唯「……まずい」

私はあわてて受話器をとる。恐らくこの電話の相手は…

唯「…はい平沢です」

「…おはよう平沢さん」

唯「…おはようございます」

…上司だ。


「平沢さんが寝坊なんて珍しいわね」

唯「すみません…」キッ

私は目覚まし時計を睨みつけた。
何故鳴らなかった私の相棒。この数年間お前は私を裏切らなかったじゃないか。

「~~で平沢さんはいつも~」

…あれ?その前に昨日セットしたっけ?

「~~だから今回は特別に」

…した覚えがない。なら悪いのは私か…ごめんね目覚ましー太。

「いい?平沢さん」

唯「ごめんね目覚ましー太…」

「…は?」

唯「…え?」

「話を聞いてなかったの?」

唯「す、すみません!」

考え事をしていて全く聞いていなかった…。
ここら辺は昔から何も変わってないや。

「だから…今日は休んでもいいわよ」

唯「…えっ?どうしてですか?」

「あなたはいつも頑張ってるもの。たまにはお休みしたっていいと思うわ」

まさかこんなことを言われるなんて。
周りが私をこんなに評価してくれていることに驚いた。

唯「…本当にいいんですか?」

「いいのよ、風邪を引いたってことにしておくから。そのかわり明日からしっかり頑張ってね」

唯「は、はい!ありがとうございます!」

「ふふっ 今日はしっかり休んで疲れをとりなさい」

その日、私は初めて会社をずる休み?した。

唯「ふぅ…休んだのはいいけど何をしようかな」

特にやることもなかった私は部屋一面を見渡した。
そこで気がついたことがある。

唯「…私の部屋ってこんなに汚かったっけ?」

床にはコンビニ弁当の容器やティッシュなどが散らばっていた。
そういやいつも捨てるのがめんどくさくてそこら辺に捨ててたんだっけ…
それで暇なときに片づけようって…。
なら今日がその暇なときじゃないか。

唯「……よし!やろう!」

今日を逃したら次はいつになるか分からない。
私はこの部屋がごみまみれになる前に片づけてしまうことにした。

――――――――――

唯「ふぅ…やっと片付いた」

私は最後のゴミをゴミ袋にいれ、部屋を見渡した。
なんだ私、やればできるじゃないか。
まるで新しいマンションに引っ越してきたみたい。

…いや、それは言い過ぎか。なぜならまだ掃除機をかけていない。
それをしてから、初めてこの部屋は綺麗になったと言えるんだ。

唯「…よし!もうひと踏ん張り!」

私は掃除機を探す為、普段開けることのないクローゼットの中を物色した。
それだけ掃除を怠っていた証拠だ。すごく埃っぽい…。
その中で私はとても懐かしいものを発見することになる。それは

唯「…ギー太」

埃まみれになったギー太だった。

高校を卒業した私は、大学で音楽のサークルに入ったものの、徐々にギターを弾かなくなった。
それはHTT時代があまりにも楽しすぎた為、サークルに物足りなさを感じたからだ。
勿論大学が楽しくなかった訳じゃないけど、それでもあの頃が一番楽しかった。

唯「懐かしいなぁ…」

私は埃まみれのギー太を優しく抱きしめた。
服に埃がつこうが関係ない、こんなにも大事な私の相棒をずっとほったらかしにしてたんだ。
これはその償い。

唯「なにか弾いてみようかな…」

でも、今の私に何か弾けるのだろうか。もう十年近くもギー太に触っていないのに。

ジャジャーン!

それでも指は覚えていた。思いつくままに弦を弾く。そう…この曲は、

唯「ふわふわタ~イム♪」

唯「…やった!できた!嬉しいなぁ♪」

…嬉しい?私はこの感情を久しぶりに感じた。
高校時代には良く感じていたのに、この感情はいつの間にどこに消えていたのだろう。

まだ何かないか。私はさらにクローゼットを漁る。
今感じたあの思いをもう一度感じたい、それだけの理由で。
…あれ?なにか目的が変わっている様な…?まぁいいか。

そこで私は一冊の古い本を見つける。これもギー太と一緒で実家から持ってきたものだ。
ぼろぼろになったその本は、それだけで高校時代のものだと分かる。
私は本の表紙を見た。そこには懐かしい友の字でこう書かれていた。

唯「桜高軽音部卒業アルバム…」

はらり…と表紙をめくる。そこには古き仲間達の眩しいばかりの笑顔が写りこんでいた。

唯「うわぁ…懐かしいなぁ…」

一枚目の写真を見る。みんながこちらを見てピースをしている写真だ。

金髪で眉に沢庵がついている女の子がムギちゃん。いつもおっとりぽわぽわした子。

黒髪のツリ目な女の子が澪ちゃん。本当は怖いものが苦手で少し繊細な子。

右下でおでこしか写っていない女の子がりっちゃん。いつも元気いっぱいな軽音部の部長。

そして、真中でぎこちなくピースしているのが私。

唯「はは…この頃はどうなるのか不安だったなぁ」

次の写真に目をやる。私がギー太を持ってその横に仲間達が並んでいる写真だ。
その中の私は笑っていた。これからのことに胸を膨らませている顔だ。

唯「……」

昔の私は今の私にはないものを持っていた。今の私にこんな顔ができるだろうか?

それから、ぱらぱらとページをめくる。
合宿の写真、初ライブ後の写真、クリスマス会の写真、後輩が入部した時の写真、
どれも懐かしいものばかりだ。

唯「あ…」

ぱらぱらとめくっていく中、私はあの三年間で一番輝いていた頃の写真を見つけた。
思わず声が漏れてしまう。それだけ美しかったあの頃の一枚。

そこには、部室でギターを弾く私とあずにゃんの姿が写っていた。

……

澪「…もう少しで私達も卒業だな」

律「何言ってんだよ、あと4カ月近くもあるだろ」

澪「もう、だよ」

梓「今年は部員一人も入りませんでしたし、先輩達が卒業したらこの部はどうなるんでしょうか…?」

律「心配するなって!何とかなるよ」

梓「なんとかって…」

紬「まぁまぁ♪それよりお茶が入ったわよ」

律「おぉ!サンキュームギ!」

紬「はいどうぞ唯ちゃん」

唯「……」

紬「…唯ちゃん?」

唯「…え?あ、あぁ!どうもありがとう!」

律「どうした?なんか元気ないなぁ」

唯「そ、そんなことないよ?」

澪「何か悩みごとか?」

紬「まぁ…私達になんでも相談してね?」

唯「大丈夫だよ、悩みなんてないよ!」

…本当はすごく悩んでいた。みんなが心配してくれるのはとても嬉しい。
でも、この悩みは誰にも話せない。特にムギちゃんには…

紬「それならいいけど…何かあった時はすぐに言ってね?」ズイ

唯「うっ…うん(顔が近いよぉ…)」ドキドキ

…だって、私はムギちゃんが好きなんだもん。
こんなの気持ち悪いよね…誰にも話せないよ…。

梓「……」

帰り道、私はいつものように仲間たちと歩いていた。
この頃にはもうすっかり秋で、北風が残された時間が少ないのを私達に告げているようだった。

律「さびー!もうすっかり秋だなぁ」

澪「だから言ったろ?それだけ卒業する日が近いってことだ」

梓「そうですね…」

律「なんだ梓、寂しいのか?」

梓「…そうです、寂しいですよ」

澪「梓…そうだ!」

カシャッ!

梓「えっ?ちょ、ちょっと!撮らないで下さいよ!」

澪「いいからいいから、これも思い出だよ」

律「そうだぞ!澪、ナイス!」グッ!

澪「おう!」グッ!

二人はお互いに親指を立てあう。幼馴染の二人だけど、この軽音部に入部してからの三年間という月日が、更に二人の絆を深めたんだろう。
少し羨ましい。


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最終更新:2010年01月22日 17:22