梓「まったくもう…」
律「それじゃ、私達はここで!」
唯「うん、ばいば~い!」
りっちゃんと澪ちゃんとムギちゃんの三人が別々の方向に歩いていく。
私はその中でもムギちゃんの背中だけを見つめていた。
唯「はぁ…」
私はため息をついた。どうしてこんなにもムギちゃんのことが好きなのだろう。
この恋は叶う筈がない、それは分かっているのに…。
唯「はぁ…」
もう一度ため息をついた。それは秋の風に溶けて、まるで秋までもが私に諦めろと言っているようだった。
梓「…さっきからため息ばかりついてどうしたんですか?」
唯「…え?きゃああああ!?」
梓「うわっ!?びっくりした…」
唯「あ、あずにゃん?帰った筈じゃ…?」
梓「ちょっと憂に用事がありまして…一緒に行きましょう」
唯「…そうだね、いいよ!」
――――――
とことこ
唯「……」
梓「……」
私達は何の会話もすることなく、私の家へと歩いていた。
いつもなら何か喋るのに、今日はなぜか喋る気がしなかった。
唯「……」
梓「……」
何か喋った方がいいかな?
そう思っているとあずにゃんの方から口を開いた。
梓「…先輩、手つないでもいいですか?」
唯「え?どうしたの急に?」
梓「た、ただ手が冷たいからです!…だめですか?」
唯「確かに冷たいよね…よし、なら繋ごうかあずにゃん!」
梓「ほ、ほんとですか!?」ぱぁぁ
あずにゃんの顔がいっきに明るくなる。
そんなに手が冷たかったのかな?やっぱりあずにゃんは可愛いなぁ…。
唯「えへへ♪」
梓「? どうしたんですか急に」
唯「いや~あずにゃんは可愛いなぁと思ってね♪」
梓「なっ!?か、かわいい!?」ボン!
今度はあずにゃんの顔が真っ赤になる。熱いのかな?
唯「? どうしたの?」
梓「い、いやなんでもありません!それより手を出して下さい」
唯「はい」
私が手を差し出すと、あずにゃんは優しく私の手を握った。
そして互いに手を握ったまま、私達は並んで歩く。
梓「……」
唯「……」
その間、私達は一言も喋らなかった。でもこれはさっきまでの沈黙とは違う。
お互いに手を繋いでるから、そこに言葉など要らないと思ったから。
…まるで私達は恋人同士みたい。
唯「……」
梓「……」
しばらくしても私達は一言も喋らなかった。この時あずにゃんはどう思っていたのかな?
私は、この手がもしムギちゃんならって思っていたんだ。
それなら私達は恋人同士になれたのに…そう思っていたんだよ。
最低だよね。
しばらく続いた沈黙も、あずにゃんの一言で終わりを告げた。
梓「…つきましたね」
唯「…うん、そうだね」
それでも互いに手を離さない二人。
それはお互いの思いがそうさせるから。この時に気づいてあげればよかった。
梓「…そろそろ手を離しましょうか」
唯「あ…そうだね」
唯「ただいまー」
憂「お帰りお姉ちゃん…と、梓ちゃん?」
梓「お邪魔します」
唯「なんかあずにゃんが憂に用事があるんだって」
憂「そうなんだ、どうしたの梓ちゃん」
梓「え…?あ、なんだったっけなぁ?忘れちゃったよ」
憂「? 何か大事なこと?」
梓「い、いや~そんな大事なことでもなかったような…」
梓「明日までに思い出すね!それじゃお邪魔しました!」
憂「あっ、梓ちゃん!」
唯「あずにゃんどうしたんだろう?」
憂「さぁ…?」
その日の夜、私は部屋であずにゃんと手を繋いだことを思い出していた。
唯「はぁ…あずにゃんの手暖かかったなぁ」
いや、正確にはムギちゃんと手を繋いだことを思い出していた。
唯「また繋ぎたいなぁ…」
私は自分の手をぎゅっと握った。
そこにムギちゃんの温もりがまだ残っている様な気がして。
でも、この温もりはあずにゃんのだ。…それは分かっているんだけど…
唯「…なんだか切ない」
私は布団にもぐりこんだ。
秋は恋を切なくする、もう残された時間は少ない。この恋ははたして実るのだろうか?
そんなことを考えながら…
―次の日
律「それじゃ、今日も練習するか!」
澪「それはいいけど…お前勉強の方は大丈夫なのか?」
律「大丈夫だよ!ちゃんと家でやってるからさ!」
澪「ならいいけどさ…私と同じ大学に行くんだよな?」
律「だからその為に勉強してんじゃん」
澪「…そうか、そうだよな!」
律「おう!」
紬「あらあら♪二人は仲良しね」
唯「……」
梓「……」
私はムギちゃんをずっと見ていた。
昨日の一件以来私はムギちゃんをさらに意識してしまう様になったから。
ムギちゃんは私のことどう思ってるのかな…?
紬「…あら?」
唯「…!」
ムギちゃんは私の視線に気がついたようで、こちらをちらりと見た。
どうしよう…!まともに目も合わせられないよ…!
私は目を反らしてしまった。
紬「あらあら…大丈夫よ」
何が大丈夫なんだろう。ムギちゃんはたまによくわからない。
紬「唯ちゃんも梓ちゃんも二人に負けないくらい仲良しだから♪」
唯「え…?」
梓「…!」
律「まぁ確かにな、二人は仲いいよなぁ」
澪「梓が入部した時からずっとだしな」
確かに私とあずにゃんは仲がいいよ。
でも私が本当に仲良くしたいのはムギちゃんなんだよ?
紬「えぇ♪本当に羨ましいくらい仲がいいわよね」
だからやめてよ…ムギちゃんまでそんなこと言わないで…
律「もしかして付き合ってたりしてな!」
澪「馬鹿かお前は…でもお似合いだよな」
紬「えぇ、本当にお似合いよ二人とも♪」
もう…止めてよ…
唯「……」ポロポロ
律「…唯?」
澪「ご、ごめん唯!からかいすぎたよ!」
紬「ごめんなさい…馬鹿にしてるつもりじゃ…」
梓「…とりあえず今日の練習は無しにしましょう、皆さん帰ってください」
澪「え…?でも唯は?」
梓「私がどうにかします」
紬「でも…唯ちゃんを傷つけたのは私達だし…」
梓「いいですから、私を信じてください」
律「……わかった、唯!ホントごめんな!」
紬「それじゃ梓ちゃん、お願いね…」
梓「はい」
唯「……」
梓「…さて、みなさん帰りましたね」
唯「……」
梓「先輩、ギー太を持って下さい」
唯「…え?どうして?」
梓「弾くからに決まってるじゃないですか」
私にはあずにゃんの考えてることがわからなかった。
それに、こんな気分でギー太なんて弾きたくないよ…
梓「…はい、ちゃんと持って下さい」
あずにゃんが私にギー太を手渡してきた。
私はギー太を持つ手に力が入らず、思わず落としてしまいそうになる。
でも、そんなギー太をあずにゃんはしっかり受け止めてくれた。
梓「おっと…しっかりして下さいよ、大事な相棒に傷が付いたらどうするんですか?」
あずにゃんが私に優しく微笑みかけてくる。それを見て私は気がついた。
そうか…あずにゃんは私の落ちていく気持ちを受け止めようとしてくれているんだ。
なんの為にギターを弾くのかはわからないけど、私はこの優しさに答えなきゃ…
唯「…わかった、ギー太を弾くよ」
梓「やっとその気になってくれましたか」
唯「でも何の曲を弾くの?」
梓「それは勿論「ふわふわ時間」ですよ」
唯「わかった、それじゃ…」
ジャカジャカーン
唯「キミを見てると…」
部室に優しい弦の音と私とあずにゃんの歌声が響く。
この歌はまるで今の私を歌っているみたい…心の中でそう思った。
今の私はどんな顔をしているのだろう。あずにゃんの優しさに応えられているのかな?
梓「あ~あ~カミサマお願い…」
でも、この時のあずにゃんはとても悲しい顔をしていた。
私は、自分が優しさに応えられなかったせいだと思っていた。
唯「ふわふわタ~イム♪」
梓「ふわふわタ~イム♪」
ジャーン!
唯「……」
梓「……」
曲が終わった後、部室が沈黙に包まれた。
私はこの沈黙が嫌で、あずにゃんと手を繋ぎたくて手をもじもじさせていた。
でもあずにゃんは、そんな私の手をちらっと見て口を開いた。
梓「…わかりましたよ、先輩には好きな人がいますね」
唯「え…?」
唯「どうしてそう思うの?」
梓「一緒にギターを弾けば分かります。楽器にはその人の気持ちが宿りますから」
唯「そ、そうなの…?」
私もギターを三年近くやってるけどそんなのわからないよ。
ならムギちゃんの気持ちも分かるのかな?
梓「…あと、その顔ですね」
唯「え?どんな顔してた?」
梓「とても分かりやすい顔です」
唯「そうなんだ…」
昔から顔に出るとはよく言われたけど…そんなに出やすいなら気をつけよう。
唯「…でも私にはあずにゃんの気持ちがわからなかったよ」
梓「…そうですか、ならもう一度弾いてみましょう」
この時、あずにゃんは演奏中と同じ悲しい顔を一瞬したのを私は見逃さなかった。
ジャカジャーン!
私達「ふわふわ時間」をもう一度演奏した。
今度はあずにゃんの気持ちがわかるようにと、その音、その表情に注目していたが、注目すればするほどに…
唯「いーつもがんば~る♪」
梓「いーつもがんば~る♪」
…なんて悲しい表情をしているんだろう。まるで今にも泣きだしてしまいそうな…そんな顔をしていた。
まるで私と同じだ…あずにゃんも誰か好きな人がいるのかもしれない、そう思えた。
ジャーン!
梓「…どうです?わかりましたか?」
唯「うん、 少しだけ…」
梓「そうですか。では私は何を想っていましたか?」
唯「それは…あずにゃんも私と同じで好きな人がいるんじゃない?」
梓「どうしてそう思いましたか?」
唯「だって…私と同じなんだもん」
梓「…合格ですよ唯先輩。そうです、私にも好きな人がいます」
梓「でもそれは…決して叶うことのない恋」
唯「そうなんだ…なら私と同じだね」
梓「そうですね、あと先輩の好きな人ってムギ先輩ですよね?」
唯「…え?えぇっ!?どうして分かったの!?」
まさかこれも楽器の力?だとしたらなんてギー太はお喋りなんだろう…
梓「…あははははは!!!先輩は分かりやすすぎです!」
唯「うぅ…どうして分かったの?」
梓「ギー太が教えてくれたからですよ」
…やっぱりギー太はお喋りだ。
唯「ならあずにゃんの好きな人は?」
梓「それは教えられません、いつか私のギターに聞いてみてください」
唯「もう!意地悪!」
梓「あはははは!」
唯「えへへ♪」
気が付けば私は笑っていた。
どうやらあずにゃんに救われたみたい。私はこんな先輩思いの後輩をもって幸せ者だよ。
梓「先輩、私先輩のこと応援します」
唯「応援って…私は無理だよ、この恋は叶いっこない…」
梓「大丈夫ですって、私達が絶対何とかしますから」
唯「あずにゃん…ありがとう、気持ちだけでも嬉しいよ」
梓「…先輩、手を出して下さい」
唯「? はい」
私が手を差し出すと、あずにゃんは私の手を握った。
あの日とは違う、今度はとても力強く。
梓「私の知っている唯先輩は、一つのことに一生懸命で、やってもいないのに諦めたりするような人じゃないです……」
唯「……」
梓「だから頑張ってみましょうよ。必ず成功しますから…ね?」
あずにゃんのその表情は、さっきまでとは違うとても明るいものだった。
その表情のお陰で、私は救われたんだね。ありがとう、あずにゃん。
唯「…うん!私頑張るね!」
梓「そのいきです、頑張りましょう!」
唯「うん!」
私とあずにゃんはお互いに手を強く握りあう。
その手はムギちゃんのものじゃない、あずにゃんのものだった。
梓「…さて、私達も頑張りましょうね。律先輩、澪先輩」
ギクッ!
梓「気づいてないとでも思ってたんですか?」
がちゃっ
部室のドアが開く。
そこにはカメラをもったりっちゃんと澪ちゃんが立っていた。
…って、え?二人ともいつからそこにいたの?
唯「…もしかして、今の話聞いてた?」
律「い、いやっ!?私達はたまたま部室の前を…なぁ澪!?」
澪「…え?お、おぉそうだよ唯!立ち聞きなんてしてないよ!」
流石の鈍い私にもばればれだよ二人とも…
唯「…聞いてたんだ」
律澪「………ごめんなさい」
最終更新:2010年01月22日 17:30