♪食器洗い!

とりあえず、いきなりご飯を作れと言うのはさすがにお姉ちゃんでなくとも難しい
と思うので、順を追ってまずは食器洗いからすることにしました。

唯「うい~、いくらわたしでも食器洗いくらいはできるよ~ほらほら」

憂「さすがお姉ちゃん!」

唯「洗って~流して~ふきふき~」

憂「いいカンジだね」

唯「余裕のよっちゃんだよ~洗って~ま~たふきふき~」

憂「…………」

唯「~~~~~~~♪」

憂「お姉ちゃん……」

唯「んん?何~?」

憂「とりあえず食器洗ってそのつど流して拭いてたら、効率悪いから全部洗って
流してからまとめて拭いたほうがいいよ」

唯「おお!さすが憂!」

憂「ちなみにタワシはこびりついた汚れをとる時以外は使っちゃダメだよ。
傷がついちゃうからね」

唯「なーるへそ」

憂「それと油ものを後回しにして洗おうね。洗剤を無駄に使わなくて済むよ。
あと、お湯を使ったほうが汚れを落としやすいからね」

唯「さすが憂~!

憂「…………」

どうも道のりは私の予想よりも長いみたいです。



♪お洗濯!

憂「お風呂に入ったことだし次は洗濯だね」

唯「まかせなさい!ほれほれほれーい」

憂「お姉ちゃん洗剤入れすぎっ!めっ!

唯「あうう~調子に乗りました」

憂「量は適切に!」

唯「エコだねっ」

唯「そういえば我が家には色んなハンガーがあるね」

憂「たぶんどの家にもハンガーは何種類かあると思うよ」

唯「まあいいや。さっさと干しちゃおー」

憂「お姉ちゃん、きちんとシワは伸ばさなきゃダメだよ。こうパンパンって。
そろと洗濯バサミできちんと型崩れしないようにね」

唯「おっけ~」

憂「ちなみに今は冬だからストーブをかけておくこと」

唯「洗濯物を乾かしやすくするんだねっ」

憂「うん。それにこうしておくことで乾燥予防にもなるしね」

唯「へえー」

憂「最後に冬はカッターシャツの袖口とから渇きにくいから、こうやってもう
一個のハンガーの方に袖をかけておくと渇きやすくなるよ」

唯「うぉんだふぉー!?」


唯「憂せんせーしつもーん」

憂「何かなお姉ちゃん?」

唯「冬になるといつもなんで窓の溝のところにわたしや憂の使えなくなった靴下とかを
挟んで置いてあるの?」

憂「あれはね、冬になると窓に結露によって水滴がつくでしょ?」

唯「ケツロってなに?」

憂「結露っていうのは空気中の水分が冷たい窓の表面に触れることで水滴になって
くっついちゃう現象のことだよ」

唯「ふんふん」

憂「それでそういう水分が溝に溜まったりするとカビの原因になるから、事前に
靴下とかを置いといて、水滴が溜まらないようにしてるんだ」

唯「じゃあわたしの要らなくなったパンツとかタイツもあげるよ」

憂「パンツにはまた違う用途があるんだよ」

唯「どんな?」

憂「ひみつ」

唯「じゃあついでにもう一個質問。今日のごはんのメニューにから揚げがあったけど、
なんで使った後のフライパンに週間少年ジャンプが刺してあった?」

憂「一応わかってると思うけど載せてあるだけだからね。ああしておくと油を吸って
くれるから便利なんだよ。一時期はこの油吸い取るためだけにガンガン買ってたけど、
月刊だから結局やめたんだ」

唯「使えるものはなんでも使うなんて、憂は主婦のかがみだねっ」

憂「ちなみにこの油取りの方法は「伊藤家の食卓」で知ったんだ。まあ、日本人は
勿体ない主義だしね。本当かどうかは知らないけど勿体ないって言葉は日本にしか
ないんだって」



♪おやすみ!

唯「憂、アドバイスある?」

憂「普通に寝ていいよ」

唯「じゃあおやすみ~」

憂「おやすみ。明日も頑張ろうね」

唯「あいあいまむ!」


とりあえず、一日目は無事に終わりました。





♪また別の日・早朝!

唯「憂は朝は絶対カフェオレだよね?」

珍しく早起きしたお姉ちゃんが、トマトとチーズとシーチキンのホットサンドを
頬張りながら私に尋ねました。

憂「うん、なぜかこれ飲まないとエンジンかからないから」

本当はブラックの方がより好みなんですが、空っぽの胃にコーヒーはあまり
よろしくないようなのでやむなく朝は毎回カフェオレにしています。

ちなみにお姉ちゃんは朝っぱらから季節に関係なくキンキンに冷やした牛乳を
おいしそうに毎日飲みます。

唯「いってきまーす」

憂「いってきます」


恒例の挨拶を済ませて私たち姉妹は今日も今日とて学校に向かうのでした。



♪学校・昼休み

梓「へえ、唯先輩が家事を手伝ってるんだ」

憂「うん、って言ってもまだまだ道のりは長そうだけどね。でもやる気はあるから教える側
としてはすごくやりがいがあるかな」

純「唯先輩って家だとどんな感じなの?」

憂「盛りのついた猫みたいに床やそこら中をごろごろしてるよ。これがまた
とってもかわいいんだ」

梓「憂は相変わらずだね」

純「そうそう猫と言えば最近家の猫が……」

純ちゃんが両目を輝かせて、猫について語りだしました。




♪放課後・音楽準備室!

今朝、私はお姉ちゃんに放課後におつかいに行ってもらうように頼んでいました。
おつかいと言ってもおやつを買いに行ってもらうだけなんですけれど。

ちなみに私はお菓子を買う場合は薬局を利用します。

最近の薬局の品揃えと安さには目を見張るものがあります。
もちろん、お姉ちゃんにも薬局へ行ってもらうように言っておきました。


ただ一つ問題がありました。普段からしっかりしているなんて評判のある私ですが、
もちろん時にはドジを踏む日もあります。

今日がまさにその日でした。

お姉ちゃんにポイントカードと朝刊に挟まっていたポイント二倍券を渡すのを
うっかり忘れていたのです。

救いなのは私がそれに放課後にすぐ気がついたということと、音楽準備室に行けば、
十中八九お姉ちゃんに会えるというこです。

というわけでレッツゴー。



私たちの教室のある校舎と違って旧校舎は独特のにおいが漂っています。

もっともそんな旧校舎の一角にある音楽室は紅茶のかぐわしい香りが満ちていて、
ここだけ別次元のようです。

律「おっ、憂ちゃんどうしたの?」

憂「こんにちは。お姉ちゃんに用事があって来たんですけど……いませんね」

律「唯なら掃除当番だからまだ三十分くらい来ないんじゃない?」

紬「もしよかったら、せっかく来たんだし待っている間一緒にお茶しない?」

憂「いいんですか?じゃあお言葉に甘えて」


紬さんの用意したお菓子がどれだけ美味なのかを知っていた私は、もちろん喜んで
快諾しました。


憂「もう純ちゃんが猫のさかりについて昼休み中延々と語りだしちゃって」

梓「無駄に熱心に話してたよね。少し怖かったぐらいだよ」

澪「そういえば、和も最近動物の話をよくするな」

紬「私も何か動物を飼ってみたいわね」

律「ムギが買う動物……ゴールデンレトリバーとか?」

紬「そういうのもいいけど、チワワとか可愛いのも良いと思わない?」

澪「私は犬より猫派かな……」

梓「やっぱり猫ですよね。可愛いし散歩の必要はないし、うるさくないし」

律「意外と猫も鳴くとうるさいらしいけどな」

美味しい美味しいチョコモンブランを平らげ、芳しい香りをたてる紅茶が底を尽きる
かけた頃に、ようやくお姉ちゃんはやって来ました。

唯「ごめーん、遅くなっちゃった」


お姉ちゃんに用件を伝え、目的のものを渡して軽音部を後にした渡した私は
少々手持ち無沙汰でした。


お姉ちゃんにおつかいを頼んだのはなにも私に時間が無いからではありません。

これも訓練の一環としてのことなのです。

一応、お姉ちゃんには学校でしなければならない用事ができてしまったと伝えましたが、
そんなものはありません。もちろん私はお姉ちゃんのおつかいの行方を見守ろうと
思っています。

憂「とりあえず図書室で軽音部が終わるまで待とうかな……って純ちゃん?」

純「憂、少し話したいことがあるんだけどいい?」

暇と言えば暇なので頷いておきました。


純「――つまりあれはオスの性器に突起のようなものがついていて、それによって
性器を引き抜く時には強烈な(以下略)――」


強烈な既視感に襲われて、私は思わず目頭を揉みました。

純ちゃんはあれから狂った機関銃のように動物の交尾について、熱弁を奮う
のをやめようとしません。

和さん。どうやらあなたに共通の趣味を持つ相手が見つかったようです。

おめでとうございます。いえ、別に投げやりなんていません。

ただそろそれ帰りたいかなあって思っただけです。

お姉ちゃんも心配してるでしょうし――

憂「ってお姉ちゃんはおつかいに行ってもらってるんだった!!」


今更のように思い出して腕時計を確認すれば、既に時計は六を跨がろうとしていました。


憂「ごめん純ちゃんそろそろ帰っていいかなお姉ちゃんが心配でわた」


返事を待たずに既に全力疾走の体勢に入っていましたが、右腕を掴むあまりの握力に
思わず私は踏み出そうとしていた足を止めてしまいました。

純「話は最後まで聞いてよね……」

憂「……!」


そんなに交尾の話がしたいんなら和さんとしろっ!!――と振り返ってそうツッコミ
を入れようとして私は息を呑みました。

目の前にいる純ちゃんの瞳には昼間のような輝きは存在せず、澱が沈澱したかのような
闇が支配していました。


私の第六感が告げます。これはヤバいと。



目の前にいるのがクラスメイトだということも忘れて、咄嗟に身を翻すと同時に
純ちゃんの腕を振りほどきます。

これでも足は速い方です。五十メートル走の記録七秒前半。

体勢を低くして、思いっきり地面を蹴りあげます。
後ろを振り返る余裕はありません。


和「憂!廊下を走っちゃ……」
憂「ごめんなさい!」


廊下の角を曲がる直前に突然和さんの声がして脊髄反射的に謝り、ほとんど同じタイミング
で和さんの横をすり抜けます。

ていうか私の姿を見る前に私の名前を呼びましたよね!?

と、ツッコむ暇もなく階段を二段飛ばしで下りて行きます。


目指すはお姉ちゃんの向かっているであろう薬局です。



♪初めてのおつかい!


憂「いや、さすがにお姉ちゃんもおつかいは初めてではないけど」


何とか純ちゃんを撒くことに成功した私は、お姉ちゃんのおつかいの行く末を
見守るために先回りして既に薬局でスタンバっていました。

普通に部活を終えているならば、まもなく来るはずです。


唯「~~~♪」

数分もしないうちにお姉ちゃんが店内に入ってきました。

化粧品売り場の棚に隠れて様子を窺う私からもお姉ちゃんのどこか
楽しそうな表情が見てとれます。

おお、さっそく特売セールスのところへ向かうとは。

お姉ちゃん、買い物は思ったよりうまくできるかもしれません。


ちなみに買い物について、私は一切何も言ってませんでしたので、ここはお姉ちゃんの
実力の試されるところです。

本来であれば三つ買うだけで千円近くも行ってしまうお菓子の並んだ棚を眺め……
おもむろに一つのお菓子を取りました。

レーズンパイです。

しかし難しい顔をして手放します。次は源氏パイです。
私のお気に入りの一つです。あ、また棚に戻しました。

チョコパイ、ホームパイ、パイの実……と、なぜかパイの類を手にとっては棚に
戻すという作業を数回した後に、今度は隣の棚に目をつけたらしく再びお菓子の
吟味を開始しました。

あ、すみません、ここは邪魔ですよね……ってこんばんは店員さん。はい?
土日以外に来るなんて珍しいって、ええ普段ならポイント二倍デーにしか来ないんです
けど。いえ、ちょっと今日は用事があったもので、ってお姉ちゃん大量に買い過ぎだよ
しかも特売セールス対象外の商品だけなんて……すみませんこちらの話しです。

ああ、これメ○ードの試供品ですか、ありがとうございますお姉ちゃんと一緒に
使わせてもらいます。これからもよろしくお願いします。

ってお姉ちゃんポイント二倍券出さないと何のために券を渡したのか……というか、
また新しいカード作ってもらって……あ、ビ○レの新作ですか今度買いに行きます。

本年に邪魔してすみません。



浮かんでは消えるヤキモキした気持ちを抑えこむのに苦労しながらも、
何とか
無事にお姉ちゃんが買い物を済ませたのを見取って、とりあえずは姉よりも多少
大きい胸を撫で下ろしました。


しかし店に入ったにも関わらず、何も買わないことにある種の罪悪感を感じてしまう
私は、仕方なくマスク一箱を買うことにしました。


あ……ポイントカードはお姉ちゃんに渡しているんだった。


結局、私はマスクとレシートを受け取って薬局を立ち去りました。



♪平沢家・帰宅後!

無事に帰宅したところで今日もまた今日とてお姉ちゃんを立派なお姉ちゃんにする
べく私は心して、お姉ちゃんにかからなければなりません。


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最終更新:2010年04月10日 23:38