♪勉強?

唯「憂先生~またまたしつもーん」

憂「何かな?」

唯「今日世界史の授業で『ぐーぞーすーはい』っていうのをやったんだけど、これは
いったい何?」

憂「うーん、そうだなあ……お姉ちゃんは神様や幽霊が見えたりする?」

唯「うん見えるよ」

憂「今後の展開がガラリと変わっちゃうかもしれないからそこは見えても見えない
って言おうね」

唯「じゃあ見えないよ」


憂「だから神様は私たちみたいな凡愚のために……」

唯「ストップ。『ボング』って何?」

憂「私たちみたいな普通の人間のことを凡愚って言うんだよ」

唯「うんうん、それで?」

憂「当然私たち普通の人間には神様は見えないよね。だけど心優しい神様は
私たちにもお祈りができるように偶像として私たちの目に見える形をとってくれてるの」

唯「『ぐーぞーすーはい』はスゴクいいものなんだね」

憂「そう、とってもありがたいものなんだ。まあ、世の中には偶像崇拝を否定したり
批判する人もいるし、もとからそういう宗教的概念が存在しない国もあるけどね」

唯「憂は何でも知ってるね」

憂「何でもは知らないよ。知ってることだけ」



♪米研ぎ!


憂「時間も時間なので米研ぎをしようね。とりあえずこれさえできれば一人でも生きて
いけるようになるから頑張ろうね、お姉ちゃん」

唯「うん!わたしガンバっちゃうよ!ええと、この軽量カップに出るか出ないかの
ギリギリまで入れればいいんだよね?」

憂「そうだよ。二合だからカップ二杯分だね。ちなみに手は濡れてない?」

唯「大丈夫っ。憂に言われた通り手を濡らさないようにトイレ行った後だけど
手は洗ってないよ!」

憂「お姉ちゃん。私は平気だし、むしろそんなお姉ちゃんの手によってできたお米なら
どんな非合法な手段を使ってでも食べるけど他の人の気持ちも考えようね」

唯「さあ!米研ぎ開始っ!」

憂「いい、お姉ちゃん?最初のお米の研ぎ汁はにおいが強くて早く捨てないとまずく
なっちゃうから注意してね」

唯「オッケー。水をつけてゴシゴシして素早く捨てて……ああああああぁぁ!!
お米がああぁ……」

憂「うん、期待通りだよお姉ちゃん」

唯「ああ……わたし、これじゃあ一人で生きていけないよ」

憂「切ないね、お姉ちゃん」


唯「もう一回再チャレンジ!」

憂「米研ぎで一番面倒な最初の数回は私がしておいたから今度は大丈夫だよ。
お米が水分を吸って重くなってるからうっかり捨てちゃうことも無くなるしね」

唯「今度は上手くできるよ。ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ(以外五分間延々とやり続ける)
…………ねえなかなか水、透明にならないよ?」

憂「お姉ちゃん、言ったよね?お米の研ぎ汁を完璧に透明になるまで研いだら旨味が無くなるって」

唯「でもじゃあ憂は普段はどうやってあんな美味しそうな真っ白いお米を炊いてるの?」

憂「これを使ってるんだよ」

唯「これは……木炭?」

憂「そう。この木炭を使うと、不思議なことにお米が白くなるだけじゃなく、
更に味も美味しくなるんだよ」

唯「本当に白くなるの?」

憂「うん。しかも普段から木炭は使ってるからね」

唯「ええええぇぇっっ!! そうだったんだ……」
憂「何でそんなガッカリするのか私にはよくわからないよお姉ちゃん」


唯「じゃあ一通り終わったんでお風呂入ります!」

憂「うん、その間にカレンー作っておくね」

お姉ちゃんがお風呂に入っている間に、素早くカレーを作ってしまいます。明日は
和さんのお手伝いをする関係で遅くにしか帰れなさそうです。こういう時、二日目
も続けて食べられるカレーが重宝します。

隠し味に鷹の爪を仕込んでおきます。更に今日は豚のひき肉を使用しているので
明日には更に美味しくなったカレーをお姉ちゃんに食べてもらえるはずです。

圧力鍋にかけたカレーができたところで、味を引き締めるために外に出しておき、
その間にサラダを切り盛りします。


唯「うーいー、リンス切れてる~」

憂「今詰め替えるの持ってくねー」


お姉ちゃんのお世話をしながら、自分のことをこなすのは結構大変でした。

それでもやっぱり私はお姉ちゃんが大好きだから、全然苦にはなりませんでした。


♪次の日・学校・昼休み!

憂「今日純ちゃん休んでるけど、理由知ってる?」

梓「ううん、知らないよ。どうしたんだろう?」

憂「純ちゃん、高校に入ってから一度も休んだことなかったのにね」

梓「少し心配だね。昨日あんなに元気だっただけに余計にね」


もちろん純ちゃんのことは私も心配です。ただ、昨日のことを思い出して、背筋
の震える私がいるのもまた、事実でした。

梓「ところで話が全然変わるけど、憂ってお菓子は作らないの?」

憂「お菓子……ブラウニーとか?ううん、あんまり作らないね。お姉ちゃんが
高校に入ってからはより一層作らなくなったし」

梓「どうして?」


憂「ほら、お姉ちゃん、軽音部に入ってからは紬さんが持ってくる美味しいお菓子
を毎日食べてるでしょ?」

梓「そっか。そうだよね。昨日のムギ先輩が持ってきたフォンダンショコラも絶品
だったもんね……」

どこかアンニュイな表情を浮かべ、梓ちゃんは視線を窓側に向けました。

まるで恋に悩む乙女のようで、溜息をつくその姿は僅かではありましたが、色気を漂わ
せていました。



梓「ごめん。食欲湧かないからこの卵焼き食べてほしいんだけど、いい?」

憂「構わないけど……どうしたの?」

箸をわざわざ上下逆にして卵焼きを私のお弁当に移す梓ちゃん。

たぶん彼女なりに気を遣ったのでしょうが、返し箸という立派なマナー違反です。

一々注意はしませんけど。

憂「何か悩みがあるなら相談にのるよ」

梓「うん……」

憂「もしかしてバレンタインデーに誰かにチョコを渡したい、とかそんな感じの悩み?」

私の言葉に、いたぶって殺したはずのゴキブリが突然動き出すのを見た猫のように
梓ちゃんは瞠目しました。


梓「なんでわかったの!?」

憂「いや、時期的にそろそろだし……そんなに驚かなくても」


憂「バレンタインって結構男子って意識してるよね」

梓「わかるかも。なんか別に『オレチョコなんかいらねーよ』って言ってる人に
限ってすごい意識してるよね」

憂「アレ、男子は気づかれてないつもりかもしれないけど私たちからするとバレバレ
だよね」

梓「私の中学じゃバレンタインの日は、男子全員みんな休み時間が始まると同時に
教室から出て、休み時間が終わると戻ってきて机の中確かめてたりしてたよ」

憂「それ面白いね。でもうちの学校は女子校だから、バレンタインデーも渡すのは
友チョコぐらいしかないし気が楽だよね」

梓「そう。そのはずだったんだけど……はぁ、唯先輩」

憂「え?」

梓「え?」


♪放課後・生徒会室

梓『その……本当のことを言うと誰にも話したくなかったんだ。でも誰にも話さない
で自分一人で抱えこむのもすごく辛い……』

憂『梓ちゃん。話したくないなら無理に話す必要なんてないよ。でも私も梓ちゃんが
苦しんでいるのに何もできないのは辛いよ』

梓『自分でも明らかにおかしいっていうのは自覚してる。それに、はっきりして
ないんだ。何て言うのか、自分でも上手く言葉にできない。できないんだけど……』

憂『……うん』

梓『その、つまり、んと………………………………唯先輩のこと、スキカモシレナイ』

憂『うん……うん!?うんんんんんんんん!?えーうん落ち着いて今梓ちゃんはなんて
言ったのもう一度口を開けて大きくはっきりした声で言ってごらん恥ずかしがらず』

梓『唯先輩のことが好きかもしれないのっっ!!!!!』


昼休み。
本来一般生徒が足を踏み入れるのは禁止されているはずの屋上で、お姉ちゃんへの
想いを、梓ちゃんは赤裸々に告白しました。その告白を聞いている間どういうワケか
背中が無性にかゆくなり仕舞いには私まで顔を赤くしながら、梓ちゃんの言葉一つ一つに
耳を傾けながら相槌を打ったのでした。


結局今の今まで、否、今もまだ梓ちゃんの告白の内容が頭の中をぐるぐる渦巻いていて、
当事者でないにも関わらず私は妙に辟易としていました。


和「わざわざ悪いわね。今日は私以外の執行部の人間がそれぞれ用事で出かけていて」

憂「気にしないで下さい。和さんにはいつもお世話になっていますし。それで、
お用事って何ですか?」

和「ごく簡単なものよ。生徒会のほうで発行しているこのタイムズをホッチキスで
止めて欲しいの。頼める?」

憂「任せて下さい」


和「ところで唯のほうは順調?」

憂「予想より結構手こずりそうです。でもお姉ちゃんもお姉ちゃんなりに頑張って
ますから」

和「急いだほうがいいわよ。鉄は熱いうちに叩けって言うし」

憂「……そうですね」

和「そんな顔をしないで。特に今の言葉に深い意味はないから」

憂「ないんですか?」


和「実はというとこの「急いだほうがいい」って台詞が後々伏線になるから」

憂「話題変えていいですか?」

和「どうぞご自由に」

憂「和さんは同性の恋愛についてどう思いますか?」

和「興味深い質問ね……ってまさか、あなた唯に……!」

憂「違います。和さんの予想していることは絶対
に違います!」

和「そう。同性愛に近親相姦とか、とんでもないジャンルを現実に開拓するのかと
思ったわ。憂ほどのスペックなら十分にこなしてしまう可能があるから、ちょっと
暴走しそうになったわ」

憂「ちょっとどころじゃないですよ。それにかなり真面目に質問してるんですけど」


和「私は基本、いつだって真面目よ……そうね、ミミズ」

憂「はい?」

和「カタツムリでもいいわね」

憂「あの、和さん」


和「雌雄同体って知ってる?」

憂「ええ、知ってます」

和「今言ったミミズやカタツムリていうのがまさにそれなの」

憂「何が言いたいんですか?」

和「この雌雄同体って人間に置き換えたら相当気持ち悪いと思わない?
オスとメスがくっついて混同しているのよ。人間で言えばずっとイチャイチャして、
セックスしてるって言っても過言じゃないわ。気持ち悪いとかそういう次元じゃない。
少なくとも私にはできないわね」


正直色々とツッコミたくなりましたけど、ここは我慢します。


和「でもね、彼等は人間なら絶対にしない愛しかただって平気で貫こうとするの。

なぜって?

本能で彼等は愛しあってるいるからよ。
周りのことなんて何にも考えず、互いにひたすら愛を貪っているのよ。
体面や沽券なんかを気にする人間の恋愛なんて彼等の愛の
前では、比べるのもおこがましいほど下らないものよ。

言語の壁、年齢の壁、性別の壁とか言ってその恋に挫折する人間が世の中にはごまんと
いるけど、壁を作るのはいつだって自分よ。

そしてその勝手に作った壁相手に苦労するのも自分。

人間と人間の間に壁なんてない……私はそう信じてる。

それに自分で勝手に作った壁と格闘するくらいなら自分を磨いたほうがはるかに
有意義よ。
好きな人がいるなら、愛する人がいるなら、周りなんて気にせず、一心不乱に自分の
想いを貫き通せばいい。

後悔するぐらいなら、同性愛でも種族を越えた恋愛でも何でもしなさい。


恋っていうのは、自分の全てを賭けて挑むものよ」

憂「和さん……」

和さんの言葉は私の胸を打つには十分すぎるものでした。

梓ちゃんがこの場にいないことが悔やまれます。

憂「和さん……本当にありがとうございました」

和「何か吹っ切れた顔してるわね」

憂「はい……!」

和「私も応援してるわ。あなたと……唯の恋を」

最後の最後で締まらない和さんでした。


ちょうど玄関で靴を履き代えようとした直前に和さんが声をあげました。

和「私、もう一個頼まれていた仕事があったんだ。憂は先帰ってて」

そう言って颯爽と去っていく和さんをしばらく眺めていましたが、


「憂……」

自分を呼ぶ声が聞こえて、そちらを見ました。
梓ちゃんでした。

なぜ梓ちゃんがいるのでしょう。今日の軽音部は理由は知りませんが、お休みに
なっていると私はお姉ちゃんから聞いていました。

当然軽音部の一員である梓ちゃんも既に学校にはいないはずですが……まあ、私のように
何か用事があっただけなのかもしれません。

梓「今日ね。憂の家に行こうと思って……私から言ったんだ。唯先輩の家に行かせて
下さいって。突然ごめんね」

私は自分の恋愛のために自らの力で道を切り開こうとする梓ちゃんをもちろん、
応援するつもりです。


憂「ううん、全然いいよっ」

私は俯いたままでいる梓ちゃんの小さな両肩に手を置きました。

憂「私も梓ちゃんの恋を応援するからね」

梓「本当にごめんね……」

憂「だから気にしないでよ。梓ちゃん」

梓「ホントにゴメンね」

憂「梓、ちゃん?」

梓「ホントニゴメンネ」


嫌な予感が汗となって首筋ら背中を伝ったのを感じたのと梓ちゃんが顔を上げたのは
ほとんど同時だったと思います。

真っ先に浮かんだのは昨日の狂気に取り付かれた純ちゃんでした。

死んだ魚の目。ではなく梓ちゃんの目は泥水そっくりに濁っていて、私を見ている
ようで私を見ていませんでした。

梓「お詫びにゴキブリの交尾の話しを聞かせてあげる。感謝してよっ!」

憂「言ってることが支離滅裂だよ梓ちゃん!ていうか謝罪を要求します!」


梓「ゴキブリって言えばみんな嫌いだよね?でも人間と意外と似ている部分も
あるんだよ。人間ってほらエッチするときその……ええと、前戯っていうのをするでしょ?
ゴキブリも実はというとそれをするんだよ。具体的にどんなことするかと……(以下略)」

手振り身振りまでつけて梓ちゃんはゴキブリの交尾について語りだしました。

揺れるツインテールがだんだんゴキブリの触角に見えてきて軽く吐き気を催しました。

梓「ゴキブリの求愛行動って知ってる?足や羽を使って音を出したりする求愛もある
んだけど、中にはお尻から空気を出して求愛するゴキブリもいるんだよ」

憂「それってオナ……」

梓「ん?」

女子高生が高校の玄関でゴキブリの話に花を咲かせていました。
咲かせた花にまでゴキブリの卵が植えつけられそうです。

というかこの梓ちゃん誰も得しません。



不意に梓ちゃんは口を閉ざしました。

梓「ねえ、憂」

憂「あ、梓ちゃん?」

何の前触れもなければ予告もなく梓ちゃんは私の頬を両手で包みました。

ひんやりとした感触に一瞬、思考までもが凍りつきます。

え?なんですかこの状況!?


梓ちゃんの薄くも瑞々しい唇がいかなる理由か私に近づいてきます。
心なしか上気した頬の肌のキメの細かさに思わず目を奪われて、溜息が漏れてしまい
ます。

思春期の男子だったらこの状況の時点で昇天してしまうかもしれません。

憂「あっ、あ、ああ梓ちゃんにはお姉ちゃんがいるんじゃ……」

梓「それとこれとは別だよ」

私と梓ちゃんの物理的距離はもうほとんどありませんでした。

僅かに震える睫毛から彼女の緊張が伝わってきて、私の心臓の鼓動も釣られて
早鐘のようにビートを刻みはじめました。

もうこのまま状況に流されて接吻してもいいのではないのかという気になってきました。

濃厚なのしちゃってもいいですか?


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最終更新:2010年04月10日 23:43