唯「で、でも…!」
紬「もういいの!!!」
唯「…!」
ムギちゃんの怒ったところ、初めて見た…
どうして…?なにがいけなかったんだろう…?
どうしてムギちゃんを怒らせちゃったのかな…?
紬「…怒鳴ってしまってごめんなさい」
唯「……」
謝るのはこっちの方なのに…それなのに、何も喋ることができない。
これ以上喋るとムギちゃんに嫌われるから?でも、もう嫌われてしまった…
唯「…ごめんなさい」ポロポロ
私の目から熱い雫が零れる。
一度出た涙は留まることを知らなくて…
唯「ごめんなさい!!!もっと謝るからぁ!だから嫌いにならないでぇ!」ポロポロ
気づけば私はひどく惨めに泣いていた。
ムギちゃんはこんな私をどう思うだろう。憐れんでいるのだろうか。
紬「……」
ムギちゃんが私をじっと見つめている。やっぱりその顔は、今の私を憐れんでいるようで…
それでも私はムギちゃんに泣きながら謝るのを止めない。
唯「ごめんなさい…!ごめんなさい…!」ポロポロ
紬「…詩、ありがとう。大切にさせてもらうわ」
唯「ごめんなさい…!許してぇ…!」ポロポロ
紬「…それじゃ」
カツン…カツン…
ムギちゃんが一歩ずつ、ドアの方へ向って歩いていく。その背中に、私はまだ謝り続けていた。
こうすることしかできない自分が憎い。他にやるべきことだっていっぱいある筈なのに…なのに…
唯「まってぇ!行かないでよぉ!」ポロポロ
泣いてばかりで自分から動こうとしない…、まるでだだをこねる子供みたいだ。
…そしてムギちゃんはドアの前に立つと、一度こちらを振り返り、
紬「…さようなら」
がちゃっ ばたん
お別れを告げた。
私はこの日、振られてしまった。
どれだけ、私は泣いていたのだろう。
気が付けば辺りは何も見えないほどに暗くなっていた。
カツン…カツン…
誰かの足音が聞こえる。
その足音は徐々に大きくなって、そして…
がちゃっ
唯「…誰?」
「先輩…」
唯「あずにゃん?」
梓「はい、そうです」
唯「…あずにゃん、私ね、ムギちゃんに振られちゃった」
梓「……」
唯「いや、嫌われちゃったよ…」
梓[……」
唯「頑張って告白したんだけどな…やっぱり女の子が女の子を好きになるのって気持ち悪いよね…」
梓「……」
唯「あはは…最初からわかっていたことなのに…」
梓「……」
唯「こんなことになるなら…頑張らなければよかった…!」グスッ
梓「…本当にそう思うんですか?」
唯「え…?」
梓「私はそうは思いません」
唯「どうして…?」
梓「だって、その気持ちは確かにムギ先輩に届いてるはずですから」
唯「そんな訳ないよ…だって、ムギちゃんは…」
唯「ムギちゃんは…」ポロ
せっかく治まった涙がまた溢れだす。
さっきのことを思い出すだけで、もう止まらない。
唯「私のことが嫌いだってぇ…!」ポロポロ
梓「先輩…」
何かふわっとした暖かい感触、それが私の体を包み込んだ。
梓「……」
あずにゃんは私を優しく抱きしめてくれていた。
後輩の前でみっともない姿は見せられない。それなのに…
唯「うわああああん!あずにゃああん!」
私はまた、みっともなく泣いてしまった。
梓「よしよし…」
あずにゃんはまるで子供をあやす様に私の頭を撫でる。
私はあずにゃんの優しさが嬉しいのと、まるで本当に子供の様な私があまりにも情けなくて、更に涙が溢れ出した。
唯「うわああああん!」ポロポロ
あずにゃんの制服を掴む手に、さらに力が入る。
そして肩は私の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
しばらくその状態が続いていた。
一体どれだけ時間がたったんだろう。私は大分落ち着いていて、涙も止まっていた。
梓「…落ち着きましたか?」
唯「…うん、ありがとうあずにゃん」
あずにゃんから体を離す。…少し落ち着いて気づいたが、きっと今のあずにゃんの制服はしわしわのぐちゃぐちゃなんだろうな。
後でクリーニング代払わなくちゃ…。
唯「あずにゃんのお陰で少し楽になったよ。…それでもまだ思い出すと泣いちゃいそうだけどね」ニコッ
私は精一杯笑った。暗がりのせいでこの笑顔は見えないかもしれないけど、
それでもこれは、あずにゃんにこれ以上心配をかけないようにと思った私なりの気づかいだ。
梓「ムギ先輩のこと諦めてしまうんですか?」
唯「うん、振られちゃったしね…」
梓「確かにそうかもしれませんが、私はまだ諦めるのは早いと思います」
唯「え…?どうしてそう思うの…?」
梓「…だって、本当に唯先輩が嫌いなら、なぜムギ先輩は泣いていたんでしょうね?」
唯「ムギちゃんが…泣いてた…?」
梓「はい、実はさっき…」
~
『ぐすっ…唯ちゃん…ひっぐ…ごめんなさい…!』
梓『? ムギ先輩?』
紬『…え?あ、梓ちゃん!?』
梓『…泣いていたんですか?』
紬『な、泣いてなんか…!』ゴシゴシ
梓『バレバレですよ…もしかして、唯先輩のことで?』
紬『…!』
梓『…図星ですか。それで唯先輩はなんて?』
紬『…私のことが…好きだって』
梓『それで、ムギ先輩はなんて?』
紬『唯ちゃんに酷いこといっちゃった…最低よね私。もう前みたいに仲良くできないわ…』
紬『みんなと仲良しでいたいから…この関係を壊したくないから…』
紬『私はずっと自分の想いを抑えてきたのに…自分で壊しちゃった…』
梓『ムギ先輩の想い…?』
梓『…!そ、それってまさか!?』
紬『…梓ちゃんはなんでもお見通しね、そう…』
紬『私は…唯ちゃんのことが…』
~~
唯「はぁ…はぁ…!」
気が付けば私は走っていた。
あずにゃんはついさっきまでムギちゃんと学校で話してたんだ。なら今なら…
今ならまだ間に合う!
唯「はぁ…はぁ…いた…!」
しばらく通学路を走っていると、遠くの方に金髪の女の子が歩いているのが見えた。
唯「ムギちゃーーん!!!」
私が叫んでも、その人はこちらを振り返らない。
もしかしたら人違いじゃ?そんな訳ない!こんなにも好きな人の姿を忘れたりなんかしないんだから!
私は更にスピードを上げ、その人のすぐ近くまで辿り着いた。
今度はちゃんと聞こえるように、私だってわかるように、大きな声でその人の名を呼んだ。
唯「ムギちゃん!!!」
「…!唯ちゃん…」
紬「…どうしたの?」
唯「…ねぇムギちゃん、もう一度言うね」
唯「私はムギちゃんが好き、愛してるよ」
紬「…!その件はもう終わった筈よ…」
唯「まだだよ、まだ終わってない…」
紬「どういう意味…?」
唯「あの時の告白、最後まで言わせてほしいんだ」
紬「…ダメよ」
唯「軽音部に入部した日、ムギちゃんは私に微笑んでくれた。軽音部へようこそって…」
紬「…やめて」
唯「私さ、その笑顔を初めて見た時、なんかいいなぁって思ったんだ」
紬「やめてって言ってるでしょ…」
唯「それからその笑顔を見るたびに、いや、ムギちゃんと同じ時間を過ごすごとに、徐々に好きになっていった」
紬「お願いだから…」ポロ
唯「…最初はさ、告白する気なんてなかったんだ。この関係を壊したくなかったから。一生このままでいいって思ってた」
紬「やめてよ…」 ポロポロ
唯「でもそれは無理だった。私はムギちゃんが好き!もっと一緒に二人でいたい!だから…!」
唯「私と付き合って下さい!!!」
紬「……ありがとう唯ちゃん…すごく嬉しい…」ポロポロ
紬「でも…ごめんなさい…」
唯「……」
紬「唯ちゃんのことは好きよ、愛してる…でもダメなの…」
唯「みんなとの関係が壊れちゃうから…?」
紬「…えぇ、そうよ。私はみんなともずっと仲良しでいたい…だって、初めて私にできた大切な仲間なんだもん…」
唯「大丈夫だよ、こんなことくらいで私達軽音部の絆は壊れないよ」
「そうだぞ!ムギ、お前はこの三年間私達の何を見てきたんだ!?」
「お、おい律!隠れてろって…!」
唯紬「…え?」
唯「りっちゃん…澪ちゃん…いつからそこに?」
紬「それに、どうしてここに…?」
澪「ほら、ばれたじゃないか!この馬鹿律!」ゴツン!
律「いたっ!だ、だってムギがあまりにも水臭いこと言うからさ…」
律「…なぁムギ、なんでそんな風に思うんだよ?本当に私達の絆が壊れると思うか?」
紬「それは…」
律「この三年間本当に何を見てきたんだ?」
紬「…ごめんなさい」
律「…はぁ、私達を良く見てみろよ。ほら、梓も出てこい」
「…!」
唯「あずにゃん…?もしかしてみんなを集めたのって…」
梓「…私です」
律「とにかく!いいから来いって!」
梓「ちょ、ちょっと…引っ張らないで下さい!」
律「…ほら、私達を良く見てみろよ」
紬「あ…」
りっちゃん達はとてもまっすぐな瞳でムギちゃんを見つめていた。
まるで私達を信じろよ!って言ってるみたい。いや、そう言ってるんだ。
…本当にいい仲間にあえて良かった。そう思いながら私は、りっちゃん達と同じような瞳でムギちゃんを見つめた。
律「…もし、これでもわからないんならこの三年分を今、その眼に焼きつけろ」
紬「…わかったわ、みんなの気持ちが…」ポロポロ
りっちゃん達を見つめ返すムギちゃんのその眼からは涙が流れていた。
律「ムギと唯が付き合ったって私達はいつも通りだよ」
澪「だから自分の正直な気持ちに自信を持てよ」
梓「そうですよ、後ろめたさを感じる必要なんてありません」
紬「ありがとうみんな…本当にありがとう…!」ポロポロ
この日、本当の意味で私達の絆は確かなものになった。
私達は本当に仲間なんだ。えへへ、仲間っていいなぁ。
紬「…唯ちゃん、さっきの返事だけど、訂正するわね」
唯「え?」
紬「こんな私でよければ、よろしくお願いします♪」
梓「先輩!良かったですね!」
唯「……」
梓「先輩?」
…今のは聞き間違えじゃないよね?私は本当にムギちゃんと付き合えるの?
夢じゃないんだよね?試しに私は自分のほっぺをつねってみた。
唯「……」ギュー
唯「…痛い」
なら夢じゃないんだ…
良かった、本当に…良かった…
唯「…うわあああああん!!!」ポロポロ
律「お、おい!どうしてそこで泣くんだよ!?」
唯「うわああああん!良かったよおおおお!」ポロポロ
私は今日だけでどれだけの涙を流したんだろう。
でもこれはさっきまでの悲しい涙じゃない、嬉しい涙だからもっと流してもいいよね。
紬「ふふ なんだか私も嬉しくてまた…」ぐすっ
唯「ムギちゃあああん!二人で幸せになろうね!」ポロポロ
紬「えぇ♪必ずなりましょうね」
澪「…よかったな、唯の恋がうまくいって」
律「あぁ、本当に応援した甲斐があったよ」
梓「そうですね…二人を見てるとそう思えます」
律「…そうだ!澪、カメラ!」
澪「え…?あ、あぁそうだな!それじゃ…」
カシャッ!
……
唯「……」
…何故だろう?前にこの写真を見た時はいい思い出なんてなかったのに…
今、改めて見るととても素敵な写真に見える。それだけ私が年をとったからだろうか?
唯「…違う」
違う、私は忘れていたんだ。この写真にはあの時の努力が写りこんでいるじゃないか。
この恋の結果しか今まで私の眼には映っていなかった。
この恋の裏でどれだけの努力を仲間としてきたか、それを忘れていたんだ。
結果が全てじゃないのに…
この頃の私は、とびきり素敵な恋をしたと思う。
唯「…ムギちゃん、元気かな?」
そこからのアルバムの写真は、私とムギちゃんのラブラブな写真が大多数を占めていた。
さっきまでは結果に苦しんでいたのに、今では別の意味で胸が苦しい。
唯「…戻りたい」
あの頃に、もう一度だけでも…
でも、思い出の中の私は違う私で、今の私ではない。
もしこの頃に今の私が戻れたなら、昔の仲間や私はなんていうのかな?
こんなつまらない大人になった私を「仲間」だと思ってくれるのだろうか。
そう考えるだけで、私の胸は苦しかった。
更にぱらぱらとページをめくっていくと、とうとう最後の写真にたどり着いてしまった。
そこには、「卒業」と書かれた校門の前で、笑顔でピースをする部員と幼馴染と妹が写っていた。
唯「和ちゃん…懐かしいなぁ」
和ちゃんは赤い眼鏡をかけた子だ。
幼稚園の時からずっと幼馴染で、高校を卒業してとうとう離れ離れになってしまった。
唯「…みんな元気なのかな?」
この写真と変わらない笑顔で今もいるのだろうか。
変わってしまったのは私だけだと思いたい。
私には、もうこの写真のように笑うことなんてできないから。
最終更新:2010年01月22日 17:45