わたしは最近人にイタズラをよくする。
そのされた人のリアクションを見るのが好きというそれだけの理由なのだけど。


授業前にすべてのチョークとお弁当のウインナーを入れ替えておいた。
澪ちゃんの下駄箱に大量のラブレター(全部わたしの手書き)をつっこんでおいた。
ムギちゃんに好きですつきあってくださいと告白した。

ほかにも色々あるんだけれど、あんまりつまびらかにするとわたしという人間が
誤解されそうなのでとりあえずこれくらいにとどめておこうと思う。ていうかすでに学校では、
けっこうなうわさになっているらしく、たしか『学校連続珍事件!』みたいな名前までついていた。

いやあ、わたしも立派になったもんだなあ。

しかし、最近はみんなのリアクションもだいたい読めてしまうため少々退屈だった。
そこで、わたしは幼なじみであり親友でもある和ちゃんに相談することにした。




♪夏休み某日・平沢宅・リビング

和「それでどうしたの?」

和ちゃんは、私が用意したレーズンパイを頬張りつつ聞いてきた。

唯「うん、実はというとね……」

相談といっても自分の今までのよくない行いがばれるのは、さすがの
わたしでもマズイと思ったのでメチャクチャかいつまんで話すことにした。
まして相手は生徒会役員だ。

唯「いまわたし刺激に飢えているんです!」

和「……」

唯「なんかリアクションしてよ~」


和「いや、まさか家にまで呼び出して相談することだから、よっぽどのこと
なのかと思ったけど。急にそんなことを言われてもね」

唯「いや、なんて言えばいいのかな……そう、なんか物足りないんだ」

和「……さっきとあんまり変わってないけどなんとなく言いたいことはわかったわ」

唯「さすが、和ちゃん!」



和「恋でもしたら?」

唯「ぐ……っ!」

飲んでいた紅茶をはき出しそうになった。

和「どうしたのよ?」

唯「…………実はというとわたくし、つきあっている人がいるんです」

和「え……?ほんとに?」


唯「その……………………ムギちゃんと」

和「へえ彼女と……っておい」

なかなか鋭いツッコミを食らった。またもや紅茶をはき出しそうになる。

唯「落ち着いてきいておくんだましい」

和「あんたが落ち着きなさい」


唯「えーと、そのね。ちょっとした冗談でムギちゃんに告白したんだ」

本当は自分で自分のことをほめたくなるようなハクシンの演技で告白したのだけど。
しかも場所は体育館裏。
わたしとは思えないほどぬかりがなさすぎた。

和「それで?」

唯「オーケーされちゃったんだ」

和「へえ。自業自得、因果応報ね」

唯「ちがうんだよ!そのあとちゃんとあやまったんだよ!」


和「なんて?」

唯「すみません調子に乗りましたどうかゆるしてくださいって」

そう、確かにわたしは謝罪したのだ。セーシンセーイ謝った……のだけど。

『謝らないで。女の子どうしに理解のある国があるわ。いつかそこへかけおちしましょ』

唯「って言われて……」

和「それこそ冗談じゃないの?」


言われてみればムギちゃんとわたしの関係は文字通り何も変わっていない。
別にイチャイチャしたりするわけでもないし、夜中に電話したりするわけでもない。
共通の秘密をもっているわけでもない。

あまり深く考えないことにしよう。

話題ちぇんじ。

唯「ねえ、ほかになんかない? 生活をガラリと変えちゃうようなさ」

和「うーん、生活習慣を変えるところからはじめたら?」

唯「たとえばたとえば?」

和「妹に頼りっぱなしの生活を変えたら?」


それは無理な相談だった。憂はわたしにとって言うならば酸素であり、
水であり母なる大地であるのだ。憂あるゆえに唯あり!ってね。


唯「うん、それは無理だよ!」

和「でしょうね。でもまじめな話、あんた、このままだと本当にひとりになった
とき泣きを見ることになりそうね」

憂がいなかったら、か。でも憂がいなくなるというのはどういうシチュエーションなのだろう。
私が大人になってひとり暮らしをはじめるとか?

ありえなくはない。でもそれはまだ先のことなのでよくわからない。

じゃあわたしと憂がケンカする。そしてわたしが家出する、というのは……ケンカした
ことがないわけではないけれど、最後にケンカしたのがいつか思い出せない。
このあたりこれもまず考えなくていいだろう。

案外思いつかない。

あるいは、わたしたち姉妹のどちらかが事故にあう。トラックに轢かれるとか。
他界するというのは……まあ、ケンカする確率よりは高いかもしれない。



唯「……!」

いや、テキトーに考えていたけれどこれを事故ではなく死……もっと別の死に置きかえればどうだろう。
そう、たとえば殺人。

殺人、さつじん、サツジン――

和「……唯?」

なんだ。すごくかんたん。何よりこれは確実に人間をおどろかせることができる。しかも、たぶん今まで自分が見たこともないような顔を見ることも。想像しただけで口許が自然とゆるんでしまうのを感じる。

和「どうしたの?」
唯「ううん、ありがとね和ちゃん!」
和「別になにもしてないけど?」


後はその方法を考えるだけだ。
幸い夏休みはまだまだたっぷりある。だらだらしつつアイスでも食べつつじっくり考えよう。

あ、そうだ。

唯「今日和ちゃん家に泊まっていかない?」

和「別にいいけど……急な話ね。唯の家に迷惑にならない?」

唯「だいじょーぶ。ふふ、今夜は和ちゃんにイタズラしよっと」

後半は口の中だけで呟いた。




♪某日・夜・とある孤島の別荘の広間

さてさて今わたしこと平沢唯がどこにいるのかというと、それはムギちゃんの別荘。

二学期の大イベントのひとつである文化祭を終えて、みんなで打ち上げをしようという
ことになった。今回は和ちゃんと憂も参加している。

ただし、さわちゃん先生は仕事が忙しいということで、来ていない。好都合だった。

紬「今回は打ち上げってことでお父様に無理を言って一番大きい別荘を借りたの」

ムギちゃんの言った一番大きいというのは本当に大きいもので、その別荘を見たわたしを
含めたみんなが、あぜんとしてしまった。

律「しかし、疲れたな~。つうか眠い」

澪「さすがにわたしも少し休憩したい」

梓「同じく……」


デザートのケーキを食べ終わった後のことだった。

みんな今ごろになって疲れを実感しだしたのか、りっちゃん、澪ちゃん、
あずにゃんは床に寝転がってしまった。

まあ、それもそのはずだよね。
ここに至るまでの道のりはそれなりにハードだったし。

着いた後は後先考えず、遊びほうけた。海の時期はすでに終わっていたので
普段とは違う遊びをして時間をすごした(別荘にはカラオケルームや
レクリエーションルームがあって遊びには困らなかった。さすがムギちゃんちの別荘)。

夕食を終えた後は、お風呂にみんなで仲良く入った(これまたすごい大浴場だった)。

そしてデザートタイム――今まさにそれを終えた。

その後の予定は、わたしたち軽音部の演奏会だった。今回はゲストとして憂と和ちゃんも来ていることだし、
せっかくなので演奏することにした。

ただし、少々休憩を挟むことにした。みんなが疲れていることへの配慮だった。

和「今が八時手前だから二時間くらいしたらはじめればいいんじゃない?」



憂「明日にしたほうがいいんじゃないですか? みなさん疲れきってるし」

床に寝そべっている三人のことを言っているのだろう。憂自身も眠たそうにまぶたを
こすっている。

紬「う~ん、たしかにみんな疲れているけど今回は二泊三日で時間があまりないし、明日はまた別のことをしようと思ってて」

憂「そうですか……」

和「まあ、みんな若いんだしすこし休憩すれば大丈夫よ」

とりあえず憂も納得したのかソファーに腰をかけた。憂も疲れているのだろう。


しばらくするとわたし、ムギちゃん、和ちゃん以外のみんなの寝息が聞こえ始めた。

さてそろそろいい頃合いだ。


唯「和ちゃん、ちょっといい?荷物置きに行きたいんだけどひとりだと怖いから……」

演技だ。ここから荷物が置いてある部屋の距離はほとんどないに等しい。しかも、
廊下には明かりがきちんと灯っている。

和「いいわよ。ちょうどわたしも化粧水とりにいこうと思ってたから」

唯「ムギちゃん、ちょっといってくるね」

紬「……うん」

ムギちゃんはどこからか取り出したカメラでみんなの寝顔を取るのに夢中になっていた。



その荷物置き場にしていた部屋もまた大きな部屋だった。

ちょうどいいぐらいに月明かりがさしこんでいて、中央に置いてある大きな
テーブルを照らしていた。
おかげで電気をつけなくてもよかった。

唯「月がきれいだね~」

和「そうね。けれど明日から天気が崩れるみたいだけどね」

空を眺めてみればブキミな分厚い雲がまもなく月にかかろうとしているのが見てとれた。

唯「ああ、だから今日はむし暑かったんだね」

和「ていうか冷静に考えたら大して距離ないんだから怖くもなんともないわね」

唯「まあね。だいたいこんな小島には私たちぐらいしかいないだろうしね」

荷物は一箇所に固めておこうということで、この場所に置かれている。

唯「和ちゃん。少しおしゃべりしようよ。ひさびさにふたりっきりになったしさ」

和「言われてみればそうかもね」


それからわたしたちは最近のできごとから、進路の話などとにかくいろいろなことを話した。

こうやって友達とおしゃべりしていてまさか、その友達に殺されるなんて思わないんだろうな。
普通だったら誰だって考えない。

わたしだって。

おそらく和ちゃんだって……


時間はいつのまにか過ぎていった。


――そして、わたしは和ちゃんを殺した。

唯「……ふぅ」




予想していたよりは落ち着いてい行動できた。

予定したとおり、和ちゃんの死体をセッティングする。

あせってはいけない。でも急がなければならない。この時点で“犯行”がバレてしまえば
すべての目標が達成できない。

部屋を暗くする。視界が黒く塗りつぶされる。
いつのまにか月に雲がかかっていた。耳を澄ますまでもなく雨音が聞こえる。かなり強いようだ。

唯「バイバイ和ちゃん」

逃げるように部屋を後にした。



幸い普通に部屋には戻ることができた。

紬「あれ? いつのまに戻ってきたの?」

唯「今だよ」

思わず嘘をついてしまった。本当はこの部屋に戻ってきてから十分近く経過している。
戻ってきてすぐにムギちゃんに声をかけようとしたのだけれど、

紬『幸せすぎて怖いわ』

とかデジカメの映像を見てわたしにはいまいち理解できないことをつぶやきながら
うっとりしているので、しばらく声をかけられなかった。

唯「にしてもみんな起きないね」

紬「そうね。やっぱりみんな疲れちゃったのかしら」

唯「ムギちゃんは疲れてないの?」

紬「私は大丈夫よ」

唯「ムギちゃんってなにげに力持ちだし体力もあるよねえ」

紬「そうかしら?普通だと思うけど」

自覚はないらしい。


紬「八時五十分……もうすぐ九時になるわね」

ふとムギちゃんが壁にかかっている時計に目をやった。

唯「もうそんな時間か」

紬「唯ちゃん、まだ起きないけど今日本当にするの?」



唯「うん、みんなが起きたらね」

しかし、どう見ても起きそうにない。まあ、それもそうか。
とりあえず、まずは憂から起こそう。

いつもと立場が逆だけどたまにはいいよね。


その後なかなか起きないみんなに苦戦しつつもなんとか起こすことに
成功した(ムギちゃんがみんなの耳に息を吹きかけるといいというアドバイスのおかげだった)。

律「あ~、まだなんか頭がボーっとするな」

梓「う~~~私は耳がうずうずします」

憂「やっぱ、ちょっとはしゃぎすぎたのかな」

三人はいかにも眠たそうな表情だった。

澪「大丈夫か三人とも?」

澪ちゃんは対照的に元気そうだった。
眠ったおかげで疲れがとれたのだろうか。寝起きも他の三人とは違いすぐに目を覚ました。

律「この後なにするんだっけ?」

澪「演奏だろ」

律「その前に顔洗わせてくれ~。まぶたが重くてあけられない」

憂「わたしも……紬さん洗面所ってどこにありますか?」

紬「ああ、それならあの通路の一番奥よ」

ムギちゃんが指をさしたのは--わたしと和ちゃんがしゃべっていた荷物置き場と間逆の左方向だった。



十分ぐらいして洗面所から澪ちゃん以外の寝ていた組が、顔を洗って戻ってきた。

律「おお、だいぶ目が冴えてきたぞ」

唯「りっちゃん隊員!イイ演奏はできそうですか!?」

律「ふふふ……今のわたしのデコを見てみな唯隊員」

唯「まぶしくて見れません!」

律「なら大丈夫だ!今日はいつも以上の演奏ができるぞ!」

パラメータもといデコメータだった。さきほどまで鈍い光を放っていた、りっちゃんのおでこは
今や直視できないほどのカガヤきを放っていた。

憂「あのーところで和さんはどうしたんですか」

ようやく聞いてくれたかラブリーシスター。

なかなか誰も和ちゃんにふれないせいで、もう自分から言い出そうかと思っていたところだった。



唯「あ……そうだった!」

わざとらしかったかな。まあだいたいわたしのリアクションといえばこんな感じのはず。

律「どうしたんだよ唯?」

唯「実はというとね、さっきみんなが寝ているときに和ちゃんとこの別荘の探検してたんだ
けど、はぐれちゃって」

紬「荷物を置きに言ったんじゃないの?」

唯「うん。最初はそのはずだったんだけどね。みんな寝てるし、面白そうだからって」

もちろん、荷物を置きにいく以外の下りは真っ赤なウソ。

律「普通だったら信じられない話だけど、ここは恐ろしいほど広いし、何より唯だし、で意外と納得できちゃったな」

梓「まあ、唯先輩ですからね」

唯「納得しないでよっ」

……いや、納得してくれてありがとう。今だけは日ごろの自分の行いに感謝しよう。


梓「どこではぐれちゃったんですか?」

唯「いや~、正確には覚えてないんだけど二十分くらい前かな? 四階か五階あたりかをうろうろしてたところで急に和ちゃんがいなくなっちゃて」

澪「それで、ギブアップしてここに戻ってきたのか?」

唯「もしかしたら和ちゃん、ここにいると思ってきたんだけど……」

梓「結局いなかった、ということですか?」

唯「うん……」

紬「探しにいったほうがいいかもしれないわね」

澪「うん、たしかに……」

唯「善は急げ!和ちゃんを探しにいこう!」


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最終更新:2010年04月12日 07:40