♪別荘・広間の隣の部屋前

唯「音がしたのはここからだったと思う」

律「ここってよくわかったな」

梓「さっきの部屋からこの部屋までけっこうな距離ありますよね」

唯「わたし、耳はいいんだ」

憂「ってこの部屋って……」

憂が何かを言いかけたけれど、無視して扉を開いた。

律「――!」

梓「うそ……」

最後に見たときと明らかに部屋の様子が違った。

梓「私たちの荷物が荒らされてます!」

一目で見ればわかる違いだった。わたしたち全員の荷物はみんな程度に違いはあるけれど、あらされていた。

次に目についたのは部屋の一番奥にある引き違い窓だった。
オセロの盤を思わせる格好のついた窓ガラスにはっきりとした異常があった。


憂「窓ガラスが割れてる……」

憂の言ったとおりその右側の窓は真ん中のガラスがぽっかりと開いていた。幸い豪雨にも関わらず
風向きの関係で雨は入ってきていなかった。

唯「これは……この窓を割って誰か入ってきたってことかな?」

梓「そ、そんな……誰が?誰が私たちしかいないはずのこの別荘にいるっていうんですか!?」

紬「わからない。もちろんここには私たちしかいないはずよ。でも……」

律「現に私たちがいない間に誰かに窓ガラスが割られてる」

唯「ってことはやっぱりわたしたち以外に誰かいるってことじゃない?」

いよいよ複雑になってきた。実際わたしがみんなの立場だったらとっくに
メルトダウンしていたにちがいない。

憂「…………和さんはどこへ行ったの?」

鶴の一声とはこういうことを言うのかもしれない。憂の言葉に空気が文字通り凍りついた。

みんなの表情も霜が降りたかのように青ざめていた。



律「和の……テーブルの上にあった和がいない!」

梓「まさか、ここから侵入した人が持ってたんじゃ……?」

空気がまたもや凍りつく。

紬「でもなんのために?」

梓「そんなの私にわかるわけありません」

律「ていうか本当に誰かが侵入していたとしたらヤバイんじゃないか?」

紬「そうね。和さんを殺したのはもしかしたらその人かもしれないし……」

唯「そ、そんな……」

そこで、わたしはいかにも今気づいたかのように叫んだ。

唯「だとしたらひとりでいる澪ちゃんも危ないよ!」

律「!!」

りっちゃんが目を見開いた。瞳孔が興奮によって開ききっているのが見てとれた。

すごくいい表情。

写真に収めたいなあ。



律「こうしちゃいられないっ」

どこへ、とは言わない。
さっきとは逆にわたしがりっちゃんに腕をつかまれた。抗議の声を上げる間もなくひっぱられる。
足がもつれそうになる。

律「とにかく急ぐぞ!」



♪別荘・物置部屋・午後


どんなにがんばってもさっきまで開かなかった扉が、開いていた。

どうやって開けたのだろう。誰が開けたのだろう。みんなそう思っただろう。
しかし、そんなことは今のわたしたちにはささいなことだった。


――昨日と同じでその物置部屋は暗かった。

律「…………」
梓「…………」
憂「…………」
紬「…………」
唯「…………」

ただ、昨日と決定的に違う点がある。

死体……首だけの死体がある。

律「み、お……?」

和ちゃんの死の状況と酷似していた。
昨日はなかったはずのテーブルが部屋の中央を陣取っていた。テーブルクロスが敷かれている。
そしてその上にある顔。

澪ちゃんの顔。赤い点々がこびりついてる。


ドサッと音がした。りっちゃんがひざから崩れる音だった。

律「――――」

りっちゃんの絶叫が部屋にこだました。




♪広間・夜中・田井中律・編

雨が窓を叩く音で目が覚めた。からだを起こす。
わたしが寝ていたのはソファだった。嫌な夢を見ていたような気がするが、明確には思い出せない。

律「つうか暗っ」

口に出すまでもなく真っ暗だった。いったいぜんたい今は何時だ?
いや、そもそもここはどこなんだろう。なぜか私の部屋じゃない気がした。目に見えなくても雰囲気が明らかに違う。

律「ひざかゆっ……うわ、髪の毛ついているし」

ひざについている髪の毛をとる。私のものよりも短い。不気味なナニかを暗示しているようだ。ポイする。

ようやく暗闇に目が順応しはじめたころ、思い出した。ここは私の家じゃなくて
ムギんちの別荘だ。同時に別の記憶もフラッシュバックする。

律「……っ!」

声をあげそうになったが、何とかこらえる。
恐怖の記憶に毛穴が一気に開くのがわかった。汗が吹き出る。気持ち悪い。額をぬぐう。
けれども震える吐息は抑えることはできなかった。


不意に足音が聞こえた。無意識のうちに息を呑む。そうだ。ここには私たち以外にも
誰かいるかもしれないんだった。扉がある方向を見る。やっぱり、その足音はそこから聞こえてくる。

どうすればいい?

もし仮にわたしたち以外の誰かがこの別荘にいたとする。そしてソイツは今この
広間の扉の付近まで来ていたとしたとする。

ソイツはおそらく和と澪を殺している。だとすれば次に何をしようとする――

律「どうすりゃいいんだよっ……」

だめだ。全然頭が回転しない。
普段からそんなに働いてないんだからこんな緊急事態の時ぐらい働けよ。なんのために毎日デコさらして日光浴させてると思ってんだよ。このカボチャ頭が。

――ガチャ

扉のノブが動いた。扉が開く。もはや私には何もできなかった。

開いた扉から現れたソイツの正体は――唯?


いや、違う――唯じゃない。


「律さん、起きてたんですね」

憂ちゃんだった。



♪広間の隣の部屋

とりあえず大浴場へ行って憂ちゃんと一緒にひとっぷろ浴びた。

律「しっかし、あの浴場をよく掃除しようと思ったな」

憂「その、手伝わせてしまってすみません」

律「ううん、気にしないでよ。まあいちようこの別荘は借りものだし。
普段からムギには世話になってるし」


そんな会話をしつつ彼女に連れられるまま、なぜかここに来ていた。

荷物場――もとい、ひとつ目の事件現場。


律「いちよう片付けたんだね」

荒らされていた荷物はいちようまとめられていた。

憂「はい。さすがに気になったんで」
律「んで、なんで私をここに連れてきたの?」

理由なしで入るにはいささかここは居心地が悪すぎる。

憂「その前に」

律「その前に?」

憂「この部屋に違和感を感じませんでしたか?」

律「違和感?いや、特に何も感じないけど」

憂「私はここに入って電気をつけたときから感じてるんですけど……」

電気?
……そういえば、なんか変だな。たしか――

律「そういや、和を発見したときって確か電気つかなかったよね?」

憂「はい……私の記憶だと、そうです」

律「うん、私もパニックになってたけどたぶん、間違いない」


いや、でも待てよ。電気がつかないかどうか直接確かめたわけじゃない。少なくとも私は電気のスイッチに触れてない。
じゃあ、私じゃない誰かが言ったんだ。
電気がつかないって。

律「でも、それって何か意味があるのか?」
憂「わかんないです。でもそれには案外深い意味があったのかもしれませんよ」

まるで探偵みたいな口ぶりだった。

律「そういや、警察には連絡したのか?」
憂「はい。律さんが気絶している間に紬さんが」
律「でもおまわりさんいないよ?」
憂「それが……」

ようは台風のせいでこの島に来るのは非常に困難なのだそうだ。
つまり小康状態になるか、台風が過ぎ去るまでの間、私らはここで軟禁状態を強いられるということだ。

なんてこった!

律「ていうか普通人が死んでたら、真っ先に警察に連絡するよなあ」

なんで私たちはそれをしなかったのだろう。


憂「死体を見てパニックになっていたていうのもありますけど……」
律「我ながらなんかあのときはおかしかったな」

頭にモヤがかかっているみたいだった気がする。いや、今は今でもそんな感じなんだけど。

律「そういや酒飲んだときもあんな感じになるな」

憂「律さん、お酒飲むんですか?」

律「正月に親戚一同で集まったときとかにね。憂ちゃんは?」

憂「私は全然。それに酔っ払たらお姉ちゃんの面倒が見れないですし」

そこで不意に憂ちゃんは、何かに気づいたようにあごに手を当てた。

憂「部活でみなさんのお茶を淹れるのは紬さんなんですか?」

律「ん?まあ、なんかもうそういう習慣になってるからな」

初日のデザートタイムの時だってムギが紅茶を淹れていた。実際ムギ以外のメンバーが淹れた紅茶って
全然美味くないんだよな。

律「香りで違いがわかるな。ムギが淹れないと、まずそこから全然違うんだ」

一回、私がムギを真似てやってみたが、あまりの味のちがいに少なからずショックを受けてしまった。

あれ以来、私は紅茶に関しては飲む専門になっている。


憂「へえ。紬さんってすごいんですね」

律「いやいや、憂ちゃんの料理の腕も相当なもんだろ?」

憂「えへへ、ありがとうございます」

律「どういたまして」

場が少し和んだ。気が和らぐのを感じる。

憂「匂い――」

律「え?」

憂「いえ、独り言です」

律「?」

その後も憂ちゃんと私は、警察の真似事でもするかのように部屋を物色しながら
この件について話を進めた。


梓と唯がこの状況にそうとう参っているとのこと(二人して抱きしめあって寝ているらしい。ムギが喜んでそうだ)。

私が気絶している間に荒らされた荷物をみんなでチェックしたらしいが、私たち全員のケータイが
盗まれていたらしい。ケータイ以外は無事だったみたいだけど。(なぜか和と澪のかばんからは
着替えも盗まれていたらしい。犯人は変態か?)

犯人はなんで和の首を持ち去ったのか考えたが結局わからずじまいだということ(まあ、女子高生が
ちょっと考えたぐらいで、犯人や犯人の真意が判るなら警察なんている意味がなくなってしまう)。

台風は明日の夕方には完璧に去るということ。

律「本当にこの豪雨は止むのかな?」

真ん中に穴の開いた窓ガラス越しに外を見る。雨もだが、雷もヤバイ。澪あたりはきっと今夜みたいな
天気だったら寝れなかっただろうな……


澪、澪、みお――



憂「大丈夫ですか?律さん」

律「あ……ああ、ごめんごめん。ちょっとな」

今だけは深く考えるのはやめよう。探偵ごっこでもして気をまぎらわしていないと、
とてもじゃないけどやっていられない。

律「そういえばここは雨が入ってこないな」

憂「風向きのおかげだと思います。それに立派なひさしもついていますしね」

なんとなく外の新鮮な空気が吸いたくなった。窓に近づく。開ける。いや、開かない。
カギを確かめる。おかしい。カギは外れている。

私の正面にある左側の窓はまるで固定されているかのように動かない。

律「あ、あれ?」

憂「ああ、それ左側の窓ははめ殺しになっているそうです。だから右側しか開かないって。
紬さんが言ってました」

律「なんだそりゃ?変わってるな」

仕方ないので右側の窓を開ける――

律「え?」

なんだ?何か今すっごい違和感を感じた。


たしかに、割られた窓ガラスは部屋の中にある。外側から割らなきゃこうはならない。

でもそれにしてもこれはおかしい。三歩下がって窓全体を見てようやくその奇妙さ加減に気がついた。

思わず憂ちゃんの顔を見る。

憂「律さんもこの窓のおかしな状況に気づきましたか?」

律「うん」

予想通り、憂ちゃんもすでに気がついていた。
しかし、そうだとするとどうなのだろう。この奇妙な状態はいったい何を教えようとしているのか。

ようやく頭が回転しだそうとしたときだった――

憂「次はあっちの部屋へ行ってみましょう」

手がつかまれたと思ったときには憂ちゃんに引っ張られていた。
“できる妹”は私よりも事件のはるか先を見据えているようだった。




なんで和は殺されたんだろう。
なんで澪は殺されたのだろう。

懐中電灯の明かりだけを頼りに暗い廊下を進む。足音はしない。
廊下には絨毯がしいてあるからだ。もうすぐたどり着く――あの物置部屋の扉が見えた。

憂「着きましたね」
律「……」
憂「律さん?」
律「ごめんごめん。大丈夫だよ」

取っ手に指をかける――

律「ん?」

直感で人の気配を感じた。もちろん中からだ。とっさに憂ちゃんの手を引く。

憂「!」

たぶん憂ちゃんも気づいたのだろう。反射的に走る。とっさに廊下の出っ張りに隠れる。手に持っていた懐中電灯の明かりを消す。視界が真っ黒に染まる。

直後に扉が動いた気配がした。そして聞こえてくる小さな足音。自分が息を呑むのがわかった。

ヤバイ。ヤバイヤバイ。マジで怖い。



誰だ――もしかしかし例の犯人か?だとしたら――
もしここで見つかったら私と憂ちゃんもあの二人と同じように殺されるのか。

手が震える。止めようとする。止まらない。

律「あっ……」

懐中電灯が落ちた。遅れて音がする。

“誰か”の気配が止まった。

心臓がシックスティーンビートを刻んでいる。気持ちの悪い汗が吹き出てきやがる。脳みそがドラムスティックでかき回されているみたいに思考がメチャクチャになる。

殺されるバラされる首だけにされる――


憂「どうやら行ったみたいですね。律さん大丈夫ですか?」

憂ちゃんの心配そうな声がして俯けていた顔をあげる。

律「……さっきのヤツは?」
憂「律さんが懐中電灯を落としたら、急に走って消えてしまいました」

安心したのか無意識にため息が出た。

憂「追いますか?」
律「……」
憂「冗談です。そんな顔しないで下さい」

どんな顔だ。
場違いな冗談だった。もっとも冗談はそれだけだったらしい。懐中電灯で自分の顔を下から照らす憂ちゃんの表情は至極真剣だった。
ていうか怖いよ。

憂「今から私は物置部屋へ入ろうと思います」

律「私もついていくよ」

憂ちゃんだけを行かせるなんてできるか。とか思いつつ実際のところ、私は一人になること
に対してビビってるだけなのかもしれない。

憂「ありがとうございます、律さん」

まあ、どちらにしよう憂ちゃんの笑顔が見られたんだ。良しとしよう。
懐中電灯によって浮かび上がったその顔は、やっぱり怖かったけど。


部屋へ入ってすぐ、電気をつけた。
ほとんど消えかかっている照明が部屋をかろうじて照らす。

覚悟していた光景はそこにはなかった。

律「……?」

澪の首がなかった。部屋の中央を陣取るテーブルだけがあった。
テーブルクロスの中央には赤黒い大きなシミが付いていた。

憂「また、ですね」
律「また?……あ、そうか」

私の記憶は相変わらず混濁しているらしい。憂ちゃんに言われて今更のように思い出す。

律「和もそういや、部屋からいつのまにか消えたんだよな」

首。首だけの死体。中央のテーブル。テーブルクロス。気づいたら持ち去られた。服や下着も。
持ち去ったのは――正体不明の誰か?

この二人に関するそれぞれの共通点。


4
最終更新:2010年04月12日 07:45