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律「……ダメだな。全然わかんないや。ん?憂ちゃん?」

憂ちゃんはテーブルクロスの端をつかむと、おもむろに引っ張った。

憂「えい」
律「あっ……」

むき出しになったテーブルを見て、思わず声を上げてしまった。
テーブルのど真ん中にキレイな円形の穴がある。
おそらく人の頭一個分くらいなら簡単に通るだろう。

一瞬、今までの事件は盛大なイタズラだったのでは、という考えが頭をかすめる。

もっともそんな現実逃避にも似た考えはすぐに打ち消した。
それは和の死体を見たときも澪の死体を見たときも考えた。しかし、そんなものテーブルの足元を
見れば答えはすぐわかる。答えはノーだ。間違いなくテーブルの下にあったのは暗い闇だけだった。

憂「この穴は何なんでしょうね?」

律「わかんない。これもなんかすごく高いテーブルなんじゃない?」

憂「そんなふうには見えませんけど」



憂ちゃんの言うとおりこのテーブルは妙に安っぽい。
物置にあるぶんには全然違和を感じないけど、この別荘にあるインテリアとしては
なんて言うかなんと言うのか……うん、不釣合いだ。

律「まあ、だから物置きに……」

あるんだろ――と言おうとしてそうじゃないことに気がついた。初めてこの部屋に訪れたときを
思い出す。

律「そうだ。初めはこんなテーブルなんてなかったんだ」

憂「なかった?」

律「うん。だってその位置には澪がいてうずくまってたし。間違いない」

憂「私たちが澪さんを発見したときにテーブルはありましたよね?」

律「おう、それも間違いない」

憂「とりあえず、ざっとこの部屋を調べてみませんか?」

そう言って憂ちゃんは懐中電灯をつけた。
刹那、目に鋭い刺激が走った。何だろうこれは――


憂「これは……」

律「なんでこんなものがこんなとこにあるんだろ?」

いや、物置にあるぶんにはそれほど変じゃないのか?

律「でも、こんなのあったかな?」

思い出せない。ここには計三回来てはいるが、一回目も二回目も部屋の周囲に気を配る余裕
なんてなかった。

憂「律さん。私、わかったかもしれません」
律「……何が?」

憂ちゃんの顔は暗くてはっきりとは見えない。
だれど、私の耳を打った声はどこまでも自信に満ちていた。

憂「――この事件の犯人、です」



♪広間の隣の部屋

再び訪れたこの部屋で憂ちゃんが真っ先にしたのは、テーブルのチェックだった。
と言っても赤いものがこびりついたテーブルクロスをはがしただけなんだけど。

テーブルには、あの物置部屋のそれと同じ穴はなかった。

律「てっきりこれにも同じ穴があると思ったんだけどな」
憂「やっぱり……」

落胆する私の声とは対照的に憂ちゃんのそれは、どこか確信にも似た響きがあった。

律「やっぱりって?」
憂「“こうじゃなければ”逆におかしいってことです」
律「ええと、よくわかんないんだけど……」
憂「あとで、説明します」

憂ちゃんは今度はおもむろにしゃがみ込んだ。私もそれにならう。

律「どうしたの?」

憂「これを見てください」

憂ちゃんが指差した先の絨毯を見る。テーブルの足と足の間に直線でも引いたみたいな跡がある。

憂「あと、ここも」

絨毯に陥没しているテーブルの足……の付近に円形の跡。これが何を示唆しているのかは私でもわかった。

律「このテーブルは動かされた可能性があるってことか」

憂「はい、たぶん十中八九間違いなくテーブルは移動しています。それにテーブルクロスもおそらくすりかえられていると思います」

不意に憂ちゃんは立ち上がると、伸びをした。


憂「さて、とりあえずはここまでにして一旦寝ましょう」

律「え?いいの?まだ私にはこの事件のこととか全然わかんないだけど」

憂「明日説明します。律さんには思いっきり頑張ってもらうんで今は休んでください」

律「まあ、協力するのはやぶさかではないけど」



憂「明日は、下準備もあるので、七時には起きてくださいね」

憂ちゃんがきびすを返す。私はその背中にどうしても気になっていることを聞いた。

律「待った。これだけは教えて。誰が犯人なの?」

憂「犯人、ですか?」

律「うん」

まるで明日の天気でも口にするように憂ちゃんは言った。


憂「この別荘で起こった事件の犯人は――お姉ちゃん」

その答えはなんとなくうっすらと、わかっていた。


が、次の彼女の言葉は思ってもみなかったものだった。


憂ちゃんは続けてこう言った。

憂「――紬さん、澪さん、和さんです」




♪次の日・別荘

――午前九時。

数えるのも億劫になるほどの階段を上がってようやく平沢唯は目的の階にたどりついた。
右手にある四つ目の部屋……“あの二人”のいる部屋の前の扉をノックする。

返事はない。構わず扉を開け、中へ入る。


――部屋は暗かった。


「唯にしては早かったな」

暗闇から声がした。徐々に目が暗さに慣れてくる。声の主は――秋山澪、だった。

「それで、直接言わなければいけないことって何?」

唯にとってもっとも聞きなれた声――真鍋和の落ち着き払ったそれが室内に木霊した。

唯「“私”が直接言わなければいけないこと、それはね――」

不意に唯は前髪のピン止めを外した。

「あっ……」

最初に気づいたのは和だった。遅れて澪も驚きに目を瞠る。

唯――否、憂は言った。


憂「和さん、澪さん、これで終わりです」





♪別荘・広間の隣の部屋・再び田井中律視点


唯「う~んまさか起きたら事件が解決していたなんてビックリだよねぇ」

紬「うん、正直私もこのまま解かれないまま終わると思ってた」

澪「憂ちゃんのほうが私たちよりも一枚上手だったみたいだな」

和「せっかく用意していたドッキリのカードもいらなくなったわね」

律「さすが憂ちゃん!」

憂「いえ、そんなに褒められると照れます」

梓「いやいやいやいやいやいや」

澪「六回」

梓「私だけ流れについてけてないです!いったいどうなってるんですか!?唯先輩とムギ先輩が犯人?で、しかもなんで澪先輩や和先輩が生きているんですか!?」

律「そりゃあ、もとから死んでないからに決まってんじゃん」

梓「じゃあ私たちが見たあの悲惨な死体は何だったんですか!?」

唯「あずにゃ~ん、落ち着いて落ち着いて~」

梓「抱きつかないでください、ていうか、どういうことか教えてくださいよ」


唯「だ~か~ら~、わたしとムギちゃんと澪ちゃんと和ちゃんによるサプライズだったんだよ。誰も死んでないし、
もちろん誰も殺してないよ。しいて言うならわたしがこの計画を考えたから犯人はわたしなんだけどね」

梓「ええと、もう少しわかりやすくしてくれませんか?」

唯「わたしとムギちゃんが犯人役で、澪ちゃんと和ちゃんが死体役ってことだよ」

梓「……はぁ」

唯の言葉に梓はため息をつく。要領を得ないとはまさにこのことだった。これでは犯人役はできても、
探偵役は務まらないだろう。

憂「じゃあ律さん。梓ちゃんにわかるように説明してあげて下さい」

律「私?べつにいいけど……憂ちゃんがこの事件を解決したんだから憂ちゃんが説明すればいいじゃん」

憂「いえ、律さんがカッコよく事件を解決する勇姿をみたいんで」

律「なんか憂ちゃんに言われると、断れないな。そうだな、じゃあこの名探偵田井中律様が華麗に事件を解説してみせよぉ」

澪「解いたのは憂ちゃんだろ?」

律「まあそれは置いといて……さて、事件を解決するなんて言ったってそもそもこれは事件っていうか
ぶっちゃけただのサプライズだったわけで。あるいはマジックでもいいな」



梓「マジック?」

律「そう。マジック。トランプの数字を見ずにあてたり、空中に浮いたりする、アレな」

和「マジックとは、なるほど。言いえて妙ね」

律「実はというと、な。この部屋のテーブルには仕掛けがあったんだよ」

言いつつ、真っ白なテーブルクロスをテーブルから剥がしてやる。むき出しになった
テーブルの中央に人の頭が一つ通る程度の穴があった。

早朝起きして、物置部屋にあったのを憂ちゃんと運んできたのだ。ちなみにこの部屋にあった
本来のテーブルは、隣の広間に移してある。

梓「この穴はなんですか……まさか、この穴に頭だけ通して死体のフリをしていたとか、言うつもりじゃないですよね?」

律「半分正解。でも、半分外れだ。それじゃテーブルの下を見たらすぐわかる。まあ、このテーブルクロスがもっと丈の長いものだったらテーブルの足元くらい隠せるかもしれないけど」

梓「それで?半分正解ってことは頭は通してたんですよね。その穴に」

律「うん。でもこれだけじゃ今言ったとおり、すぐバレる。あの時あの部屋は明かりをつけていなかったけど、それでも廊下からさした光ですぐにわかっただろうな」

梓「ってことはどういうことなんですか?」

律「さっき言ったとおり、これは言うならマジックなんだよ――そうだな、実際あの時の状況をそのまま再現してみよっか。梓、ちょっと目をつむってて」

梓「わかりました」




数分後。

律「よし、目ぇ開けていいぞ」
梓「……うそ」

梓の目には私の首がテーブルに乗っているようにしか見えないだろう。ちょうど、和や澪が死体として
私を含めたみんなに発見されたときのように。

梓「ど、どうなっているんですか!?」

律「こういうことだよ……っと」

テーブルから顔を引っこ抜いて、テーブルの足と足の間にピッタリはまった“鏡”をどかしてやる。

律「な?ビックリだろ? ていうかこれは実際にナントカっていうマジックらしいんだけどな」

憂ちゃんからそのマジックの名前は聞いたけど、すでに忘れた。

律「やり方はこうだ。まず、頭を予めテーブルに開けておいた穴に突っ込む。そして、
サイズピッタリの鏡をテーブルの足と足の間にはめてやる。いちよーこの鏡はそれなりの分厚さもあって、重い。一人で運ぶにはちょっと骨が折れるくらいだ。念のためにテープで鏡とテーブルをくっつけて固定すれば、
まず外れたりもしないだろ。これでいっちょ、首だけ死体の完成」

澪「実際にはテーブルクロスにも穴を開けておいたり、血糊をつけたりしたんだけどね」

律「だ、そうだ」


梓「じゃあ、澪先輩のときも同じやり方で?」
唯「うん、澪ちゃんのときもそうだよ。たまたまわたしの本棚にあったマンガで見つけてね」

ずいぶん簡単に説明したが、テーブルに穴開けたり、鏡を調達したり、それを運んだりなど、それなりの労力は必要だったはず。

梓「しかし、なんでこんな風に首だけがテーブルに乗っているように見えるんですか?」

律「私にも難しいことはわからない。鏡による遠近法?
目の錯覚?とにかく何でかはわからないけど、そういう風に見えるんだそうだ」

これも憂ちゃんに講釈を受けたが、イマイチ咀嚼できなかった。

梓「で、でもちょっと待ってください。その死体のふりの方法はそれでいいとしてもやっぱり納得できません」

律「なにが?」

梓「だって、その、私たちの荷物を盗んだりとか、窓ガラスが割られていたりだとか、謎の人物についてだとか……そもそもなんで、この事件を憂や律先輩は解けたんですか?」

律「まあ、落ち着けって。順を追って説明していくからさ。ところで、梓。人が
首切られたら、フツーどうなる?」

梓「どうなるって……死にますね。血がいっぱい出ちゃって」

律「そうなんだよ。そうなんだ。首は太い血管が流れているからな。まあ、すごい量が出るだろうな。
見たことないけど。でもさ、血が出たらどうなる?いや、聞くまでもない。臭いがするんだよ。
血の、な」


梓「そういえば……和先輩のときも澪先輩のときも血の臭いなんてしなかったです」

律「そう。これが憂ちゃんがこの事件に対して最初に抱いた疑問だったんだよ。まあ、最初の和に
関して言えば、窓が開いていたから、無理やり血の臭いはしなかったって方向に持ってこれなくもないけど」

和「最初はね。窓を開けておく予定なんてなかったのよ。血の臭いのことをすっかり忘れていたから」

律「つまり、窓が開けてあったのは和のとっさの機転ってわけだ」

和「まあね。でも、結果的にこのアドリブが首を絞めるハメになったけど」

梓「どういうことですか?」

律「それはとりあえず後で説明するよ。さてさて、和のときは窓が開いていたからまだ臭いはしなかった。
うん、これはギリギリセーフだとする。けど、次の澪のときはどうだ?物置部屋に死体として存在した澪。状況は和と
全く同じ。しかし、あの部屋も血の臭いはしなかった。じゃあ、窓は存在したか? するわけがない。なにせあそこはただの物置だ。
窓なんて一つもなかった。じゃあ、どうなるのか。死体が転がっているのに、血の臭いのしない
密室空間――完璧に矛盾している」

梓「なるほど。確かに完全に矛盾してますね」

律「それだけじゃない。澪の死体を発見する前。私と、唯、ムギ、梓、憂ちゃんはあの物置部屋の前に
いただろ。そのときに何が起きたか覚えてる、梓?」

梓「……窓ガラスが割られて私たちのケータイが盗まれました」


律「正解。さて、その第二の事件が起こる直前まで、私らはあの部屋の前にいたんだ。澪もあの部屋の中にいた」

律「と、すると残りこの別荘にいて窓を割れる可能性があるのは誰だった?」

梓「え……誰って……和先輩?」

律「そういうこと。もちろん、これはこうして和が死んでないって分かっている今だからこそ導き出せる答えであって、
あの時点ではまだ明確には判断できないんだろうけどな。それでも憂ちゃんは可能性としてそれを考えたわけだ」

憂「律さんの言うとおりあの時点ではまだおぼろげだったんですけどね」

おそらく憂ちゃんの予想がほとんど確信に変わったのは澪の死体を発見したときだろう。

律「さて、物音がしたって言う唯に連れられて私ら五人は、この部屋に来た。あの時はどういう状況だったのか。
和が消えて、荷物が荒らされていて、そして窓が割れていた。結果として私らは、そこから自分たち以外の誰かがいるん
じゃないかって考えた。そして、ソイツは和を殺したのでは、とも。でも、それはおかしいよな。何がおかしいって?
そもそも私たち以外に本当にこの孤島にいるのか?」

梓「いないんですよね?」


律「うん。それに、本当にそんな謎の侵入者がいるとしたら、逆におかしいんだよ。さっきの
和の話を思い出してみて。和は最初の事件で、窓を開けたんだ。血の臭いのことを誤魔化すために。
つまり窓は開けっ放しの状態だった。和を発見した後もみんなすぐ部屋を出ていった。

だからこの時点では窓は閉められていない。そしてその後もみんな和の死体にビビってあの部屋に入らなかった。

としたら、いったいどうやってあの窓を閉めるんだ?冷静に考えれていればすぐに気づけた。

私たち以外の誰かが存在したとしたら、その誰かはわざわざ窓を割って、カギを外すなんてことしないってことに。
そんなことする以前にとっくに窓は開いているんだからさ」

それに死体を見て混乱した挙句、警察に通報しなかった連中が、戸締りなんかに気をつかうのは変な話だった。


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最終更新:2010年04月12日 23:39