紬「考えたくないんだけど、
  もしかしてこれって……
  一度体験したら、
  あとはずっと起こり続けるとか……」

ク「伝染する……ってこと?」

紬「そういうことになるわね」

唯「わーい、じゃあみんな仲間だねー!」

律「うるせー!
  しょーもない怪奇現象を移しやがって!」

澪「お、落ち着け律……
  唯が悪いわけじゃないだろ」

梓「そうですよ、怒ったって何も解決しません。
  こうなってしまった以上、私達は運命共同体、一蓮托生です」

ク「どうしてこうなった」

澪「どうしたら元に戻れるんだろ……」

紬「解決法を探るにはまず原因を知ることが先決よ」

梓「原因ですか……
  唯先輩、何か心当たりあります?」

唯「えー? うーん……特にないけど」

梓「部活やるのが嫌だったとか」

唯「部活はやりたいよ」

梓「早く家に帰りたかったとか」

唯「家に帰っても暇だよ」

梓「掃除サボりたかったとか」

唯「そりゃ掃除はイヤだけど
  サボっちゃいけないよ」

梓「……」


律「うーん……」

紬「うむむむむ」

澪「……考えててもアレだしさ、
  今日はもう帰らないか?
  それで明日またみんなで集まろうよ」

律「そうだな……明日は土曜日だし」

澪「じゃあ、明日唯の家ってことでいいか?」

唯「うん、大丈夫だよ~」

ク「私も?」

律「そりゃーあんたも当事者だしな」

紬「じゃあ6人ぶん、お菓子持っていくわね……
  あ、憂ちゃんもいるか」

澪「じゃ、今日は帰るか」

翌日。

澪「こんにちはー」

律「きたぞ唯~」

紬「お菓子持ってきたわよー」

梓「いつ見ても良い家ですね」

ク「へえ、こんなとこに住んでたんだ」

憂「いらっしゃい、軽音部の皆さん……と、
  それから……」

ク「あ、私、平沢さんのクラスメイトで、名前は……」

律「唯はどこにいるんだ?
  まだ寝てるのか?」

澪「まったく仕方ないな唯は……お邪魔しまーす」

紬「憂ちゃん、良かったらこれ……」

憂「あー、ありがとうございます」

ク「……」


ガチャ
澪「おーい、唯ー」

唯「あー、おふぁよー」

梓「おはようじゃないですよ、もう昼ですよ」

律「散らかってんな~」

ク「足の踏み場もないわ」

唯「いやー、昨日ちょっと掃除しててさ」

澪「掃除をし終えてから寝ろよ」

唯「眠くなっちゃってね~。
  まーそのへん座って」

梓「座る場所がないですよ」

唯「じゃあベッドの上にでも腰掛けて」

紬「みんなでひとつのベッド……」

ク「?」


澪「さて本題だ。
  どうしてこんなことになってしまったか」

紬「唯ちゃん、本当に心当たりはないの?」

唯「心当たりって言われてもな~」

ク「頭ぶつけたとか、
  変なクスリを飲まされたとか、
  宇宙人にさらわれてUFOに乗ったとか、
  神様に祈ったとか、
  夢をみたとか」

律「どんどんオカルト方向に進んでいくな」

ク「だって常識じゃ説明つかないでしょ、
  こんなこと」

律「まあそうだけど」

澪「で、何もないのか、唯」

唯「何も思いつかないよ、
  いきなりこんななっちゃったんだもん」


律「うーん……」

梓「病院でも行きます?」

澪「精密検査してもらうか?」

梓「それが確実でしょう」

紬「そんなことで解決できるかしら」

ク「でも何もしないよりはマシだと思う」

律「よし、じゃあ今から病院にいくか」

唯「えー、病院怖いよ~」

律「何いってんだ、ほら行くぞ」

唯「えええ~……」

ガチャ
憂「お姉ちゃ……
  ってあれ、みなさん何やってるんですか?」

律「え?」


憂「朝からベッドで……
  ……!
  あ、いやすみません、失礼しますっ!」

律「ちょっと待て憂ちゃん!
  君は今すごい誤解をしているっ!」

澪「ていうか、今……
  憂ちゃん『朝から』って言わなかったか」

ク「言ってた……」

紬「まさか」

梓「……考えたくありません」

澪「……唯」

唯「ん?」

澪「携帯を開いて今日の日付を確認してくれ」

唯「えーとね、3月15日月曜日……月曜日!?」

澪「\(^o^)/」


唯「え、え、え? どういうこと?」

梓「放課後だけじゃなく休日まで一瞬……」

ク「そんなあ……」

紬「……あの」

律「な、なんだ」

紬「私たちは土曜と日曜がカットされてしまったわけだけど、
  そのあいだ私たちはずっとここにいたのかしら」

律「どういうことだ?」

紬「土日の48時間、私たちがずっと家を出ていたら
  親たちは不審に思うはずだわ。
  でも何の電話もメールも来ていない」

澪「確かにそうだな」

紬「憂ちゃんだってそうよ、
  私たちがずっとこの部屋にいたんなら
  それを知らないはずがないもの」

梓「そう考えると謎ですね、
  どういうことなんでしょう」

ク「時間が飛ばされているんじゃなくて、
  記憶だけが欠落している……とか」

紬「考えられる可能性としてはそうね」

澪「記憶の欠落か」

律「そういう仕組みだったんだな、
  よくできてやがる……」

唯「あ、そろそろ学校行かなきゃ」

澪「え、今何時?」

唯「8時」

梓「ええっ!?
  今から帰って着替えてたら確実に遅刻ですよ」

澪「私もだよ、急いで帰らないと……!」

唯「朝から騒がしいね」

ク「あんたのせいよ」


外。

和「唯~、学校行くわよ~」

ガチャ
澪「あー早く帰んなきゃ」

梓「もう遅刻決定ですよ」

律「はー、日曜まで消えるのは勿体無いな」

紬「斉藤の車でも呼ぼうかしら」

ク「家まで遠いんだよね~」

和「……」

澪「あ、和」

和「朝……唯の家から……
  大勢の女生徒がぞろぞろと……」

澪「和?」

和「不潔……」

澪「のーどーかー……」



学校。

唯「ふわー、授業終わった」

律「よし唯、部活いくぞー」

紬「でもすぐ5時に……」

ク「……なっちゃったわね」

律「どうしたもんかね」

紬「原因もさっぱりだし……」

ク「やっぱ病院で検査とかしてもらったほうがいいのかな、
  記憶の障害なら脳を見れば分かるだろうしさ」

唯「え、脳を切り開かれるの?」

ク「そんなことしなくても、
  なんたらスキャンとかあるんじゃない?」

律「病院か~」

唯「はーあ、ギター弾きたいなー」

律「今弾いちゃえよ」

唯「えー、もう下校時刻なのに」

律「ちょっとくらいいいだろ、な」

紬「そうね」

ク「私も平沢さんのギター聞いてみたいわ」

唯「うーん、じゃあちょっとだけ……
  よいしょっと」

律「唯のギタリスト姿を見るのも久々だな」

唯「じゃあいきまーす、
  わんつーさんしー」

ギュイギュギュジャジャンジャ
ジャラララジャジャジャギュギュギュイーン

律「……」


唯「ふう……どうだった?」

律「どう、って……」

紬「……」

ク「すごいわ、平沢さん!
  こんなに上手いなんて知らなかった!」

唯「えー、そうかな?」

ク「そうよ、プロ並みじゃない?
  ねえ、そうでしょ!」

律「ああ、まさかこんなに上達してたなんて……」

紬「いつのまに練習してたの?」

唯「別に練習なんてしてないけど、
  今弾いたら弾けちゃった」

律「嘘つけ、ぜったい秘密の練習してただろ」

唯「してないよ~」


律「……まさか」

紬「……多分同じことを考えてるわ」

ク「え、なに?」

紬「唯ちゃんは記憶がない間に、猛練習をしていた……」

唯「ええっ!?」

律「というか、この記憶の欠落が
  唯に練習させるためのものだったりして」

紬「そうね、これはきっと催眠のようなものだわ。
  放課後、唯ちゃんは一人で猛練習をする、
  そしてそれが終わるとその記憶をなくす」

律「その結果、唯は知らないうちに上達した……か」

ク「平沢さんが練習していることを知られないように、
  私たちにも伝染するようになってたのね」

唯「へえ、そうだったんだ」


紬「まあまだ仮説なんだけどね」

律「そうだ、私たちも上手くなってたりするんじゃないか?」

紬「ありえるわね」

律「ちょっと音楽室寄ってこうぜ」

唯「えー、もう下校時刻だよ?」

律「気にするな、行くぞ」

ク「あ、私も行っていい?」

律「おう、あんたも当事者だからな」

紬「みんなで行きましょう」


音楽室。

律「おや、ベースとギターの音が……」

澪「あ、律! 聞いてくれ、今弾いてみたら……」

梓「なぜかプロ並みの演奏になってたんですよ!」

紬「へえ、澪ちゃんたちも」

唯「じゃありっちゃんとムギちゃんもなんか弾いてみてよ!」

律「よし、やるぜ!」

どこどこどこどんどこちゃちゃどん

紬「ええ」

たらりらりらららたらりらたりらりらん

澪「おお、ムギすごい!」

ク「田井中さんはあんまりね……」

梓「元がダメですから」

澪「しかし、上手くなったのはうれしいけど
  謎が深まったな」

梓「そうですね……
  でも、これをやった目的は
  『軽音部のレベルを向上させるため』……
  で間違いないでしょう」

澪「だな」

紬「問題は、なぜこんなことが起こったか」

ク「原因は……平沢さん?」

唯「え、私?」

ク「平沢さんが自分に催眠をかけたとか……」

唯「そんな、催眠術なんてできないよ」

律「唯じゃないなら……」

さわ子「そう、私よ」

澪「!」


律「あんたかよ」

さわ子「ごめんなさい……
     あなたたちが上達しないのがもどかしくて、
     ついやってしまったわ」

紬「練習しろって、言ってくだされば良かったのに」

さわ子「練習は充分にやっていると思うわ……
     でも人並みの練習だけでは
     超えられない一線というものが存在する」

唯「超えられない一線……?」

さわ子「学生時代、私はそれを超えられなかった。
     でもその一線さえ超えれば……
     どこまでもどこまでも飛躍していける……
     あなたたちには、私には届かなかった高みまで、
     突き抜けていってほしかったの」

梓「先生……」

さわ子「でも、こんなやり方は間違っていたわ」

律「そんなことないよ!
  私たちのためを思ってやってくれたんなら、
  それが間違いなんてあるはずがない!」

さわ子「りっちゃん……」

律「練習しないで上手くなれたし!」

澪「そっちが本心か」

梓「ていうか上手くなってませんし」

紬「そうだ、欠落した記憶は蘇らないんですか?」

さわ子「蘇るわよ。私の目を見て」

唯「じーっ……」

さわ子「キエー!」

唯「!!!!!」

澪「こ、これは……」

梓「頭が……割れそう!」

紬「く……こんな……」

律「うおおお……!」

ク「先生、これは……!?」

さわ子「ふっ、自分の限界を超えるための努力……
     それは生易しいものではないということよ」

ク「そんな……」

さわ子「そうだわ、あなたも楽器ができるようになってるわよ」

ク「え、そうなんですか?
  何の楽器ですか?」

さわ子「ユーフォニウムよ」

ク「……」


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最終更新:2010年04月13日 14:35