澪「カツ丼、カレーにラーメンが揃ってる店なんて味に期待してなかったけど」

モグモグ…

澪「うん、これは結構あたりだね。健康を噛み締めてる感じ。玄米ご飯とどんぴしゃり」

澪「お味噌汁もいいダシ出てるなぁ……あ、にぼし入ってる」ジャリッ ズズゥ…


澪「はぁ、食べた食べた」カチャ

店主「お茶をどうぞ~」

澪「あっ、どうも」

澪「ン。ほうじ茶か…久しぶりでウマイな」ズズー

澪「…スイマセーン、お会計お願いします」

店主「450円です」

澪「はい(値段も良心的で良し)」チャリチャリ

店主「丁度ですね。ありがとうございました~」

澪「ごちそうさまでした」ガチャ

澪「ふぅ~……あ!?じっくり食べ過ぎた、もう午後の授業始まっちゃってる!」

澪「……ま、しょうがない。5限目終わるまでお茶でもしてるのもいいか」

―こんな日も時には必要なのかもね。心のスイッチ切り替えデー。


私は満足したお腹をひとさすりすると、おもむろに歩き始めた。



澪「…マジメな野沢菜食べたのに不真面目にサボる私……ププッ、いいね」



~ぼっちのグルメ~

著・秋山 澪


……とにかく腹が減っていた。

私は隣町の中古楽器店でレフティベースフェアをやっているという話を聞き
躍る気分で見に行ったのだが、どれも予想を上回るジャンクぶりだった。

まったくの無駄足だ。

おまけにどうやら私はまたも路に迷ったらしい。
しかも追い討ちをかけるように雨が降り出す。

澪(くそっ……どこか雨宿り出来る場所は…)

丁度前方に商店街のアーケードが見えた。
びしょ濡れになる前に急いで入り込む。

澪「ふぅ…でも一体どこに迷い込んじゃったんだろ」キョロキョロ

澪(……あれ、うちの制服着た子がちらほらいるなぁ。もううちの学区なのかな)

グループで楽しそうにお喋りしながら歩いている女の子達。

すれ違う度に自分が見られている気がする。

澪「ぼっちって思われてるのかなぁ…くそっ」

澪(焦るんじゃない…私はお腹が減っているだけなんだ)

澪(お腹が減って死にそうなんだ)

店主「バカヤローッ!二度とこの店に来るんじゃねぇぞ!」

客「ひぃっすいません!」

澪「!?」ビクッ

澪(……)チラ

怒声が聞こえてきた店の看板を見やる。

澪(二郎だ!うわ、嫌な事思い出しちゃったぞ……)

私は以前、ここではないが別の二郎へ行って考え無しに大を頼み、残してしまったことがあった。 あの客も多分残してしまったのだろう。

それにしてもここの次郎の店主は随分と厳しいんだな。
私だったらゲロ吐いて泣いちゃうぞ…

なんて事を考えながら歩いていると―

澪「あ、アーケード終わっちゃった…」

澪(どうしよう、引き返そうか……)

澪(でも同じ所をうろうろなんていかにも暇を持て余したぼっちっぽいぞ)

澪「他で探そう。まだ店はあるはずだ」

意を決し、私は幾分か小降りになった雨の中に飛び出す。

澪「くそっ、それにしてもお腹減ったなぁ!」タッタッタッ

澪(めし屋は……どこでもいい、めし屋はないのか)

ふと前方のバーガー屋に目がとまる。

澪「マックスバーガーか……」

出来る限りこういう店には入りたくない。
私はチェーン店で食べると損した気分になるのだ。
金銭的な事ではなく、食事という行為に対してそういう意識が働く。
ファストフードなどは尚のこと「ただ腹を膨らます」感が強くそう思える。

だが先を見ると住宅街、もうここ以外に食事を取れる店は無さそうだった。


澪「まぁいいか。ジャンクフードってたまに腹に入れたくなるしな」

ガーッ

店員「いらっしゃいませ~、お決まりでしたらどうぞ」

澪「えぇっと……チキンフィレオのセット」

店員「セットのお飲み物はいかがいたしましょう」

澪「ブレンドコーヒーで」

店員「ホットコーヒーですね。ご注文以上でよろしいでしょうか?」

澪「はい あっ、あとナゲット!ナゲットつけてください」

店員「ソースの方はバーベキューとマs」
澪「バーベキューで」

澪(ナゲットだけだとマスタード派だけどポテトもつけるからね)

店員「お会計790円になります」

澪「はい(うわ、結構いくんだな……やめとけばよかったか)」

店員「では右の方お並びになってお待ち下さい」

澪「ふぅ」

客「えーっと……テリヤキのセット。かざすクーポンで」シャリーン♪

澪「?」チラ

澪(携帯クーポン!そういうのもあるのか)

店員「こちらでお召し上がりですか?」

客「持ち帰りで」

澪(持ち帰り!そういうのもあるのか)

店員「チキンフィレオのセット、ナゲットでお待ちのお客様~」

澪「あ、はい」サッ

澪「ふぅ。しかしこの時間は学生のグループ客ばかりだなぁ。参っちゃったぞ」

澪「ぼっちって思われてるんだろうか……そうなんだろうなぁ……」

澪「まぁいいや、ともかく今は目の前のバーガーだよ!いただきまーす」ガサ

澪「はむ。もむ」モグモグ

澪「いいね、このジャンクな感じ。マヨネーズの味って育ち盛りって感じだよね」

澪「さてナゲットのソースを開けてポテトを……」モグモグ

澪「さめないうちにナゲットにも手を付けておこう」スッ

澪「……あっ!しまった!」

澪「チキフィレとナゲットでチキンがかぶっちゃったな……テリヤキあたりにすべきだった」

澪「はぁ、鶏づくしだ。仕方ない」モグモグ

客1「でさぁーっ、地学の吉田が…」

客2「そうそう!マジ空気読めないよねェーっ」

キャハハ ゲラゲラ…

澪(吉田先生の話してる。ぷぷ、確かにあの人そうだよね~)

澪「プククッ」

客1「」ピタ

澪(うっ、つい笑い声がもれてしまった)

客1「……ねぇ、今あの子一人で笑ってたよ」ヒソヒソ

客2「あれ軽音部の人じゃない?文化祭でパンツ見せてた」ヒソッ

澪「!……//(は、恥ずかしい……)」

澪「ふぅ、ごちそうさま」ガササ

澪(いつも思うけどミルクの容器ってプラスチックの方でいいんだよね…)ポイ

ガーッ

店員「ありがとうございましたぁ~」


雨はもう止んでいた。


澪「……」テクテク

澪「」ピタ

店を出て少し歩き、振り返ってみる。

店内のグループ客が私を見ていた。

澪「……」


多分ぼっちには不釣合いな場所だったんだろうな……

……

澪「め~し屋へ~♪エークソォダスゥ~っ♪」タッタッ

ある日の部活帰り。

校門を出て早々に皆と別れた私は、浮いた気持ちに軽い足取りで下校していた。


――話は今朝に遡る。


呼込み「本日午後16:00より開店シマス、ドウゾお立ち寄りクダサイ」

澪「あっ、どうも」


私は登校途中、新しく出来たカレー屋さんの呼び込みに一枚のチラシを渡された。

本格インドカレー屋と記されたそのチラシには、おいしそうなカレーの写真。

澪「ごくり」

澪(朝っぱらから食欲をそそるモノ渡されちゃったぞ、参ったなぁこれから学校なのに)


和「…ぉ。……みお」

澪「……」ホゲー

和「澪!聞いてるの?」

澪「はっ!?」ジュル「あ、ごめん和、何?」

和「もう……今日はお昼どうするの?私今日は一緒に食べられるわよ」

澪「えっ?あ、もう昼なのか!」

和「……(大丈夫かしらこの子)」

澪「そうだなー(今朝のカレー屋…昼休みに行くには微妙な距離だな……)」

澪(近場の店に行ってもいいけれど、ここは簡単にすませておいてそれで帰りにガーッと……)

澪「よし。じゃあパン買ってくる、待ってて」

和「分かったわ」


――購買――

ガヤガヤ

澪「わぁ、混んでるなぁ…」

唯「あ、澪ちゃんだー!やっほー」

澪「おっ。唯もパンか?」

唯「そうだよぉ~、へへ…あんぱん買いにきたんだ!」

澪「あんぱんかぁ。昼飯に菓子パンかー…」

唯「りっちゃんとアンパンマンごっこするんだぁ」

澪「へ、へぇ~(小学生か)」

唯「澪ちゃんは何にするの?」

澪「そうだなぁ~」チラ

前に並ぶ列の脇に視線を走らせ、カウンターに並べられたパンをチェックする。

あんパンにメロンパン、焼きそばパン、お好み焼きパン、カレーパン…


カレーパン。


澪(カレー…)ごくり

澪「や、焼きそばパンにしようかな」

唯「焼きそばパン!わぁー澪ちゃんがそんなこと言うから私も食べたくなってきたよぉ…」

澪「おいおい。アンパンマンごっこは?」

唯「そうなんだけど~…うぅ」モジモジ

澪「二つ買えば?」

唯「だめだよぉ節約中なんだもん」

澪「じゃあどっちかにしなきゃな」

唯「あぅ……うう~」モジモジ

澪「おい番回ってくるぞ」

唯「えっ!あっあっ…み、澪ちゃん先でいいよ! んんんどうしよう……」

澪「(平和な悩みだこって)焼きそばパンくださーい」

澪「ふー。じゃあ私戻って食べるから」

唯「えええ待ってよぉおお私まだどっちか決まってないよぉ」

澪(知らんよ……)


律「おーぃす」ガチャ

唯「りっちゃんおっす!おっすめっす!」

律「唯ぃいいい元気いいなぁあカワイイよぉ~」

紬「お茶淹れるわね~」

澪「……」

唯「おいひい!今日のふるーつけーきおいひいよぉお」モグモグ

律「うまいなー! …ん、なんだ澪。食べないのか?」

澪「えっ」

紬「澪ちゃんひょっとしてフルーツケーキ嫌いだった?ごめんね……」

澪「い、いやそんなことない!そんなことないけど…」

律「けど?」

澪(……なるべくベストの空腹状態でカレーに持っていきたいんだよなぁ……)

澪「そうだ、私今ダイエット中だったんだよー!ははっ」

唯「そうなんだ! じゃあさ…じゃあ~…」モジモジ

澪「あ、唯欲しかったらいいぞ」

唯「ほんと!?わぁ~いやったー!」

律「あっ、唯ズリぃ!私だって欲しいぞ」

梓「わ、私も欲しいです!」

紬「あらあらあら♪」

澪(てか居たんだ梓)


澪(あぁ…それにしても早くカレーが食べたい……)ゴキュリッ

律「ん?澪のど鳴ってんじゃんwやっぱ食べたいんじゃないかよw」

澪「だ、大丈夫だって」

梓「そろそろ練習しましょうよー」

澪「そうだな、練習しよう!(これ以上皆が食べてるの見てたら限界だ)」

―――

―で、部活も終わって今に至るというわけ。

ガサッ

澪「ふふっ」

私はポケットにつっこんでいたチラシを取り出すと、もう一度メニューの写真を眺める。

澪「ダルカレー、タンドリーカレー…色々あるなぁどれも写真はおいしそうだ!」グゥーッ

澪「でもこのダルカレーというのはなんだろう?インドカレーってあまり食べた事ないんだ」

澪「載ってる順番からすると一番基本のカレーっぽいけど…」

澪「よし、折角だからこのダルカレーというのにするぞー!」

澪(絶対大盛りで食べよう)ごくり


澪「ついた!ここだここ」

カラカラーン♪

店員「イラシャイマセー」

澪(スタッフ全員インドの人なのかな。これは本格的っぽいぞ~)

澪「……えと、このダルカレーというのをください」

店員「ナンとライスがアリマスが」

澪「(お腹空いてるし…)ライスで!あ、大盛りできますか?」

店員「スイマセン、大盛りはやってマセンです」

澪「そうですか」

澪(がーんだな…出鼻をくじかれた)

店員「食後ノお飲み物ハコーヒーとチャイがアリマスが」

澪「あ、はい。うーん……(折角だしなぁ、ここはやっぱり本場インドの…)」

澪「じゃあチャイお願いします」

店員「カシコマリマシタ」


客「えーと、タンドリーカレー。持ち帰りで」

澪(持ち帰り!そういうのもあるのか)

澪(しかしルーだけ持ち帰るのか。米は自分のとこで炊くのか)


店員「お待たせシマシタ、ダルカレーです」コト

澪「わぁー」

鮮やかな色のサフランライスに、平底の鉄製小鉢に入ったルー。

カウンターに立てかけられた食べ方メモを手に取る。

澪「ふんふん…別々に食べてもかけてもいいか。じゃあまずは別々で」

澪「いただきまーす」

澪「まずはやっぱりルーからだね。初ダルカレー!」パクッ

澪「……」モグモグ

澪「なんだろう、これ。豆?ぬるっとしたとろみがある…ちょっと苦手かも」

澪「それにスパイスは凄く効いているけど味があまり無いな」モグモグ

澪「気を取り直してライス行こう」モグッ

澪「……なんだか中途半端に日本人向けにされてる感じだなぁ」

澪(これは大盛りがなくて正解だったかな)

澪「かけてみよう。少しは食べやすくなるかな…」モグモグ

澪「……うーん、あんまり変わらないかも」モグモグ

澪「あぁ、それにしても肉が欲しい。タンドリーにするんだったな」

澪「やっぱりカレーには肉が入ってなきゃ……」モグモグ


澪「ふー(やっと片付いたぞ…)」カチャ

店員「コチラ食後のチャイです」コト

澪「あっ、どうも」

澪「チャイティー!スタバでしか飲んだことないけどどうだろう」

澪「アイスなんだ。夏だからかなぁ…いただきまーす」チュー

澪「……なんかぬるい…それに牛乳の味が強いなぁ。薄い味のついた牛乳みたいだ」

澪(そうだ、目を閉じて飲んでみよう)

澪「……」チュー

澪「はは。別にインドに居る気分にはならないか」

澪「ふぅ、ごちそうさま」

店員「890円デス」

澪「はい」チャリ


澪「……はぁ。期待感が大きかっただけにしょんぼりしちゃったぞ……」

澪(でも向こうの人にはこれが家庭の味なんだろうな)



夕暮れ時の住宅街。今日も様々な“家庭の味”の匂いで満ちている。


澪(今のは肉じゃが。……こっちは…あ、カレーだ。ぷぷっ)


そんな事を考えながら家路につく私であった。


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最終更新:2010年01月24日 00:24