紬「唯ちゃんが、おかしい?」
麗かな、春の午後だった。
お昼時の校内には、お弁当の包みを片手に、右へ左へ行きかう人ばかり。
憂「そう、なんです。
おかしいと、一言で言っていいものかわからないんですけど……」
紬「どうおかしいのかしら…。私でよければ相談に」
かく言う私も、その一人。
お弁当の包みを片手に、廊下でばったり会った深刻そうな表情の憂ちゃんに、声をかけられて、立ち話中。
憂「なんというか……気だるそうなんですよね。凄く」
紬「…それ、いつもじゃない?」
憂「いつもとはちょっと違って、物憂う感じというか…センチメンタル?みたいな」
紬「それはかなりおかしいわね…」
憂「前髪もだらんとさせて、タイをつけるのも忘れて、目もちょっと、据わってるというか」
紬「確かに朝教室で見たときは、そんな姿だったわ」
憂「っというか、教室で話したりしてませんか? 同じクラスですよね」
紬「唯ちゃん…今日はずっと机に突っ伏して、寝てるから」
憂「……」
紬「――登校中に憂ちゃんが話しかけても、うんとかへぇとか、気の抜けた返事ばかりらしくて…」
澪「何かあったのかな」
律「眠いだけだろ。春眠なんたらかんたら」
澪「お前と一緒にするな」
律「同じようなもんだろ」
紬「わざわざ起こして問いただすのもね…」
澪「一時間目からお昼まで、見事に爆睡だからな…」
律「よく寝る子だとは思っていたが、ここまでとはなぁ」
唯「ぅ……ぅん……っ?」
澪「あ、起きた」
律「おーい。 今何時だと思う? 腰抜かすなよ?」
唯「……」
唯「いち、じ?」
紬「正解」
律「よく寝たなー。ほっぺ、痕ついてっぞ?」
唯「……んー」
澪「……」
澪(…なんか今日の唯……変なオーラ、出てないか?)
紬「色気、ってやつね」
律「ははっ。冗談よせよ。一体こいつのどこにそんなもんが……」
律「……」
唯「……」ウトウト
律「……っ!?」
紬「うわぁ……//」
澪(なんか知らんが、やたらセクシーだぞ…)
放課後。
律「なぁ唯、ヘアピンは?」
唯「…忘れた」
紬「タイも忘れたの?」
唯「…ん」
澪「だからって、第二ボタンまで開けるなバカ…//」
唯「あ、ほんとだ」
和「やっと起きたのねあんた…」
唯「あ、和ちゃん」
律「和からも言ってやれよ~。今日の唯、なんかひどいぜ?」
和「まずもう服装からひどいわね…」
紬「服装の乱れは、心の乱れっ!」
和「そのとおりよ。さ、直しなさい? 唯」
唯「えー。めんどくさ~い……」ウトウト
律「……!」
澪「……っ!!」
紬「……!!///」
和「なっ…!!!//」
和「あ、あんた!どこでそんな淫らな目つきを覚えたの!?//」
澪「お、落ち着け和…」
唯「…みらだ?」
紬「み・だ・ら」
唯「み、だら」
紬「はい正解」
律「これが憂ちゃんの言う、センチメンタル唯?」
紬「そのようね」
澪「なにが原因なんだ一体…」
和「……はぁっ!……なっ!……//」
律「おい和うるせーぞ」
和「だってこんな唯……はじめて見たもの…!!」
澪「付き合いが長い分、衝撃が強いのか…」
唯「……?」
唯「なんかよくわかんないけど…部室いこーよ」
律「そ、それもそうだな、梓も待ってるかも」
澪「和も来ないか?」
紬「お茶とケーキくらいならご馳走できるわよ」
和「あ、あたしは…仕事が…はっ……!」
律「重体だな」
澪「ちょっとは反省しろよ?唯」ポコ
唯「あいて……ぶーっ」
律「おいその顔やめろ」
紬「あやうく心を持っていかれそうになったわ」
澪「ときめき、ハート」
唯「…ねぇみんな。なんでこっち見てくれないの?」
紬「それはね。あなたを食べないためよ」
律「迂闊に目も合わせられん…」
――ガチャ
梓「あ、皆さん遅いですよ…」
律「おい梓、離れろ」
梓「へっ?」
澪「出来るだけ遠くまで走れ」
梓「はい?」
紬「後ろは振り返らないことね」
唯「もー。人を腫れ物扱いして……」
律「唯、お前は喋るな」
澪「梓、唯の目を見るな!」
梓「……」
紬「遅かったわね」
澪「新たな犠牲者一名追加」
唯「人を武器扱い……」
梓「ココハドコ…?」
梓「……ココハネアズサ、トウゲンキョウナノヨ」
律「おい戻れ。戻ってこい」
梓「ウキヨカラハナレタ、ラクエンノヨウナモノ」
紬「脳神経の一部が、一時的に麻痺してるわね」
唯「わたしって一体…」
澪「それはこっちの台詞だ」
梓「はっ!? ……あれ?みなさん、いついらしたんですか?」
律「お前はどこからいらしたんだ」
紬「大丈夫?梓ちゃん」
澪「頭、ぼーっとしないか?」
梓「え?……そう言われると、なんだか頭が……」
律「ぼーっとするよな」
紬「それに、脳が回ってるような」
澪「目の奥もちょっとズキズキするし」
梓「あれ? なんで皆さん、私の症状がそんなに具体的に…」
律「第一犠牲者だからな」
唯「挙句、流行り病扱い……」
唯「もう、みんなひどいよ。人を散々のけ者にして…」
澪「わるいわるい」
紬「ごめんね唯ちゃん」
唯「……」プンス
紬「その顔やめて」
澪「やばいからマジでやばいから」
律「私は女私は女私は女私は女…」
梓「……」
紬「梓ちゃん…」
澪「またも唯の毒牙に…」
十分後
澪「とりあえず梓の病も治ったことだし、練習しようか」
梓「ソウデスネ」
律「後遺症か」
唯「私は普段どおりなのに…」
紬「ごめんね。でも、みんな唯ちゃんが憎くてやってるわけじゃないから…」
唯「……」
律(あ、不機嫌になった)
澪(拗ねた。可愛い)
紬(大人みたいな表情して、そんな子供みたいな……)
紬「……」ボンッ!
澪「む、ムギっ!??」
律「練習どころじゃねー!!」
梓「ココハネ、ラクエンナンダヨ」
唯「ハネるとこ止めるとぉこー、ドキドキまるで恋だね」ジャンジャン
紬(まるで恋だわ…)
律(ムギの考えてることが手に取るようにわかる…)ドコドコジャーン
澪(キーボード弾けよ)ベンベンボンボン
梓(なんか殆ど記憶ない…)ジャンジャンジャジャーン
律「いやー、良い演奏だったな」
澪「うちのバンドって四人だっけ」
梓「紅茶ウマー」
紬「……っ//」ドキドキ
律(うわ。すげー唯のこと見てる)
紬「……っ」
律(あれ?なんか私、睨まれてね?)
紬「……」
律(うわーなんだろ何言われるんだろ)
紬「あ、あの……りっちゃん!」
律「はいなんでしょ」
紬「そ、その席……交換してくれない?//」
律「へっ?」
紬「だから、その席、私と換わって?//」
律「え? いや、なんで…」
律(あ、唯の隣ってことか)
唯「別にいいんじゃないりっちゃん?」
律「あ、あぁ。まぁ…」
律(でも私だって、変な話……唯の隣にいたいというか)
律(なんか今日の唯、格好良いし…)
律(なんだろ。離れたくねー)
律「ど、どうして換わりたいんだ?ムギ」
紬「唯ちゃんの隣だから」
律「隠す気ゼロかよ」
澪「若き乙女の抱く恋の趣も何もあったもんじゃないな」
唯「そ、そんな。ムギちゃん、照れるよ。ほんと//」
紬「うひょふ」
律「奇声を発するな」
律「はぁ~。わかったよ、換わればいいんだろー換われば」
紬「ありがとりっちゃん大好き」
律「せめてもうちょい感情込めろよ」
紬「よろしくね唯ちゃん!///」
唯「うん。よろしく」
律「よっ」
澪「ん」
唯「ねえムギちゃん、顔赤いよ?」
紬「そりゃそうよ」
澪「開き直るなよ」
律「なんつーか、そろそろ唯のその雰囲気にも慣れてきたな」
澪「そうだな。今なら普通に目も合わせられる」
梓「私はまだちょっときついですけど」
唯「あずにゃんこっち向いてー」グルリ
梓「あふっ…」
紬「唯ちゃんこっち向いて」グルリ
唯「あふっ」
唯「なーんか前髪が気になるなぁ…」
紬「長いものね」
律「伸びたな」
唯「そーいえば最近美容院、面倒くさくて行ってなかったかも」
澪「目が隠れてるだけでどうしてこんな別人に」
梓「色んな可能性を秘めた人ですね」
律「美人ってか、イケメン?」
紬「そうね。そっちかも」
唯「え?誰が?」
梓「唯先輩がですよ」
唯「え?私イケメン?」
紬「そうよ。そして私は貴方の妻なのよ」
澪「おい」
唯「それなら、女の子口説けるかなぁ?」
律「なんか危ない方向に向かってる気がする!」
紬「そうね。まずは手始めに私を口説いてみましょう」
澪「おい」
唯「わかったー。じゃあムギちゃん、もっとこっち寄って」
紬「はぁい」
律「ノリノリだな」
紬「ねぇ、今日はどうする?スイートハート?」
唯「あはは……。つむぎ、お前……やらしい体してんな」
澪「おい止めろ!」
律「会話かみ合ってねぇ!」
唯「わかんない。意外と難しい」
澪「なんていうか…唯の場合は、自然体の方が女の子は落ちる気がするぞ」
律「普通にアドバイスするなよ」
紬「自然に格好良いものね唯ちゃん」
唯「自然って…どうするの?」
紬「例えば……そうね。私の顎を、人差し指で軽くクイッと上げて?」
澪「それは自然なのか?」
唯「こう?」
紬「あっ……///…エクスタシー///」
梓(羨ましい…)
紬「そのままキス!そのまま、キス!」
唯「こ、こうかな」
澪「ちょおおおおおおおおおおおストォォォォォッッッッップ!!!!!!!」
梓「なにしてんですか腐れ眉毛先輩!!!!!!!!!」
紬(えそれわたしのこと…?)
律「梓落ち着け。腐れ眉毛は不味い。先輩に腐れ眉毛は」
唯「う、うわ。どうしたの」
澪「どうしたもこうしたもあるか!!!!酒も煙草もキスも!!!!あ、アレやコレも、成人してからだ!!!!!!」
紬「意外と古風な考えね」
唯「ごめんね澪ちゃん…」
紬「ごめんなさい唯ちゃん。私…貴方を騙して、貴方のキスを頂いちゃおうとしてたのよ」
唯「そ、そうだったんだ…」
律「気付けよ」
紬「でもね、唯ちゃん。今度は貴方が、可愛い女の子を騙す側に回るのよ?」
唯「えっ?」
律(なにを考えてんだかこいつは…)
紬「ほら。澪ちゃんを口説いて騙して、今すぐあの鉄より硬い古風な考えを柔らかくほぐしてきなさい」
澪「は、はぁ?」
唯「わたしが、澪ちゃんを?」
紬「うん。やってやって」
律「…お前が見たいだけだろ?」
紬「うん」
澪「そんなの、騙してくるとわかってて騙されるわけないだろ」
梓(死亡フラグ立ちましたね)
律「ほんじゃほら、唯。澪の隣座って」
唯「ほーい」
澪「ゆ、唯?私は、騙されないからな?いくらお前の顔がそんな…」
唯「えっ?なに?聞こえない」
澪「えっ?//」
唯「もっと近くで話してよ。もっと、傍にきて…」
紬「」
律(これは…凄いな…)
最終更新:2010年04月19日 23:49