唯「うぅ、遅刻しちゃうよ~」
憂「お姉ちゃん、待って!」
私、平沢唯は双子の妹憂と共に学校の廊下を走っていました。
寝坊をしてしまい、いつもの登校時間を大分オーバーしていたものの全速力で
駆けてきたため、何とか間に合いそうです。
憂「もう大丈夫だからとりあえず止まって」
唯「え? あ、うん」
急ブレーキをかけて何とか踏みとどまろうとする私。
だけど、平沢唯は急には止まれないのです。
ベタン
間抜けな音をたてて、私は顔から床にぶつかってしまう。
憂「お姉ちゃん!?」
うぅ、鼻が痛いよ~。


和「まったく、騒々しいわよ」
唯「あ、和ちゃん。おはよー」
憂「おはようございます、和さん」
さりげなく憂が私の鼻頭を撫でてくれる。
流石はできた妹!
和「はぁ、おはよう。それと廊下は走らない。基本よ」
憂「ご、ごめんなさい」
唯「ごめんね」
和「今度からは気をつけなさいよ」
そう言って、和ちゃんは自分の教室に入っていく。
憂「怒られちゃったね」
唯「うん」
和ちゃんの言うとおり今度から気をつけよう。
憂「って、私たちも教室に入らないと」
ドタドタと教室になだれ込む私たち。
走らないと決意して1秒でやぶっちゃった!


憂「はい、お姉ちゃん」
いつものように憂が私の椅子をひいてくれる。
恥ずかしいからいいよと前に言ったら『お姉ちゃんのお世話をするのは私の役割なの!』
と言い切られてしまって今では日常の光景になってしまっている。
慣れって怖いね!
でも、偉い人になったみたいで実は満更でもなかったり。

憂も席についたところで担任の先生が入ってくる。
ふぅ、ぎりぎりセーフだったね。


授業中を睡魔と戦いながらようやくやってきました、昼休み。
いつものように軽音部の皆と部室でお弁当の時間です。
律「いやー、それにしても今日はギリギリだったよな」
紬「そうね、見てるこっちがドキドキしちゃった」
唯「えへへ、すまねぇです」
澪「ん? 憂ちゃんがついていながら、遅刻しかけたのか?」
ちなみにこの中では澪ちゃんだけクラスが違うんだよ。
憂「お姉ちゃん、なかなか起きてくれなくて」
澪「そっか、憂ちゃんのことだから唯のことを強く起こすことはできなかったんだな」
憂「はい、そんな可哀想なことはできません!」
律「胸を張って断言しちゃったよ、この子」
紬「うふふ、寝顔は可愛かった?」
憂「当然です!」
唯「う、憂~」
何だか恥ずかしいことを言われたけど、それ以外は大体いつもどおりの昼休みだったかな。



ほうかご!
唯「あずにゃ~ん」
だきっ
梓「ちょ、ちょっと唯先輩!」
今日も軽音部の見学に梓ちゃんがやってくる。
他の部と迷っているみたいで、今は体験入部をして感触を確かめているみたい。
でも、結構頻繁に軽音部に来てくれるし、音を合わせたりとかもするので、
ほとんど部員みたいな感じだね。
このまま決めてしまえば良いのに、と憂とよく話したりするものの未だにあずにゃんは
フリーだった。


ティータイム&練習中!
律「ふう、今日もいっぱい練習したぜ」
唯「そうだね、りっちゃん!」
ぽかっ
あ、りっちゃんが澪ちゃんに叩かれた。
澪「ほとんどティータイムだけで終わっただろ!」
紬「うふふ」
澪ちゃんがりっちゃんを叱って、ムギちゃんが優しく微笑む、そんな光景に何となく
安心できる。
梓「相変わらず困った先輩方です」
憂「ごめんね、梓ちゃん」
梓「いいえ、体験入部している身ですから気にしないでください」
でも、あずにゃん、すっごく不機嫌そうだよ?
やっぱり練習するのが好きだからかな。
うん! せんぱいとして練習がんばらないとね!
……明日から。


ゆうしょく!
唯「今日も憂のごはんおいしゅうございました」
憂「うん、お姉ちゃんのために頑張ったよ!」
唯「毎日おいしいご飯が食べれて私は幸せです」
憂「幸せそうなお姉ちゃんかわいい!」
唯「それじゃ、部屋でギー太の練習してるね」
憂「うん、私は洗い物終わらせとくね」
はっ!? このままじゃ私ニートみたいだよ!
唯「……私も手伝おっか?」
何もかも憂にまかせっきりじゃいけないよね。
憂「駄目だよ! お姉ちゃんにそんなことさせられない!」
唯「う、うん」
今日も憂は過保護です。

ふっふーん。
今日は遅刻しないで学校に来られたよ。
憂「得意そうにしているお姉ちゃんかわいい!」
律「お? 今日は遅刻しないで来れたな、感心感心」
紬「おはよう♪」
唯「おはよう、りっちゃん、ムギちゃん」
憂「おはようございます」

…………
律「それでさ、昨日聡の奴がさ~」
紬「うふふ」
憂「それはちょっとひどいですよ~」
唯「そうだよひどいよ、りっちゃん」
律「なにおぅ!?」
唯「りっちゃんが怒ったー」
紬「うふふ」
やっぱり皆が居ると楽しいよね。
澪ちゃんも同じクラスだったら良かったのに。



ほうかご!!
今日もムギちゃんのお菓子おいしかったです。
って、そうじゃなくて練習もいっぱいしたよ、ほんとだよ?
唯「ところであずにゃん」
梓「……前から思っていたんですが、あずにゃんって呼ばれるのはちょっと……」
唯「それじゃ、あずにゃんにゃん! いつも見学に来てくれるのは嬉しいけど」
梓「もうあずにゃんでいいです……」
唯「あずにゃんは正式に軽音部に入らないの? ギターとっても上手いしもったいないよ」
梓「……考えておきます」
とは言ってくれるものの、未だにあずにゃんは決めてくれない。
部員は足りているけど、あずにゃんが居ると放課後ティータイムの演奏が
さらによくなるんだよね。
できれば入部してほしいなあ。


きゅうじつ!
唯「憂? うーいー」
昼過ぎに目を覚ますと、珍しく憂の姿が見当たらなかった。
うー、お腹すいたなー。
唯「居ないのかな?」
憂の部屋に入る。
そういえば憂の部屋に入るのも久しぶりだな~。
憂はやっぱり居ない。
うーん、買い物かな。
待ってればすぐに帰ってくるよね。
憂の部屋を出て行こうとして、机の上に目がいく。
これ何かな?
ボロボロのノートがそこにはあがっていた。
何度も何度も使ったような年季のこもったノート。
興味を惹かれた私は憂には悪いと思ったけど、ノートを開く。

そして──

唯「なに、これ……?」

そこに書かれていたことは私の想像を遥かに超えていた。
そして、同時に私は全てを理解して、ううん思い出したんだ。
唯「そっか……そういうことだったんだね……」
夢の中に居るようなぼやけた感覚はなくなり、私の世界が色彩を取り戻していく。
たぶん私はようやく私に戻ることができたんだと思う。
ノートに書かれていたのは憂の日記だった。
それもある時から始まる特別な意味を持つ日記。
1ページ目は憂のこんな言葉から始まる。



『私はお姉ちゃんを殺した犯人を絶対に許さない』



──そう、私は死んだ人間だったのだ。

考えてみればおかしなことはたくさんあった。
憂は何故私の椅子をひく?
お昼休みはいつから部室でとるようになった?
憂以外の人が私に話しかけてきたことはあったか?
憂はいつから軽音部員だった?
いくらなんでも憂は過保護すぎではなかったか?

いつどんな場面でも私の側には必ず憂が居た。
おそらく私に死んでしまったことを気づかせないために。
ただ一人私が見える憂だから、できることだった。
そして、それがどうしようもないほど悲しくて、嬉しかった。

憂の居る場所に目星はついていた。
……殺されたのが当の本人だからね。
あのノートを見る限り、憂は独力で私を殺した人間を探しているようだった。
そうなれば、憂が犯人にたどりついた可能性は非常に高い。
現に、今この瞬間私の側に憂が居ないことが何よりの証拠だったから。
だから、一刻も早く私は向かわなければならない。
日常を変わらず提供してくれた憂に恩を返すためにも。
何より一番大切な妹を助けるためにも。
私は犯人のもとへと大急ぎで駆けていった。


真実に気づいた瞬間から私の砂時計は動き出してしまっていたらしい。
先ほどまで何不自由なくものを掴むことのできていた私の手は、意識を集中させないと
何一つ触れることさえできなくなっていた。
扉はあける必要もなく、透過して進むことができる。
これじゃ、本物の幽霊みたいだ。
ううん、私はとっくに幽霊だった。
ただ、憂が忘れさせてくれていただけで。
多分私にもう時間はほとんど残されていない。
だけど、その時間を使ってでも私は憂を助けなければならない。
他の誰でもない私が私の意志で助けたいと思うから。


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場面転換:憂
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憂「真鍋和っ!!」

和「あらあら、怖いわね」

憂は和の自宅の倉庫で、天井から鎖で吊るされていた。
憂が動くたびに厚手の鎖がジャラジャラと音をたてる。
真相にたどりついたものの、彼女は逆に囚われの身となっていた。

憂「もう一度聞きます。お姉ちゃんを殺したのはあなたですか?」

和「正解。ほめてあげるわ」

憂「……っ!」

真相を知った今でも憂の心は半信半疑であった。
自身の幼馴染が姉に手をかけるなど信じることはできないし、信じたくもない。
なのに、和はそれをあっけなく認めた。
その態度に憂の胸中は荒れ狂っていた。


和「あまりの怒りで声もでない?」
和「それじゃあ、代わりにあなたが聞きたがっているだろうことを答えておいてあげる
和「唯を殺したのは間違いなく私。傑作だったわよ、何も知らずのこのこやってきて、
それでグサリと刺して、はいお終い。思わずイキそうになったわ」

憂「ふざけるなっ!」

感情が爆発した。
それなのに和はどこ吹く風という様子で、涼しい顔で受け止める。

和「ふふ。あなたが悪いのよ憂」
和「こんなにも私の心を掴んで離さないあなたの存在が私にそんなことをさせてしまった」

憂「まさか……。私の代わりに……お姉ちゃんを、……こ、殺したっていうの……?」


和「当たり前じゃない。私の憂を独占するような悪い子にはお仕置きが必要でしょう?」

憂「く、狂ってる」

和「ふぅ、仕方がないでしょ。それが私の性癖なんだから」
和「私はね憂。人を好きになれば好きになるほど、その人を殺したくなるの」
和「そして、唯を殺した時に分かったわ」
和「その行為を行うことで私はとてつもないオーガニズムを感じることができる」
和「唯の時であれだったのだから、憂だったらどうかしらね」

ゾクリ

憂の背筋に悪寒が走る。
ようやく彼女は目の前の女が異質な存在であることを理解していた。
幼馴染であった昨日までの日々など、その異質さの前では霞んでしまう。
決して理解できない存在、それが真鍋和だった。


和「そうそう、あなたを殺す手段はもう考えているのよ」
和「ナイフは楽しかったけど、あれには美がないわ」
和「だから今度は落下死なんてどう? トマトみたいに潰れるなんて美があるとは思わない?」

落下死。
そう言われて憂は初めて自分の置かれている状況を確認する。
天井から吊り下げられた体。
ちょっとやそっとでは千切れそうにない重厚な鎖。
3階建ての建物並みの高さのある天井。
ぶつかったらただでは済みそうもないアスファルトの床。
揃いすぎた要素。
自身の死の姿を想像することは容易すぎた。


和「それで私の持つこのリモコンでね……」


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最終更新:2010年04月21日 21:49