梓「じゃあ、あの……こうやって、勢いつけてやってみるのはどうですか?」
反動をつけてくいっ、と。
私は見本を見せてあげた。
唯「あ、それなら……」
ぶっちゃけ、それもう腹筋とかじゃないですけどね。
エージェントの顔色を窺ってみたが、真ん中の人が明らかに半笑いになっていたので、
おそらく大丈夫だろうと踏んだ。
思い切り反動をつけて腹筋を繰り返す唯先輩。
いち、に、さん、しー……
唯「ごーーーー!」
梓「……」
唯「できたっ! やったよあずにゃん!!」
梓「……わあ、先輩すごーい」
この人、社会にでたら生きていけないんじゃないだろうか。
腹筋五回と言われて「できない」と、のたまう人を初めて見た。
……いやまぁ。
そこが可愛らしいというか、守ってあげたくなるっていうか。
―あずにゃん、私あずにゃんがいないと生きていけないの
―大丈夫ですよ、唯先輩。私がずっとそばにいてあげますから
―ありがとう、あずにゃん大好き!!
なんつって。
もう唯先輩ったら……うふふ。
律「なんか、梓がくねくねしてるんだが」
澪「そっとしておいてあげてくれ」
憂「次、律さんの番ですよ?」
律「おっと、ようやく私の出番か!」
唯先輩は『5』のマスにとどまり、私が『4』のマスへと戻ると、
支配人の手によって、律先輩の手にサイコロが渡った。
律「いくぞー、それっ!」
勢いよく投じられたサイコロは、壁にぶつかると反転し、私の足元へと転がってきた。
出た目は『6』
前方の巨大スクリーンにも、大きく『6』と表示された。
紬「さすがね、りっちゃん」
律「ふふん、当然の結果よ」
自慢げにパネルの上を歩きだす律先輩。
私の横を、そして唯先輩の前を通過し、『6』マス目のパネルで停止。
すると赤い紙が剥がれて、パネルとスクリーンに、同時に文字が表示された。
『5戻る』
澪「ふふっ」
律「……澪、今笑っただろ!」
澪「笑ってないよ」
律「あとで覚えてろよー」
そんな台詞を吐きながら、とぼとぼと戻っていく律先輩。
『1』マス目で停止すると、やはり赤い紙が剥がれた。
どうやら、戻った場合でもパネルの効果はあるらしかった。
『カチューシャを縦にする』
律「……縦!?」
唯先輩のとき同様、奥の扉を乱雑に開けて走ってくるエージェント。
律「う、うわ、やめ、やめろって――」
彼らは、律先輩の両腕を二人が左右で掴んで固定し、
さらにもう一人がカチューシャを掴んでくいっ、
と頭部の中心を原点として九十度反転させた。
防波堤をなくした髪は重力に従い、律先輩の両目を覆い隠す。
……前髪ながいなぁ。
律「……」
澪「えーと、次は」
憂「紬さんですね」
紬「ふふ、がんばるわよー♪」
律「お前らリアクションくらいしろおおっ!!」
澪「え、ああ……ごめん」
律「いや、謝られるともっとキツいっていうか……」
唯「りっちゃん、似合ってるよ!」
律「今更!?」
紬「それじゃあ振るわね」
ムギ先輩の振るったサイコロが、ごうっ、という音を立てて私の横を通り過ぎた。
なんで?
なんでそんな音すんの?
やがて静止したサイコロは、『3』を上に向けていた。
紬「いっち、にの、さんっ――、と。 梓ちゃん、髪型かわいいわよ」
梓「ど、どうもです……」
ムギ先輩が私の後ろまで到達すると、赤い紙が剥がれる。
『行動するたびに「パパウパウパウ」もしくは「フヒィーーン」という効果音がつく』
紬「……」
律「……」
梓「……」
紬「どういう、ことかしら……?」パパウパウパウ
律「……」
梓「……」
紬「ええと……」パパウパウパウ
律「……」
梓「……」
唯「……」
やばい空気が漂った。
先月と同じ罰があったら確実にお尻しばかれていたことだろう。
現に、正面にいる唯先輩は蹲って肩をひくひくさせている。
前回も思ったけど、この人シュール系弱いな。
澪「さて、私の番だな」
律「1か6を出したまえ」
澪「絶対出さないし」
紬「澪ちゃん、がんばって」パパウパウパウ
律「……」
梓「……」
唯「……」
澪「せーのっ」
サイコロは、律先輩の手前あたりまで緩やかに転がり、静止する。
『3』
律「ふふっ、よかったな澪。 1と6じゃなくて!」
紬「一緒ね、澪ちゃん」フヒィーーン
澪「いや、うん……。なんだろうこの、なんとも言いがたい苦痛」パパウパウパウ
唯「……」
唯先輩は自分のおなかをつねって我慢していた。
いや、別に笑ってもいいと思うんだけど。
律「最後、憂ちゃんだぞー」
憂「はーい」
支配人からサイコロを手渡された瞬間、憂の目の色が変わった。
憂「5以外ありえない5以外ありえない5以外ありえなふぉああああっ!!」
訳のわからん掛け声と共に憂の手から放られたサイコロは、
かなりのスピードで壁に二回ほど激突して静止したが、ごうっ、という音はしなかった。
出た目は――『5』
馬鹿な。
闇の炎に抱かれて馬鹿な。
憂「ふふ。一緒だね、お姉ちゃん」
唯「いらっしゃい、ういー」
梓「……腹筋あるけどね」
そう。そのマスはサイコロの目*5回の腹筋があるのだ。
再度サイコロを振って、憂が出した目は『4』
憂が腹筋をしている間に、私がさっさと自分の順番を終わらせてしまえば、
次は唯先輩の番なのだ。
紬「二十回ね」パパウパウパウ
奇怪な効果音と共にムギ先輩。
律「地味にキツい回数だな」
続けて、カチューシャを縦にを装着した律先輩が呟いた。
唯「私が足を押さえてあげよう!」
憂「ありがとう、お姉ちゃん!」
一、二、三、四……十五、十六、十七、十八、十九、二十。
憂「終わりっと」
梓・唯「はやっ!?」
憂「梓ちゃんの番だよ」
サイコロを私に託すと、狭いんだから仕方ないと言わんばかりに唯先輩にくっつく憂。
ゆっくりでいいからね。なんて言葉が聞こえてきそうで、
なんていうか、この、ちくしょう。
梓「……それじゃいきまーす」
掛け声と共にサイコロを振るう。
出た目は『5』
梓「お先です、唯先輩、憂」
唯「むぅ、すぐに追いつくからね!」
そうしていただけると大変ありがたいのですが。
いち、に、さん、し、ご。 スタートからみて、合計九マス目で私は停止した。
『次の順番で、サイコロが豆腐になる』
梓「……」
眩暈がしてきた。
澪「要は、一回休みってことなのかな」パパウパウパウ
律「いいや、わからないぞ。もしかしたら振っても崩れない豆腐とかなのかもしれない」
梓「ヘアゴムが勝手に切れるような場所ですから、
ありえないとも言い切れないのが嫌ですね」
それもう豆腐じゃない、とか言う話は置いといて。
とりあえず、このターンはセーフといったところか。
唯「それじゃあ、私だねっ!」
元気にサイコロを振るう唯先輩。
出た目は『3』
唯先輩の現在地が『5』で、『3』進むとなると、合計『8』
さて、問題です。
私の位置はどこだったでしょうか?
唯「ふっふっふ。逃がさないんだよ、あずにゃん」
梓「ふっふっふ。唯先輩のくせに、なかなかやるじゃないですか」
正解は、『9』マス目でしたー。
わーい。
梓「それで、そのマスの命令はなんなんですか?」
唯「えっとね……」
『子供にバカにされる』
唯「……」
梓「……」
エージェントの出現する扉から、四、五人の子供達が現れ、たちまち唯先輩を取り囲んだ。
子供達は、顔を見合わせてから呼吸を整える。
そして、一人の太った男の子が、ゆっくりと唯先輩を指さした。
「この姉ちゃん、妹に勉強教えてもらってるらしいぜ」
「本当ですか、バカですねー」
「バーロー。頭の良し悪しはこの際どうでもいいのぜ。見てみろ、あの胸を!」
「なっ」
「なんだってー!?」
「う、薄いですね!」
「俺の見立てによると、彼女のバストはななjy 「うわあああっ!!」
アンダーがろくjy 「ほわあああっ!!」 ってところか」
一番重要な部分を唯先輩の叫びによってかき消されてしまった。
さすがにアンダー六十前半ではないだろうから、トップが七十後半だとしてもAかB?
あ、でも見立てか。ていうかこの少年なんでそんなこと分かるんだよ。
いずれにしても私よりありますよね、きっと、多分。……絶対。畜生。
いや、でも私はまだ成長するし。背とかも伸びるし。
とりあえず、あの少年は後でとっ捕まえて話を聞くことにしよう。うん。それがいい。
「幼児体型だッ!」
「幼児体型ッ!幼児体型ッ!」
憂「萌えッ!幼児体型萌えッ!幼児体型が世界を救うッ!」
「幼児体型ッ!!」
「幼児体型ッ!幼児体型ッ!」
憂「お姉ちゃんが世界を救うッ!幼児体型ッ、
それは荒涼せし俗界に降り立つ鮮美透涼たるメシア!」
子供たちは囃し立て続ける。
なんかあからさまに知ってる子が一名混じっていたけど見なかったことにした。
唯「う、う……うわああああん!」
泣き叫びながら私の胸に飛び込んでくる唯先輩。
ああ、隣のマスに居て良かった。
それを見届けた子供達は、走りながら扉の向こうへと消えていった。
梓「子供相手に泣かされないでくださいよ」
唯「だってえ……」
梓「いいじゃないですか、幼児体型だって。……じ、十分、かわいいんですから」
唯「……そっか、あずにゃんも幼児体型だもんね」
梓「そうそう、私も幼児た……なんだって?」
唯「痛い痛い痛い痛い、ごめんなさいごめんなさい」
頬っぺたぎゅーーってしてやった。
唯「うぇぇ、酷いよあずにゃん」
梓「余計な事を口走るのがいけないんですよ」
唯「ぶー、本当のことなのにひゃい、いひゃいいひゃい」
反対側もぎゅーーってしてやった。
律「おい、お前らー」
梓「どうしたんですか?」
唯「ふぉうひふぁの、りっひゃん?」
律「いちゃいちゃするのは勝手なんだがー……」
律先輩はそう言って、やや前方にいるムギ先輩に視線を送る。
否定したくはないけれど、私の口は勝手に「してません」と反論を返していた。
律「ムギがそろそろやばそうだから続けていいか?」
パパウパウパウという効果音と共に両手を合わせて片膝をつき、
口は「あぁん」の発音で固まり、舐めるような視線を私と唯先輩に送り続けている。
私と目が合ったムギ先輩は、はっ、として首を左右に振り、
その後で、私に向けて口パクでメッセージを送ってきた。
一語ずつ、解読する。
えーと……
「も」
「っ」
「と」
「や」
「れ」
……なるほど。
梓「律先輩、サイコロどうぞ」
紬「あぁん!梓ちゃん意外と加虐性欲者!」 フヒィーーン
梓「日本語で言わないでください」
性欲者言うな。
ちなみに英語だとサディズム。人を指す場合はサディスト。
……なんの話をしているんだ、私は。
律「よし、梓にずいぶん差つけられちゃったから飛ばしていくぜ」
気合を入れて律先輩が投じたサイコロは『4』
『5』マス目ってことは……、ああ、腹筋か。
憂「一緒ですね、律さん」
律「ああ、足頼むよ。憂ちゃん」
憂「はーい」
律「なんていうかさー。このマス三人目だし、おいしくもないよなー」
今度はぼやきながらサイコロを投じる。
芸人かなんかですかあなたは。
出た目は『2』
律「十回か。ダメだな、やっぱり今日の私はついてないらしい」
憂「どうしてですか、『2』ならそんなに辛くないですよ?」
律「いやいや、面白さ的にだよ」
その髪型で言われても説得力に欠けるんですけど、とは言わなかった。
続いてサイコロを振るのはムギ先輩。
出た目は『6』
ムギ先輩の現在地は『3』だから、……む。私と同じマスか。
紬「いち」 パパウパウパウ
紬「にっ」 パパウパウパウ
紬「さん」 パパウパウパウ
紬「しっ」 パパウパウパウ
紬「ごー」 パパウパウパウ
紬「追いつきましたー♪」パパウパウパウ
唯「……」
唯先輩、もう完全に笑ってますよね?
梓「でもここ、豆腐ですよ」
紬「そうね、振れるのかしら……」パパウパウパウ
てっきり、全て把握しているものと思っていたけれど、
今回、ムギ先輩はパネルの命令には絡んでいないのだろうか。
紬「だって、分かっちゃったら私が楽しめないじゃない」パパウパウパウ
梓「ああ、なるほど……。ていうか、心読むのやめてもらえませんかね」
どこぞのスタンドですかよ。
紬「自覚がないのね。梓ちゃん、時折声に出してるわよ?」パパウパウパウ
梓「え。まじですか」
紬「ほら、ジェットコースターの時とか」
梓「ああ、声に出してましたね」
紬「『正解は、『9』マス目でしたー。 わーい』の件とか」
梓「……あー」
紬「『密・着・状・態!!』とか」
梓「声に出しちゃいけないとこばっかりじゃん!?」
がっくりと膝をつき意気消沈する私に、ムギ先輩は優しく囁いた。
紬「安心して、全部嘘よ♪」
梓「……なんだ、良かった。もう、脅かさないでくださいよ」
危うく騙される所だった。何か大切なことを忘れている気がしたが、問題ない。
私の名誉は守られたのだ。
唯「次、澪ちゃんだよー」
澪「あ、ああ。もう私の番か」パパウパウパウ
今更だけどこれ、全部罰ゲームみたいな命令だよな。
そんなことをぼやきながらサイコロを振る澪先輩。
本当、今更ですね。
私は気付いてましたよ、……ムギ先輩が絡んだあたりから。
澪先輩が出した目は『4』
現在地が『3』だから、スタートからみて『7』マス目。
まだ命令が判明してないマスだ。位置的には唯先輩の一つ後ろ。
『昇天ペガサスMIX盛り』
最終更新:2010年07月27日 21:05