この頃の様子を、戦々恐々としつつ見守っていた顧問教師はこう語る。
さわ子「この頃の彼女達は、音楽を演奏する合間にコープスペイントをしたり、
動物の生首で遊んだり、生き血を啜ったりするだけのただのお遊びみたいなブラックメタル・バンド……。
それこそ同じメタラーの先輩である自分にとってはまだまだ可愛いものでした。それが……」
『放課後インナーサークル』――この頃、5人の中で日常的に行われていたこと、それは『誰が最も邪悪か』を競い合うことであった。
梓「今日また子猫を殺してしまいました……」
律「甘いな。私なんか電車で目の前に老いたバーサンが立ってるのに席を譲らなかったぜ!」
紬「私は商業主義に走った楽器屋を脅迫して一件潰しました♪」
澪「わ、私なんかさっき学校のトイレを流さなかった! しかも大!」
唯「憂に黙って家計用のお金……こっそり盗んで来ちゃった!」
全員「う~ん……」
律「悔しいけど、今回一番邪悪なのは唯だな」
梓「そうですね。憂はまさか最愛の姉がそんなことをするとは少しも思ってないはずですし」
紬「妹の愛情と信頼を裏切るなんて唯ちゃんは本当に悪魔主義者ね~」
澪「クソ~。次は詰まらせるくらいにぶっといのを流さないでやろうか」
唯「やったね!!」
この競い合いで勝つこと――それはインナーサークル内でのその人間の発言力、権威が増すことに繋がっていた。
こうして、悪魔主義者としての理想を果たさんと、5人は競って悪事を働き続けていた。
この頃、全ての発端であると同時に、先の『邪悪競争』で勝ちを得ることが最も多かった
平沢唯は、妹の憂によくこんなことを言っていたという。
唯「私たちの音楽を突き動かす原動力はサタンなんだよ。
私たちにとっては悪魔の再生こそが目標であり、
最終的には『悪魔』という言葉を排除して世の中の全てを悪魔にすることが目標なんだ~」
しかし、本業である音楽においても放課後インナーサークルは目覚ましい活躍を遂げている。
唯、澪、律、紬が高校3年生、梓が高校2年生の春に、自主制作によってリリースされた彼女たちの1stアルバム『放課後インナーサークル』は、
低予算でつくられたために劣悪な録音状態であったものの、それが更に5人のサウンドの悪魔性を増幅させ、今日ではブラックメタルの名盤と言われている。
また、この頃メンバーの五人はそれぞれが姓と名の間に独自のミドルネームを挿入し、ステージネームとして名乗るようになった。
放課後インナーサークル1stアルバム『放課後インナーサークル』
<演奏メンバー>
平沢“ユーロニモス”唯 :ギター、ボーカル
秋山“グリシュナック”澪 :ベース、ボーカル
田井中“ヘルハマー”律 :ドラムス
琴吹“イーサーン”紬 :キーボード
中野“Dead”梓 :ギター
<収録曲>
1.ルシファー時間
2.Cagayake Black Wizard!!
3.Don’t Say Crazy
4.私の恋は自殺願望
5.ふでペン肛門挿入
6.サタンに首ったけ
7.カレーのち教会放火
8.Go! Go! Satanic
9.悪魔崇拝がとまらない
このアルバムは、本来アンダーグラウンドであるブラックメタルの枠を飛び越え、
国内のインディーズチャートにおいてもランクインを記録するなど、異例のヒットとなったという。
そして、音楽活動の成功と共に、
それまでは猫殺し、万引き、脅迫、老人虐待、大便放置、財布漁り等のレベルで済んでいた5人の悪事の度合いはどんどんエスカレートしていくこととなった。
ある日、ひょんなことから校内でレズのクラスメートに迫られた律は、
律「同性愛なんて悪魔の教えに反するぜ!!」
と、憤慨し、そのクラスメートに対し殴る蹴るの暴行を加え、重傷に追い込んでしまったのだ。
紬「あのりっちゃんの事件をきっかけに、私たちがあのインナーサークルで日常的に行っていたことが世間に明るみに出たんです
(本心としてはボコられたのが私じゃなくってよかった……というところですけど)」
幸いなことに、レズビアンに突然貝合わせを迫られたという律の動揺具合が斟酌され、
また被害者が死ななかったこともあり、律は少年院に入れられることはなかった。
しかし、この暴行事件と同様の悪事が軽音部において日々行われていることが明らかになり、
律、唯、澪、紬は来春の卒業を待たず、そして梓は2年生で、桜ケ丘高校を退学となってしまったのだ。
律「当然、世間には叩かれたな。先公にも親にもクラスメートにも、私たちはまるで奇人のような扱いをされたよ」
紬「特に酷かったのは唯ちゃんね。あれだけ姉を慕っていた憂ちゃんまでにも泣かれて、本人も相当精神的に堪えたかと思ったんだけれど……」
その逆であった。
律の暴行事件という大掛かりな悪事に刺激された唯は、『より邪悪な人間が偉い』というインナーサークルのルールに則り、より大掛かりな悪事を企んだ。
唯「あはは~♪ 燃えろよ燃えろ~♪」
それは、今まで口には出しても誰一人として実行することなかった、
街にただひとつ建てられていた教会への放火だった。
当時行われたヘヴィメタル評論雑誌のインタビューにおいて、唯と澪はこんな発言を残している。
唯「アンチ・キリストであるっていうことは、ティータイムにムギちゃんの淹れた紅茶を飲むのと同じくらい当たり前のことなんだよ。
信念でも思想でもなく、ただの当然の事実にしか過ぎないんだよ」
澪「私は唯のやった教会放火を当然100パーセント支持する。もっと、たびたび起こるべきことだと思う。
キリスト教が世界に残した爪跡をこの世からすべて消し去らねばならないと思うよ」
当然に唯は逮捕、拘留されるも、数週間で証拠不十分により釈放された。
さわ子「誤解を恐れずに言うけど……教会に火をつけるだけなら百歩譲ってまだよかったの。
当然、いくら悪魔にかぶれているからってしてはいけないことだけど。
でも、あの子達に最悪の出来事が起こったのはそのすぐ後――」
律「最悪の出来事――つまりはとうとう犠牲者が出たってことさ」
紬「あの時のことは忘れようとしても忘れられないわ――」
5人が高校を退学になったその翌年。
来るべき2ndアルバムのレコーディングを控える中、
最年少のメンバーにして唯達の後輩であった中野“Dead”梓が、自室にてショットガンの銃口を己の側頭部にあてがい、引鉄を引いたのだ。
享年17歳――自殺であった。
当時の音楽雑誌でのインタビューで、メンバーは中野“Dead”梓の死をこう語っている。
唯「私たちにはもうリードギタリストがいない! あずにゃんが自殺したんだ、二週間前にね。ほんと悲惨だったよー。
まず手首の動脈をナイフで全部刻んで、それからショットガンで頭をぶち抜いたんだよー。
最初に見つけたのは私だったんだけど、ゲッってくらいに気味悪かった~。
頭の上半分が部屋中に飛び散っていて、下半分はベッドの上まで脳味噌が流れ出していたんだから。
もちろん私はすぐカメラを持ってきて写真を撮ったよ。次のHIC(放課後インナーサークル)のアルバムで使うつもりだよ。
飛び散っていたあずにゃんの脳味噌はスープにして私たち4人で食べたよ。
あと、私とりっちゃんは本当にラッキーで、あずにゃんの頭蓋骨の破片のでっかいのを二つ見つけて、それを形見のペンダントにしてるんだー」
澪「梓の死体の写真? ああ、見たよ。なにせ私が唯にフィルムを現像しに行かされたんだからな。
不運なことに私はこの目で現場を見ることができなかったんだけど、
あの写真を唯は上から見下ろすように撮ったから、飛び散った頭の中身がよく見えたよ。
昔の私なら卒倒していたろうね」
律「梓の飛び散った脳みそを4人でスープにして食べたって?
それは嘘だ。少なくとも食べたとしたらそれは唯だけだな」
自殺の理由については――
紬「梓ちゃんはある時期から、確実に精神を病んでいたのだと思う。
だから梓ちゃんならこういうことをいつかやるだろうと思ってた。
それにしたって唯ちゃんは特別ね。梓ちゃんの死を受けても、彼女はすこしもそれを残念と思っている素振りを見せなかった。
寧ろそれをバンドの宣伝に使おうとしていたわ」
律「生前の梓に良く聞かれたよ。『律先輩、死ぬのってどんな感じなんですかね?』って。
え、その答え? 生憎私にはまだやり残したこと――世界中に私たちの音楽を広めたいっていう野望があったからさ、考えたこともなかったね」
澪「梓は死という概念そのものに魅入られていたんだ。
彼女はいつも小さな木箱を持ち歩いていてね。その中には猫の死体が入っていた。
本人いわく自分と猫はどこか通ずるものがあったらしい。
ギグの前にはよく楽屋でその木箱にネコミミをつけた自分の頭を突っ込んで、猫の死体の臭いを嗅いでいたよ。
ああすることで『死』と一体化できるんだなんて言ってたな。だからこそ、梓にとって自殺というのはある意味必然の選択だったのさ」
憂「まだ梓ちゃんが退学処分になる前に本人から聞いたことがあります。
『私は最近、スナッフムービーにハマってるんだ』って。
あんな子じゃなかったのに……」
唯「あずにゃんは私があげた弾丸で自殺したんだ。
『唯先輩、いつでも自殺できるように銃を買いました!』なんて言ってたから。
でもまさか、本当にそれを使うとは思ってなかったよ」
この中野“Dead”梓自殺事件は、音楽業界に大きな反響をもたらしたばかりではなく、オカルトチックな話題としてテレビ等のメディアで大きく取り上げられた。
さわ子「あの事件の影響で、ブラックメタル・シーンに目を向ける人間がますます増えたことが皮肉だと思うの。
何せ新聞にもテレビにもでたくらいだから。
ブラックメタルのブの字も全然知らなかった連中が、いきなり寄ってきたんだわ。クールだと思ったのかしら。
あの5人は退学になってしまっているというのに、桜高にも彼女たちの後を追うように次々と顔を白塗りしてギターを持つ女子が増えてきた。
皮肉だけど、確実に梓ちゃんの事件の影響ね――」
唯「あずにゃんが死んだのは、流行を追いかけるやつらのせいで、もともとのブラックメタル・シーンがすべて破壊されてしまったから。
私たちは元々マンネリを打破したくて、世の中も誰もがやっていないような音楽がやりたくて、今のHIC(放課後インナーサークル)を始めたから。
私はそういう、世の中の流行の中心になんて、なりたくないよ!」
澪「唯の言っていることはどうにも嘘臭いんだよな、自分が一番梓の死を利用したくせに」
律「こういう話があるの知ってるか? 梓は自殺じゃなくて他殺だったんじゃないかって……」
紬「梓ちゃんの死体写真を見ればわかるわ。
あの写真で、梓ちゃんの死体が握っているライフルの上にナイフが乗っているの。
動脈を切ってから頭を撃ち抜いたなら、ナイフがライフルの上に乗るはずはないのに。
ええ、勿論真犯人を疑うとしたら、ひとりしかいないでしょうね」
傷害事件、教会放火、そして自殺――数々の事件を巻き起こした放課後インナーサークルは、もはや完全に社会の忌み嫌う悪の枢軸となっていた。
しかし、その一方で、先の
山中さわ子の発言にもあるように、彼女たちの過激な悪魔崇拝活動に影響を受けるフォロワー達も多く現れ、
『放課後インナーサークル』はただのいちブラックメタル・バンドに留まらない、
有象無象の悪魔主義者や過激は思想の若者が集まるもっと大きな存在となっていた。
律「組織が大きくなること、それは必ずしも良いことばかりだとは限らない。
インナーサークルの性質を思い返してみればわかるだろう。
あそこじゃ、『より邪悪な人間』が権威を持つ仕組みになっていたんだ。
これがどういうことかわかるか?」
紬「数多くインナーサークル内に集まった私たちの信者の中では、勢力がはっきりとふたつにわかれたの」
つまりそれは、
旧放課後ティータイムをブラックメタル路線に変更させた張本人であり、
教会放火などの先鋭的悪事を進んで働いていたシーンのリーダー的存在である平沢“ユーロニモス”唯派と――。
かつては最もブラックメタルに否定的だったものの、一度悪魔色に染まったが最後、
ここにきてライバルバンドのメンバーの自宅への放火やツアーバスの爆破テロなどで名を馳せ始めた秋山“グリシュナック”澪派の二つであった――。
律「かつては同じ部活で茶を啜り合い、同じバンドで志を同じくしたはずの2人が、あの時期から徐々に敵対するようになったんだ」
紬「澪ちゃんはよくこう言っていたわ。『最近の唯はブラックメタルとネオナチ思想を混同している』って。
それからね。インナーサークル内の澪派の人間から唯ちゃんが脅迫を受けるようになったのは」
20××年8月9日。
この頃、平沢“ユーロニモス”唯は、たび重なる秋山“グリシュナック”澪派構成員の脅迫行為から逃れるため、ごく親しい人間のもとで匿われる生活を続けていた。
最近では、彼女のただ一人の妹である
平沢憂のマンションで暮らす日々であった。
唯「せっかく大学に入って一人暮らしを始めたばかりだっていうのに、匿ってもらっちゃってごめんね、憂――」
憂「ううん、誰でもない、お姉ちゃんの頼みだもん。例え悪魔主義者になったとしても私は結局、お姉ちゃんを裏切れないわ――」
唯「でも……そろそろ出ていかなくちゃいけないと思ってるんだ」
憂「なんで!? 私はお姉ちゃんさえよければこのままずっと一緒に暮らしたって……」
唯「それはダメ。
ここもいつかは澪ちゃんの手下に気付かれる――。
そうなったら憂にも危険が及ぶかもしれないし」
憂「お姉ちゃん……」
唯「心配しないで。私は天下のインナーサークルのナンバーワン、平沢“ユーロニモス”唯だよ?
澪ちゃんみたいな間抜けに易々とやられるほど、落ちぶれちゃいないよ」
しかし、唯の中では既に憂のもとを離れる決意が固まっていた。
憂「それじゃ私は大学に行くね」
唯「うん。行ってらっしゃい」
憂「今日はアルバイトがあるからちょっと遅くなるけど、昼ごはんも夕飯も用意してあるから、チンして食べてね」
憂が出かけたのを確認すると、唯は幾日かぶりに携帯電話の電源を入れ、記憶を辿り、とある番号をコールした。
?『はい。どちらさまでしょう?』
唯「わたし。平沢唯だよ。久しぶり和ちゃん」
和『唯? 本当に久しぶりね! 一体どうしたの?』
唯「実は幼稚園の頃からの幼馴染の和ちゃんを見込んで、お願いがあるんだ……」
唯は自分をしばらく匿って欲しい旨を素直に和にお願いした。
和『唯……。貴方、もしかしてまた犯罪を犯したの? 教会を燃やしたり……』
警察沙汰を起こしまくる悪魔主義メタルミュージシャンとして、唯が一般社会にも流していた悪名は和にとっても当然知るところであった。
唯「違うんだ……。ちょっと言いにくいけど、和ちゃんには話すね――」
唯は澪との確執、そしてそれに伴い今自分が晒されている脅威について、あけすけに和に打ち明けた。
和『皮肉なものね……。軽音部のメンバーは、昔はあんなに仲が良かったのに……』
唯「それは昔の話だよ。今じゃ澪ちゃんはただのわからずやの間抜けのビッチ。サタニストの名が泣くよ」
和『事情はわかったわ。ほかならぬ唯の頼みだもの』
唯「本当? 匿ってくれるんだね」
和『ええ。住所を教えてくれれば、私が車で迎えに行くわ。
唯は世間に顔が知れているから、うかつに出歩かない方がいいと思うし』
唯「ありがとう和ちゃん! サタンの名に誓って、感謝するよ!」
和「さてと……予想通り、唯は私を信頼しきっているみたいだし、これでいいのよね?」
携帯電話を置いた和の傍らで、黒い長髪の影がニヤリと嗤った。
最終更新:2010年05月03日 02:19