えんとらんす!


唯「玄関まで来た・・・あの変な人も追ってこない・・・」


周りを見回しても荒れた金庫と、さっきの扉の他に、先ほどの通路しか見当たらない


唯「さっき閉じた扉・・・」


唯「(お願い、開いて・・・!)」



扉はまるで鉛でできているかのごとく、びくともしなかった

それがトイレのドア、事の発端を少しでも想起してしまって


唯「もう泣きそうだよぉ・・・」


その後外に出られそうな場所を探すうちに、鍵のついた扉を見つけた


唯「ここも・・・開いてないかな・・・」


半ば諦めながら軽くドアノブに手をかけると、

まるで誰かが既に開けていったようにあっさりと開いてしまった


唯「うわわっと」


精神的にも身体的にも疲労、脱力しきっていた唯は、突如の出来事に躓く


唯「いたぁ・・・」


唯はまた力なく、しかし急ぎ歩き始めた


階段を上るとまた扉、開けて進むと楽器倉庫のようなものが見えた


唯「わ、楽器が一杯・・・」


唯の興味は楽器に惹かれ、恐怖心などすっかり忘れてしまっていた


唯「これなんだろ・・・ギターにちょっと似てる・・・けどすっごいでかいね!」


しかし、その瞬間激しい金属が響きわたる


唯「っ!!」


すぐ近くの楽器ケースに身を隠す、"誰かきた時"に見つけられないように


次いで足音が聞こえてくる


唯の心臓の鼓動は血を逆流させるように 頭の血が下がりつつも激しく脈を打っていた


誰か、楽器ケースの裏に足音が弾んだ


「・・・見つけた!」


唯「いやっ・・・!!」


唯「やだよこないでーっ!!」


全力でケースやら何やらとにかく投げつける 相手が怯んでくれることを祈って

しかしその抵抗は無意味であることに、すぐに気づいた 気づかされた

楽器ケースを盾に飛来物を防ぎきった誰かは、顔を少し覗かせた


紬「ゆ、唯ちゃん! 私よ、紬よ」


唯「や・・・あ・・・む・・・」


唯「ムギちゃん・・・!」


少しだけ視野が広くなった気がした


ひとまず紬と合流した唯は、少しずつ平静を取り戻していった


唯「ムギちゃんがいてくれてよかった~!」


紬「唯ちゃん一人だと心配だものね・・・」


紬「・・・唯ちゃん」


唯「ほえ?何?」


紬「せーの、の合図でこの荷物の山を思いっきり押し倒して」


唯「えっ?」


紬「いいから、ね?」


唯は近くから、鈍重で聞き覚えのある足音が聞こえていることだけ理解した



息を潜め、こちらに向かってきているであろう人物の登場を待ちかねる

私は大きな音を出すと彼らが反応することをよく知っている

もちろん、彼らに限らず普通の人ならば物音に気づくのだろうが、

彼らは取り分け音によく反応する たとえ屋敷の隅と隅ほどの距離があっても、だ

不安も恐怖も持ってなどない 私はこの作戦を成功させる自信もある


一歩、また一歩と足音が近づいてくる

焦ってはいけない、しかしこちらの反応が遅れればこちらが危ない


紬「(ピンチはチャンス・・・もう二度と使わない言葉だと思っていたけど)」


彼女にはある種の自信に満ちていた

明らかに足音の持ち主が部屋に踏み込んだ

その体格と、その手に持った物の重さから、足音はかなり響くのですぐにわかる


紬「・・・唯ちゃん」

唯「うん・・・!」


彼はここに私達がいることを半ば確信している

そして刺せる、優越感、圧倒的支配感を感じた彼は意気揚々と槌を振り上げるだろう

大振りで、一撃でこちらを仕留められるほどに

攻撃にかける重きが大きいほど防御的な面は脆くなるもの、考えているうちに、足音はすぐ近く

紬「せーの、で!!」


身を隠したケースの反対側、足元から砂利が擦れる音がした


紬「てええええい!!」
唯「おりゃーっっ!!」


大男「!?」


激しい騒音の直後、そこにいたであろう大男はケースの下敷きになり、気絶していた


唯「倒しちゃった・・・?」


紬「まだよ、まだ倒せてはいないけど・・・」


唯「え~・・・タフ・・・」


路を4つ、足音が駆け抜けていく


紬「とにかく遠くまで離れましょう、しばらくしたら彼は起き上がるわ」


唯「う~また追いかけられるのかぁ・・・ 本当に鬼ごっこだね・・・」


紬「どっちにしてもしばらくは起きそうにないし、屋敷を出ましょ?」


唯「でも、出口は鍵がかかってて・・・」


紬「これ、なーんだ?」


唯「あっ・・・鍵!」


紬「ロッカーの中に入ってたの、誰が置いていたかはわからないけど・・・」

唯「そういえばロッカーが結構荒れてたような・・・?」


紬「ちょっとね、かの男に追いかけられてて時間がなかったから・・・」


唯「ええっ!?じゃあホールにいたのってムギちゃん!?」


紬「唯ちゃん、もうちょっと声小さくね?」


唯「ラジャー・・・!」


二人は音なく階段を駆け下りていった

紬「唯ちゃん」


唯「なあに?」


紬「ホールにいた人ってどんな人?」


唯「ムギちゃんじゃないの?」


紬「ええ、私じゃないわ・・・でもホールにいたなら一度会ってるはずなんだけど・・」


唯「おかしいなぁ・・・あずにゃんにしては背が高かった気がするし・・・」


紬「でもいなかった、ということは無事ね 私達は一度出て作戦を練りましょ?」


唯「う、うん」




げんかん!


紬が手にしていた鍵で扉を開錠する

鉛のように重かった扉も、今はたやすく開くようになった


紬「これで逃げ場は確保できるわね」


唯「・・・あ」

無意識のうちに放っていた言葉から、一つの問題要素を思い出す


唯「あずにゃんがまだ見つかってないよ!!」


紬「えっ!?・・・梓ちゃんもこっちにきてるの?」


唯「多分・・・でも私と一緒に吸い込まれてるからこっちにいるはずなんだけど・・・」


紬「ちょっと大変なことになったわね・・・」


唯「もし屋敷の中にあずにゃんがいたら・・・!」


紬「唯ちゃん、私達は外にでましょう」


唯「あずにゃん置いてけぼりにするなんてできないよ!」


唯「た、たしかに私、一人じゃなにもできなかったけど・・・」


唯「誰かと一緒にいられるだけで落ち着くから・・・だから・・・」


紬「落ち着いて唯ちゃん、屋敷の中にはもう一人、私達のような人がいる」


紬「もし梓ちゃんが屋敷にいるなら、その人と合流する可能性も低くないわ」


紬「私達は、屋敷を任せて外を探したほうが効率的かつ安全だわ」


唯「よくわかんないぃ・・・けどムギちゃんがそういうなら・・・」


紬「うん、必ず見つけてあげよ?」


紬「(今回は私一人じゃない・・・絶対に犠牲者を出すわけにはいかない・・・)」


唯「・・・?」


雨も止んだ外はまた違った景色に見えた

人一人おらず、ゴーストタウンそのものであるこの小さな街のどこに、探し人がいるのだろうか

途方に暮れ、不安と焦燥感に悩まされていた

しかし諦めるわけにはいかないのだ


愛する後輩のためにも、きっと待ってくれている仲間達のためにも・・・


唯「私、ちょっと見てきたい場所があるんだ」


紬「えっ?」


唯「ムギちゃんは外を探してて、私ちょっと行ってくるから」


紬「唯ちゃん!唯ちゃん!!」




唯「(なんとなく、あの女の子が似てる気がしたんだ)」


唯「(さっきみた写真・・・もしかしてあの女の子じゃないのかな・・・)」


寝伏したままの扉を踏みならしながら、再びあの部屋へと向かう




あのへや!


唯「どこだどこだどこだ・・・!」


唯「あった!!」


写真に写っている女の子は、少し幼くかったが、たしかにあの女の子の顔と酷似している

写真の縁に刻まれた名前、メイ・ノートン


唯「このこメイちゃんっていうのかな・・・?」


唯「・・・ん、新聞?」



新聞の内容は―



遠く、しかし近く この家のどこか  あの足音が再び聞こえてきた


唯「また・・・!?」


近くに衣裳部屋のようなものがあり、咄嗟に息を潜めて隠れる


唯「(くるなくるなー・・・)」


しかし願いも虚しく大男は現れた 

気が動転し、吐き気も襲ってきたが、今は息一つ乱すことはできない

唯は、極限の状態で気配を消していた


大男は帰っていった 想像していた以上にあっさりと・・・


唯「(私以外といけるんじゃないかな・・ははは・・?)」


物音を最小限に抑えて新聞の続きを読んでいくうち、唯はある事実を知った

知ってしまったのだ、彼女の正体とあの大男の正体を


唯「これって・・・」


唯は驚きを隠すことなどできなかった

しかし、驚きをさらに加速させる出来事が起こったのだ


”出来事は立て続けに起こる”


上の階から悲鳴、しかしどこか聞いたことがあるような声のトーン・・・

唯はごく少ないヒントであるにもかかわらず、それを特定した


唯「あずにゃんが・・・危ない!!」



にかい!


ドアの前にいたツインテール、間違いなく探しに探した、あの人だった


唯「あずにゃん・・・!」


しかし、ツインテールしかわからなかったのには理由がある

その精緻であろう顔へ送った視線を遮ったのは―


槌を片手にうすら笑う大男、ハンマー男とでも呼ぼうか


手にしていた槌を振り切ったと思えば、

ツインテールの探し人はドアを小気味いい音と突き抜けて、軽々と吹き飛ばされる


唯「!!」

唯「このぉ・・・!」


無理を承知でその手の槌を奪おうと掴む

ハンマー男はそれをあざ笑うかのごとく捻じ伏せてみせた


唯「うぐ・・・」


ハンマー男「まダネズミがイヤガッタカァ・・・」


ハンマー男「お前モ殺シテヤ ウグッッ!?」


男の声を遮ったのは、扉から突如として飛来した椅子が命中したため

そして体制を立て直そうとした男を再び黙らせたのも

ツインテールが突如飛来・・・梓が捨て身のタックルをしかけたため であった


梓「唯先輩・・・?」


唯「あずにゃん・・・!!」


目の奥に氷が引っかかったような感覚と共に、視界が滲んでいく

唯はやっと愛する後輩と合流することができたことに涙を流さないわけにはいかなかった


梓「よかった・・・無事だったんですね!」


唯「あうう、心配したよおお!!」

抱擁しようにも、梓が打ち付けられた槌の跡を見ると、とてもそれはできなく、酷く悔しかった


感動の再開も程々に、ここからなる最悪の状況を回避しなければならないことを二人は気づいている


唯「この人気絶してる・・・よね?」


梓「はい・・・多分・・・」


唯「急がなきゃ・・・」


梓「私もこの家に用があるんでした・・・えっと・・・いたた・・・」


梓が傷を気にしているのを横目に、唯は思考を張り巡らせる


唯「(あの女の子はやっぱり幽霊だった)」


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最終更新:2010年05月04日 23:42