唯「ふんふん~は~ふ~♪ おんがっくしっつ~♪」
唯「あっ、ムギちゃん! 今日は1番乗りだねー」
紬「……」
唯「今日のお菓子はなんだろな~」
紬「……」
唯「ピアノ弾いてたの? あ、これ楽譜ー? ねえねえ、これなんの曲?」
紬「……」
唯「ねえームギちゃーん」
唯「ねえ、ムギちゃん?」
紬「……」
唯「なんでしゃべってくれないの……?」
紬「……」
唯「な、なんか私悪いことした……かな」
紬「……」
唯「……くすん」
『おーーファイッ、オッ、ファイッ、オッ』
『今日帰りどうするー?』『マックでいいじゃん』『スタバ高いしー』
『先生さよーならー』『はい、さようなら』
『プァァァァーーーーッパパパパパパパパパパ』
唯「わたし、なにしたのかな……」
紬「……」
紬「はぁ。あ、唯ちゃん」
唯「……ムギちゃん。わたし、ムギちゃんに何かひどいことした?」
紬「え? なんでー?」
唯「だだっ、だってー! 話しかけても答えてくれないし! ウウゥ~」グスン
紬「ごめんね。今、演奏してたから」
唯「演奏?」
紬「うん。コレ」
唯「あ、さっきの楽譜」
唯「あれ? この楽譜ヘンだよ。音符がひとつもないよ」
紬「これはね、演奏をしない演奏なの。だから、さっきの私はピアノの音を出してなかったでしょう?」
唯「それって曲なの?」
紬「唯ちゃん、私がピアノに向かってる間、どういう音が聴こえた?」
唯「えー。うーんと、ああ~バレー部の掛け声とか、廊下の人とか……」
紬「私は唯ちゃんのコロコロ変わる声が聴こえてたわ。それが今の曲だったの」
唯「はぁ……はぁ?」
紬「さっきまでの4分33秒の間に聴こえてた音が、この曲だったの」
唯「???」
唯「なんかよくわかんないや」
紬「あ、お茶にする? それとも今日はコーヒーにしてみる?」
唯「おー! いよいよコーヒーメーカーちゃんの出番だねっ!」
紬「じゃあ、コーヒーにするわね」
唯「うふふ~コーヒーかぁ~うふふ~」
律「はい! 私ですよん!」
唯「あっ、りっちゃん、澪ちゃん~」
唯「今日はね~コーヒーなんだって~」
澪「へー。とうとうアレの出番がきたのか」
律「おおーう! ムギ~本格的だね~」
紬「じゃあ、豆を入れて……」
『ゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリ』
紬「粉になりましたぁ~」
皆「おおーっ!」パチパチ
紬「じゃあ、お湯を入れマース」
『コポコポコポコポコポ……』
唯「いいにおいだねー!」
律「ダメだなー唯。もっとお上品に、香りと言いなさいっ」
澪「へーけっこう面白そうだなー」
梓「こんにちわー。なんですか、このにおい?」
紬「梓ちゃんもちょうど来たから、お茶にしましょう! 今日はベルギーワッフル」
唯「いただきまーっす!」
律「ふふーん。唯は飲めるのー? コーヒー……って熱っ!」
唯「あう、ニガーイ……」
紬「お砂糖ありますよー」
澪「お前ら子供だなー」
律「なんだよー。澪だってカフェ行くと、ガムシロ二つは入れてるくせにー」
澪「んなっ」
梓「へーすごい甘党なんですね、澪先輩」
澪「そんなことないよ。ブラックだって飲めるよ(ニガクナイニガクナイ)」
律「今日は新曲を作るっ!」
唯「はいっ、わくわくさんっ!」
澪「なにかアイデアあるの?」
律「えへっ! ありませーん!」
澪「お前なぁ……」
律「だっ、だってー! 今日は珍しいもの飲んだから勢いで言ってみたっていうかー!」
紬「あ、曲っていうほどじゃないけど、アイデアなら……」
梓「へー。どんなのですか?」
紬「ちょっと待っててね」
紬「よいしょ、よいしょ……」カチャカチャ
澪「心なしか、いつものキーボード周りの機材が増えてる気がする」
唯「キー坊もオシャレだねっ!」
律「いつ名前つけたんだよ」
梓「なんか、ムギ先輩、ケーブルまみれですごいことになってます」
紬「じゃあ、いきまーす」
『ゴリッ ゴリッ ゴリッ ゴリッ
コポポポ コポポポ コポポポ コポポポ
ダーン ダーン ダーン ダーン 』
澪「なんだかすり潰すような不気味な音が……」
梓「所々入ってくる水っぽい音がなんかソワソワします……」
律「ムギがピアノ弾いてるとこしかわかんない……」
唯「……あっ! ハイハイッ! これ、さっきのコーヒーメーカーの音でしょ!」
紬「あたり~」
律「あ~ムギ。私には今のは何が何だかよくわからなかったんだけど」
紬「さっき、コーヒーを作るときに豆を潰してたでしょう? それからドリップするときにお湯を入れたけど」
澪「その時の音が今のゴリゴリとか、ポポポ?」
紬「そうなの~」
梓「あぁ、確か生活音で曲を作る人がいるって聞いたことあります」
唯「ムギちゃん! 今のすっごくおもしろかったよ!」
紬「ありがとう。ふふっ」
次の日
紬「今日はお茶じゃなくてミックスジュースにしてみました~」
唯「おおう! ヘルスィ~!」
律「ごめん、青汁とか私苦手なんだけど……」
紬「オレンジとかリンゴも混ぜるから、飲みやすいと思うの」
澪「まあ、たまにはこんなのもいいな」
梓「唯先輩、果物食べちゃダメですよ。使うんですから」
唯「はっ、はい~っ!」
『ギューーーーンッ ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ』
澪「じゃあ、まず、ふわふわ時間からー」
律「あ、ワン♪ あ、ツー♪ あ、ワンツースリー♪」
唯「あはは、ヘンなカウントー!」ジャカジャカ
唯「だけど、それがいちばんむずかしいぃのよっ! はなしのきっかけっとっかどうしよっ!」
『ギューーーーンッ ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ』
澪「(おお! すごいギターの音! 梓スゴイナ~)」
唯「ぜんぜん! しぜんじゃないよね~!」
『ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ』
梓「ふぅーっ!」
澪「梓、さっきのすごかったよ! どうやってたの?」
梓「え? なにがですか?」
澪「ほら、ラップのとこで電車が止まるみたいな音が……」
梓「え!? あのバリカンみたいなギターは唯先輩が弾いてたんじゃないんですか?」
唯「わたし、歌いながらあんなの弾けないよ~」
梓「えっ、じゃあなんの……」
紬「あのう、さっきの私」
律「ムギかよっ!? え? え? キーボードっていうのはギターみたいな音が出るんでしたっけ?」
紬「さっきのジュースのミキサーの音を録っておいたの」
律「ああ、それでガガガって……」
澪「はぁ、あんなにこわ……乱暴な音だったんだな。普段そんなの気にしたことなかったけど」
唯「へ~……」
律「唯ちゃん、ずいぶんキラキラしてますわね」
唯「あっ、そうだ!」
梓「でも、スゴイですっ。これから私たちのバンドの音楽ももっとすごくなるかもっ」
『ガシャンッ ガシャガシャーーンッ』
律「ああ! なーにやってんだよ唯ー」
澪「もう。フォーク落としたら割れちゃうだろ。ムギが持ってきてくれてるヤツなのに」
唯「ねえねえ、ムギちゃん! 今の音なんかどうかな~」
律「ああ、さっそく自分でもやってみたのね」
梓「こういう素直な感性が唯先輩らしいというか……」
紬「フォークとかナイフを落とした音は、すごく複雑で、面白いと思うの~」
律「もうやったことあんのかいっ!」
それからのムギ先輩はとにかく強烈でした。
ありとあらゆる音を求めて、常にレコーダーを持ち歩いていました。
ある時は。
『ぶうっ』
律「はーいっ、今のオナラ誰だー。手をあげろー。先生怒んないからー」
澪「これで怒るって、気が短すぎだろ」
律「犯人はお前だっ」
澪「ちっ、ちがう!」
律「うーん、ホシは唯かなーと思うんだけど」
梓「すいません、私です……」
唯「あずにゃん、おならもか~わいい~」
『ブーーーーン ブーーーーン ブーーーーン ブーーーーン』
梓「ムギ先輩、さっきのフレーズかっこいいですっ。キーボードで出してたんですか?」
紬「えっ!? あ、ああー。えーと、梓ちゃん、ちょっと耳かして」
梓「はい?」
紬「じつは、おならの、音なの」ヒソヒソ
梓「おっ、おならっ!?」
紬「やっぱりまずかったかしら……」
梓「いえっ! い、いいと思いますっ。あの、ちなみに誰の……」
紬「……その、こないだの、ほら、梓ちゃん……」
梓「……!」
私はその時は泣いてしましました。
後日、ムギ先輩は「あれはやはりまずかった」と謝ってくれました。
私は自分のおならだとバレなければかまわないと告げ、その場は和解することができました。
しかし、ムギ先輩の過激さは増す一方だったのです。
『シュオンシュオンシュオン ケヒケヒケヒケヒケヒ』
澪「ムギー、この音なに? まるで聴いたことないけど」
唯「はいっ、はいっ、答えはお風呂洗剤ですっ!」
紬「唯ちゃん、残念」
律「んー。じゃあ、台所とか?」
紬「正解は戦車の進む音でした~」
律「戦車っ!?」
紬「正確には装甲車。ダイムラー・フェレット・マーク・3・アーマード・スカウト・カー」
唯「大村?」
紬「前から欲しかったんだけど、ようやく手に入って。毎日、お庭で乗ってるの」
律「お庭ってアンタ……」
こういう具合だったのです。
ムギ先輩は私たちとは少し違う感覚を持つようになりました。
いえ、本来ムギ先輩はこういう人であり、今までが遠慮していたのかもしれません。
ムギ先輩がその先鋭さが最も発揮されるのはライブでした。
そのころから私たちは地元のライブハウスに定期的に出演するようになっていたのです。
その日、ムギ先輩がライブに持ち込んだのはキーボードではなく
ジュースミキサーとターンテーブルでした。
唯「もーはりがなぁ~んだか~とぉ~らなぁ~いぃ~ららまた明日~」
『ギイイイイイイイイイイギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ』
「うおおおギターソロすげえ!!」「女の子でデスメタルって最高だろ!!」
「うっひょおおおおおおおおwwwwwwwwwwww」「おねえちゃ」「むぎゅうううううううう!!」
梓「(みなさん、ごめんなさい。これ、ギターの音じゃないんです。私でも唯先輩でもないんです」
さわ子「みんなー!!」
唯「あ、さわちゃん!」
さわ子「さっきのライブすっごくよかったわよ! も~私の中のヘビメタブラッドが掻き立てられるっていうか~」
律「ヘビメタねぇ……」
さわ子「梓ちゃん、ギターうまいわねぇ。アレ、どうやって出してたわけ?」
梓「いえ、私じゃありません」
さわ子「ん? じゃあ、唯ちゃん?」
唯「ほへっ?」
澪「唯じゃないです」
紬「あ、私です」
さわ子「は?」
紬「さっきのはターンテーブルに紙やすりを置いて回してたんです」
さわ子「かみやすり」
紬「えっと、それから今までのキーボードの代わりはジュースミキサーでやってて。
操作のタイミングが少し難しかったけど……」
さわ子「みきさー」
紬「どうでしょうか?」
さわ子「え、あ、ああ。い、いーんじゃなかしらー? ウンウン」
思えば、私たちの間に溝ができ始めたのもこの頃からでした。
切り出したのは律先輩でした。
律「あのさ、ムギ」
紬「うん、なあに?」
律「ミキサーとかはちょーっとやめたもらいたいなーって思うんだけど」
紬「え、でも、面白いじゃない」
律「いや、面白いことは面白いけど……」
そこに澪先輩が
澪「はっきり言うと、私たちは嫌なんだよ、ムギ。もう、ガーガーピーピーとかそういうのが」
梓「澪先輩っ! それはっ」
澪「梓、ここではっきりさせておこうよ。梓は今のままでいいと思う?」
澪先輩はシャイな人ですが、ときに部長の律先輩よりも指導力がありました。
私は戸惑いました。確かにムギ先輩のやってることに感心はしていました。
けれど
梓「しょっ……正直、辟易することもあります。ライブのときとか」
その時の言葉は私の本心でした。
けれど、私は今でもこの一言を後悔しています。
だって、その時のムギ先輩の、悲しいとかそういう言葉にできるもの以上の感情を
表情がそこにはあったからです。
唯「わ、私は楽しいけどな~。今のムギちゃんの、音楽?」
澪「唯はそう思うんだな。わかった……」
次の日、部室に澪先輩、そしてムギ先輩は来ませんでした。
最終更新:2010年05月06日 00:19