梓「唯先輩、今なんて言いました?」
唯「だから、憂って邪魔だよね、あずにゃんって言ったんだよ」
梓「はぁ……」
一瞬先輩が何を仰っているのか理解できなくて、ほんの少し考えてようやく
私は唯先輩が妹である憂の悪口を言っているのだと理解しました。
梓「あの……唯先輩、憂と何かあったんですか?」
唯先輩がほっぺを膨らまします。
カワイイ……ではなく、どうやら怒っているみたいです。
唯「ふん、何にもないもんっ」
まもなく先輩と後輩の関係も一年になろうとしている私たちですが、唯先輩が悪口を人の悪口
を言うのを初めて聞いた気がします。
いえ、割かし本人は褒めているつもりで、実はというと悪口を言っているというのなら
今までもあった気はしますが。
それでもこんな風に人の悪口を悪意を持って言うのは初めて聞いた気がします。
ましてや今時天然記念物と言っても過言でもないほどに平沢姉妹は仲良しだと
私は思っていたのに。
梓「何があったんですか?」
梓「答えてください」
梓「唯先輩」
唯「プンプン」
梓「じゃあもう聞きません。私先に帰りますね」
唯「ごめ~ん待ってよ~あずにゃん」
押して駄目なら引いてみろ。案の定唯先輩は私が放置しようとすると縋りついてきました。
計画通り。
梓「それで、何があったんですか?」
唯「え~と、あっとね、う~ん」
梓「……」
唯先輩が人に物事を筋道を立てて伝えるのが、極端に下手なのももちろん私は
知っているのでしばらく待つことにしました。
五分後。
五分が長いかどうかはともかくようやく唯先輩は口を開きました。
唯「え~と昨日のことなんだけどね」
梓「はい」
唯「猫を拾ったんだ」
梓「猫、ですか?」
猫と聞くと思わず食いついてしまいます。
唯「うん!とってもカワイイんだよっ」
梓「へえ」
唯「しかも、あめりかんしょーとへあーなんだよ」
梓「アメショーですか?」
本当にそれ捨て猫ですか、と私が思わず聞き返すと唯先輩が鼻息を荒くして
答えました。
唯「うん、間違いないよ。だって首輪してなかったもん」
思いっきり唯先輩の鼻息が耳にかかりました。
いや、ていうか何で帰り道で一箇所にとどまって唯先輩は私に抱きつきながら
そんな話をしてるんですか。
かれこれ五分以上もこの状態です。
梓「唯先輩、とりあえず私から離れてください。さっきから道行く人々の視線が
痛いです」
唯「あずにゃんったら照れ屋さ~ん」
唯先輩が羞恥心を覚えるのはいつなんだろう、とか思いつつ、とりあえず私は
クラスメイトの純から聞いたことを思い出して会話を戻しました。
梓「猫って首に何かをつけられたりするのを嫌がるらしいですから、割と首輪を
してないのって珍しくないらしいですよ」
唯「えぇーそうなんだっ。あっ、でもでも私が近づいても逃げなかったよ」
梓「いや、それって尚更飼い猫の可能性が高いんじゃ……」
唯「なんで?」
梓「だって普通野良猫って近づいたら逃げたり、威嚇したりするでしょ?」
ここらへんはまんま経験談だったりします。
唯「むしろ、積極的についてきたし、ほっぺすりすりしてきたよ」
やっぱりその猫って……と思いましたが、とりあえずあることを聞いてみました。
梓「そういえば、唯先輩、その猫の目つきはどんな風でしたか?」
唯「ビー球みたいにまん丸だったよ」
梓「絶対飼い猫でしょ、それ」
唯「ていうか、そんなことはどうでもいいんだよっ」
唯先輩がようやく今頃になって私から離れたと思ったら、またもやほっぺを膨らませます。
唯「問題はその猫を持ち帰ったら、憂が『返してきたほうがいいよ』って言ったこと
だよ」
梓「……」
妹としてだけではなく人としてもできた憂のことです。常日頃から純の猫話を
私とともに聞いている憂はその猫が飼い猫だと見抜いたに違いありません。
まあ、そうじゃなくてもペットって飼うのは大変らしいですしね。
梓「まあ、憂なりに考えがあるんですよ」
唯「いーや、そんなことないもんっ。憂はきっと猫を飼うのが大変で
メンドクサイからそんな血の涙も無いことを言うんだよ」
梓「たとえ憂が極悪非道のヤクザの娘だったとしても、血の涙は出さないと思いますよ」
怖いですよ。
唯「とにかく、憂はヒドイ!」
……なんて言うか後輩である私がこれ以上とやかく言うものではないような気が
しますが、憂は私にとってとっても大切な友達です。
もちろん唯先輩だって友達みたいなものです。
何だかこのままだと、嫌だなあと思って私は唯先輩に言いました。
梓「ちょっと来てください、唯先輩」
!梓の家
さて、今現在私の親はまだ出払っています。
まあ、そうは言っても三十分しないうちに帰ってくると思いますが。
とにかくこの三十分間に畳み掛けるしかありません。
唯「ええと、それであずにゃん。あずにゃんの家で何するの?」
梓「……」
唯「ま、まさか!」
唯先輩が、くわっと目を見開きます。驚愕に唇をふるわせて、
唯「まさかここで私の処女を奪う気!?」
梓「どこで処女なんて言葉を覚えたんですか、唯先輩!?」
いや、このツッコミはおかしいか!
まあ、いいや。
まだ唯先輩も処女だと判って私はいまだ発展途上の胸を撫で下ろしました。
梓「唯先輩。唯先輩は憂のことを考えたことはありますか!?」
語気が自然とあらあらしくなります、が唯先輩には一度ガツンって言おうと思っていました。
梓「毎日毎日、唯先輩のお世話してその上、自分のことまでやってそれがどれほど
大変なことか判ってますか!?」
腰に手を当てて説教する私に唯先輩は不満げに言い返しました。
唯「別に頼んでないもんっ!」
思わず唯先輩に脳天にチョップを叩き込んでいました。
唯「いったー! 何すんのあずにゃん!!」
梓「口答えするなです!」
続けてコブラツイストをかまします。
唯「ちょっえええええええ背中と方とわき腹がめっちゃいたいんだけどおおお」
梓「その腐った根性を叩き直すまで私の攻撃は終わりません!」
コブラツイストを解除してモンゴリアンチョップをキメます。
唯「ぐはぁっっ!」
唯「あずにゃっっ……」
梓「静かにしないです」
とどめにパロスペシャルです。
唯「……!!!!」
梓「……今度は声を出しませんでしたね」
唯「いや、あずにゃん、ちょっと抗議した――」
梓「ばっこみゅにけーしょん!!!!」
まだ喋るのもうひとつおまけにキンニクバスターです!
唯「……っ!!!!!!!!!!!」
唯先輩は私の攻撃を食らって、しかし、立ち上がりました。
私の数々のキメ技を食らっていてもなお立ち上がるとはゴキブリ並の生命力とは
このことかかもしれません。
こうなったらとことんやってやるです!
唯「もう家に帰るうううううううううううううううぅぅぅえぅえぅぇぇうぇえええん」
泣きながら唯先輩は帰っていってしまいました。
全く説教する前に帰ってしまうとは……。
まあ、これで少しでも唯先輩が憂のありがたみを判ってくれることを祈るばかりです。
さて、一汗かいたことだし、さっさとお風呂に入ってしまうことにしましょう。
次の日!!
自分で自分のことを褒めたくなりました。
次の日には唯先輩と憂はもう仲直りして二人で仲良く登校していました。
私も唯先輩に心を痛めながら数々の必殺技をキメたかいがありました。
めでたしめでたし……のはずだったんですが、
憂「…………アズサチャン」
授業中、憂が私の背後でボソリとつぶやきました。
背後から憂の放つ殺気が突き刺してきます。
憂「昨日はお姉ちゃんにずいぶんと酷いことをしてくれたらしいね……」
シャープペンが、ぶちっと折れた音がして、私を身をすくめました。
唯先輩と憂の関係を修復させた代わりに、今度は私がピンチみたいです。
ああ、神様助けてください。
おわり
最終更新:2010年05月06日 22:50