桑田「あぁ・・大学時代に。」

梓「じゃあ、最近までやってたんですね。」

桑田「あー、そういう事かな」

梓「大学の軽音って、やっぱり楽しいんですか?レベルの高い事も出来そうだし・・。」

桑田「大学の頃は好き勝手やってたからなぁ・・楽しかったけど。」

梓「そうですか・・。」

桑田「レコード一枚買うのにみんなで金出し合って、順番に回しながら聞いたりね。そういうのも楽しかったのかもなぁ。今じゃ考えられないかもしれないけど


梓(レコードって・・いつの時代の話を・・)「先生。」

桑田「はい」

梓「バンドの・・軽音学部の楽しさって、何だと思います?」

桑田「楽しさ?」

梓「はい。」

桑田「いきなり言われてもなぁー・・今、楽しくないの?」

梓「いえ、楽しいです・・先輩達みんな良くしてくれるし、充実してます。」

桑田「なら、良いんじゃない?」


梓「そうじゃないんです!・・確かに毎日ここで部活して・・楽しいなって思えるんえすけど、それはお茶してお話したり、帰りにどこかで何か食べながら帰ったり・・そういうのなんです。なんか、それって、軽音部の楽しさとは違うんじゃないかって・・・」

桑田「うーん。」

梓「もっとたくさん軽音楽部っぽい事をしないと、本当の楽しさがわからないような気がするんです。私も、先輩方も・・」

桑田「軽音部っぽい事ねぇ・・」

梓「はい・・。」


桑田「けど、ライブもやってるんだろ?」

梓「はい。文化祭とか新歓で・・あと、ライブハウスでもやったりしました。」

桑田「良いじゃん、軽音部っぽいじゃん。」

梓「そ、そういうんじゃなくて!」

桑田は、何となくこの子の言いたい事はわかっていた。要するにもっと練習やライブをこなして実力と場数を踏んで行きたいんだろう。しかし、それに対して気の利いた言葉も特に思いつかず、顎の下に手を置き梓に何と言おうかを考えていた


梓「・・・」

そんな桑田の様子を見てか、梓も何とも言えない表情で何処を見るでもなし、桑田が抱えているベースの辺りに視線を泳がせていた。

桑田は無意識に、思考を円滑にする為適当にベースラインを刻む。すると梓は表情を少し変え、ベースの音色に耳を傾けた。

梓のその様子を見て、桑田は一つ、ある事を思い演奏のスタンスを変えた。アマチュア、少なくとも学生レベルではないレベルの派手なプレイを見せる。梓は、当然瞬時にその演奏レベルに反応。聞き入るというより、桑田の演奏に見入ってしまっていた。


桑田(演奏を終わらせ)「よし!どうだ!!」

パチパチパチ

梓「す、凄い!凄いです!こんな凄いベース・・目の前で見た事ありません・・・!」

桑田「そう?アリガト。」

梓「本当に・・凄いです・・!」

桑田「このレベルの演奏は、確かに仲間と馴れ合ってるだけじゃ出来るようにはならないだろうな。」

梓「はい・・そうですよね。やっぱりお茶してる時間があったらもっと練習を・・」


桑田「いや、そうじゃなくてさ。今のもそうだけど、例えばギターの早弾きなんかもみんなとじゃ出来るようにはならないと思うんだよね。」

梓「・・?どういう事ですか?」

桑田「俺は、‘楽器’の練習だけだったら自分の部屋で、一人でやっちゃう。そっちの方が効率良いし、ていうかこういう細かい技はそうじゃなきゃなかなか出来るようにはならないしな。」

梓「・・・」


桑田「そもそも仲間で集まって練習しようって時は、まぁ少しは個人練の時間はあるにしても大体は合わせたり、アレンジ加えたり、ライブへ向けた話し合いだったりそういうのがメインだろ?」

梓「・・はい。」

桑田「面白いのがさ、俺のバンドのメンバーも、集まって練習って時なかなか真面目にやらないんだけど、集まる度に何かしら新しい技とか練習して来て、それを自慢げに見せてきたりするのね。んで、みんなそれ見て“おー!”なんて言ったりして。」


桑田「それ見ちゃうとね、悔しいもんだから俺も家で練習するんだよ。タブ譜なんてないから無理矢理耳コピして。後でタブ譜見たら全然違うのね(笑)」

桑田「で、そんな風に、集まってる時はバカばっかりやって遊んでるけど、何ていうのかな、対抗心とか、あと“どうだこのプレイ!”みたいな感じで仲間に自慢したいって気持はみんな持ってたから、楽器はそれなりに上手くなって行ったんだよね。」

桑田「でもまぁ、その内それが‘仲間に自慢したい’って気持ちから‘誰か他の人に見せたい’って気持に変わって行くんだよ。それは、誰かを楽しませたいとかそんな崇高な気持じゃなくて、変な話だけど“自慢”の延長線上としてね。」


桑田「で、いざライブに向けて合わせるとグダグダだったりね(笑)それまで覚えた技とか入れる余裕無いの。合わせる事にばっか気取られちゃって。」

桑田「けど、何て言うのかなぁ。練習してなかったとは言っても、やっぱバンドの仲間として一緒にずっとバカやってる集まりだから、チームワークは良かったんだよね。
漠然とだけど、‘コイツらとなら上に行ける!’みたいな気持ちがあったりだとか、いざライブやった時に凄く一体感があって。」


桑田「そんな、ある意味ノリだけで演奏しちゃってた伏もあるから今になって考えると凄く酷いライブになってたと思うんだけど、曲が終わると‘ドワァーッ’と歓声や拍手が押し寄せて来たりしてね。
お客さんそっちのけだったのに不思議なんだけど。」

桑田「けど、考えてみたらライブわざわざ見に来るお客さんってのは、当然なんだけど音楽好きなんだよね。
音楽ってのは演奏技術の高さを楽しむってのももちろんあるんだけど、やっぱ耳で聞いて、感じて、それがそれだけ楽しいかなんだろうなぁって思うんだよ。
それはもう楽器を通してだけじゃ伝わんないよね。ライブやってる俺らが楽しくなきゃ。」


桑田「まぁ俺らみたいな“不真面目な楽しさ”じゃなくて、
もっと真剣に音楽を楽しんでる人たちは当時も今もたくさんいるけど、
少なくとも俺にとってはそれがベストだったんだろうなぁ。
集まった時に、音楽仲間ではあるけど悪友みたいな付き合いして、
で、そのみんなとライブやるってのが凄く楽しくてね。」

桑田「んで、曲が終わって、
感情が高ぶってもうわけわかんない言葉をお客さんに叫ぶんだよ。
そしたらまた“うおー!”って歓声が返ってくるもんだから、
それに対してまた叫んだりして(笑)」


桑田「俺はそれが・・・」

桑田「バンドの楽しさだと思うなぁ。」

梓(・・・!)

桑田「楽器が上手くなって嬉しくて、それを仲間に見せて優越感があって、
最後にそれをお客さんに見せて、それまでの事もそこにいるみんなも一体化して、
それが“演奏”と“歓声”になって。ぶつかり合う瞬間」

桑田「それが楽しいんだよ。」


梓(・・・)

桑田「・・あ、ごめんね、長ったらしくてわけわからないか。」

梓「い、いえ・・凄k」

唯「凄く感動したよくわっちょ先生!!」

梓「にゃ!?」

桑田「いつの間に!」


律「いやー、廊下から覗いたら二人っきりで何か話してたからさぁー。私達も混ざろうってな。」

紬「うんうん。」

梓「ひ、一言くらい声掛けてくれたら良かったじゃないですか!びっくりしますよう!」

澪「わ、悪い、なんか真剣な話で介入し難かったし、それに・・」

唯「凄くタメになるお話だったから邪魔したくなかったの!」


律「そうそう、別に驚かそうなんて思ってたんじゃないぜ?」

梓「律先輩は信用できないです・・」

律「言ったなー、このこの!」

澪「こら!梓をいじめるな!」

ワイワイガヤガヤ


梓「もう・・先輩達本当に先生の話ちゃんと聞いてたんでしょうか。」

唯「聞いてたよ!」

梓「わ!?だ、だから突然来ないで下さいよ唯先輩!!」

唯「確かに私達、放課後にみんなでお茶してあまり練習しなかったりするけど・・・」

梓(自覚あるんだ)

唯「でも、そうやってる時間もみんなの演奏聞くのも凄く楽しいし、ライブやったりしてお客さんから拍手されると嬉しいし・・」

桑田(・・・)

唯「そんな時間をみんなと一緒に過ごすの、私楽しくてだーい好き!!」

梓(・・・!先輩・・・)


桑田(・・・良い笑顔をするな。)

紬「みんなー、お茶が入りましたよー♪」

唯「あ、わーい!」

梓「行っちゃった・・・」

桑田(若いなぁ。)

梓「・・・でも。」


桑田「ん?」

梓「なんか、わかった気がします。軽音楽部の・・バンドの・・・いえ、“音楽”の楽しさが。」

桑田「そかそか。」

梓「私、目先の演奏技術や不安ばっかり気にしちゃって・・・一番大事な事を忘れていたんだと思います。」

‘あー!唯!そのシュークリームは私のだぞー!’
‘だってりっちゃんが中身だけ吸ったの渡してくるんだもんー!’

梓「先生の話を聞いて、気付きました。」

桑田(シュークリーム美味そうだな)


梓「私は、軽音楽部が大好きです。この部で、このメンバーで活動するのはとても貴重で、そして・・・それが、私にとっての音楽の楽しさなんだって。」

桑田(昨日のロールケーキも美味かったしな・・あ、話聞かないと。)

梓「桑田先生。」

桑田「ハイ。」

梓「ありがとうございました!」ニコ

桑田「・・まぁロクな事言えなかったと思うけど、役に立ったなら良かったよ。」

律「おーい二人ともー!早く来ないとおかしなくなるぞー!」


梓「もう、でも、皆さんもう少しだけでも練習に力入れてくれたらいいのに・・」

桑田「ははは。」

梓「・・・でも、きっとその緩い感じもこの部活の良い所なんですよね。きっと、このメンバーだから楽しく演奏出来るんです・・」

唯「おーい!あずにゃーん!くわっちょ先生―!早く来ないと食べちゃうよー!」

梓「うふふ、あんな事言って、絶対私達の分は残して置いてくれるんですよ?先輩達。」

桑田「へぇ。」

梓「本当、良い人たちなんです。みんな・・・」

桑田「・・・」


梓「行きましょうか、先生。紅茶も冷めちゃいます。」

桑田「よし、行くか。」

梓に話た、自らの昔の話。
それは桑田の大学時代の話だった。
後にサザンとしてメジャーデビューする青山学院大学の音楽サークル・・・


桑田はお茶を飲む彼女達の姿を、その頃の自分達と重ね見ていた。
梓に桑田が語ったバンドの姿は、まだ‘陰’を知らかったころの、ただ純粋に音楽を楽しめれば良かった頃の自分達の姿。

桑田(この子達には、ずっとこうして、楽しく音楽を続けて行ってもらいたいな。)

そう思いながら、桑田は‘くわっちょ先生専用席だよー’と唯が用意してくれたイスに座り、軽音部員達とのティータイムを過ごすのだった。


(放課後)

梓に語った、自分なりの‘楽しさ’の話。
それについて、桑田は学生時代いい思い出のない職員室という場所で、
違和感極まりない‘自分’の机に向き合いながら考えを巡らせていた。

桑田(あの頃の事を思い出して、あんなに喋ったのは久しぶりだな・・
自分から話すような事でもなかったし・・)

桑田(・・・)


‘ノリ’だけで活動し、それが成立していた学生時代。
プロ、メジャーへの憧れが無かったと言えばウソになる。
実際、憧れがあったからこそ自分達はメジャーデビューをしたのだろう。
毎日バカ騒ぎをしながら、唯一真面目に見ていたのは、
‘メジャー’という夢だったのかもしれない。

しかし。

夢は、結局眺めていればこそ美しいものだと現実を叩きつけられた。
他の世界は知らないが、夢が大きければ大きい程、煌びやかなら煌びやかな程、
その中身にはうんざりする現実がうごめいている物なのだと知ってしまった。


何より、その夢に対しての憧れが強ければ強い程・・後からじわりじわり、
‘期待’や‘憧れ’と姿形だけ変えて押し寄せてくる、どう対処しようもない現実が、
夢を叶えた者達を蝕んでいくのだ。

さわ子「桑田先生?」

桑田「え?あ、あぁ、はいはい?」

さわ子「どうされたんですか?難しい顔をして・・」


桑田「あぁ、いや、なんでもないですよ。」

さわ子「そうですか、何かありましたら、何でも相談して下さいね?・・・さて、じゃあ、行きましょうか、先生。」

桑田「え?どこに?」

さわ子「放課後のティータイムですよ♪」

桑田「な、何!?」

桑田(こ、こんな美人に放課後デートに誘われるとは・・・しかし・・俺には原坊が・・)

さわ子「行きましょう!」スタスタ

桑田「ハイ。」


桑田(まいったな・・・もしフラ〇デーされたら・・この世界にもフライデーはあるのかな。)

桑田(・・・ん?)

桑田(放課後のティータイムって言ってたのに、なんで音楽準備室に向かうんだ?)

桑田(・・・)

さわ子「着いた着いたー♪」ガチャッ

唯「あー、さわちゃんとくわっちょだー!」

さわ子「ミルクティーをお願い♪」

紬「はーい♪」

桑田(・・・なんだそういう事かぁ)シボーン


紬「桑田先生はどうしますか?」

桑田「うーん俺は・・コーヒーとかないかなぁ。」

紬「はーい♪」

桑田(あるのか!)

紬「お砂糖とミルクはどうしますか?」

桑田「あぁ、ブラックでいいよ。」

紬「わかりましたー♪」


律「あれ、ムギ、コーヒーセット持って帰ってなかったんだな。」

紬「ええ、もしかしたら必要になるんじゃないかと思って。」

唯「くわっちょ座りなよー!」

桑田「・・・あぁ、はいはい。お、マカロンかぁ」


(ティータイム終了、練習中)

桑田「唯ちゃんはなかなか変則的なギターを弾くなぁ。」

唯「えー?そうかなぁ。」

桑田「ちょっとギター貸してくれる?・・・よっと、こんな感じだな。」ギュイイーン

梓「あ、凄い・・唯先輩の感じ再現できてる・・」

唯「おぉ!?私のギターはこんな感じにみんなに聞こえてるんだね!?」

澪「合わせるの大変なんだぞー?」


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最終更新:2010年05月17日 23:10