唯「うう・・」

桑田「このフレーズなら、こんな感じで弾けばいいよ。」ギュイイーン!

唯「おお!」

桑田「すぐには出来ないかもしれないけど少し練習すれば・・」

唯「くわっちょ!ギー太貸して!!」

桑田「え?あぁ、はいはい。」

唯「こんな感じ!?」ギュイイーン!

桑田(・・マジで?一回見ただけで?)


梓「あーあ、また唯先輩の吸収性の早さが・・」

紬「さすが唯ちゃんね♪」

律「そういうのばっかり上手いんだからなぁ唯は。」

桑田(・・・ギタリストには凄くいい能力だと思うけど・・それにしてもこの子、こんな能力があるのに勿体無い。上手く練習すれば一気に成長するだろうになぁ。)

澪「それにしても、なぁ律。」

律「なんだ?」

澪「桑田先生、一回聞いただけなのにふわふわ時間のギターを把握してないか?」

梓「それ私も思いました!」


律「・・・そういえばそうだな。」

桑田「ここなんか、こんな感じのアレンジどう?」ギュイイーン

唯「おお!なんかかっこいい!貸して貸してー!」ギュイイーン

桑田(やっぱり・・この子は見て、聞いて上手くなっていくタイプだな。)

澪「・・・」

梓「・・なんか。」

律「ああ。」

梓「唯先輩と桑田先生って、似たタイプのような気がする・・」

澪「・・だな。」

桑田「それで、澪ちゃんのベースだけど・・」

澪「あ、は、はい!」



桑田の指導により、ただでさえ活気のある放課後ティータイムは更にその勢いを増した。
HTTの全パートを桑田が演奏出来るからという事ももちろんあるのだが、本人にも意外な程桑田は楽器指導が上手かった。
そして、ネガティブで陰気なしがらみを感じないHTTの空気によって、桑田がこれまで気付かずに閉じ込めていた陰の部分が徐々に浄化していた。

(そろそろ帰っても平気かな)

桑田「・・・ん?」

唯「どうしたのー?」

桑田「いや、今誰かに声を・・」

唯「えー?私は何も言ってないよ?」

桑田(他の面子もそうっぽいな・・)

桑田(・・気のせいか。)



(音楽には、いや、どんな世界にも古い固有だがトップスターがいる物だ。)
(そして、それは何時如何なる時も、輝く存在でなければならない。)
(それを目指して、若い力がその世界を目指す。)
(そして、いつかトップスターの座は交代し、また新たな力へと受け継がれていく。)

(しかし。)
(その輝きは、果たして本当に、隅から隅まで輝きで満ちているのだろうか。)

(そうではない。)
(役目を終えたトップスターの末路。)
(それは散々たる物が非常に多い。)
(トップスターが放つ光は、それを見る周囲の人間が作り出した物だ。)
(役目を終え、誰も見向きもしなくなった時。)
(暗い影が、栄光に隠れた部分を覆い出す。)
(それまで‘トップスター’として崇められていたその人は。)
(これまで人々に与えた‘夢’と同じ数だけの‘無’を報酬とばかりに与えられ)
(静かにその役目を終える。)
(・・・・それで良いのだろうか?)


桑田「・・・はっ・・・」

目が覚めると、そこはまた独身部屋。
おかしな夢を見ていたようだ。寝巻がうっすらと汗で湿っている。

桑田(夢か・・・)

やはり今自分がいるこの世界は‘夢’ではないらしい。だとすると、この場所は一体何なのだろう。
カーテンを開けると、寝起きの目に刺すような日の光が飛び込んでくる。この感覚。それはこの状況が訪れる前も今も変わらない、‘生きている’確かな証だった。


桑田(・・まぁ、どうしようもない。考えなくてもいいかな・・。)

この突拍子も無い、非常識な事態が起きてから一週間。
最初は混乱したものの、桑田はこの状況に順応していた。
開放感と表現すれば良いのか、常に等身大の自分でいられる事。
街を歩くのにも、買い物をするのにも何の警戒もいらない。
無意識に求めていたそれが、今の環境は完全に整えられていた。


その為、桑田は混乱を乗り越え非常にリラックスした日々を過ごしていた。
今では、「もう少し、まだしばらくここにいたい」とまで思うようになっていた。

モブ子「あ、桑田先生、おはようございまーす!」
桑田「おはよ。あ、こらー、スカートをもっと・・・」
モブ美「えー、良いじゃんこれくらいー。」
桑田「短くしろー。」
モブ江「・・・出た!くわっちょのセクハラ発言!」


テレビやラジオで‘キャラクター’として発言していた程ではないが、
軽快な下ネタやセクハラ発言も言い放つようになっていた。

必要に応じてではなく、自らの形のしての言論や発言。
ただ、‘教師’の立場として行き過ぎた発言は時々叱りを受ける事もあるが、
それすらも桑田にとっては新鮮で、思わず口元が緩んでしまうのだった。


(放課後)

律「諸君!今日はみんなに知らせがある!」
澪「なんだ?」
唯「なになにー?なんか面白い話―?」
律「うむ。これを見てくれ!」バンッ
桑田「いやらしい私。朝が来るまで固いままでいて・・」
律「そ、そこじゃねぇよ!」パグッ
桑田「うぐん!」
紬「この、ガールズバンドコンテストの事?」
律「そう、そうだよ!全くくわっちょがこんなキャラだったとは・・・って澪も顔真っ赤にしてんじゃねーよ!」


澪「だだだだだだってくわくわくわ桑田先生・・・」

律「だー!もう!」

唯「ねーねー、固いままでってどういう事―?」

律「まだ知らなくてもいい!」

唯「えー?でもりっちゃん知ってるんでしょー?教えてよぉ。」

律「だー!本題に入れねー!!」

紬「あらあらまあまあ♪」

桑田「固いっていうのは・・」

律「オラァ!」ペゴッ

桑田「いぐん!」


梓「え、えっとそれで、コンテストですよね?」

律「はぁはぁ・・そうだ!放課後ティータイムの活動として、これに出場しないか!?」

澪「・・・え!?」

梓「これに・・ですか?」

律「あぁ。なんと優勝すれば賞金は200万!更にプロデビューのお話まで!♪」

桑田(プロデビュー・・・)

唯「えぇ!?す、凄い!」

澪「お、おい率、でもこれ二ヶ月後だろ?今からで間に合うのか?」

律「なに言ってんだ。演奏する曲は三曲だぜ?
今日からライブを見据えた活動をすれば余裕で間に合うさ!」

澪「い、いや、そういう事言ってるんじゃなくて・・」


紬「技術的にって事?」

澪「あぁ・・」

唯「ちゃんと練習すれば大丈夫だよ!」

律「そうだぜ澪ー!」

澪「で・・でも・・なぁ、梓・・・」

梓「・・・出ましょう!」

澪「え!?」

梓「桑田先生が来てくれてから一週間・・・

まだ一週間した経ってないですけど、

でも桑田先生の指導のお陰でみんな見違えるくらい技術は上がってます!

びっくりするくらい・・。

この調子で先生に指導してもらえば、

優勝は無理にしても良い所まで行けると思います!」


澪「梓・・・」
紬「私も・・出てみたいな、みんなと。」

澪「ムギも・・」

律「さぁ、澪以外はみんな賛成みたいだぜ?」

唯「出ようよ澪ちゃん!」

梓「そうですよ澪先輩!」

澪「・・・」

律「澪!」

紬「澪ちゃん!」

澪「し、・・仕方・・ないなぁ・・」


唯「やったー!」
律「よっしゃー!」

紬「うふふ、楽しみね♪」

梓「桑田先生!今日からコンテストを見据えたご指導、よろしくお願いします!」

桑田「・・・」

律「・・・?どうしたんだよくわっちょ。急に静かになって。」

桑田「悪いけど、俺は反対。」

紬「・・え?」


唯「く、くわっちょどうして!?何でそんな事言うの!?」

梓「そ、そうですよ!・・私達何か嫌な事・・・」

桑田「いや、そうじゃないんだよあずにゃん。」

律「じゃあ何でだよ!?せっかくみんなやる気出してたのに!」

澪「り、律落ち着け、・・みんなも・・桑田先生の話を聞こう?な?」

律「・・・わかったよ・・・」

唯「うん・・」


桑田「みんなは・・このコンテストに出て何がしたいんだ?賞金が欲しいのか・・プロデビューしたいのか・・」

梓「そ、それも確かにありますけど・・でも・・」

唯「うん、くわっちょ、それだけじゃないよ?みんなとライブやりたいの!」

桑田「それなら、路上でもライブハウスでも出来るんじゃないのか?わざわざコンテストに出なくても・・方法はたくさんあるぞ。」

唯「それは・・そう、だけど・・」

律「・・・違うよくわっちょ!」


律「私達の目標は武道館なんだ!

今回、優勝は無理かもしれないけど自分達が今どれくらいの実力なのか、

その物差しにもなるだろ!?

    • それに、もし優勝出来れば武道館へも一気に近くなるんだ!

だから、だから出たいんだよ!」

桑田「・・・」

先程までの明るい雰囲気とは打って変わり、、
いまだかつてこの部屋に漂った事がない程の緊張が広まり出した。
HTTのメンバーは、皆うっすらと涙を浮かべている。
桑田が、この事にまさか反対すると思っていなかったのだろう。
増してこんな雰囲気になってしまうとは・・・。

桑田「もし、仮に武道館にまで行けたとして・・・その後はどうするんだ?」


桑田は、もちろん何の考えも無しに反対をしている訳ではない。
桑田自身、コンサートを経てプロデビューをしている。
当時は自分もその栄光に溺れ、周りに言われるがまま夢の世界に飛び込み、
そして、決して逃れられないしがらみの中で生きる事になってしまった。
もちろん、早々にプロを引退したミュージシャンも数多くいる。
しかし、桑田の知る限りその多くは、一般人として生活しながらも
‘元芸能人’としての思い枷を引きずりながら生きる事を強いられている。
    • この子達には、そんな暗い道を歩いて欲しくない。


確かに、優勝するとは限らないし、
駄目で元々で当たるのなら良い経験になり自分達と、
また自分達以外のバンドの実力を知る良い機会だ。

しかし、彼女達は自分達の実力を‘知らな過ぎる’事に問題があるのだ。
優勝関係しなかったとしても、恐らく彼女達の演奏は誰かしらの目に止まるだろう。
それ程の魅力が、彼女達にはあるのだ。

それに、彼女達の魅力はその演奏だけに留まらない。
‘女子校の現役高校生’、加えて彼女達のルックスはとても魅力的だ。
最初は上手く滑り出すだろう。しかし、少しでも人気に陰りが出てきたら・・
どんな使われ方をするかは想像もしたくない。


自分がここで止めなくても、彼女達はいずれ誰かの目に止まってしまうかもしれない。
しかし、それでも桑田は彼女達を汚いしがらみの中に歩ませてしまう事だけは、
なんとしても止めたかったのだ。

律「武道館の後?そんなの決まってるよ!いつまでもみんなと一緒に活動するさ!
なぁ?みんな!」

律の言葉を聞き、HTTのメンバーは一人一人強く頷く。
その目に全く迷いはなく、強い意志が込められていた。


桑田(俺も・・俺もそう思っていたよ。サザンならどこまでも活動して行けるって・・・。)
桑田(でも・・・途中からそれは惰性になって行って・・・今じゃ活動休止だ・・)

自分達の意思だけではどうしようもならない、強くて見えない力。
それにどうしても道は逸らされてしまう。

やはり桑田は、どうしても彼女達に賛成する事はできなかった。

桑田「俺は、やっぱり賛成出来ないよ。悪いけど、コンテストを目指すなら自分達だけで練習してくれ。」

桑田はイスから立ち上がると、出入り口に向かいながらHTTのメンバーにそう告げた。


唯「そんな・・くわっちょ!」

梓「先生!」

律「ああ勝手にしろよ!私達だけで練習して優勝してやるさ!」

澪「お、おい律!」

桑田「・・・」

律「じゃあな!桑田センセイ!!」

桑田「・・・」バタン



部室を出て、何も考えられなくなり重くなった頭を抱えながら廊下を歩く。
彼女達を傷つけてしまった。
自分のした事は正しかったのか・・高校生の、
ささやかで無垢な夢をただむしり取ってしまっただけなのではないか・・
自分も頭を冷やさないとならないかもしれない。
そう思い、桑田はまだ騒がしい学校を出て、アパートへ向かった。

唯「・・うぅ・・えぐっ、くわっちょ・・・」

澪「・・律、気持ちはわかるけど、強く言いすぎだ・・あれじゃあ桑田先生・・」

律「・・・わかってるよ!」


澪「律・・」

律「でも・・でも!私は・・くわっちょが反対するなんて思わなかったんだ!
いつもみたいに笑って・・・下ネタでも言いながら協力してくれるって・・
私達と同じ夢を見てくれると思ってたんだよ!
でも・・でも突然・・突然‘現実を見ろ’みたいにらしくない事言うもんだから・・・
だから・・だからついカッとなっちまって・・本当はあんな事言いたくなかったのに・・うぅ・・・」

澪「律・・・」

律「酷いよ・・酷いよくわっちょ・・・
いつもふざけて・・チャラチャラしてる癖にこんな時ばっかり・・
こんな時ばっかり真面目に・・教師みたいに・・」
澪「律・・・」


律「うえぇぇぇん・・・!澪・・澪ぉ・・・」

澪「仕方が無いよ・・桑田先生は・・・本当に私達の教師なんだから。
私達の事を本気で考えてくれて・・だからあんなに真剣に言ってくれたんだよ・・
嫌われるかもしれないリスクを背負って・・・」

律「うん・・うん・・・わかってる・・わかってるよ・・わかってるんだよ?澪・・・
わかってるんだよ、そんな事・・でも・・でもぉ・・・うえぇん・・
くわっちょ・・くわっちょごめん・・ごめん・・・」

澪「律・・・」

澪「明日、桑田先生に謝らないとな。」

律「うん・・うん・・・」

澪「そして、もう一回私達の話を聞いてもらおう。」

律「うん・・・」

澪「それが、今の私達に出来る精一杯の事だよ。」

律「うん・・ぐすっ」

澪「・・ふふ、ほら、涙拭け、面白い顔になってるぞ。」

律「うるさぁい、バカ澪ぉ・・・」

澪「ふふ、バカはお前だ。バカ律・・・」

律「ううぅ・・・」

ガチャッ

律「!くわっちょ!?」

さわ子「・・あら、あなた達どうしたの?・・・喧嘩?」

唯「さわちゃん・・・ぐすっ・・えっと・・あのね・・・」

律「・・・唯。」

唯「りっちゃん・・」

律「私が話すよ。」

澪「律・・大丈夫か?」

律「ぐすっ・・・へへっもう大丈夫だ!」

梓「律先輩・・・」

律「さわちゃん・・・実は。」


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最終更新:2010年05月17日 23:11