憂「おねえちゃーん!!」

和「唯―!」

純「梓―!」

唯「こんにちわー!放課後ティータイムですー!」

ワーワー

‘なにあれ、なんか地味じゃない?’
‘ねー。大したことなさそう・・’

桑田(・・・)

桑田(・・・行け!お転婆ビートルズ・・・!)



唯「では一曲目・・・カレーのちライス!!」

‘カレーのちライスだって、変な名前・・’
‘コミックバンドじゃね?’
‘あはははー!’

そんな聴衆の声も、ムギのキーボードにかき消され・・・
唯のボーカルによりライブ終盤で下向き加減だった客席のテンションが徐々に復活していく。
曲の中盤、それぞれの楽器に調子が訪れ、いよいよHTT本領発揮という頃・・・
聴衆一人一人の耳をつんざくかのような歓声と、HTTの演奏が空中で正面衝突を起こした。


桑田「それだ・・それだよみんな。その力が・・・お前達なんだ・・」

桑田「見る者を惹き込んで味方にしてしまう・・そんな、どっから来るのかどっから来てるのかわからない魅力・・・」

桑田「もう誰も、曲名の事も演奏技術の事も何も考えていない。」

桑田「ただお前達の生み出す空気に夢中になって・・一つになってる。」

桑田「それがお前達・・HTTなんだ。」

いつの間にか、ライブは二曲目の私の恋はホッチキスが終わり、三曲目・・・

桑田が彼女達の為に用意した曲の演奏が始まる。



桑田「・・・最後・・か・・・・。」

色々な事があった。混乱から始まり、忘れかけていた気持ち、自分がやらなければいけない事・・・たくさんの事を受け取った。
    • HTTのメンバーから。
      • ありがとう。
桑田は呟いた。
時間は無常にも過ぎて行き・・


唯「最後の曲です!曲名は・・・せーの!」


HTT「明日晴れるかな!!」

ゆっくりと、柔らかな紬のキーボードの音色が会場を包み込む。



唯『熱い涙や恋の叫びも』

澪『輝ける日は何処に消えたの?』

桑田「・・・」

桑田「・・あぁ、最後・・本当に最後なのか・・・」

唯『明日もあてなき道を彷徨うなら』

唯・澪『これ以上もとには戻れない』

桑田(・・・意識が・・・なんだ、おかしいな・・まだ曲は終わってないのに・・)

桑田(・・はは、やっぱり俺は戻るんだな・・向こうの世界に・・)


桑田「みんな、もう会えないかもしれないけど・・」

桑田「最後にもう一度、騒ぎたかったなぁ・・・」

桑田「本当の事を話したら、みんな何て言うんだろうな。」

桑田「律あたりは・・信用しないかもな・・・」

桑田「みんな・・あ、寄せ書き・・・」

唯『誰もがひとりひとり胸の中でそっと』

唯・澪『囁いているよ』

桑田(・・・)

HTT『明日晴れるかな・・・』

桑田(じゃあな・・ありがとう・・楽しかったよ、みんな・・)

唯『遥か空の下・・・・』




ライブ終了後

律「うはー!終わったぜー!!」

唯「凄く気持ちよかったね!!」

紬「プロになったみたいだった!♪」

憂「おねえちゃーん!!」

唯「あ、憂―!」

和「みんな!お疲れ様!凄く・・凄く良かった!」

澪「へへ・・なんか楽しかったな。」

律「あれ、くわっちょは?どっかで迷ってんのかな?ったく。」

唯「ねぇねぇ、憂達一緒に見てなかったのー?」

憂「・・・くわっちょ・・・?」

和「くわっちょって・・・何?」

梓「・・・え?」

澪「な、なに言ってんだよ和、私達の顧問の桑田先生だよ!」

和「桑田先生・・・?」

憂「顧問は山中先生でしょ・・?」

律「な、何言ってんだよ、冗談やめろって!桑田佳祐だよ!あのエロ教師の!」

純「桑田佳祐?桑田佳祐って、サザンのですか・・・?」

紬「サザン・・・あれ、そういえば・・」

梓「サザンの桑田佳祐・・」

律「ちがうよ!サザンの桑田とは別人だよ!なぁ?澪!」

澪「・・・律、なんか私、今までサザンがこの世に存在してないみたいな感じだったけど・・」

紬「・・私も・・今唐突に思い出したみたいな、そんな・・」

律(・・・!そういえば・・・!)

梓「どうしてだろう・・‘明日晴れるかな’って凄く有名な曲なのに・・」


「桑田先生・・・」


律「どういう・・・どういう事だよくわっちょぉぉぉ!」ガコォォォン!

紬「り、りっちゃん落ち着いて!」

律「うるせぇうるせぇうるせぇーーーー!!!」



数年後


律「・・・」


私達は、あのコンテストで優勝した。
くわっちょが指導してくれたんだ。当然だろう。
    • しかし・・・
くわっちょの事を・・・正確には、くわっちょとの日々を覚えているのは、今は私だけだった。
あれから日が経つにつれて、HTTのメンバーは順番にくわっちょの事を忘れて行って・・
私も忘れてしまうんじゃないかと毎日毎日泣いたけど・・
私だけは、くわっちょの事を忘れなかった。


律「・・・くわっちょ・・・・」
ところで、私達はと言うとあのコンテストを皮切りにプロデビュー。
私達の世代から、若手ミュージシャンの受け入れと待遇が凄く良くなり、
今音楽業界は‘若手最盛期’と呼ばれるまでになっていた。
もちろんそうなるとライバルは多い。しかし私達放課後ティータイムの活動は凄く順調だった。
みんな覚えていないだけで、くわっちょとの練習が今でも糧になってるんだ。


マネージャー「みんな!次のMステの出演決まったぞー!」

唯「やったー!」

梓「頑張りましょう!」

マネージャー「これが出演者リストな。先輩にはちゃんと挨拶に行くんだぞ。」

紬「はーい♪」

澪「・・あ!凄い!!今回は桑田佳祐が出演するみたいだぞ!」

唯「え!?本当!?」

律「なんだって!?」


澪「わ!なんだ律、お前ファンだったのか?」

律「お前達は覚えてないだろうけど・・・私達は高校時代、桑田佳祐と会ってるんだぞ?」

澪「え?何言ってんだ?」

律(・・・)

あれ以来、くわっちょには会ってない。
    • そもそもそう気軽に会える立場でもなかったし、・・・何よりくわっちょも私達の事を忘れてるんじゃないかと考えると・・会うのが怖かった。

律(でも・・・でも・・・)

こうして共演する以上、絶対に顔を合わせなければならない。楽屋挨拶は・・・この世界では鉄即だ。

    • まぁくわっちょは気にしなさそうだけどな。



律(くわっちょ・・覚えてるかな、私の事・・私達の事・・・)

不安、期待。それらが胃の中でぐるぐると回る。

そして、忙しく仕事をこなしながら・・・

Mステの本番の日が訪れた。

“桑田佳祐様楽屋”

私は今、くわっちょの楽屋の前にいる。
本当は、もう少し後にみんなと一緒に挨拶に来る予定なのだが、
私はその前に一人で、・・私だけで確かめたい事があるんだ。


    • くわっちょが、私の事を覚えているのか。

しかし、ドアの前まで来たは良い物のノックをする勇気が出ない。
そもそも、最初に何て言えば良いのか。
“久しぶり”“初めまして”
どれもしっくりこない。
不安で胸が潰れそうになる。
上手く息ができない。

‘コツッコツッコツッ’

律「・・・!」


誰かの足音が近づいてくる。
この足音・・・懐かしい、この感じ・・忘れる訳がない、
あの人の・・・あの人の足音だ。トイレにでも行ってたのか・・
身体が動かない。振り向いたら・・振り向いたらあの人が・・くわっちょがいる。
‘コツッ’
足音が止まった。
私の後ろにくわっちょがいる。
私の事を覚えていたならそれで良い物の、覚えていなかったら、
楽屋の前でこんな事をしている私はただの不審者だ。

意を決して、後ろを振り向く。



律「・・・!!」

くわっちょだ。

くわっちょがいる。

私達と一緒にいた時くわっちょは何故か若返ってて、今はかなり老けてるけど間違いない。
この人は・・この人はくわっちょだ・・・。

桑田「・・・」

私はすぐに下を向いてしまったので、今くわっちょがどんな表情をしているのかわからない。
でも、黙ってる・・・やっぱり、やっぱり私の事覚えていないんじゃ・・


律「・・・!」

私はまた、精一杯の勇気を振り絞って顔を上げる。
そして・・・そして何か、何か言葉を・・・

律「あああああの、、あの、えっと・・あ、あれ?あれ・・・」

言葉が、言葉が出てこない。そうだ、何を言うか、何て言うか、結局何も思いつかなかった。

律「あの・・・あの・・」ポロポロ


桑田「・・・」

律「わ、私・・・田井中律と・・・い、言いま・・・ち、ちが・・そうじゃなくて・・そうじゃなく・・て・・・」

律「う・・うぅ・・うう・・・」

律「くわっちょ・・・


駄目だ。また顔を下に向けてしまった。
しかも私の事を覚えているかどうかもわからない、業界の大御所に‘くわっちょ’などと言ってしまった。

もう、もう駄目だ。私は・・・私は・・・

桑田「・・・なんだよ全くー・・・」

律「・・・!」

あぁ、そうだ。この人は。
この人は・・・そうなんだ。
久しぶりに聞くくわっちょの声。
歳を取って、更にしゃがれたような気がする。
この声のこの感じ・・そう、これは・・これは・・・


桑田「シケた面してんなぁ、律・・・」

    • くわっちょ・・・桜高軽音楽部の顧問・・・放課後ティータイムのメンバー・・
そうだ・・そうだこの人は・・・

律「うぇ・・・うぇぇぇん・・くわっちょ・・くわっちょ・・・」

桑田「・・・」

律「くわっちょぉーうわあぁぁぁぁん!!」


私は、それまで溜まっていた感情を全て爆発されるようにくわっちょに抱きついていた。
久しぶりに会えた・・声が聞けた・・・そして・・そして・・・

‘覚えてた’

私は、ずっと、ずっとくわっちょにしがみついて泣いた。
涙で前が見えない。息がしにくい。でも・・でも・・
私は、今は、今だけはくわっちょの胸から離れたくなかった。
もうすこし・・もうすこしだけ・・


‘でも、悲しくなったらいつでもこの胸に飛び込んでおいで。’

私は、いつかくわっちょが、ふざけながらだけどそう言ってくれた事を思い出した。
    • はは、確かその時も泣いてた気がするなぁ、私・・私はくわっちょの前だと泣いてばっかりだ。



‘・・・あれ?・・律・・?’

澪達の声が聞こえた。私が楽屋に戻ってこないから、
とりあえず自分達だけで挨拶に来たのだろう。・・・あ、まずい。
澪達はくわっちょの事を覚えていないんだ。それなのにこの状況を見られたら・・
私は急いでくわっちょから離れようと・・

唯「くわ・・・っちょ?」

律「・・え?」


梓「くわた・・桑田先生?」

      • どういう事だろう。
みんなくわっちょの事を覚えてる・・いや、今思い出したみたいだ。
みんながこちらに走って来る。はは、みんな泣いてる。今日生放送なのにどうすんだよ。
気がつくと、くわっちょは私の腰に手を回し、かなり際どい部分を触っていた。

律「な・・な・・」

桑田「よしよし、おじさんの胸だったらいくらでも・・」

律「ドコ触ってんだコルァァァー!!」ドパグプシッ

桑田「マンビ!!」


律「はぁ、はぁ、・・・ふ、ふふ・・あはは!」

なんか昔に戻ったみたいだ。
    • いや、戻ってきたんだ、今。

唯「くわっちょぉー・・えーん・・くわっちょぉぉ・・」
紬「どうして私達これまで・・うぅ・・」

こうして、またHTTのメンバーが一つの空間を共有する。・・・さわちゃんはいないけど。

澪「先生・・・私達・・・私達・・・・ぐすっ」

あの日。
バンドコンテストのあの日から止まったままの時計が、

今、再び動き出した。


唯「あ!けいちゃん先生―!」桑田「はいはい。」
けいおん!世界エンディング
fin



最終更新:2010年05月17日 23:18