田井中律・・律・・前にユースケの前で呟いてしまった名前だ。
偶然か・・しかし、こんな偶然あるのだろうか。
やはり俺は、何かしらの形で彼女と・・・

律「う・・うぅ・・うう・・・」

彼女の目からはとうとう涙が溢れ出し、今にも声をあげて泣き出してしまいそうな雰囲気だ。
    • まただ、また、俺は彼女を泣かせてしまう。
      • また、俺は彼女を悲しませてしまう・・・・
彼女を・・俺は守らなければいけないのに・・
彼女を・・もう、悲しませてはいけないのに・・


でも・・でもそれなのに。
思い出せない。
思い出せない。
彼女が誰なのか。
この覚えのない思い出が一体なんなのか・・
俺は・・
俺は・・・

律「くわっちょ・・・」

桑田(・・・!)


‘くわっちょー!’
‘桑田先生―!’

思い出が。
面影だけ残し、すっぽりと抜け落ちていた俺の大事な思い出が・・
彼女の声で、まるで夢から醒めたかのように蘇っていく。

      • あぁ。
    • そうか。
そうだったよ。


何で忘れてたんだろうな。
こんな・・恩師に対して“くわっちょ”なんて呼んで来る失礼なクソガキを・・
生意気でしょうがない、俺の大事な教え子達を・・
俺はどうして忘れていたんだろうな。

      • 俺は最低な教師だ。
    • やっぱり、俺は教師なんていう器じゃなかったんだよ。
お前と・・お前達と一緒にいるんならさ。
同じ。
お前らと同じミュージシャンとして。
付き合っていくべきなんだよ。
      • 互いに楽器でも鳴らしながらさ。


    • それにしても律の奴、ひでぇ顔して泣きやがって。
いつもはアホみたいに元気一杯のクセにさ。
    • そんな所まで・・
そんな所も、お前らしいよな。律。

桑田「・・・何だよ全くー・・・」

お前あれからプロになったんだろ?
高校も卒業して・・
背も少し伸びたみたいじゃないか。胸はご愁傷様だけど・・

それなのに変わんない顔で泣きやがって。
あの時みたいに・・いつまでも手のかかる奴だ。全く。


桑田「シケた面してんなぁ、律・・・」

お前は、笑っとけ。
そうやって、これからも周りを巻き込んじまえ。
俺があの時そうなったみたいに。
俺が、今、またお前に巻き込まれているように。

だから。
そんな悲しそうな顔すんな。

      • これからは、また一緒に音楽やれんだからさ。

律「うぇ・・・うぇぇぇん・・くわっちょ・・くわっちょ・・・」

桑田「・・・」

律「くわっちょぉーうわあぁぁぁぁん!!」


    • はは、ようやく・・ようやく嬉しそうな顔になりやがったな・・・と思ったら思いっきり抱きついて来やがって。こちとらもう50も中盤で体力無くなってきてるってのにさ。
あーあ。服が涙とメイクでぐちゃぐちゃだ。
お前コレ原坊になんて言い訳したらいいんだよ。涙は良いとして、メイクはまずいぞ、メイクは。

桑田「・・・」

    • でも。
良かったな・・・
そうだ。俺は。
俺はこいつらを守るために・・・
こいつらがやりやすい世界を作る為に・・
それがこいつらとの‘約束’だと思って、これまで活動していたんだ・・・
それが・・それがこいつらとの繋がりだから・・・


澪「・・・あれ?・・律・・?」

唯「くわ・・・っちょ?」

梓「くわた・・桑田先生?」

ああ、みんなも来たみたいだな。
これでHTT全員集合だ。・・・さわ子先生はいないけどな。

やれやれ、律の奴まだ泣いてやがるのか。
そろそろ元気付けてやらないとな。もう本番も始まる・・・

律「な・・な・・」

    • ん?どうしたんだ律の奴。急に変な顔して・・ははぁ、みんなに見られてるのが恥ずかしいんだな?もうそんな事を気にする年頃でもないだろうに・・


桑田「よしよし、おじさんの胸だったらいくらでも・・」

律「ドコ触ってんだコルァァァー!!」ドパグプシッ

桑田「マンビ!!」

律「はぁ、はぁ、・・・ふ、ふふ・・あはは!」

こ・・こいつは・・こいつは老人を労わるという事を知らないのか・・
泣いてたと思ったら急に殴りかかってきやがって・・・なんか笑ってるし・・・コワイ

唯「くわっちょぉー・・えーん・・くわっちょぉぉ・・」


紬「どうして私達これまで・・うぅ・・」
澪「先生・・・私達・・・私達・・・・ぐすっ」


あー、でも懐かしいな。この感じ。
間の前で殴り倒されてる人がいるってのに、なんの心配もしてこないこの感じ。

ひでぇ所だよ放課後ティータイム。
可愛い名前してるクセによ。こいつらほんとこのバンドがお似合いだ。


ふと楽屋の中から、あの白いギターの一弦から六弦まで・・
ゆっくりと順番に鳴る音が聞こえたような気がした。


    • あぁ、そうか。あのギターが、
俺達六人をまた引き合わせてくれたのかもしれないな・・・。



      • 全く。一から十まで音楽音楽か。

    • 俺らはミュージシャンなんだもんな。・・そうだ。仲間なんだよ。
しばらく離れてはいたけど・・
でも、それも‘そんな事もあったな’って流せる事になるくらい、
これからはずっとこいつらと音楽やっていけるさ。

唯「くわっちょ・・私・・私達ね?くわっちょに・・くわっちょに・・・」
梓「先生・・何て言ったら良いのか・・」
紬「でも・・でも私達、先生に凄く・・凄く申し訳ない事を・・」
澪「先生・・・!」


桑田「みんな。」


HTTのメンバーが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせずにこちらを見てくる。
こんな所も、あの時のままなんだな。全く・・・

桑田「今日この後・・コンテストの打ち上げ行こうな。」

梓「先生・・!」

唯「うん・・うん!行く!行こう?みんなで行こう?」

澪「ぐすっ・・・先生・・」

紬「先生、私達、コンテストで優勝したんですよ?・・先生の・・先生のお陰で・・」

桑田「知ってるよ。」


桑田「・・・みんな。」

桑田「優勝おめでとう。・・最高のライブだったな。」

みんなの泣きっ面に笑顔が被せられる。ごちゃごちゃに混ざったその表情は、
ハタからみると少し滑稽だ。

ふっ・・とつい笑顔がこぼれる。

ふと律の方に顔を向ける。
すると、律は無言で、しかししっかりとした面持ちで、
‘言うのが遅せーんだよ、バーカ’と視線を送ってくる。

成長したHTTの姿。
それなのに、中身は全然変わっていない問題児共。



桑田(戻って・・・これたんだな。)

そう、塊のような未練を残してあの世界を去ってから数年。

桑田佳祐はやっと。

HTTの待つこの世界に。

やっと戻って来れたのだった。


唯「あ!けいちゃん先生!」桑田佳祐「はいはい。」
‘TOP OF POPS’世界エンディング 
fin.



最終更新:2010年05月17日 23:25