梓「師匠・・・」
律唯「ぬおおお!」
進「普段パソコンの作業が多い分、指にくるものだな」
さわ子「パソコン・・
さわ子「DTM。」
進「ええ。生業としています」
律「えーっ!じゃあプロなんじゃん!スゲーわけだよ。」
澪「わわわわ・・・」
律「何で唯教えてくれなかったんだよ!」
唯「だって、お父さんいつもあんまり家にいなくて」
進「はて?じゃあ君はこの世界のわた・・・いや、私の職業を今まで知らなかったと?」
唯「うん」
唯「だから前に突然演奏してくれた時、お父さんの知らなかった所が見れて・・!」
唯「本当に嬉しかったんだ。」
むむ。
職業に加えて気になることがもう一つある。
進「憂。」
憂「うん?」
進「この家は母親が・・・いや、お母さんはどこに行った」
憂「お母さん出張って言ってたよ、聞かされてなかったの?」
進「むむ」
Tシャツでジーパンという有象無象にはとても見せられない格好でソファに座っていた私は立ち上がり部屋に戻って
パソコンを開く。メールの受信フォルダをひたすら見る。見る見る。むー。一応音楽の仕事は請けているようだ。
しかし名前は一向に明かしていないスタイルを取っているらしく一部では少し有名な様子も窺える。
何なんだこれは本当に私のやってきた事か?私が今まで築き上げてきたものすべてはこの世界では通用しない。
平沢進など誰も知らないのだ。私は・・
進「何も持たないただの平沢進だ」
秋山もことぶきも田井中も中野も皆普通に生きている、普通に。ただただ目立つ事無く我々が出会う事も無く。
今の私には受け入れるしか無いのだ、現状に流されていくのだ。誰も知らない平沢進として世界の端を。
唯「」
進「む、その歌は?」
唯「ししょう知らないの?」
コチラの世界の常識など分かるはずもない
進「ああ」
唯「」
進「何だかずいぶん古臭いメロディーだ」
進「すごくアレンジしたい」
唯「おお~それもいいねえ」
進「で、曲名は?」
唯「それがよく分からないんだよね~」
唯「たぶんCMかなんかで覚えちゃったんだとおもうー」
しかし何度聞いてもこの子の歌が私とは全く違う「女の子」の歌い方だった事に驚く。
たかだかアニメソングだとなめていたがなかなか歌の芯はしっかりしている事にも驚いた。
アニメの中だけでは勿体無いと思う。
唯「放課後ティータイムのプロデューサーが決定しました!」
律「なんじゃっとー!!!!」
澪「って、けっこう予想できてるがなあ」
梓「先輩、ワクワクしてるじゃないですか。」
澪「!」
律「素直じゃないやつぅ」
律「私らの師匠って言ったらこの人しかいないよねー!」
進「断る」
一同「えっ」
進「唯、どういう事だ?」
唯「ごめんなさいししょう!!」
まさかこの年になって音自体には全く興味がもてない女子高生のお守りを?
進「私好みのニューハーフらが相手なら話は別だが一向に華が期待できないし」
澪「にゅ・・・」
進「おっとすまない何でもないからね」
唯「あっ 師匠、実は・・・さわちゃんはっおとこのひとなんだよっ」
進「信憑性に欠ける発言は」
律「これが昔の写真だじぇー」
進「アリだな」
梓「(変なひとだ・・)」
唯「ね?だから・・」
私は平沢進だ。何も持たないただの平沢進。
進「それでも私は君達を背負いきれない」
一同「」
進「嫌う嫌われるで話が済むならそれでいい。私の事を嫌い憎み恨み勝手にしなさい。」
進「私は現在の地位を築き上げるまでとても140文字以内じゃ語れない体験をしてきたその地位は今ではもう無いがね。
進「しかしここでも平沢として生きなければならないのだ。ハッキリ言うと私は自分のお世話で手一杯なので。」
空気が凍てつくのを肌で感じ取れた。きっと彼女達にこんな事言っても何一つ分からないんだよな結局。
しかしそれでいい。拒否の材料に私の今までの人生を乗せるつもりも無い。深く語る必要も無い。
それでも生きるしかない、その取捨選択で私は正しい方を選んだつもりだ。彼女達の音楽は知らない
私は己のための音楽を選んだのだ、決して人を育てるためではなく自身の音楽を守るために。それともう一つ。
唯「どうして?」
進「人の音楽まで育ててる余裕が無いのだ。」
進「私がもっと名の知れた者だったら唯も私の職業を知れていただろう」
進「私は音楽だけではなく家族も大事にするべきと考えた」
進「今の私は抱えるものが多すぎてすべてを選べないんだよ」
進「だから唯が胸を張って平沢進の名前が出せる日まで、私のレクチャーは待っててくれるか。」
唯「どうして・・」
なんと建前ばかりの言葉だろう。まあいい。
子供が泣く姿なんて久しぶりに目の当たりにしたかもしれない。
見る機会があっても目を伏せていたからな。しかし今は娘を泣かせた親という事で私は悪者になるのではないか
律「二人とも帰っちゃったな・・」
澪「唯が泣くなんて、よっぽど悲しかったんだろうな」
梓「悲しかったんでしょうか?」
律「どういう事だ」
紬「お父様は家族第一に考えた事を言ってたから、ね」
澪「感動して?そうかな」
梓「(私には断る材料で利用しているように見えました)」
律「んー唯もまだまだ分かんない所あるしなー。」
梓「単純な優しい言葉でも友達と親では重みが違うんですね」
紬「私達にはどうする事にもできない問題がそこにはあるから」
梓「にしても、唯のお父さん急にこうなったんですよね?憂も不思議だって言ってました。」
律「唯はずっと喜んでるけどなあ、お父さんがいる、って」
律「元から家にいるのは少ない夫婦だったんだろう?」
澪「デートの外出ばかりらしくておアツイっていうイメージだったが」
梓「いくらラブラブでも子供を放りっぱなしっていうのはちょっと問題があると思います」
澪「P-MODELなんて全然知らなかったしなあ謎の多い父親だと思うぞ」
紬「私は知ってたけれど」
律「えっ何で言わなかったんだよ」
紬「お父様ってアニメにも精通してらっしゃるのねーと思って」
紬「それアニメキャラのユニットですよねって言い辛いじゃない?次はYMOも出たし余計にね」
梓「アニメキャラのユニットなんですか?」
紬「そう、しかもアニメの登場人物が平沢・ことぶき・秋山・藤井なの。一つ惜しい!」
律「惜しくて悪かったな」
梓「the pillowsとかいうのもアニメのキャラなんですか?」
紬「もちろん、電気グルーヴっていうのも聞き覚えはあるような・・」
紬「しかも、主人公は本当にお父様そっくりなの。」
紬「本当にアニメの世界から出てきた人だと思ったわ。余程好きそうだしコスプレだと思うけど。」
律「確かに黒い服ばかり着てるなー。相当シックな色調が好きな人なんだーって」
紬「まあマニアックなアニメだし一般の人は知らないでしょう。ますます謎なお父様!」
梓「・・」
こうしていると自分が人並みの幸せを手に入れた錯覚に陥る。ソファで寝転がっていると夕飯の匂いが漂い
「ご飯できたよー」と娘がソファに寝転がっている私のそばまでズンズンと歩いてくるから
はいはいと立ち上がり食卓によちよち歩いていく。私は平沢進だぞまったく。
でその途中に私が机の角に足の小指をぶつけた所を見ていた唯が笑う。私は痛がる。二人とも笑う。まったく。
本当に私が結婚して娘がいたならこういう生活を送っていたのだろうか?不思議なものだ。
私はこの世界の平沢進を嫌だと思う。名を知られていられず仕事に対し努力を欠いてるように見えるからである。
しかしその代償で彼が手に入れたものは妻だったのだろう。欠いたすべての時間は恐らくそれに注がれていた。
彼はただ愛情を求めることに集中しすぎていたように見える。与えることは一切しなかった。子供だと私は思う。
だからこそ唯も憂も愛されることなく半ば共依存して今まで生きてきたんだろう。
この子達は少しかわいそうだと思った。
進「コラやめなさい」
唯「おとうさーん」
進「仕事に集中できないし暑苦しいので離れなさい」
憂「おとうさんオフロ入ったよー」
進「分かった」
架空の存在だった私の分身とのやりとりが日々愛しい、少しだけだが。
同情心だけではない家族としての温かみも感じ始めていた。
進「それでも戻らねばならぬ日は来るのだ、恐らくは。」
進「しかしあの歌は・・」
……
進「君は中野テルヲの・・」
進「図書館に行くと言って出て行ったぞ。唯は修学旅行でいないし楽に動けるだろうから私が勧めた」
一人だと作業しやすい事が第一なので。
梓「少しお話ししたいのでお時間を頂いてもよろしいですか」
むむ私に?と指を自分に指すと目の前の小さな少女は小さく頷く。またこれ中野とは似ても似つかないなあと改めて思う。
いやそれ言ったら私も大概だ、あの姉妹に私のDNAの欠片も感じていないのだが。
進「さて何やら?まあ上がりなさい」
梓「ありがとうございます、では失礼します。」
進「・・・と、いうわけだ。」
進「違和感を感じてくれてありがとう。これでようやく理解者が出来た」
梓「いまいち信じられません」
梓「私達がアニメの世界の登場人物だなんて」
進「私のほうが信じられない」
梓「だって私の世界なら平沢さんこそがアニメの登場人物なんです、これでは鏡の世界です」
進「うん?」
梓「反転してるじゃないですか。この世界で平沢さんはアニメ、あっちでは人間」
梓「そして私達はこの世界で人間、あっちではアニメ」
進「むむ」
梓「・・でも信じるしかない物がここに」
進「これは一体、P-MODEL解凍の時のメンバー・・の絵?」
梓「好評のアニメなんです。メンバーがちょこちょこ変わったりして」
進「ははー、この世界のどこかに藤井ヤスチカも存在するのか」
最終更新:2010年05月18日 22:53