梓「有り得ないと思ったんです。ここまで一致するなんてそれこそアニメから飛び出したみたいに」

梓「それで聞いてみたら・・・まさか憂のお父さんが嘘を付くなんて無いと思いますし」

進「しかし完全に鏡の世界というわけでもなさそうだ」

梓「今の平沢さんのお話を聞く限りではそのようですね」

進「そう私はこのアニメのように凛々しいお顔をしていない」

梓「もっと大事な事です」

進「このような商業的成功を収めていない」

梓「もう」

梓「元の世界に娘なんていなかったんですよね」

梓「本当に鏡だったなら平沢さんの三次元世界にも唯先輩と憂たちは存在するはずです」

梓「でも実際は存在していない、そして平沢さんがこちら・・平沢さんにとっての二次元世界に来たら娘が出来ている」

進「ああ娘など作っていませんとも」

梓「もしかしたら鏡を越えたのは平沢さんだけじゃないのかも」

進「こちらの世界のヒラサワがあちら側に、つまりそれぞれのヒラサワが交換されたと?」

梓「あるいは」

進「家族にかまけ仕事もまともに手に付かないような男にヒラサワルーティーンを遂行出来るとは思えんがね」

進「連れ戻す手段・・そして私が戻る手段か」

梓「手立てはあるんですか?」

進「私がパソコンの前で作業をしていた時突然この部屋に転送された」

進「残念ながらこの世界を望んだ事など一度も無い」

梓「何か大きな原因があると相場が決まっています、漫画や小説や映画だと」

進「にしてもアニメの中、しかも作中作に自分が主人公のアニメが存在するなど中々聞かない話だ」

進「戻る術などどこに書いてあろうか」




梓「例えば先日見かけた桑田K介がけいおんの世界に入るSS」

梓「あれはくわっちょがコチラの世界に入る理由、戻る理由が分かります」

梓「そのように何か変わるためにやってきたのでは無いのでしょうか?」

梓「ちなみにまとめブログで存在を知ってこの小説がモロかぶりしていたことに驚愕したそうです」

梓「あと感動した」

梓「だからおや・・?って思った人はちょっと見逃してね」




梓「もしかして戻りたくないとか」

進「何でそうなるの」

梓「これまで望むこともなく見向きもしなかった世界が自分にとって優しい世界だったんじゃないですか」

進「だから元の三次元世界よりずっと良いと?片腹痛い」

進「君はアニメ世界の人間の分際で中々面白い事を言う」

梓「そうやって誰の言葉も受け入れないまま時間は過ぎていきますよ」

進「言うね」

梓「恐らく疑問なんて感じているのは私だけです」

進「そりゃそうだ皆からしたらこれは現実なんだから」

梓「こっちは元の世界で過ごすよりずっと重いものがあるんですって」

進「家族とでも言いたいのかね」

梓「分かってるなら自分が腰を下ろす場所を何でウロウロしていられるんですか」

梓「戻りたいか戻りたくないかの話なんですって」

進「戻りたいよ」

梓「戻りたいんじゃないですか」

進「君がさっき戻りたくないんじゃないのかって言った時私は答えを出しただろう」

梓「何でそうなるっていう疑問系だからと言ってその言葉が否定とは限りませんし」

進「戻りたい」

梓「じゃあさっさと戻ってくださいよ」

進「戻れるならもうそうしている」

梓「何一つ試してないくせに」

進「試してないって君何が分かるんだ」

梓「ただ今の家族を失いたくないだけなんじゃないですか」


梓「ずっと屁理屈ばっかりこねて唯先輩と憂の前でいい父親ぶってればいいと思います」

進「なあ、なぜ私は君にそこまで言われなくちゃならないんだ」

梓「あなたが今二人の親だからです」

進「だから君に言われる筋合いなど無いだろう」

梓「私しか言える人いないじゃないですか」

進「小娘にこの私が説教されるいわれは無い」

梓「だったらあの二人をちゃんと愛してあげてください」

梓「私はあの二人のことが本当に大好きです。あの人たちの笑顔が大好きです」

梓「それでも私じゃダメなんですただの友達じゃダメなんです。同じ血が流れてる人じゃないとダメなんです」

梓「それでも彼女たちの笑顔を守れるのはあなたしかいないんです、とても大きい責任」

梓「あなたは今この時間すべて二人の父親として存在していられるんです」



梓「この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれるんですって」





……



進「おかえり」

憂「あーお父さん、今日純ちゃんと梓ちゃんが泊まりに来るからねー」

進「分かった、私の分の飯は遠慮しておく」

憂「えっ、一緒に食べないの?」

進「もう一人で済ませておいたから安心しなさい」

憂「お父さん?」




……


進「ふむ」

運命と意思の相互作用とは一体どういう事だろう
彼女の真意が聞きだせずに帰らせてしまったが憂ともう一人の友達がいる前でその事を切り出すわけにもいかない
いや真意はもう彼女の口から痛々しいほどの愛情(友情?)で語られたではないか
笑顔を守るとは彼女たちの傍にいるだけとは違うらしい。私には正解が分からない
運命とは平沢が転送された事か。だとしたら意思は?
平沢はココに来る意思など持っていないと言ったのに
んん?ちょっと待て。今平沢はこの事について正解を求めようとしていた
という事はやはり元の世界に戻りたいなんてわけでもなくこの世界に残り二人を親として正しく愛す手段を
真剣に考えている事になるのではないか?あの時一時だけだからと言って無闇に
親としての感情を持つべきではなかった。本当に。私は親になろうとしている自分に気づく
あの小娘の目利きは相当なものだな。
もう一つ自分の意外な優柔不断さにも辟易した、果たして本当にこれがヒラサワか。

しかしココにいつまでもいると本当に思考停止してしまうように感じる
幸せの過剰摂取は毒なのかもしれないなと考えバタンキューって感じで私は眠りに就いた


私は自分が守りたいものに気づいている。はずだ。


時が経つ事は早く、それから3週間が過ぎる。
相変わらず軽音部のプロデューサーに勧誘されつつも私は毎日を生きている。
ここでこの世界に一つ変化を呼んだ。
私の音楽が「知る人ぞ知る」音楽ではなくなってきた。
大衆文化、ポップカルチャーに合わせたわけでもなく私は私が今まで貫いたスタイルをやり通しただけだ。
しかし名前の公開はまだ出来ない。何故ならこの世界ではアニメの中で生きる人なので。
「無名の天才」として名を馳せていた。いや、だから名前はまだ無いのだが。
こんなものヒラサワにかかればチョチョイのチョイである

たまにパソコンの画面に手を付けてみたりする
しかしそこからヌメッと入り込むなんていう夢物語は起こるはずも無く指紋のついた液晶画面を虚しく拭く。
それもそうかと頷く。その度に胸を撫で下ろす自分にもうんざりする。





唯「」

進「鍵盤も出来るようになったのか」

唯「! ししょうが教えてくれたから。」

進「そうか」

唯「よくできてた?よくできてた?」

進「悪くない」

唯「やったーほめられたよおおういいい」


飲み込みが早い子だ。思えばこの姉妹は何に対しても覚えがいい。
夕方に景色が染まる瞬間、娘が放つ音色を私は静かに聴いていた
これが平均的な日常なのだ、だとしたら平凡とは幸せなのだな。



久しぶりに軽音部を訪れると、中野の娘だけが佇んでいた。何だ折角足を運んだというのに。
今日は部活動が無く彼女は忘れ物を取りに来ていたらしくまあいいタイミングだしとついでにパパーッと話をする。

梓「そうですか」

進「ああ」

進「小娘にあのような説教をされるなどとは笑止千万の愚の骨頂」

梓「そこまで言いますかね」

進「あそこまで言われたんだからね」

進「私は私の意思に従う」

キャラクターや今までのやり方なんかにとらわれない、私のやりたい事。
平沢進だから何なのだ?平沢進だから?バカバカしい。
私の人生なのだ。馬の骨も有象無象も関係が無い。私の人生なのだ。

進「それと言われた仕返しに言っておきたい事がある」

梓「どうぞ。私は言いたい事をあの時言いきれたのでスッキリしています」



進「人には人の役割というものがある」

進「私達親にしか出来ない事がある」

進「だが、君のような友人からでしか掛けられない言葉が山ほどある」

進「唯と憂の笑顔を守る仕事は私だけじゃないぞ、君にも責任はあるのだから」

梓「普通な事を言いますね」

進「ああ結構。では失礼する」



後ろから小さく
「師匠、かあ」
と呟く声が聞こえた。

すぐに夕焼けが彼女を包むだろう
AnotherDayという昔作った曲を思い出しながらテクテク帰った。





私には今一つの決意がある。


間違いなく中野の娘に言われた言葉のおかげだろう。あんな小娘に考えさせられたなど。いと愚かなり。
だがしかし、その前に。

進「二次元世界の私はどうなってるのだろう」

やっぱり気になるものは気になる。便利な機械の箱を使って少し観る事にしようか。





進「古傷をえぐられた」

まさかあんなに初期からの映像、からチョッピリ笑えるカワユス♪映像を
まるまるアニメに写されたようだ。しかも些細な会話まで忠実に再現してあるものだから気味が悪い。
それがどこの馬の骨かも分からないような輩に見られ菓子などを食いながらニヤニヤニヤニヤ
観覧されてるいると思うと実に寒気がする。あーヤダヤダ。忘れよ。




運命と意思の相互作用。この発想がそもそも有り得ない。
互いに引き合うという事はつまり意思が運命を引き寄せるのも可能という事。
考えられない。お話にならない。
この一連の出来事がその相互作用によって生じたものならば
まず私がこの世界を望んでいるという意思がその通りにする運命を引き寄せたというわけだ。
がしかしそんな事1ミリも思っていないというのはもう散々に言った。喉が嗄れる。
しかし、この世界には人間がたくさんいる。
ではその意思が私の意思でないとするならば。こちらの世界からのシグナルだったならば。
私じゃない誰かの強い強い強い意思によって私を欲する意思が強く強く強く運命と結びついたのだとしたら?


進「唯」

唯「なにぃーししょー」

進「話があるんだ」

進「ちょっと部屋に入りなさい」


私は思う。そろそろ意思に向き合う頃合だなと。さあ重い腰を上げなくては。



進「唯の楽しい事って何だ?」

唯「ええ?それは・・今この瞬間が一番楽しいよ。」

唯「お母さんはいないけれどししょうとこんなに話す事なんて今まで無かったから」

唯「ししょうも優しいし憂はいいこだし最高の家族だよ!」

進「そうか。」

進「私がプロデューサーになったとして」

唯「けいおん部の!?」

進「なるとは言っていないぞ。ちゃんと話を聞きなさいね。」

唯「ふむう」

進「唯は一体どうしたいのだ?」

唯「どう。」

進「そう。」

進「私がプロデューサーになったところで放課後ティータイムがどうにかなるのだろうか?」


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最終更新:2010年05月18日 22:54