唯「それは・・・ししょうがあれだけ凄いんだから有名になるに決まってるよ!」

進「そう人生上手くはいかない」

進「高校生のバンドというのは普通プロデューサーがついているものなのだろうか」

唯「あんまり聞かない、かも。」

進「では私は何故いるのだろう」

唯「ええっと」

進「唯は私にただ傍にいてほしいだけなのか?」

進「なら別にプロデュースでなくてもいいだろうに」

唯「それは」

唯「ししょうを皆に自慢したいから」

進「以前ギタープレイを見せただろう?あれで十分じゃないか」

唯「違うの!ししょうを自慢したいっていうか・・その。」


唯「ねえなんでこんな事聞くの?みんなでししょうに音楽を教えて欲しいだけなの」

進「今言いかけた事あるだろう、全部言った方が唯のためになると思うが」

唯「・・」

唯「ししょうは皆を教えるでしょ」

唯「そしたら皆ししょうの事今よりずっとずっと憧れちゃうと思うんだ」

唯「私はその時に私がししょうの娘だよって言いたい」

唯「みんなが憧れてるお父さんは私だけのものだよって」

進「楽しいか?」

進「私の娘だなんて」

唯「楽しいってどういう事なの」

唯「何か怖いよ」

進「別物の父親と生活するのは楽しいのか、と」

唯「」


唯「何が言いたいの」

唯「私ししょうが言いたい事うけとめられないよ」

進「意思は君だな」

進「運命と意思の相互作用、私をこの二次元世界へ連れてきたのは君だね?」

唯「二次元世界・・・」

唯「ししょうまだそんなこといってるの」

進「人の目を見て話しなさい」

進「今君の目の前で私は父親でいるつもりだ」

唯「いやだ」

進「唯」

唯「いやだ」

進「唯。」


進「このままじゃ話が終わらんだろう」

唯「終わらなくていい」

進「お前はいつもそういう子供っぽい言葉ではぐらかすが今回ばかりはそうはいかない」

唯「言ってる意味がわかんないもん」

進「唯。私は本当に君の事を家族だと思いたい」

唯「思いたいじゃなくて思ってほしいの」

進「思ってる。正直に話すと思ってる。」

唯「じゃあずっとここにいて」

唯「ししょう」

進「本当に寂しかったんだろう」

唯「さびしくなんかない」

進「P-MODELのことを知っていたね?」

唯「しらない」

進「アニメに映る父親そっくりの私を見て」


進「すがる思いで父親の愛情を求めたのだろう」

進「だが実際の父の愛は君達に注がれる事が無かった」

進「だからさらに君は画面の中の私に希望を求めた」

進「今まで与えられなかった愛情の分を全部。それがあまりにも強かったんだろう。そして運命と結びついた。」

進「私はこの世界の仕組みがよく分からない。いや、ひょっとしたらこれは宇宙にまで及ぶかもしれない」

進「ただ恐らく私と君は絶対的に強く結びついているはず。」

進「かたやアニメ主人公かたや人間で私達はそれぞれ存在するなんてよほどだからな」

進「それもお互いの存在を認識していながら」

進「しかし運命と結びつくなんてそのテの勉強に長けていない私でも分かる」

進「運命を動かす程の君の悲痛な叫びが」


唯「本当に寂しくない寂しくないよ」

進「もう我慢しなくていい」

唯「お父さんはお父さんだよ」

唯「お父さんはずっと唯のものだよ」

進「それももう終わりにしなきゃならない」

唯「変な事言わないでよ家族は終わりになんてできないよ」

進「終わりなんだよもう。私は君たちと離れなくては」


進「唯」


進「唯」


唯「やだやだやだ」

進「落ち着きなさい!」

唯「うう」

進「聞きなさい」

唯「うううううう」


涙を流す時これほどまでに顔面は崩壊するのか。女性のギャップとは時に恐ろしい。

進「ほらティッシュ」

唯「うううううう」

唯「ししょうししょうやだよやだよ」

唯「うううううう」

進「声が嗄れているじゃないか唯。無理して話そうとしなくて良い」

唯「うううううう」

進「唯、聞きなさい!」

進「私が一番大事なものはね、唯」

進「この世界に無い」

進「私は今のままこの世界にいたら唯たちを傷つけてしまうかもしれない」

らしくない言葉が私から流れ出す。唯に向けて。
らしくなくてもこれがヒラサワの言葉だ。この子の前まで仮面をつける必要など無い。
今私は彼女に伝えなければいけない事を伝えるだけ。


唯「傷つけ合っても一緒にいるのが家族なんだよ!」

唯「傷つけ合えるって事は向き合ってるってことじゃん!」唯がわんわん泣いている。顔をぐしゃぐしゃにして。

唯「向き合えてるだけでいいの傷付けあってもいいの!」

唯「家族なんだからそんなこと構わないの!」

唯「家族なんて傷つけあって当然なの!私はそんなの一回も無かった!」

唯「喧嘩するほどお父さんもお母さんも私たちのことちゃんと見てくれた事無かった!」

唯「ししょうは私の家族なんだ!絶対喧嘩するんだ!衝突するんだ!」

唯「それでも家族なんだからこれからも一緒にいる!絶対そうなの!」

唯「たまに部室に来てお茶を飲んだり憂とテレビ見てバカだなーって言ったり」

唯「そうじゃなきゃ私」


彼女は顔をグチャグチャにして私に言葉をぶつける。なら私は当然答えるべきだ。
例え私の今紡ぐ言葉が私らしくないとしても。私の言葉を。顔はグチャグチャにしないが。
あの時軽音部プロデューサーになるのを断った時とは違う、本当の言葉だ。
ありとあらゆる種類の言葉を知って何も言えなくなるなんてそんなばかな過ちはしないのだ。



進「君達にとっての二次元の世界にいたヒラサワは泣いていたか?苦しそうだったか?辛そうだったか?」

唯「わっ、わ、たしっ、」

進「ああ、そうだ私は・・」

進「あの世界に生きていて楽しかった」

唯「わたしっ、わ、わたし、」

進「すべての出来事が良い事とはもちろん言えないしむしろ鼻持ちならない出来事のほうが多いかもしれない」

進「何より、君たちはいない」

進「けどなあ唯」

進「君たちと話す瞬間、お風呂に入る瞬間、パソコンを触る瞬間、いつも」

進「あちらの世界で過ごした時の風景を思い出す」

進「(首都高の明かり、海、高品位粗食)」

進「(けだるい夏に飲む一杯の水、ピアノの音色、遠くの子供の声・・)」




「スポットライトを浴びた私を取り囲む多くの馬の骨たち」




進「私が一番楽しい時を聞かれたら間違いなくこう答える。」

進「そんな有象無象に囲まれながらも自分の歌を届ける瞬間だと。」

唯「う・・」

進「ああ本当に不本意だ。こんな事誰かの前では絶対言えないだろうな。」

進「私にとってこの家族は一番大事なものを言える、だ」

進「家族がどれほどかけがえのないものか分かった。」

進「君達と一緒にこれから築き上げる生活だって夢見た」

進「しかしこのままここにいてもいつまでもあちらの世界を追い続けるだろう」

進「そんな傷つけ方を私はしたくないんだよ。」

進「君達が家族だからこそ私のワガママに付き合せてしまいたくないんだ。」

進「こんな傷つけ合いは、家族とちゃんと向き合ってるだなんて言わないだろう?」

進「だから今は向き合えて正直に言える。私は帰りたいのだと。」




唯「・・・・」ずっ

唯「こんなに大事なのに」

唯「いやだよおいやだよお」

進「大事だからこそだ」

唯「ししょう!」

進「師匠と呼ばないでくれ」

進「師匠なんかじゃない、君に教えた事などなにひとつない」

唯「わたっしはっ」

唯「ししょおー!」

進「君に師匠と呼ばれる筋合いは無いからね」




進「君は先ほど感情が高ぶった時お父さんと私のことを呼んだね」

進「唯が本当に私を呼びたい時に。」

進「もう全部、何も負い目なんて感じなくて良い。」

進「私はきみの師匠なんかじゃない、お父さんなんだと。」



彼女が私を師匠と呼んでいる理由は恐らく、
今までの自分の行動に負い目を感じているのだ。
何も知らない私をこの世界へ引きずり込み、
自分は何も知らないフリをして接する事への。

私はもう覚悟はできていたのだ。次元を超えるということは大きな問題が沢山生じるであろう。
しかし、この父娘関係だけは次元を超えてもただの父娘。
私達が家族というのはもう誰にも変えられない事なのだ。
例え私が三次元へ戻るとしても。

だからお父さんと呼ばせたかった。
私が彼女をとうに許している事を認識させるために。
私達は確かに繋がっていた事を確認させるために。

彼女の本当の父親がこちらへ帰ってきたとしても、いいじゃないか。
二人父親がいても。いいじゃないか。私の体は無いのだから。
心で通じ合っているのだから。

    • しかしこんなに単純に綺麗な言葉を並べると
反吐が出そうになる体へ変わってしまったのがヒラサワの悲しい所。君たちはそのままでいなさいね。




唯「ううううああああ」

彼女の我慢がすべて流れていく。すべて流れていくのだ。
これで彼女の苦痛は終幕を迎える。私に許される事で彼女はもう一人の父親を確かに手に入れた。
彼女の笑顔を約束するための、それは必要な一つの材料だったのかもしれない。

唯「おとおさああああ」

進「ぐ。」






憂「お姉ちゃんどうしたの?!」


憂「ええ・・っお父さん達が抱き合ってお姉ちゃんがわんわん泣いて・・」

憂「ええ、ええー?!何が起こったの?」



進「憂、すまなかった」

憂「ううん、でもおねえちゃんも泣いた後疲れて寝ちゃうなんて」

憂「本当に可愛いな~」

進「なあ憂」

憂「うん?」

進「私が父じゃないと言ったら驚くか?」

憂「んん!?」

憂「・・・んー・・・」

憂「たとえお父さんの中身がエイリアンでもプレデターでも」

憂「ハンニバルコレクター、正確に言えば映画版ボーン・コレクターのデンゼルワシントンでも」

憂「私達をちゃんと娘として目を見て話してくれたなら、お父さんだよ」

憂「だからあなたはお父さんです、間違いありません」

進「ふ」

進「はは」



進「じゃあそのハンニバルコレクターからの最後の言葉を聞いてくれるか?」くっくっく。

憂「ええ?」

進「私は明日、突然と消える。と言っても君達の元々の父親は帰ってくる。」

憂「えっ」

憂「消えちゃうの?」

進「消えちゃうの。」

憂「突然と?」

進「突然と。」



憂「ふしぎー・・・・」

進「実に不思議だ。」



憂「うーん・・まだわけわかんなくてどの言葉が一番正しいのか分からないけど」

憂「大丈夫。」

進「うん?」

憂「全然大丈夫。みんな元気。」

進「ふは。何だ?」

憂「お父さんが本当のお父さんに戻っても大丈夫。」

憂「私達ももう大人になるんだ」

憂「共依存でもなんでもない。家族として助け合ってるだけ。」

進「ああ、知ってる」私達は家族なのだ。

憂「これからもみんな元気。あなたがいなくても、大丈夫。」

この子は私に言い聞かせているのだろう
来たるべき旅立ちを前にする私に向かって大丈夫大丈夫だと。
抽象的なのにこの子の顔を見ると大丈夫だと分かる。私も、この子達も。

何度も言おう。私達は家族なのだ。


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最終更新:2010年05月18日 22:56